114.勇者達の男子会
あー……遠くからリムの叫び声が聞こえてくるなぁ。ものすごいハッキリと聞こえてくる。何叫んでるのあの
いや、周りに人も沢山いるんだからそんな叫ばないで……。たぶん迷惑になるから。
それにしてもさ……バカって言った後に俺が好きって叫ぶって……向こうはどんな状況になっているんだろうか? ルーとかもいるよね? そんな盛り上がってるの?
ちょっとだけ照れくさい思いをしていると、変な視線が送られてくることに気が付いた。視線の主は……クロとバウルさんだ。
揶揄うような視線を俺に向けて、ニヤニヤとした笑みを口元に浮かべている。ちくしょう、酒以外の理由で頬が熱くなってくる。
「いやぁ……愛されてるなぁ、ディ?」
『うむうむ、愛されてるのぉディ殿は』
「うるさいよ二人とも」
茶化すようなその言葉に、俺は口を尖らせる。あーもー……相当酔ってるんだなリム……。なんか鬱憤でも溜まってたのかなぁ?
「しっかしさぁ、リムって酒強く無かったっけ? すげえ酔ってるみたいだけど……あんな叫び声はじめて聞いたぞ?」
「あん? 確かにあいつ強いけど酒癖は基本的に悪いぞ? それって、お前の前では理性保ってただけだろ。惚れた男の前では……っていじらしい乙女心ってやつじゃねーの?」
『ほぉ、それが本当なら確かにリム殿はいじらしいのぅ。そんな風に思われてるディ殿は幸せ者じゃなぁ』
……そんな風に思われていたのかと俺の頬はますます熱くなる。
いや、俺の目の前でも気兼ねなく飲んでくれて良いのに。
もしかして、一見普通だったけど最後に二人で行った時も抑えてたのかな? よく考えたらあの時って初めてリムと二人で飯食ったんだよな。酒も飲んで……。
んで、一緒に帰ってきたんだよな。
「……本当に……こんな俺に対してそう思ってくれているなら……幸せ者だよ俺は……もったいないくらいだ」
あの時の事を思い出しながら、すこしだけしんみりした気分になった俺は酒をあおるように飲む。
「クロもバウルさんも改めてありがとな。……黙って居なくなったのは本当にすまなかったよ」
「あぁ、もう気にすんな。謝られても酒が不味くなるだけだよ。理由が理由だからな……気持ちは分からないでもない。こうやってまたお前と酒飲めるんだ……それだけで竜の里での修業に耐えたかいがあったってものだぜ」
『うむうむ。主殿とプル殿の頑張りは凄かったからのぉ。儂等の試練を突破したばかりか、竜の秘宝である斧と杖にまで認められたのだから』
そんなことを言われると、ますます申しわけない気分になってしまう。気にするなと言われてもクロ達がどれだけ頑張っていたのかは、先ほどまで色々と聞いたのだ。
まさか俺を追いかけるために、竜に乗せてもらって移動しようとするなんて発想をするとは……。大胆な奴だなホント……。
それに、さっきのクロの一言も少しだけ驚きだ。
「……クロから乙女心なんて言葉を聞く日がくるなんてな。修行して、その辺も成長したってことか?」
「はっ!! その辺に関しちゃあ今や俺の方が先輩だぜ? 乙女心だってよーく分かるさ。何でも聞いてくれよぉ後輩君?」
『……いや、主殿はよくプル殿に怒られとるじゃろ。デリカシーが無いって』
「余計なこと言うなよおっさん!! それに最近はほら、怒られる頻度も減ってるだろうが」
いや、怒られてはいるのかよ。
あー……なんか安心したわ。
俺たち三人は再び笑いながら酒を飲む。つまみはバウルさんが適当に持ってきた肉の串焼きや野菜を丸ごと焼いたものがあって、朝まで尽きることは無さそうだ。
楽しい酒だよ。本当に。
こんな風に、男同士で酒を飲む日が来るなんて思ってなかった。
そんなことを考えてたら……クロのやつがとんでもないことを言い出した。
「なぁ、ディよ」
「ん? なんだよ。あ、酒が空か? 次は何を飲む……」
「お前って、まだ童貞?」
俺はその言葉に身体を固まらせて沈黙してしまう。
別に答えに詰まったからとかじゃない……その言葉はだいぶ前に……俺がこいつに言った言葉だからだ。
クロは俺の返事を待つように笑みを浮かべている。あの日の俺も、こんな顔をしてたんだろうか?
あの時の仕返しか、この野郎。
「……童貞だよ。残念ながらな」
「お、素直じゃねーか」
「お前みたいに嘘を吐いて、見栄を張る必要は無いからな」
「言ってくれるな。しっかしなんだよ、あんな美人二人もいてまだ手を出してないのかよ。二人とも、どう見てもお前のこと好きだろ」
『なんじゃ、ディ殿はまだおなごを知らぬのか。てっきりあの二人のうちどちらかと恋仲かと思っとったんだがのう』
クロとバウルさんの言葉に、俺は言葉を詰まらせてしまう。
確かに……あの二人は美人だし、俺を好いてくれている。そんなことは分かっているんだ。
リムは直接的に、言葉で好意を俺に伝えてくれている。
ルーだって……
だけど俺にはその気持ちに気づかないふりをして、蓋をしている。そのうえで……ルーには「好きな男ができたら言えよ」なんてことを言ったのだ。
嘘を見破る能力を得た俺が、今や一番の嘘吐きだ。
なんとも笑えない話だなこりゃ。
「あぁ、二人が俺のことを好きだって思ってくれてるのは……知ってるよ」
俺は素直に二人に白状した。きっと、酒のせいだ。
まぁ、ルーの方は俺の勘違いじゃ無ければ……だけど。それでも、王女様の時と比較すると一目瞭然だと思う。
思い返すとあの人は俺と話す時は、そういう態度は全く無かった。
当時の俺は、そんなことにちっとも気づくことはできなかったけどね。
女性経験が少なかったから仕方ないというか……フラれたから気づくことができるようになったというか……。
あの時に気づいてたら、何か変わっていただろうか?
ちょっとだけ情けない思いをしていると、クロはため息を一つ吐いて、苦笑を浮かべた。
「……お前さぁ……いっそのこと二人と付き合っちまえば? お前なら許されると思うぞ?」
とんでもないこと言い出しやがった。二人ともって……。いや、帝国じゃ有りらしいけどさ……。
「許される許されないじゃあねーだろ。そんなもの二人に失礼……」
「それ本心か? じゃあお前はあの二人の……どっちを選ぶんだ?」
選ぶという質問に、俺の心臓が一瞬だけドクンと大きく鼓動し、それからなぜか一気に指先が冷たくなった。
クロもバウルさんも先程までの笑みを消して、真剣な表情で俺を見てきている。なんだか全部……見透かされているような気分になってしまう。
「……悪いけどよ、俺は頭悪いから言ってくれないとわかんねぇぞ? 全部吐き出しちまえよ。今は酒の席だ、なんでも言っていいんだぜ? ここには俺等しかいないしな」
『そうじゃのう……女性陣が居たら話せないこともあるだろう。儂等で良ければ聞くぞ? ほれ、この酒も美味いぞ、飲め……』
バウルさんが俺に追加の酒を注いでくれて、グラスに入ったその液体を俺は一気に飲み干した。度数がかなり高めなのか、喉が焼けるように熱くなり、その熱さがゆっくりと腹の中にまで染み渡っていく。
かなり辛めで目が覚めるような刺激を受けるけど、スッキリとした後味の酒で……。
その刺激に促されるように、俺はポツリと呟いた。
「怖いんだよ……色々とな……」
「怖いって……?」
「本当に、色々だよ。もしかして、好意に応えた後に誰かに取られるんじゃ無いかとかな……」
「ディ……俺はあっちの嬢ちゃんのことはよく知らねーけどよ……リムがお前を裏切ると思ってんのか?」
クロのその声色は優しいものだが、その中に若干の怒気が混じっている。
そんな風に怒ってくれるのが、少し嬉しかった。俺だって……自分の言った内容には怒りが湧いてくるのだ。
「思ってねーよ。頭では理解してる。あの二人は、絶対に俺を裏切らないって分かってるし、信じてるよ」
「じゃあ……」
「それでも、そういうことを考えると胸の中がざわつくんだよ。情けないけど、あの時の光景を思い出しちまうんだ」
あの光景。
信じていた王女様と、信じていた団長が絡み合っていた光景……。
あの二人の立場に立って考えれば、先に団長の方が好きだったのだから仕方ないし、今では納得している。納得しているはずだ。
けど、あの時に感じた身体中が冷たくなって、震えて、泣くことも出来なくて、身を切られるような思い。
あれをもう一度味わったら、たぶん俺は気が狂ってしまう。
「それにさ、好きだと思った相手に選ばれないって……凄い辛いことだったんだなって、分かっちゃったからさぁ……」
リムも、プルも俺に告白してくれている。それを俺は王女様がいるからと断った。
それがどれほど辛いことなのか知ってしまったから、どちらかの好意に応えたら……選ばれなかった方はと、考えてしまう。
我ながら、ウジウジと情けない話だ。
それは分かってるんだけど……どうにも区切ることができない。そんなことを考えていると、目の前にクロが立っていた。
クロは優しい笑顔で腕をゆっくりと振り上げて……振り上げて?
そのまま勢いよく、クロは手刀を俺の頭にぶち当てた。
油断もあって、その衝撃に俺は前から地面に倒れてしまう。
「ウジウジしてんじゃねーよ、チョップかますぞこの野郎」
「もうしてるじゃねーか! いきなり何すんだこの野郎!!」
「必殺クロチョップのコツは、親指を内側に曲げて拳を握るように力を込めることだ。指は真っ直ぐじゃない方が威力が出るぞ」
「技の詳細を聞いてるんじゃねーよ!」
目の前に星が見えるかと思うくらいの衝撃が頭部に来て、俺は頭を押さえながら思わずクロに怒鳴りつけてしまう。
だけどそんな俺の言葉にクロもバウルさんも涼しい顔をしていた。
「よし! 俺のこのチョップで、お前の頭の中からアホな光景は飛んでったはずだ! もう大丈夫だ!」
歯を見せて笑うクロの表情に、俺は目を点にしてしまう。いきなり何を言ってるんだこいつは。
「お前が辛い記憶を思い出すたび、俺が頭叩いてその記憶を飛ばしてやる!」
「えぇ……なんだその理屈は……無茶苦茶だろ……」
「知らん、俺がそう決めた。お前が辛い記憶に縛られるなら俺はその記憶を無理矢理にでも追い出してやる! もう一発行っとくか?」
『主殿は相変わらず何と言うか強引じゃのう……。強引と言うか脳筋と言うか……』
バウルさんが呆れたように呟くのだが、その顔には笑みが浮かんでいる。クロは俺の頭にもう一度チョップを繰り出そうと手を振りかぶっていた。
その姿を見て、俺はなんだか笑いがこみあげて来て、思わず大声で笑ってしまう。
辛い記憶はまだある。だけど、こうやって励ましてくれる友がいることがそれ以上に嬉しかった。
「あー……なんだろうな、クロと話してると悩んでいたのがなんか馬鹿らしくなってくるな」
「お前がアホだからだろうが。だいたい選ばれないのが辛いからどっちも選ばない? そっちの方が不誠実だろうが。そんな悩んでんなら二人と付き合って、それから考えろや!」
『いや、それもどうなんじゃろう……。それはそれで不誠実な気がするぞ? 我が主ながら馬鹿な考えと言うか……』
「おっさんはどっちの味方なんだよ!?」
二人はそのまま取っ組み合いの喧嘩のようなじゃれ合いを始めてしまう。
なんだろうな、この気分は。別に過去にあった事実が変わるわけじゃないのに……少しだけ気分が楽になった。
それからしばらく、俺は二人の取っ組み合いを見ていたのだが……クロがいきなり何かを思いついたように立ち上がる。
「よし!! ディ、ついて来い!! お前に俺の男気を見せてやる!!」
「なんだよいきなり……っておい、どこ行くんだよ?!」
俺の返事を待たずしてずんずんと進むクロを俺は追いかける。しばらくついていくと、クロはルー達女性陣が飲んでいる場所で立ち止まった。
リムが顔を真っ赤にして酒を飲んでいて、ルーも同じく顔を真っ赤にしてリムと肩を組んで……プルとメアリちゃんがその二人を宥めていた。
何だこのカオスな状況。
「あ~……ディしゃまら~……ディ~しゃ~ま~!! わたしさみしーんれすのよ~!! もうおいてっちゃやーですー!!」
「アハハハハハ! ディさーん!! マーちゃん飲み過ぎてますよー!! 私も飲んでますよー!! 今日は三人で一緒に寝ましょーねー!!」
うっわ、二人が酔ってめんどくさいことになってる。ルーもリムもこんな風に酔うのかよ、初めて見た。
クロはこれを俺に見せたかったのか?
とか思っていたら……クロは二人には目もくれずにプルを真っ直ぐに見据えていた。
「どしたの……クロ? ……そっち……もうお開き?」
首を傾げたプルの質問には答えず、クロは跪いてプルの両手を優しく握ると真剣な表情で彼女へと告げる。
「プル、愛してる。結婚しよう」
「は?」
「へ?」
『おぉ、クロ様大胆!』
唐突なプロポーズに脳の処理が追い付かず、全員が呆けた声を上げる。
プルは最初、クロの言っている意味が分からずに首を傾げていたが……徐々にその顔を赤らめて震えながら慌てだす。
「なななななななにゃにをいきなり?!」
「ディとのことも片付いたからよ、この街で結婚式、あげようぜ」
「だだだだだだだからって突然……!!」
「前から言ってたろ。ケジメつけたら結婚だって」
慌てて真っ赤になるプルを尻目に、クロは俺の方を振り返る。プルの手を握ったままで。
「ディ、俺達を見てろ。大丈夫だって、俺が証明してやるから安心しろ。だから、逃げんなよ。どういう答えを出すにせよ……絶対に逃げんな」
そう言って、また歯を見せてクロは笑った。
「お前はたくさん傷ついた。だからってわけじゃないけどよ。人の倍、愛情をもらってもバチは当たんねーと思うぜ?」
「クロ……あぁ、分かったよ。ありがとうな」
なんの話と首を傾げるプル相手に、クロはこっちの話だと誤魔化す。そして、また笑う。プルもつられて、顔を真っ赤にして笑っていた。
周囲の人達も唐突なプロポーズを聞いて、クロ達を囃し立て、さらに酒を飲みまくる。今日一番の盛り上がりを見せているかもしれない。
俺もそんな幸せそうな二人を見て笑った。
逃げるな、か……なかなかに俺の兄貴分はきついことを言ってくれる。
でも、今はその言葉が妙に嬉しかった。
だから俺は……頑張ろう。二人に対して、もっと真っ直ぐに向き合おう。どういう結果になるにせよ、それが俺にできる精一杯の誠意だ。
そう、思っていたんだけど……。
「ディしゃま〜……ふたりーがー…結婚ですってー……うらやましいにゃあ〜……私も結婚しちゃいにゃ〜」
「アハハハハハ!! 結婚いいですよねー! ディさん、どんなー結婚がしたいですー? ドレスとかどんなの好きですー? それとも初夜の方が興味ありますー?」
この左右から俺にしなだれかかってくる、酒臭いのに良い匂いもする、矛盾した酔っ払い女子二人にどう対応したものかと……。
俺は夜空を見上げながら、早速逃げたい気分になってしまうのだった。
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