115.二人の結婚式
あの夜、クロがプルに結婚しようとプロポーズをして……その場は非常に盛り上がり、宴会は明け方まで行われた。
翌日にケロッとしていたのはリムとルーだけで、他の人達は俺も含めて飲み過ぎによる二日酔いに苦しむ事態になっていたが、それでもみんな楽しそうだった。
それから、クロ達の結婚式の準備が大急ぎで行われることになる。
何せ連れてきた竜族やらあの宴会に参加していた街の人の前で大々的にプロポーズしたのだから、その話はあっという間に町中に知れ渡った。
街の人達はクロの事を全く知らないけど、それでも
みんなノリノリで結婚式の準備に取り掛かったのだ。そして気が付けば、貴族の結婚式だと見まごうばかりの豪華な結婚式になることとなった。
まぁ、バウルさんやノストゥルさん達が張り切っているってのも大きいかもしれない。
ノストゥルさんは金に糸目をつけるなと宣言し、バウルさんは赤字になるようなら鱗の2~3枚くらいまたやると言い出した。
竜の鱗をそんなポンポン渡しちゃって……経済バランスとか軍事バランスが崩れないだろうか? まぁ、その辺はきっとうまくやるだろう。
そして今日は、待ちに待った結婚式当日だ。
俺達の目の前には幸せそうな笑みを浮かべるクロとプルの姿があった。
クロはテンションが上がったのか、プルをお姫様抱っこして町中の人に見せびらかす様にしている。
プルはクロのその行為が照れくさいのだろう。顔を真っ赤にしながらクロをポカポカと叩いている。でも、その顔はとても幸せそうだ。
あの夜に言われた通り、俺はクロの姿を見続ける。本当に、幸せそうだ。
「いやー、ディ君のお友達ってとんでもなく強いのねぇ。まさか街を
そんな風に俺がその光景を眺めていると、なんとも羨まし気な声が横から聞こえてくる。
俺の職場の先輩であるピルムさんが、二人の幸せそうな姿を記録に収めたり、メモを記載したりと取材している真っ最中だ。
そう、この町を救った人物の中に……俺とルーは含まれていない。
俺達は話し合った結果、この街を救ったのはクロ、プル、リムの三人という事にしてもらったからだ。ノストゥルさんから、そう公式に発表してもらった。
俺とルーは、たまたま現場に居合わせて、三人に助けてもらったという話にした。敵に多少の抵抗はしたけれども力及ばず……といった形だ。
リムは聖女としてアルオムの町でも人々の治療に当たっていることが噂としてこっちまで来ていたし、クロとプルは実際に竜と共に町のピンチに駆け付けたのだから、町の人達もその話に納得してくれた様に見える。
まぁ、そんな人と友人の俺とルーは何者なんだという事にもなったけど、そこは旅の途中で知り合った友人だとごまかした。
みんなの主な興味はあの三人だったので、俺達の情報についてはそこまで詳細に聞かれることは無かったのが幸いだ。
「えぇ……自慢の友人ですよ。俺はルーを守るので精いっぱいでしたから」
「ふーん……本当かなぁ……?」
少しだけ疑わし気にピルムさんは俺に視線を送ってくる。
なんか女の勘のようなものを働かせているのかもしれないけど、俺は肩を竦めながら涼しい顔で答える。
もう慣れたものだ。
「本当ですよ。俺はアイツほどに強くは無いですから」
「まぁ、別に良いけどねぇ。それよりも、色々と落ち着いたらでいいから、英雄さん達の独占取材させてよね」
「それは俺からは回答しかねます。まぁ、あいつらが承諾したらということで……」
「それでいいわ。今日はディ君の同僚の特権で取材に一番いい場所を貰えたんだし。それでも、チャンスがあれば掴みたいのよ。言うだけならタダ、受けてくれたら儲けものよ」
我が先輩ながら、なんとも貪欲で逞しいお言葉である。
それにしても……町にある一番大きな教会、その開いた扉からは中の大聖堂が良く見える。白い壁、白いカーテン、白い椅子、白く透明な装飾品……。
更には魔法道具だろうか、優しい白い光を放つ球体が天井に数多く並べられている。この球体が、プルとクロがキスした瞬間に、色とりどりの光を発した時は度肝を抜かれたものだ。
みんながその幻想的な雰囲気に驚いて、何名かの関係者が得意気な顔をしていたのが印象的だった。
「しっかし、ほんとに金に糸目付けて無いわねぇ、この式。羨ましいわー。こんなところで私も結婚式を挙げたーい」
「そうですか……頑張ってください」
「……心が籠ってない。まぁいいわ。そろそろ皆の所に戻った方がいいんじゃない? 彼女さん、待ってるだろうから手伝いはもういいわ」
少し睨まれてしまったのだが、ピルムさんは俺を気遣ってくれた。今日の俺はクロの友人として参加しているけど、ピルムさんの助手としても参加しているから色々と手伝いをしていた。
式の前にクロとは色々と話せたからいいんだけど……確かにリム達は放ってしまっているな。
「それじゃあお言葉に甘えて、俺は戻ります」
「はいはいー。英雄さん達によろしくね」
「ピルムさんも、クロ達の勇姿をちゃんと記録してくださいよ。後であいつに渡すんだから」
ひらひらと心配するなと答えるように手を振るピルムさんをその場に残して、そのまま俺はリム達の居る場所へと移動する。
大勢の人が居て、その誰もが二人を祝福してくれている。
こっちまで嬉しくなってくる光景に、俺は思わず目を細める。
「あ、ディさん!! お仕事終わったんですか? お疲れ様です。ちゃんとプルちゃん達、見てましたか?」
「ディ様、二人ともとっても綺麗ですわねぇ……。でもクロはこういうのなんて言うんでしょうね……似合ってるんだけどなんか腹立ちますわ」
「こんなこと言ってますけど、さっきまでマーちゃんもうボロボロ泣いちゃってたんですよ。感動して」
「ちょっとルーちゃん!! それ内緒って言いましたわよね?!」
確かに言われると、リムは少し目元が赤かった。それから俺は、二人の姿を改めて見る。
ルーは薄い緑色、リムはピンク色の過度な装飾の無い全体的に大人しめのドレスを着ていた。
二人とも綺麗だけど、今日の主役より目立たないよう配慮しているのが伺える。
俺は微笑ましくじゃれ合う二人を見た後に、教会から出て周囲にプルを見せびらかすクロに視線を送った。
クロはコミュニケーション能力が非常に高い。
ともすれば粗野と言うか、何も考えていないように見えるけど常に周囲に気を配っているからか、知らない相手でもまるで数年来の友人のように話すことができる。
その手腕はまるで魔法のようだ。その能力を駆使して、プルの事を褒めちぎりながら周囲の人に自慢の嫁だと紹介していた。
その姿を見て……俺も、慣れないことをすることに決めた。
「プルちゃん綺麗ですよねぇ……ふわっふわの真っ白いドレスがすっごい似合ってます。羨ましいです」
「そうですわねぇ……本当に綺麗で……。妹分だと思っていたのに、すっかり女として先に行かれてしまいましたわぁ……」
頬に手を当ててプルのドレス姿をうっとりとした表情を浮かべながら見つめる二人に対し、俺はありったけの勇気をだして、二人に言葉をかける。
「えっと……二人ともその……プルに負けてないよ。今着てる、そのドレスすごく似合ってる。とても……綺麗だ」
ちょっとつっかえながらも、二人を褒める言葉を言い終わった後に俺はとっさに顔を逸らしてしまい、視線だけで二人を見る。
二人との俺の言葉にキョトンと、何を言っているか分からないと言った表情を浮かべていた。
そして……その表情はだんだんと驚きの表情へと変わっていく。心なしか頬も赤くなっていっているようだ。
「……ディ……ディさん? どしたんです突然? え? 褒めてくれて嬉しいですけど、え?」
「あの……えっと……その……嬉しいですけど……言ってくれたのはじめてですけど……ディ様どうなさったんですの?」
驚きすぎだろ……。顔を真っ赤にしながら慌てる二人だったけど、その姿もやっぱり綺麗だと思えた。普段は意識しないようにしてたけど、二人ともほんとに綺麗な女性だよな。
「別に何もないよ。二人にそういうこと言ったこと無かったなと思ってさ」
ちょっと誤魔化すように言うと、二人とも不思議そうに首を傾げるが顔はニヤケにニヤケていた。
こんなに喜んでくれるなら、普段からもっと言えばよかっただろうか?
でも、それはそれで言葉が軽くなりそうだな。難しいな。
「なんだよ、お前ら。人の結婚式でイチャイチャしてるのか?」
「クロ……いいかげん降ろして……流石にみんなの前では……」
まだプルを抱えたままのクロが、いつのまにか俺たちの近くまで来ていて少しだけ驚く。
プルは流石に俺たちの前では恥ずかしいのか、抗議の声を強くしてクロの腕の中から離れるが、その腕をクロの腕に絡ませる。
「二人とも結婚おめでとう。プル、そのドレスよく似合っているよ。とても綺麗だ。まさに花嫁さんって感じだな」
俺の言葉にプルは目を見開いて驚き、クロはプルをまるで庇う様に後ろから自身に抱き寄せる。……そんなに変なこと言っただろうか?
「え……?! ディ……? 熱でもあるの……? ディからそんなこと言われたの……初めてなんだけど……」
「おいおい、ディ! お前、式の最中に人の嫁さん口説くなよ!」
「え? これ口説いたことになるの? ごめん、ちょっとその辺の距離感がまだ掴めてなくて……」
「お前普段言わないから、知ってるやつからしたらそう聞こえんだよ。前にも言ったけどそーゆーのは惚れた女にだけ言え! 誰にでも言うな! いや……なんで俺、こんなレクチャーしてんだよ……。とにかく、プルはダメだからな」
クロはそう言うと俺からプルを隠す様にしてさらに抱きしめる。見る間にプルの顔は赤くなっていくが、幸せそうに自身を抱きしめるクロの腕に自分の腕を添えていた。
……前にも言ったけどって……そんなこと言われたこと無いぞ俺? まぁ、先駆者からのアドバイスと言うことで心に留めておこう。
俺は改めてクロの姿を見る。クロは今日、プルと合わせた真っ白い布地に金の刺繍が施された礼服を身に着けている。
「クロもその服、似合ってる……カッコいいよ。でも、なんか笑えるなぁ。リムの言う通り似合ってて逆に腹立つ」
「はっはっはー! 今の俺は幸せだから何言われても無敵だ! 悔しかったらお前もそのうち着ろよな! 俺より絶対にお前の方が似合うぜ」
クロはプルから離れると、肩をグルグルと回しながら少し窮屈そうに苦笑を浮かべる。
この二人の結婚する姿を見られるなんて……絶対に見られないと思っていた光景だと実感した瞬間、俺はなんだか嬉しさと安堵の気持ちを感じていた。
そう……俺はこの二人の結婚式に本来なら見る事はできなかったんだよな。俺がルーと一緒に逃げて、だけど二人は追いかけて来てくれて……。
今こうやって、二人の幸せそうな姿を見られるのが……何よりも幸せだ。
俺がそう感じた瞬間、皆からの不思議そうな視線を一斉に感じる。
……なんだろうか?
「ディ……何も泣かなくてもいいじゃねえかよ。なんだよ、俺等を見て感極まったのか?」
「え? あれ……? なんで……?」
気が付けば、俺は両の眼から涙を流していた。絶対に見られなかった幸せな光景を見たからか、俺の涙は止まることなく溢れてしまう。
クロとプルはそんな俺に何も言うことなく、優しく微笑みかけてくれる。
そして、リムとプルは俺を両方からそっと抱きしめてくれる。優しく柔らかく、その暖かい感触に俺の涙はますます流れてくる。
……そうか、この光景を見られて俺は嬉しいんだな。クロが言ったことを守ってくれたことも含めて、嬉しいんだ。
涙で滲む視界の中で、微笑む幸せそうな二人を俺はしっかりと捉える。それから、俺の涙が止まるまでみんなは俺の傍に居てくれた。
「ディ、ちょっとしんどいかもしれねーけどさ。お前も……これから頑張れや。また後でな」
「また……後でね……ディ……。挨拶したら……みんなだけでお話しよう……」
クロは俺を励ます様にそう言うと、笑顔を向けてプルと一緒に去っていく。参加してくれた他の人に挨拶に行くのだろう。
すっかり気持ちも落ち着いた俺は、その背中を見届ける。クロの言う通り……俺も頑張らないとな。
「それで、あのディさん……」
「ディ様……ちょっとお聞きしたいのですが」
「ん? なんだよ二人とも。そんな神妙な顔して……」
「先ほど……クロさんがその……綺麗ってのは惚れてる女にだけ言えって言ってましたけど……」
「それでさっき、私達にその……綺麗だって言ってくださいましたけど……そのー……えっと……」
……あー、クロのやつ変な置き土産を置いていきやがって。さっき台詞わざと言いやがったな。
でもまぁ、ちょうどいいか……。俺も覚悟を決めて、伝えるべきことを伝えよう。
俺はその問いかけにはあえて応えずに、まずはリムに視線を向ける。
「リム、被害にあった女性達の治療って……まだ続いてるの?」
「え……えぇ……。ですが落ち着いてきてますので、あともう少しすればたぶん完治と言えると思いますわ……。その後、どうするかは決めてませんが……」
「そっか……。じゃあ落ち着いたらさ……一緒に来ないか? 良かったらでいいんだけど……三人で旅しようぜ」
「へ?」
キョトンとするリムを尻目に、今度は俺はルーに視線を向ける。
「ルー、俺さ……前にルーに言ったよね。『好きな男ができたら言えよ、全力で応援するから』って」
「は……はい。言われましたね。……えぇ、言われました。はい……」
「いや、しょんぼりしないでくれ。虫が良い話だとは思うんだけど……それ撤回してもいいかな?」
「え? ……ディさん……それって……?」
ルーも目を見開いて驚いている。
それからリムと二人で顔を見合わせると、何故か二人は手に手を取って改めて俺へと視線を向けてきた。何なのその行動?
二人ともそうして、俺の次の言葉を待っていた。
「……正直に言うとさ、まだ俺にはちょっと……誰かに惚れたとかそういうのは考えづらいんだ。だけど二人とは、もっとちゃんと向き合いたい。だからさ、少し時間を貰えないかな?」
本当に、我ながら都合のいいことを言っている気がする。
今まで遠ざけるような態度をしていたのにこの発言だ。引かれて呆れられないだろうか? でも仕方ない……これが今の俺の正直な気持ちだ。
そう考えて二人に顔を向けると……二人はものすごい勢いで俺に突っ込んできた。……って、なんでっ?!
手を伸ばしてきた二人を反射的に抱き留めると、二人は俺の胸の中に顔を埋めて……泣いていた。
「……ごめん、都合いいよな。二人を悲しませるようなこと……」
「違いますわ……!!」
「違います……!!」
俺の言葉は二人にかき消された……。そのまま二人は俺を抱きしめる手に力を込めると言葉を続ける。
「ディ様……良かった……良かったです……。やっと、やっと……」
「ディさん……良かったです……。でも……無理はしないでくださいね……」
二人は俺の言葉に……いや、俺が前に進めたことを喜んでくれているようだった。
本当にほんの僅か、やっと一歩進めた程度なのに、こんなに喜んでくれるなんて思っていなかった。
抱き着かれた部分から、俺の胸の中にじんわりと暖かいものが伝わってくるようで……俺も二人を抱きしめた。
「……二人ともありがとう。これからも……よろしくな」
「はい……はい……!!」
「こちらこそ……よろしくお願いします……ディさん……」
俺もまた、自身の眼から涙が零れるのを自覚した。今日は泣いてばっかりだけど……たまにはいいだろう。
俺がそんな風に考えていると、そっと……本当に軽くだけど、俺の両頬に柔らかいものが当てられる感触があった。
それが二人の唇だと気づいたのは、彼女達が俺から離れた後だった。
「ディ様……これから覚悟してくださいね?」
「私達のこと……ちゃんと見ててくださいね?」
俺から離れた二人は、人差し指を唇に添えつつ微笑んだ。楽しそうなその言葉に、俺も思わず照れくささから苦笑を浮かべる。
「あぁ、二人の事……ちゃんと見るよ」
俺の言葉に、二人は満足気な……とても綺麗な笑顔を浮かべるのだった。
寝取られ勇者は魔王と駆け落ちする ~何者でもなくなった二人は世界をブラブラと見て回ることにした~ 結石 @kesseki
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