113.魔王と聖女は託される
ディ様って夜の方はどうなんですか?
そんな、可愛い顔に似つかわしくない割とエグめの質問が飛び出してきました。何言いだすんですかメアリちゃん?!
夜の方……そう言われて察せられないほど、私も初心なわけではありません。
当然ながらその質問の意味は分かっているつもりです。……主に本からの知識ですけど。
知らない間に私の両頬は熱くなってしまいます。これは決してお酒を飲んだことが理由ではないでしょう。
「ななななななにをいきなり言うんですか?!」
「よよよよよよるの方って、意味分かって言ってますの?!」
「メアリ……いきなり……何言いだすの……」
私達は三者三様の反応を示しますが、プルちゃんだけは冷静です。私とマーちゃんは焦りからうまく言葉を出せなくなってしまいました。
そんな私達の反応を見て、メアリちゃんは頬に人差し指を当てながらキョトンとして首を傾げています。
『え? でも繁殖は大事ですよね? 私の婚約者は竜のクセにその辺マゴマゴしてて、じれったいんですよ! だから里に帰ったら押し倒そうかと思ってまして! 参考までに経験者の話をお聞きしたいんです!』
「えっと……じゃあその……メアリちゃんはご経験は
?」
『まだです! アイツ肝心な時にヘタレるんですよ! こっちはいつでもいいのに、直前で止めちゃうんですよ! 私……魅力ないのかなと思ったんですけど、そうじゃないって言うし』
しっかりと意味を理解して言ってました……。しかも私達より先に進んでるご様子で……。ちょっと凹みます。
でも……えぇ……?
こんな無邪気な笑顔で、そんな話題を出されるなんて思ってもみませんでしたよ?
押し倒すって……。
「……二人ともごめん……そう言えば竜って……その辺はあけすけ……と言うか私達と恥ずかしがるポイント……ちょっと……違うんだよね……」
プルちゃんは額に手を当てながら私達に謝罪します。コレが種族差ってやつなんですね……。
いや、プルちゃんは悪くないです。あくまでも種族差の話ですし。でも……そんなプルちゃんを見て私に疑問が浮かびます。
「……参考にするなら、プルちゃんがいるのでは?」
「そうですわよねぇ。一番身近な経験者でしょうし……?」
私達は二人とも何気なく言った一言だったのですが、その言葉にプルちゃんの顔はあっという間に赤くなっていきます。
そして、素早くメアリちゃんの方に視線を送りました。
『ご主人様は参考にならないんですよ! だって、全然自分からは行かないで、いっつもクロ様から……』
「メアリ……黙ってて……!! 余計なこと……言わないで!! て言うか……なんで知ってるの?!」
『え? だってご主人様いつも慌てて防音魔法かけるの遅く……え、ちょっとご主人様なんで?! ちょっと口を押さえないグェ?! モガモガ……!!』
「いいから……!! 私の事はいいから……!!」
あー……なるほど。
大人しいタイプのプルちゃんは、グイグイ行くタイプのメアリちゃんとは違うから参考にならないんですね。
納得です。
「はぁ……。プルもやる事やってるんですのねぇ……。妹分に先を越されて嬉しいやら寂しいやら……」
「うぅ……。リム……うるさい……!!」
私の横でマーちゃんが感慨深げにため息をつきながら微笑んでいます。
その笑みは、羨ましさ半分、安心半分と言った表情に見えました。言葉通り、お姉さんみたいな表情です。
……ちょっと侍女長を思い出しました。義姉さん、元気ですかね。兄さんと仲良くしていればいいんですけど。
それからメアリちゃんに余計なことを言わないよう、黙るように言い含めて、それに彼女が頷いたところでプルちゃんはようやく口から手を離します。
残念です。ちょっと聞きたかったんですけどね。お酒がもうちょい入ったら聞けますかね?
そして彼女は私とマーちゃんに順番に視線を送ると、場を切り替えるようにコホンと小さく可愛らしい咳ばらいを一つします。
「……でも……私もちょっと気になる……。ディって今……どうなの? 二人とも……その……ディと……その……シタの?」
『えー? 自分のは言わせないでお二人に聞いちゃうんですかご主人様? って、睨まないでください怖いですから、怒んないでください!』
「メアリ……違う……怒ってない……」
プルちゃんの言葉に私とマーちゃんは揃って赤面して黙ってしまい、メアリちゃんは茶化す様にプルちゃんを煽るのですが……。
プルちゃんは一度首を左右に振ると、グラスに入ったお酒をグイッと一気にあおります。
そして、グラスから口を話すと少し真剣な表情になりました。
唐突なその表情の豹変に、プルちゃん以外の三人が彼女の次の言葉を待つように黙ります。
「……これはちょっと真剣な話……。単刀直入に聞くけど……。ディって……今さ……女の子の事……好きになれるのかな?」
『それってどういう……? あっ……!?』
その言葉に、メアリちゃんは何かに……。いえ、私たち全員がプルちゃんの言葉に意味に気づきました。
「……そうですわね。あえて考えないようにしてきましたけど……どうなんでしょうねぇ……」
「正直に言いますと……。少なくとも……私達二人はディさんとそういう関係にはなっていないのは確かです」
ちょっとだけ……気分が沈んでしまい私もお酒に口を付けます。マーちゃんも、一気にお酒を煽って気分を少しでも高めようとしているようです。
「そう……ちなみに聞くけど……何かアプローチ……やった?」
アプローチ……と言われて、私が真っ先に思い出すのは一緒に寝たことです。
その時もディさんは私に何もしてきませんでした。それを言おうとした時……。マーちゃんが静かに手を上げます。
「はい……リムさん……どうぞ……」
「はい、それじゃあお話します。プル、覚えてます? 魔王との決戦前に貴女とクロを二人っきりにした時のこと」
「あ……うん……。覚えてるよ……。色々と……」
手を上げた彼女は、プルちゃんに促されて話をし始めます。
どうやら、私と出会う前……私の知らない話のようです。プルちゃんは頬を染めて少し幸せそうに微笑んでます。
そんな彼女に柔らかい笑みを向け、マーちゃんは言葉を続けます。
「初めての大事な思い出ですものね。忘れませんわよね」
「う……うるさいなぁ……。その時が……どうしたの?」
「その時、私もディ様と二人っきりだったんです。そして……実はちょっと色々と、その時にさりげなーく、ほんとにさりげなーくアプローチしたんですけど……」
「え……そんなことしてたの……?」
ちょっと驚きです。魔王との決戦前ってことは、その時はディさんは事情を明かしてなくて、例の王女と婚約関係だと思われてたのに。
プルちゃんが引いたように顔を引きつらせ、ちょっとバツが悪そうに苦笑いしながら、マーちゃんは続けます。
「アプローチ……と言っても酔いに任せてディ様にくっついたり、胸を押し付けたり、ちょっと前をはだけて誘惑する程度だったんですけど……」
「いや……リム何やってんの……。しっかり暴走してるじゃない……」
「だって初めての二人っきりだったんですよ?! それまでディ様は絶対に女性と二人っきりになること避けてたのに! ご飯に誘われた時の私の気持ち分かります?! ときめいて、ちょっとくらい想いが再燃しても仕方ないじゃないですか!」
「わ……分かった……ごめん……続けて……」
あまりの勢いに、プルちゃんは少したじろいでしまっています。
よく見ると、マーちゃんのグラスはいつのまにか空になってました。いや……それどころか、酒瓶一本空いてません? え? あの一瞬で空けたんですか?
もしかしなくても……酔ってます……?
「でもね、ディ様は私に何もしなかったんですのよ? アレに裏切られてたのに……私に何も手を出さないで……優しく宿まで送ってくれて……すっごい幸せな一時でした……けど……」
ちょっと切なそうにマーちゃんは笑みを浮かべます。きっと誘惑とか、くっついたりとかしたとは言ってますけど……ディさんはきっと自分には何もしないと思ってそうやっていたのでしょう。
だけど実際は違った。裏切られて、それを隠して自分と一緒にいた時……彼がどんな気持ちだったのか想像してしまっているのでしょう。
「マーちゃん……」
「裏切られてたから……いいぇ、裏切られてたからこそ……。余計に私には何もできなかったのでしょうね……改めて気づけなかった自分に腹が立ちますわ」
ギリッと音が聞こえるほどに奥歯を噛みしめたマーちゃんの言葉はそこで終わります。プルちゃんは納得したように頷くと、私の方に向き直りました。
「なるほど……それで……ルーの方は……何かした?」
「私は、一緒のベッドで寝たくらいですかね。あとは……おんぶとかしてもらいましたけど」
私の言葉にプルちゃんは目を見開いて驚いて、マーちゃんはやっぱり羨ましそうに私に視線を送ってきています。
いや、あの時はその……色々とあったんですよ
「ディは……それで……何もしてこなかったの? ルーと一緒の時は……もう……気兼ねない状態……だったのに?」
「……何もありませんでした。メアリちゃんじゃないけど、私に魅力ないのかなぁってちょっと落ち込みますよね」
私は苦笑を浮かべますが、プルちゃんは少し悲痛な表情を浮かべます。
メアリちゃんも先ほどまでの元気いっぱいの花の咲く様な笑顔ではなく、悲し気な表情をしていました。
「ディってね……自分はすごく惚れっぽいって……前に言ってたんだ……。私が……告白した時……自分で言ってた……。王女様の事もすぐに……好みじゃないのに好きになったって……。そのディが……二人になにもしないのは……やっぱり怖いんだと思う……」
初めて聞くディさんの情報に、私もマーちゃんも固唾を飲んでしまいます。ディさんが惚れっぽいって……全然そんな素振り見せないのに……。
「怖いって……。好きになるのがですか?」
「たぶん……ディの場合は……裏切られるのが……怖いんだと思う。私もね……ディにフラれた後……ちょっと違うけど……しばらくは人を好きになるの……怖かった……」
黙って私はプルちゃんの話を聞きます。そうですよね、マーちゃんもプルちゃんもディさんに告白して……そしてフラれてるんですよね。
……私は? そう言えば私は、ディさんに何も伝えて無いです。
先ほど私は、ディさんはどうするつもりなのかと思ってましたけど……。私はどうしたいんでしょうか。
『好きな男ができたら言えよ』
その言葉を私に告げた時のディさんの顔が思い浮かんで、私の胸は少しだけ痛みます。
ディさんは笑ってたけど、あの言葉をどういうつもりで言ってたんでしょうか?
私はあの言葉に……どう答えるべきだったんでしょうか。
「幸いね……私はクロが……いてくれた。クロが私に好きだって……言ってくれて……それから二人でいるようになって……。時間はかかったけど……私もゆっくりゆっくり、クロが好きになっていった」
その言葉を言う時のプルちゃんは本当に幸せそうで、同じ女性なのにドキドキしてしまうほどに色っぽい表情を浮かべています。
思わずその表情に見惚れていると、彼女は私達の手を取って……真っ直ぐに私達の目を見てきました。
「だからね……二人はディの傷を癒してあげて……。ゆっくりでいいから……。私はクロに……癒してもらって……彼が好きになったから……二人なら私の時より……早くできるよ」
私はその言葉を受けて……ハッキリと答えます。
「任せてください」
「私は元から諦めるつもりはありませんでしたわ、プルも幸せになるんですのよ?」
私達は彼女の手を握り返して、それからお互いに笑顔を交わします。メアリちゃんも私達の手に自身の手を重ねてきて『ディ様の事、よろしくお願いします!』と元気よく笑顔を浮かべてます。
それから私達はしばらく手を握り合い……誰ともなくその手を離します。これは……私達四人の誓いです。
ディさんを、幸せにしよう。絶対に。
『さて、それじゃあこっからは気分を変えて飲みなおしましょう! 明るく楽しく! ディさんをどうやって押し倒すかの作戦会議でも良いですね!!』
「メアリ……無理矢理はダメ……」
メアリちゃんもいつもの調子に戻ったところで、私は改めてお酒の用意をします。その時ふと、気になることができたのでマーちゃんに質問をしました。
「そういえばマーちゃんは、ディさんにフラれて怖くなかったんですか? なんか、ディさんからはチラッと、一人教会で幸せを祈るつもりだったって聞いてましたけど……」
「私はほら、そう言っておいてディ様の愛人枠をこっそり狙ってましたから。魔王を倒して帰国してから実は聖女でしたーって明かせば、それくらいの我儘は通るか、国の方がむしろ私を二人目としてディ様とくっつけようとするだろうなって計算してましたの」
「リムは……終始ブレないし……本当に怖い……。でも今は……それが頼もしい……」
その会話に苦笑を浮かべながらも、改めて私達はお酒をグラスに注いで乾杯しなおします。
お酒の度数は少しきつかったですけど、今の私達にはちょうど良いかとそのまま飲み続けました。
そして……しばらく経つと私はそれを少しだけ後悔することになります。数刻の後、そこには酒に酔った彼女の姿があったからです。
「だ~か~ら~……ディ様はあの時にぃ~~……わたしの事をォ……抱くまではいかないでもォ……おっぱい揉むくらいはしてけってんですよォ!! わらしのおっぱいじゃダメかぁ!? おっぱいがダメならキスですよぉ!! キシュゥ!! ブチュッとぉ!!」
「いや、あの……マーちゃん……飲み過ぎじゃ……」
「男ならぁ!! キスの一つもしてけぇ!! ていうかそれ以上の事をしてけぇ!! わちゃしはなにしゃれてもぉいいのにぃ!! してくれなぁいんですよぉ!! どう思いますぅルーちゃん?!」
「あ、いや、そうですね……その……ディさんらしいとしか言えないというか……」
「そうなんですよぉぉぉぉぉぉ!! ディ様のバカァァァァァァァァァ!! でもそんな所が好きィィィィィィィィ!!」
叫びながらさらにマーちゃんはお酒をあおります。私も一緒にお酒を飲みます。
プルちゃんとメアリちゃんはすでにジュースに移行してます。逃げられました。
こうして、ベロンベロンに酔ったマーちゃんの相手を、私たち三人は苦笑しながらするのでした。
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