第7話逢魔時に鬼に会う


 春風の中。俺とアリスは下校していた。時間的に夕方だ。図書室で勉強して娯楽性ばっちりに仕上げての帰宅。周りの視線が痛い。


「ブラコン」

「シスコン」


 観柱みはしら兄妹は、学校の噂をかっさらっていった。アリスは……まぁ仕方ないとしても、俺の方にもアクションはあった。主に女子。普通にデートのお誘いから部活の勧誘まで。おかげでまたアリスの呪詛が溜まった。嫉妬も泥濘の一種だ。「俺を好きなアリス」が、「俺を好きな女子」を呪う。呪詛は伝播した。今のところ目立った不幸も無いので楽観視。格別急ぐことも無く、家に帰ってから処置しても遅くはないだろう。


 車のエンジン音を聞きながらアリスと肩を並べて下校。しばらく歩いていると、


「……………………?」


 いつの間にか静かになっていた。エンジン音が聞こえない。帰宅生徒の雑談も。春風の鳴き声も。


「結界ね」

「大丈夫ですか? 兄さん?」


 俺らにしてみれば、実のところそう驚くことじゃない。ていうか俺の治癒の超能力も、ある種の「非常識」ではあるし。


「――――――――」


 鬼が現われた。灰色の身体。小さな角。口から長居したが伸びている。手足は細いのに、妊婦のように腹だけぷっくり膨れていた。


「餓鬼でっか」


 餓え苦しむ鬼だ。聞くに食べた物が全て口の中で灰になり、何も食べられなくなる……とは言っても此処は餓鬼道ではないわけで。


「――――――――」


 こっちを餓鬼は捉えた。あるいは最初から捉えられたか。襲ってくる。


「ふ」


 リミッターを外す。無茶苦茶に身体を動かすだけの餓鬼と、効率優先の身体を支配する俺。分はコッチにあり。崩拳が胸元に突き刺さった。


「――――――――」


 吹っ飛ぶ餓鬼。だが支障は無いようだ。ムクリと起き上がられる。


「さて、何なるや?」

「兄さんの超能力じゃさすがにね」


 癒す能力なので、なんともかんとも。


 そんな不毛なことを思っていると、


「――我ここに願い奉る――」


 声が聞こえた。女子の声だ。




 ――この結界の中で?




 少しの疑念。


 何時もならとっとと結界から反転するところだけど、その声の主に心惹かれた。


「――迦楼羅焔!――」


 灼熱の鳥が飛翔し餓鬼を襲う。燃焼。灰化。炭となって消え失せる。


「う、わーお」


 白い髪。赤い瞳。市立洞穴高校の制服……ブレザーとチェックのスカート。


「大丈夫……ですか……?」


 沈鬱な表情でアルビノの美少女は声を掛けてきた。




 ――何処かで見た顔だなぁ?




 少しそう思う。


「えーと……クラスメイトの……」

「これは……観柱さん……」


 女子二人は共通に相手を軽く認識していた。


「あー」


 そこで漸く俺も思い出す。アルビノの美少女にしてクラスメイト。ものっそい美少女なのに誰も注目しないという不条理。死袴しばかまさんだ。死袴綾花しばかまあやか。趣味が読書で特技が魔術……え?


「もしかしてマジシャン?」

「その様に……捉えられても……」


 構わないわけだ。


「驚かない……んですか……」

「非常識には慣れてる」

「ですね」


 アリスも同調した。


「もしかして派遣社員?」

「いや、普通に高校生だけど」

「魔術結社の刺客とか……」


 中二病か。ソレを言えばこの状況と変異が中二病に該当するも。


「えーと。ソレって普通に有り得るの? 死袴さんの妄想被害ではなく? 魔術結社って存在するの?」

「えと……なるほど……素人ですか……」


 そりゃま素人だけども。


 結界の反転くらいは出来ますぞ? これはアリスも同じ。ただ此処に来て死袴さんとの邂逅は何か意味がある気もした。


「もしかして死袴さんって」

「えと……うん……魔術師……」

「やっぱり?」

「やっぱり……」


 再度確認する妹に躊躇いも無く頷く。嘘でも誠でも大物なのだろう。控えめな態度ながら撤回をしない辺りが詐欺師のようにも思える。にしては既に不条理を見てしまったわけだけど。呪文を唱えて炎を出す。まさに『魔術師』だ。


 それでええと。


「ストップ」


 ――はあ。


「――ここで見たことは忘れてください――」


 香油とハーブの匂いがした。

 後に聞いた話ではハーバルマジック……そう呼ぶらしい。


「よし……。神秘隠蔽は完全……。後は……結界を崩すだけですね……」


 いや。あの。俺には効いていないんだが。ボーッとしているのは、どう判断すればいいか分からないためだ。暗示や催眠の魔術なのだろうけど、俺の治癒はそれすら除去してしまう。元より形無いものでも癒やせるのはアリスの呪詛払いでも証明されている。


「――臨める兵闘う者皆陣列れて前に在り――」


 結界が希薄になっていく。元の世界と同調し、攪拌して消え失せると、世界の雑音が戻ってきた。


「大丈夫ですか……?」

「はあ」


 まぁ何を以て大丈夫と為すかは都合もあれど。


「家に帰れますか……? 送りましょうか……観柱さん……?」

「大丈夫です。兄さんは私が責任持って送り届けます」

「では……お任せします……」


 魔術師は一礼した。鮮やかな礼だった。


「死袴さんってちょっと距離近いですね?」


 どうやら暗示の魔術はアリスには効いているようだ。完璧に鬼のことを忘れている。覚えて得することでも無いか。神秘の隠蔽とも死袴さんは言っていた。たしかに魔術って普通、表に出ないよね。何かしら法則でもあるのかしらん?


 少しそんなことを思った。


「兄さん。何か夕餉にリクエストはありますか?」

「湯豆腐」

「相承りました」


 破顔する妹の御尊貌を見れば、まぁ十全に良し。殊更に触れるのも無粋か。その意味で助かったのだから感謝しか無い。在る意味で鬼に会ったのは間違いでないとしても。

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