第12話恋の虚しさよ


 放課後のこと。


「で、こんなものが」


 ヒラリとアリスはラブレターを広げて見せた。


「読んでも?」

「そのために見せたんですけどね」


 内容を簡潔に纏めるなら、「話したいことがあるので放課後の教室で待っていてください」だった。たしかにラブレターですな。しかしまぁ無謀な。アリスのブラコンの重症度は散々思い知っているだろうに。


「兄さんはどう思います?」

「嫉妬」

「わお!」

「というのは嘘で、気がかりだな」

「えー」


 半眼で睨まれた。


「間違っても絆されてくれるなよ?」

「兄さんより格好良い男子っていませんしね」


 それもどうだかな。基本的に顔だけ男だし。そのせいでアリスがブラコンになったわけではないも、想い続けるには要因の一つ足り得るだろう。南無三。


「日が暮れるのはちょこっと早いですね」

「まだ春だしなぁ」


 しばらく雑談。


「兄さん兄さん」

「おねだりか」

「胸を揉んでください」

「絶対嫌」

「間違えました。肩を揉んでください」


 ――どうやったら間違える?


「さすがに質量が大きすぎて肩が凝るんですよね」

「御苦労様としか言いようがないな」

「下品ですかね?」

「俺は大きい方が好きだがなぁ」

「えへへぇ」


 はにかむようにアリスの笑う。


「それにしてもその超重量で、よくも張りがあるな」

「努力していますので。下着の選び方も」


 その辺のぬかりはアリスに限って無いわけだ。


「というわけで肩を」

「へぇへ」

「胸を揉みたいなら何時でも仰ってくださいね?」

「それも承ろう」


 背中を向けたアリスの肩を揉み揉み。肩越しに覗ける胸元は、あまりに淫靡で突出していた。ミサイルになりそうなおっぱいだ。そりゃ男子どもも落ちる。俺ですら自重にかなりの精神力を使うのだから。本音を言えば揉みしだきたい。合意は得ているし、普通に考えてアリスは喜ぶだろう。ただそこまで行くとタガが外れてしまう。


「それにしてもこってるな。お前」

「兄さんへのアピールが重すぎて」


 おっぱいな。はいはい。


「両肩から水を満タンに溜めた大きなペットボトルをぶら下げているようなものですからねぇ。兄さんが巨乳好きじゃなかったら切り取るところですけど」

「至宝だから気にするな」

「にゃは。いつかはきっと揉んで貰いますからね?」

「楽しみに待とう」


 アホな会話をしている自覚はあった。

 しばらくすると、教室は俺とアリスだけになり、それから男子生徒が現われた。


「お待たせしました」


 こっちに視線をやりながら、男子生徒は会釈する。


「何かしら要件があるとか?」


 ラブレターをヒラリと見せる。

 俺は揉み揉み。肩をな。


「その……ちょっと兄貴は邪魔じゃね?」

「いえ。私の色事は兄さん抜きには語れませんから」

「要求が分かっていて?」

「非生産的な過程でしょうね。別に無視しても良かったんですけど、別件の可能性もあるのでこうして待たせていただきました」


 不遜とは正にコレを指す。


「その……観柱は除外しないか?」

「では兄さん後は宜しく」

「アリスさんじゃなくてヨハネのことを言ってるんだよ!」


 もちろんアリスは分かっている。単に無聊の慰めだ。結果論で言えば語るまでもないので、言葉に遊びが入っているのだ。その辺の意識は、純情のレベルを超えている。俺に対してだけは乙女になるんだが……そこはまぁ何だかな。


「それでお話は? 兄さんを除外するならそのまま帰りますよ?」

「あーっと……」


 ムズリと男子生徒の唇が波打った。


「好きだ。付き合ってくれ」

「謹んでごめんなさい。それでは」


 三秒で終わった。


「兄さん? 今日は何か食べたい物はございますか?」

「雑炊」

「ああ、暖まりますものね」

「まだ夜は冷えるしな」

「巫山戯んな!」


 怒気膨らませる男子生徒。何か? そうは思えど分かっているわけで。


「俺の何処が悪い!」

「あえて言うなら他人な処ですね。私はあなたに興味がありません。興味を覚えようとも思いません。趣味嗜好に付き合う気も無ければ、この身体を触らせようとも思いませんし」


 たしかにアリスのおっぱいは俺の物だ。他称な。


「それに私には兄さんが居ますから」

「そんな奴の何処が良いんだよ!」

「兄さんより格好良い男子なんて中々居ませんよ? 普通に学内でもトップクラス。アイドルでさえ霞んで見えます。ついでに私に甘いですし、性格にも一味あります」


 普通ソレを「斜に構えている」と表現するんだがな……。

 揉み揉み。肩を。揉み揉み。背中を。


「わたしのキウイ・パパイア・マンゴーは兄さんに揉まれるためにここまで育ったんですよ。乙女の胸には夢が詰まっている物ですから」


 それもどうよ。


「この腐れビッチが!」

「性病が怖いんですね。では諦めた方が良いかと。イソップ童話のキツネと葡萄でしょうか? プライドだけは一丁前って私が一番嫌悪する類の人間ですし」

「このブラコン……っ」

「ええ。ブラコンです。兄さんが私の全て。他に何も要りませんよ? もちろん要らないものリストには貴方も含まれていますけど」


 よくもまぁペラペラと口の回る。それでこそアリス。


「では要件も終わったことですし……帰りましょうか兄さん」

「だなぁ」


 この程度で済んだだけ男子生徒はマシな方だ。

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