兄さんは私の嫁 ~ちょっとエッチな妹は引きますか?~

揚羽常時

兄さんは私の嫁

第1話妹による関白宣言

 殊更に否定できるはずもなく。


「兄さん。今日は入学式ですよ。気合いを入れていきましょう」


 慣れたベッドで俺は眼を覚ました。目の前にはとある美少女。朝焼けの光を受けて、輝く金色。エメラルドを想起させる瞳。


 金髪碧眼の少女は、名を『アリス』という。


「どうかしましたか? 兄さん?」


 うちの家系は祖母に欧州の血が混じっている。マリアと呼ばれる女性で、今はお亡くなりになられていた。聞くにマジシャンであった様子。あまり記憶がないので、その辺には詳しくない。知っているのは写真と置き土産。


 で、母がハーフで、俺とアリスはクォータと相成る。


 母親と俺は黒髪黒眼だが、隔世遺伝……というほど離れてはいないにしても、妹のアリスは欧人らしい金髪碧眼を持って生まれた。しかも御尊顔も有り得ず。


 アリスの顔は祖母であるマリア氏の若い頃にそっくりだった。


 南無三。


「では朝食を用意していますので。早く行きましょう兄さん」


 実家の自室。


 ダイニングに引っ張られるとアリス手作りの朝食が並んでいた。苦手なことが無いのか……問いたい気持ちに駆られるも、侮辱になるので言わない。


 基本的に神に愛された御子であることは確かだが、それだけで終わらないのがアリスの恐ろしいところ。


 一種の呪いだ。

 努力の天才。


 周囲から観れば、「金髪碧眼の美少女でありながら、何でも出来る神童……天は二物も三物も与えた」と嫉まれるが、アリスに関して言えば実は白鳥の水かきだ。


 裏で血反吐を吐く努力をしており、単純に目標に向かって前進する様は修羅道ですらも生ぬるいと評せる異常だ。


 兄として誇らしい気持ちと、「もうちょっと余裕を持たんかな?」という気持ちが、俺の中で混在している。実質、アリスの料理は美味しいし、その努力と公算の跡も顕著であるも、肩の力を抜いても良いと思える。とはいえアリスが殊「俺」に関する限り妥協しないのも分かってはいるので、諦観と上手く付き合う必要もある。


「美味しいですか!? 兄さん?」

「超美味い。また腕を上げたな」

「えへへ……っ!」


 はにかむように笑う金髪碧眼の美少女。


 ――俺の口に入る物は、自分で生みだす。


 コレをモットーに『あの時』から、アリスは家事全般に関しては、お洒落と同水準で努力を課しているのだった。別のことに燃料を使えよ……とは思えど、嬉しい気持ちも確かにある。可愛い妹に尽くされるのは兄の特権かも知れなかった。ちょっと重いがな。


    *


「はふ」


 朝食を終えた後で、諸々の準備。髪を整え、歯を磨く。洗面所の鏡台に映っているのは、凡庸な大和人。アリスと違い、俺は黒髪黒眼で産まれた。


 ――観柱みはしらヨハネ。


 アリスといい俺の名であるヨハネといい、どうにも祖母のネーミングセンスは欧州寄りだ。別段不満があるわけでもないにしても。


 ヨハネこと俺は、顔を洗って自分を見つめる。鏡は線対称なので、正確には自分自身ではないも、そんなことを言えば客観的に観るには写真を撮るしか無い。


「兄さん。着替えはこちらです」


 アイロンを丁寧にかけたワイシャツが提出された。

 まさに嫁色気分。

 春も盛りの今日この頃。


 桜は散ったけど、今年度から高校生。制服はブレザーで、市立らしい無難なチョイス。パリッとしているのはアリスのおかげだろう。


 ワイシャツを着て、トラウザースをはく。ネクタイを締めて、ブレザーを。


「脱帽するね」

「兄さんのためですもの」


 軽やかにアリスは笑った。


 ちなみに親は居ない。


 いや別に不幸があったわけではなく、父母そろって海外勤務。どこかのドラマの光景のようだが、事実なので致し方なし。祖母の影響じゃ無い……といえば嘘になるだろう。まぁ妹と二人で慎ましやかに暮らせる仕送りを受けているので文句を言う筋合いでもないか。


 高級住宅層ながら、神鳴市の一戸建てを一括購入。ソレなりに恵まれているのも否定しがたい。


「ところでアリスは早めに行かなくて良いのか?」

「何故です?」

「いや…………」


 少し考える。


「新入生の総代だろ?」


 入試試験で学年主席。しかも欧州美人と来る。


 そりゃまぁおそらくだけど人気者になる。


「また最初からやり直しか」

「何か仰いまして?」

「新入生代表の答辞はいいのか?」

「全て頭に叩き込んであります。時間的には遅れても、入学式に遅れなければいいでしょう? それに」

「それに?」

「初登校は兄さんと一緒が良いです」


 このブラコンめ。今更ではあるも。


    *


「あなた方新入生に求めるところは――」


 老齢にして堅実な校長の言葉を聞き流しながら、パイプ椅子に座って数十分。新入生がズラリと並んでいた。アリスの姿はない。いやあるんだけど並んでいない。首席入学で総代を務めているのだ。教師と同じ壁際に待機していた。


 ――新入生総代、答辞。


「私たち生徒への激励まことに――」


 完全にインプットした答辞の弁を、軽やかにアリスは諳んじる。


「うわお」

「外人?」

「にしても有り得ないぞ」


 まぁそうなるよな。金髪碧眼。御尊顔の美しさ。ついでボインバインの肉体。熟れ頃なソレはセクシャル的に男子生徒には辛いところだろう。あるいは抗いがたい……か。


 滔々と述べられる答辞。


 二、三分ほど答辞を語って、


「それから――」


 と話題転換。いや、結果論で語れば閑話休題が正しかった。




「――私こと観柱みはしらアリスは兄である観柱ヨハネを心から愛しています。兄さんは私の嫁!」




「――――――――」


 ブッと吹き出してしまった。何を言い出すんだ! うちの妹は!?


「生徒ヨハネに色目を使う人間は排除します。そのことは銘記していただきたい。これにて答辞を終えます」


 妹による関白宣言。


「ヨハネって誰よ?」


 ざわめいたのは新入生一同。ついでに答辞に可変を加えたアリスの暴挙に教師らも困惑の表情で対応するのだった。

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