第10話アリスの心的外傷


「――――――――」


 私を鬼が襲った。

 心臓を抉られ、


「――――――――ガッ!」


 内臓を貫通し、喀血する。血が逆流し、命が摩耗する。


 ――何が起きているのか?


 思考で考えるも、意識は朦朧とし。


「が……は……ぁ……!」


 ドクドクと胸元から血が流れる。瞬く間に熱が攪拌していき、身体は冷え込んでいく。


 ――死ぬのか?


 そう思っても不思議で無いほど、致命傷だった。


「アリス!」


 ヨハネ兄さんが声を掛ける。けれども傷は致命傷で。だから死ぬには不足無く。


「あ――ああ――っ!」


 兄さんは私の胸元に手を差し出しました。


 ――鬼は?


 そうは思っても、認識は追いつかない。


「なら――」


 遠くに聞こえる兄さんの声。ドクンと心臓が脈打ちました。既に破壊されているはずの心臓の鼓動。それがまるで生への産声のようで、


 ――温かい。


 まるで兄さんの優しさに包まれるような。

 そんな中で私は意識を手放した。




『死』




 正にソレが私を襲って塗りつぶす。




    *




「――――――――ッ!」


 ショッキング映像を以て、目を覚ますアリス


「ぐ……げぇ……」


 あまりのトラウマに吐瀉する。ゲェゲェと吐いて枕とシーツと俺を汚す。


「えぐ……っ……げぇ……」


 アリスは鬼に襲われた事がある。正確には殺されたことが。心臓を抉られ、致命傷を経て、死亡に至るはずだった。邪魔したのは俺。治癒の超能力。一度死んだアリスの死体に治癒を掛け、復活させる。死者すら蘇らせる俺の御業。けれどもアリスは十字架を背負った。心臓に鬼の怨念が残っていたのか。あるいは俺の施術ミスか。第三の原因による物か。アリスはその身に呪詛を溜め込むようになった。放っておけば一都市ぐらい呪殺出来そうな呪いだ。それがどれほどの熱量を持つかは後回しとして、結果、俺の治癒能力による対処療法が必要になる。そのため俺は自身の治癒能力で『間接的に』癒していた。


「大丈夫か?」

「すみません。汚してしまいました」

「何時ものことだ。気に病むな」


 鬼に殺されたトラウマは容易にアリスを蝕む。


「そろそろ朝だ。起きるか」


 レム睡眠時に見る夢でも、ショッキング映像には相違ない。


「大丈夫だ。お前は今生きている。それでいいだろ?」

「兄さんのおかげです」

「光栄だな」


 全く以て。兄としてこれほど誇らしいことはない。


「兄さんは私に縛られて不満は無いんですか?」

「夢を見る日は何時も弱気になるな、お前は」


 何時もなら、「私のおっぱいを揉んでください!」程度は言うのに。


「兄さんの負担には為りたくないんです」


 ――それを何時ものお前が聞いたらどう思うか。


 いや。止めよう。今必要なのは優しさだ。


「大丈夫だ」


 アリスの金髪を撫でる。サラサラとシルクのように整っているソレを。


「何をしたってアリスは俺の愛妹だ。そこに違えは無いぞ」

「兄さんをゲロで汚しても?」

「洗えば良いだけだろ。それともアイドルは排便しないと思ってるのか?」

「意地悪」

「コッチの台詞だ」


 嘆息して、クシャクシャと頭を撫でた。


「とりあえず洗濯ですね」

「そっちは任せた」


 家事全般はアリスの領域だ。

 俺は吐瀉物を洗い流すためにシャワーを浴びる。しばらく長めにシャワーを浴びて、首にタオルを掛けて部屋に戻ると、


「兄さん」


 アリスが居た。


「お風呂上がりが淫靡ですね」

「男体でもか?」


 苦笑してしまう。


「男子が女子の身体に興味を持つように、女子だって男子の身体に興味を持ちますよ」

「それもそうか」

「抱いてくださいって言ったら拒絶しますか?」

「まこと残念ながら」

「残念……なんですね……」


 すごく勿体ないことをしている気分ではある。普通に手の届くところに極上の女体があるのだ。手を出さない方がどうかしているのだが、俺の理性は強固だった。南無。


「でもそんな兄さんが大好きです」

「重畳重畳」

「でも何時かはきっと」

「さて、どうだかな」


 嘯くように俺。


「兄さんは私を生き返らせてくださいました」

「能力があるんだからそのくらいはな。愛妹だし」

「この全ての命を使い潰して兄さんを想います」

「別に義理に感じることもないんだが」

「でも兄さんだけでしょう? 鬼に襲われた私を助けてくれたのは。それを可能とする奇蹟の持ち主は」


 ――まぁそうだが……。


「だから兄さんが私の全てです」

「光栄だ」


 さて、


「呪詛は大丈夫か?」

「今の処は……多分……」


 ふむ。


「キスするぞ」

「いいですけど」


 アリスの唇に唇を重ねる。


「ん……んは……クチャ……」


 唾液の交換。接触と愛撫。ソナー代わりに治癒を発動。


「ん。大丈夫っぽいな」


 少なくとも今すぐ対処すべき案件ではない。


「兄さん!」


 朝日に輝く金色。双眸のエメラルドは灼熱を彩っていた。


「な……何か……?」


 その熱量に気圧される。


「セックスしましょう!」

「何故?」

「ここまで発情させておいて何故はないですよ!」


 しまった。ディープキスは間違いだったか。別の方法でも良かったが、夢のトラウマを払拭するためにサービス精神を用いたのが失敗だったらしい。


「ルパンダイブ!」

「止めんさい」


 腕を伸ばして差し止める。普通に考えてアウトだ。両親も納得はしまいよ。兄妹で事を致すれば。


「愛しております兄さん! その全てをしゃぶらせてください!」

「いいから落ち着け。場合によっては抑止力を用いるぞ」

「兄さん! 兄さん! ヨハネ兄さん!」


 あー……これはダメな奴だ。すでにアリスのリミッターは解除済み。ドッカンターボのアクセルべた踏み状態だった。


「兄さん!」

「やめんさい」


 朝からどったんばったんな兄妹でした。

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