第2話ラブコンプレックス


「あーっと。まぁ一年間宜しくな」


 必要事項を述べた後、そんな一言で担任の教師は自己表現を取り止めた。


 どよめく衆人環視。その視線は全てアリスに向けられていた。

 春の陽光を煌めかせて反射する金色。エメラルドを連想させる瞳。一対二つの豊かなボインはブレザーでも隠し切れていない。


「ジョークも大概にせーよ」


 と言いたくなるほど完璧超人だ。我が家の妹は。


 後は……まぁベタに自己紹介ですよ。一人一人教壇に立って。


「えと……死袴しばかま綾花あやかです。趣味は読書……。特技は魔術……。俗人には興味ないので……放っておいてください……」


 強烈な言葉を放ったのは、アルビノの美少女だった。

 白い髪と赤い瞳。


 死袴綾花は、アリスとは別の意味で特異だった。その瞳は死んでいて、美少女ではあるも、何処か影が差しており、近付きがたい雰囲気。第一印象は根暗な美少女……といったところ。愛らしい顔だろうに、髪で隠して俯いているので、その辺りは残念賞。人を論評できる立場でもないけども。ていうか特技が魔術って……中二病か?


 しばらく自己紹介は続き……中略。


「「「「「おお――」」」」」


 とざわめいたのはアリスが教壇に立ったとき。素材が良いのは当然のこととして、なお丁寧に梳いた髪とか、瑞々しい睫毛のはね方とか、努力の跡も見て取れる。


 ――才能と努力の同居とでも言うのか。


 うちの愛妹は本当に水面下でバタ足する白鳥です。


「観柱アリスと申します。趣味は秘密で特技は秘密です。別段兄さんさえ居れば、他に何も要らないので下心有りきで近付かないでください」


 それはあまりな拒絶だった。


 アリスにとっては俺以外に興味の対象でないのは分かるんだが、普通に考えてコレは次に当たる俺への挑戦か?


 同じ「観柱みはしら」の苗字だ。


 アリスの次にヨハネ。


 つまり俺が教壇に立った。


「観柱ヨハネです。趣味はあまり。特技もあまり。まぁよろしくお願いします」


 そんな無難な紹介で終わった。


 男子はアリスの言と俺の苗字に共通性を見出し、女子はどよめいていた。


 父親に云われたことがある。


「ヨハネの取り柄は顔だけだな」


 なんて。


 実際に中学ではソレなりに色恋沙汰に巻き込まれたので、自分がどういう人間かは、客観データが揃っては居る。納得はしてないも。その意味で防波堤であるアリスの存在は心地が良かった。助かる――とは思えるほどに。


 そんな感じでロングホームルームは終わり、明日からは授業開始だ。


「「「「「観柱さん!」」」」」


 早速、男子女子問わずアリスにかけよった。


「可愛い! 仲良くしよ?」

「どこ中!? 知り合いとか居る!?」

「あの、これ! メッセのIDなんだけど」

「これからどうする? 普通に遊ばね?」


 瞬く間に人気者に。


「いえ。そんな打算は要りませんので」


 サクリと介錯。割腹は誰もしていないけれども。


「兄さん♪」


 ルンと弾んだ声。


 名前順で席が指定されていたので、俺の前の席は必然としてアリスだ。


「一緒に帰りましょ? ついでにデートしましょ?」

「はいはい」


 分かっててやってるだろ。お前……。


 とはいえ此処で呪詛を振りまかれても困りはするんだが。


「「「「「観柱ヨハネ……っ」」」」」


 男子連中のグッサグサに刺さる怨嗟。


「「「「「マジ? 兄妹で?」」」」」


 女子どもは引いていた。ドン引きだ。


「……………………」


 俺は少し視線を振る。


 死袴綾花しばかまあやか


 そう名乗った少女に興味を持って。彼女はこちらに参加していなかった。むしろ離反するように、本を手にとって教室を抜ける。アルビノの外見は目立つはずなのに、陰気な人格と御尊貌が邪魔をしてか……誰も意識していなかった。


 どこか虚ろを感じさせる。


 男子どもはアリスに夢中だった。そのアリスは俺に夢中だった。


「に・い・さ・ん?」

「何でっしゃろ?」

「大好きです」

「そりゃ重畳」


 俺は学生鞄を持って立ち上がる。


「何処に寄っていきます?」

「何処でも良いんじゃないか? デートってんならショッピングモールとか?」

「じゃあそうしましょう!」


 ほころぶシャクナゲの花。


「ちょーちょー」


 男子の一人が絡んできた。


「アリスさん。こっちは兄貴でしょー?」

「ええ。私の愛しい兄さんです」


 ブレないなぁ。うちの妹は。


「兄妹でなんて非生産的すぎるって」

「でも私は兄さんを愛していますから」

「マジ有り得ねー。引くよ?」

「ドン引きしてくれて構いませんよ? 別の他己評価が欲しいわけでもありませんし」


 これを真顔で言うのがアリスの恐ろしいところ。向かうところ敵無しというか、そもそも雑魚に興味がないと言うか。


「俺らと一緒に行かねー? 驕るし」

「ことに興味もないですね」


 アリスのブラコンはこんなことで揺らぐレベルではない。誰が悪いって俺だけども……さ。とはいえ状況的に否定も能わず。流されるままに俺はアリスを抱きつかせた。俺の片腕に抱きついて、ムニュッとおっぱいを押し付ける。それが至福だった。俺とて女体には興味がある。妹とは言えアリスは絶世の美少女だし、肉体も熟れているので刺激はされる。


 青春少年の哀しいさが……。


「臨める兵闘う者皆陣列れて前に在り」


 印を切ることで煩悩を取り払おうと苦慮する。


「兄さん? 大好きですよ?」

「へぇへ」


 頷く俺。胸の感触が心地よいなぞ口が裂けても言えない。


「私のおっぱいはどうでしょう?」


 俺の口が裂けても言えないことを妹は平然と口にする。


「立派に育ってお兄ちゃんは嬉しいです」


 男子からは嫉妬と憎悪。女子から疑暗と軽蔑。中学の頃から変わらんな……コレは。


 思春期は異性に願望を持つモノ。そう本には書いてあった。


「揉んでも良いんですよ?」

「風紀と校則を乱してお咎め無しなら揉みしだくんだが……」


 別にこっちだっておっぱいを揉めるならこれ以上は無いわけで。

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