111.勇者は竜達と再会をする
『おぉ、ゆ……じゃなかったディ殿、こちらにいらっしゃったか。お久しぶりじゃのう……って、何をしているんじゃ?』
俺が両手でルーとリムを同時に撫でていると、緑の布地に美しい金の刺繍が施された荘厳な服を着た大柄の男性が現れた。
竜王であるバウルさんだ。
竜の里に普段は籠っていて、人間の前にはめったに出てくることは無いとされる全ての竜の王だ。会うのは……攫われかけてた娘さんを助けて以来か。
「久しぶりですね、バウルさん。この状態は気にしないでください」
『ふむ、お主が言うなら気にせんが。しかし本当に……本当に……久しぶりじゃのう……ひさし……ひさ……ウオォォォォォォォッ!!」
バウルさんはその目にあっという間に涙を溜めると、物凄い速さで俺に突進してくる。
そのとんでもないその速度に二人の頭を撫でていた俺は面食らってしまうのだが、正直目で追えない速度では無かった。
だけど今の上手く身体の動かない俺にはその突進を受け止めることも避けることもできそうにないなぁ……と思ったのだけど、バウルさんの身体は俺の目の前で止まる。
分厚いガラスにヒビが入ったような、ビキィッッという音とともにバウルさんの突進が止まった。
よく見ると……俺とバウルさんの間には金に輝く光の壁が存在していた。
「竜王様、申し訳ございませんがディ様は動けませんので、突進されると怪我をしてしまいますわ」
『お……おぉ、すまなんだ僧侶殿。いや、今はせ……じゃなくてリム殿か。ついつい感極まってしまっての、主殿達にしたように抱きしめるところじゃったわ』
「おっさん、流石に今のディにはおっさんの抱きしめはきついんじゃないか? そういえば、嬢ちゃんは一緒じゃないのか?」
抱きしめられたのかよ、クロ。
しかも、お前がきついってことは今の俺がやられたら、確実に骨は何本か行くだろうな。
そして嬢ちゃんって……えぇっと……。そっか、娘さんも来てるのか。懐かしいな、助けて以来かな?
『ん? メアリのやつは……あれ? どこいった?』
そこで冷静になったバウルさんは周囲をきょろきょろと見まわしていた。
『私はここにいますよー。ディ様お久しぶりです!! メアリです!! わかりますか?』
少女の声は上の方から聞こえてきた。
そちらに視線を向けると、薄いピンク色の生地に金色の刺繍が施された、可愛らしいワンピースを着た少女が浮いていた。
とても元気な挨拶なのだが……えっと……上空にいるからその……スカートが……いや、今は夜だから見えないけど。
そのまま彼女はふわりと俺の目の前に降りてくる。その間俺は……ルーに目隠しされていた。
「ディさん……流石に女性のスカートの中を覗くのはマナーとか色々と違反です」
「いや、今のは不可抗力じゃないか? あと、一応言い訳しとくけど、暗くて見えないからね」
『アハハ、人化してる状態だから別に見ても平気ですよー。人間社会は服が無いとダメって、不便ですよねぇ』
実はルーの指はかなり細いから隙間から少しだけ見えるのだけど、そもそも暗いからスカートの中は見えないし、そんな積極的に見る気も無い。
そのまま地面に降り立ったメアリちゃんは、スカートがふんわりと持ち上がり太腿まで露にしてしまうのだが、慌ててスカートを抑えるような行為は一切しない。
自然にスカートが元に戻るのを待っている。
本当に服の状態にはあまり関心が無いような感じだ。
ルーは俺の両目から指を外すと、やっと、視界が開けた。そこには……少女特有の無邪気な微笑みを浮かべたメアリちゃんが立っていた。
大きくなったなぁ。子どもの成長は早いってことなんだろうか。
『お久しぶりです、ディ様!! メアリです!!』
メアリちゃんはスカートの端をちょこんとつまむと、そのまま優雅なお辞儀を披露する。
無邪気で元気いっぱいの声とその所作がアンバランスで、どこか微笑ましい気分になってくる。
これだけ練習したんだろうか?
「久しぶりだね、メアリちゃん。元気だったかい? もう好奇心に負けて、人間に捕まるような場所に行ってないかい?」
『大丈夫です! 私もうすっごく強いんですから!! たとえ捕まっても返り討ちです! まぁ、プル様……ご主人様には負けちゃいましたけどね』
カラカラと笑いながら、メアリちゃんは下をペロッと出した。
プル……メアリちゃんに勝ったんだ。え? なんで勝負してるの?
「メアリちゃん……プルの事をご主人様って言ってるの? なんで?」
『はい! 私の試練に勝ったプル様がご主人様です!!』
試練……って?
聞きなれない言葉に詳細を聞こうと思ったんだけど、メアリちゃんは笑顔で元気いっぱいに色々な情報をまくし立ててきた。
久々に俺に会えて嬉しいと言ったと思ったら、この料理が美味しかったけど食べましたかとか、身体の調子はどうですかとか労わってきたりとか……。
そんな感じに話が飛ぶ飛ぶ。
この年頃の女の子ってこういうものなの? 話題もそうだけど元気すぎてビックリなんだけど。
そんな感じで話が飛んでいた中で、メアリちゃんはルーとリムに気が付いたようにそちらに視線を向けた。
『リム様! リム様もお久しぶりです!! そちらの方は……はじめまして! メアリです!! ディ様の恋人さんですか?!』
「お久しぶりですね、メアリさん……。お元気そうで……と言うか元気過ぎです……」
「はじめまして、ルーって言います。ディさんとはその……えっと……ま……恋人とかじゃないですけど、一緒に旅をしてます」
『あ、もしかして貴方が噂の元……じゃなくて……えっと……凄い偉かった方ですか! 可愛らしい方なのにすごく強いですね!!』
二人の手を握りぶんぶんと振りながら、メアリちゃんはやっぱり元気いっぱいに挨拶している。
「メアリ……二人が困ってる……もうちょっと……トーンを抑えて……」
『あ、ご主人様!! そうですか、じゃあ普通にお喋りしましょう!! ディ様!! お二人をお借りしてもよろしいですか?! 私の知らないディ様の事ををいっぱいお聞きしたいです!』
「えっと……二人さえよければ俺は構わないけど」
先ほどまでは二人に介護されながら座っていたけど、今はだいぶ体力が回復した感覚がある。
これなら、二人に支えられるようなこと無く歩けそうだ。
それにここにはクロもいるし。最悪、食べたいもの、飲みたいものはクロに取ってきてもらえばいいだろう。
俺の話を聞きたいってのはちょっと恥ずかしいけど、自分で話すよりは誰かに話してもらった方が良いし……。
何より、今の俺にこの元気いっぱいのメアリちゃんの相手をするのは少し……いや、だいぶキツい。
二人もそれを察してくれたのか、別な場所で女性陣だけで話をするために移動していった。
メアリちゃんは移動中にも細かくこちらを振り返りブンブンと手を振ってくる。
俺もその手に振り返し、姿が見えなくなるまでは、移動する彼女達を見送った。
後には俺とクロ、それとバウルさんの3人だけが残る。
男だけで三人になるとか、凄い久しぶりだな。
『すまんなぁ、ディ殿……。娘は少々……いや……だいぶはしゃいでしまっているようだ』
「いや、かまいませんよ。メアリちゃんも……元気そうでよかった」
「いやぁ……あの元気さはお前に会えたからだと思うぞ……。本当に、会いたがってたからなぁ……」
『そうじゃのう……恋心……とはまた違う。憧れていた人物に会えて、自分でもわけわからん状態になっているのじゃろうな』
俺が憧れねぇ……ただ助けただけなんだけど、そんなもんなんだろうか。いまいちよく分からない。
まぁ、元気な姿を見れただけ良かったと思う。
『ディ殿、死んだと聞いてたお主とまた会えて嬉しいぞ。これはとっておきの酒……と言う話じゃ。三人で飲もうではないか』
「いいな。俺もとっておきの料理を作ってきたからよ。食ってくれ」
クロの作ったという料理はテーブルの上に乗せられ、バウルさんは持ってきた酒を三つのグラスに注いでいく。
そして、それぞれがグラスをその手に取り。誰ともなくその器を軽くぶつけ合う。
「改めて……乾杯」
「乾杯!」
『乾杯じゃ!!』
二人はグラスに入った酒を一気に飲み干した。
俺はと言うと、かなりのアルコール度数が高そうな酒に一瞬だけ顔をしかめてしまうのだが……二人が美味そうに飲むのを見て口を付ける。
かなり香りの強い辛口の酒だ。だけど、スッキリとしていてクセが無い。
飲んだ後に舌の上に残るかすかな甘さが、なんだか懐かしい感じがする。
うん、とても飲みやすい。
グラスに入った氷で酒が冷やされているのも飲みやすさに一役買っているのだろう。
何の酒だろうか? いや、かなり高いんじゃないか?
『うむ! 美味いのうこの酒は!! あの公主は良い仕事をするな! 酒も料理も美味く、人も沢山呼んでくれた。こんな楽しい宴は久々じゃ』
公主って言うと……ノストゥルさんだろうか。え? これ全部、ノストゥルさんに用意してもらったの?
「えーっと……バウルさん。この宴会ってもしかして……バウルさんが?」
『うむ、上空からお主等の喧嘩を見てたら酒が飲みたくなってのう。戦いが終わったらディ殿が酒を奢ってくれると言っていたので、先に用意させてもらったよ。喧嘩に間に合わなかったのは、残念だがな』
ニヤリと笑みを浮かべたバウルさんを見て、俺は集まっている人々に視線を送る。
この共同墓地には今、大量の人と竜族がいる。
夜中とは思えないほどに大勢の人が居て、全員が思い思いに酒を飲んだり、料理を食べたりしている。
中には見知った顔もいるし、全く面識のない人もいる。
でもみんな、笑顔でこの宴会を楽しんでいるのは理解できた。
きっと、お祭り好きな人を集めたのだろう。勝手に来たけりゃ来いとかしたのかもしれない。その辺、竜は豪快だ。
しかし、これ全部を俺が奢るのかぁ……。手持ちの金で足りるかな?
わざわざピンチに駆けつけてくれたんだし、街の人には迷惑をかけたから、まぁそれくらいならいいかな。
でもどれだけの出費になるのかなぁと、ちょっとだけ顔を顰めていると……バウルさんが吹き出した。
『そう難しい顔をするでない! 冗談じゃよ! 支払いは儂の方で済ませてある。儂と娘の鱗を一枚ずつやると言ったら張り切って準備してくれたぞ!』
その笑顔は悪戯に成功した子供のようにも見えて……どうやら、俺は担がれたらしい。
「騙されちゃいましたね」
『これで儂らを心配させた分はチャラじゃよ。改めて、生きててくれて……本当に嬉しいぞディ殿』
そう言って顔を見合わせた新たバウルさんは、再びグラスをぶつけ合う。
「おっさんの鱗ねぇ……たまに乗ってると剥がしたくなるけど、そんな価値あるのか。知らなかったなぁ」
『主殿よ……儂、一応は竜王じゃからな。価値はそれなりじゃと思うぞ? あと、勝手に剥がすのは止めとくれよ?』
「たまーにこう、剥がしたくなっちゃうんだよ。まだやってないから安心してくれ」
『当たり前じゃ! 場所によっては結構痛いんじゃからな!!』
そんなやりとりを見て、俺は聞きそびれていた疑問を改めて二人にぶつけた。
「そう言えば、なんでクロとバウルさんが一緒に来たんだ? 俺がいなくなってから何があったんだよ?」
俺のその言葉に、二人は忘れてたことを思い出したかのような表情を浮かべる。
バタバタとしてたから、その辺を全然話していなかったよな。教えてくれよ。
「そうだな……どこから話したもんか」
「ゆっくりでいいさ。夜は長いんだ」
『そうじゃな、夜は長い。今日は朝まで語ろうぞ』
そして……俺達は空白の期間を埋めるように、朝まで酒を飲みながら語り合うのだった。
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