110.喧嘩の後は宴会だ

 なんだか……とてもフワフワとした気分だ。


 力を使い切った充足感と、身体に何も残っていない虚無感のようなものが交互に来るのだが……その感覚が悪くない。なんだか宙に浮いているような感覚すらある。


 俺は……どうなったんだろうか……? 死んではいないと思いたいが……。


 ここはどこだろうか? そう言えば……俺はどうしてこんなことになっているんだっけ?


 ……あぁ、そうだ。クロと戦ってたんだっけ。


 それで……ルーの応援で無理矢理に力を絞り出して……うん……そうだ……クロをぶっ飛ばしたんだよな。あいつ、大丈夫かな?


 そこで俺は、自分の意識が戻っていることをやっと自覚した。どうやら死んではいないようだ。


 そのことを自覚したとたんに五感が戻ってきたのか……音が聞こえてきた。


 耳に聞こえてくる周囲の音は騒がしくて、頭には何か柔らかいものが当たっていて……同時に鼻腔をくすぐる、どこか甘く感じる2種類の匂いがしてくる。


 ん? 騒がしい?


 いやでも……なんで騒がしいんだ? 今ここには俺と仲間たちしかいないはずだよな……。


 今聞こえてくる音は明らかに……一人や二人の音じゃない。それ以上の音が流れている……何が起きているだろうか……?


 そういえば、前のめりに倒れたはずなのに、俺の身体は仰向けになっているな……。


 俺は少しだけ身体に力が戻ったことを自覚すると……ゆっくりと目を開いた。


「あぁ、ディさん……気がつきましたか?」


 俺のすぐ目の前には……ルーの顔があった。頭にある柔らかい感触は……ルーの……脚? 太腿? 膝枕されてるの俺?


「……ルー……? 俺はどうなって……」


 慌ててそこから頭を外そうとするのだが、うまく体が動かなかった。そんな俺にルーは苦笑を向けている。


「あ、動かない方が良いですよ。空になった魔力は補充しときましたけど……強い力を使った反動で、身体がうまく動かないんじゃないですか?」


 ……確かに、腕とか足とかが上手く動かない。意識より一歩程遅れて動くような感覚だ。もうちょいすればちゃんと動きそうだけど、今は全然……動いてくれない。


「勝負は……どうなったんだ?」


「ディ様の勝ちですわ!」


 唐突に隣から元気な声が聞こえて来て、反射的に俺はそちらの方に視線を向ける。そこには……リムが寝っ転がっていた。


 俺が寝かせるときに敷いた服をその手に抱えて、俺の横に……と言うか……同じようにルーに膝枕されている。


 ……なんで?


「リム……何やってるの?」


「ディ様と添い寝ですわ! ルーちゃんの太腿はスベスベで気持ちいいですわねぇ……最高の枕ですわぁ……」


「すいません、ディさん。私が流れで膝枕しちゃったから、マーちゃん自分は添い寝するって聞かなくて……。マーちゃん……私の太腿にスリスリしないでください……」


 あぁ、そうなの。


 いちゃつく二人を遠い目で見ながら……ご主人様の所業をどこか諦めた目で見ている魔狼親子と視線が交差する。


 そして、どちらともなく俺達は頷き合った。


 なんだろうか、今なら魔狼達とすごく仲良くなれそうだ。


 と言うかリムさんや、俺の上着を抱きしめているけど……それあげたわけじゃ……いやもうダメだな。これは戻ってこないと思った方が良さそうだ。


 それと俺の目の前で上着の匂い嗅がないで。恥ずかしいから。


「そういえば……クロとプルは……どこ行ったんだ? あと周囲がすっごい騒がしいんだけど……なにがあった?」


「クロさんとプルちゃんは……皆さんと宴会の真っ最中です」


「……宴会? それに皆さんって誰だ……?」


 俺は首だけを動かして周囲を確認すると……気づいていなかったのだが、共同墓地は昼間のような明るさを発しており、沢山の人が思い思いに酒を飲み、用意されたつまみを食っている。


 いや……人は数人しかいない……。ほとんどは竜族の皆が人化して一緒に騒いでいる。見覚えのある顔がチラホラといるから分かる。


 それに隠そうともしないで、口から火を噴いて、肉を焼いたり、氷を出したり、竜族特有の豪快な調理をしていた。


 みんな何かの祭りのように、楽しそうに騒いでいる。


 そんな騒ぎの中……一人こちらに歩いてくる男の姿が見えた……。クロのやつだ。軽い足取りでこちらに向かってきている。


「ディ、起きたか。動けるか?」


「クロ……動けねーよ。なんでお前は動けるんだよ。俺が負けたみたいじゃねーか」


 そこには……酒の入ったグラスを手に、肉の串焼きにかぶりつくクロが俺を見おろしていた。俺がこんな状態なのに、なんでお前は動けてるの?


 俺が文句を言うと、クロはまるで俺に見せつける様に酒を飲みながら豪快に笑う。


「勝負はお前の勝ちだよ。動けないのは無茶な力使った反動で動けないだけで、俺は別に無茶してないからな」


「あれは無茶……だったのかぁ……やっぱり……」


「まぁ……死にはしないし、バウルのおっさんに聞いた話だと……自然回復を待てってよ。起きたなら、すぐ最低限は動けるだろ」


 そう言ってぐびぐびと酒を飲み、豪快に肉にかぶりつく。酒が無くなると「さっさと来ないと、無くなるぞぉ」と言い残して去っていきやがった。


 ……あれは……確実に俺にさっさと動けと挑発しに来たなこの野郎。だった動いてやろうじゃないか……!!


「あーもう!! 俺も飲むぞ!! ルー、リム、お前達も俺に付き合って飲み食いできてないだろ? 一緒に行こうぜ」


 俺は無理矢理に身体を起こして起き上がる。


 うまく動かないが、完全に動けないわけじゃない。肘やら膝やらが動かすたびにギギギと錆びた鎧の関節部のような音がしている気さえする。


 不思議な話だけど、ただ身体が上手く動かないだけで……不快感も痛みも無い。ただ、身体の違和感があるだけだ。


 それでも俺はヨロヨロと動くと、喧騒の中へと突っ込んでいこうとする。走ることはできないので、ゆっくいりと一歩ずつ……確実に前に進んでいく。


 進んではいるのだけど、やっぱり身体のバランスはおかしくなっているのか……俺の身体は歩く途中でグラリと大きく傾いてしまう。


「ちょっと、ディさん……無理しちゃダメですよ」


「そうですわ……ほら、肩を貸しますから……一緒に行きましょう」


「あ……あぁ、二人ともありがとう」


 傾いたところを俺はルーに受け止められ、逆側からリムに肩を貸されてしまう。そんな風に両肩をルーとリムに挟まれた状態で……俺はゆっくりと進んでいく。


 その時に、俺の鼻に先ほど起きる直前に感じた二種類の甘い匂いが感じられた。……そっか、あの匂いはルーとリムのか……。


 気づいたら、ちょっとだけ恥ずかしい。でも……良い匂いだ。


 しかし、綺麗な女性に両肩を借りて歩いているというのはなんだか気恥しいな。心なしか、宴会をしている集団も俺達に注目しているかのようだった。


 そして、到着したところで……クロがニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべつつも……俺をルーとリムの為に椅子を用意してくれていた。


 どうやらそこに座れということらしい。


「そうやってみるとあれだな。なんて言うか、恋人が二人いる色男って感じだなぁ。ディ、どうせなら両方とも嫁さんにしちまえよ」


「お前、そういう問題発言止めろよ……」


 魔王を見て……他の色々な人を見て実感したよ。嫁さんは一人で良いって。俺には一人でも分不相応かもしれないけどな。


 二人に助けてもらいながら椅子に座り、クロは俺に酒を手渡してきた。


 俺はその酒をクロから受け取ると……器をクロと軽くぶつけ合う。


「乾杯」


「乾杯!」


 再会やそのほかの色々な思いをその一言に込めて、ぶつけ合った器は軽い音を響かせる。


 そして、お互いにその中身を一気に飲み干した。喉がカラカラだったから、その冷えた液体が喉を通っていく感触が非常に心地よく感じられた。


 ……いや、随分と飲み物が冷えてるな。こんな場所に持ってきているからてっきりぬるい状態かと思っていたのに、これは嬉しい誤算だった。


「あぁ~……美味いなぁ……」


「あぁ、美味いな。……またお前と酒が飲めて嬉しいよ」


 クロの言葉に、ちょっとだけ泣きそうになる。俺だってそうだよ。また一緒に……酒が飲めるなんてな。


「ディさん、私達とも」


「ディ様、お疲れさまでした」


 俺は酒のお代わりをクロから受け取ると、同じく受け取ったルー、リムの二人とも器をぶつけ合い、中身をまた飲み干す。


 意識しているわけでは無いのだが……これですべてが終わったかと思うとどうしても一気に飲んでしまう。もうちょっとゆっくり飲みたいのだけど、身体が無意識に飲み干すことを選択してしまっていた。


「ふぅ……」


 俺は一息つくと、座っている椅子に体重を完全に預けた。


 あぁ、終わった……。


「おいおい、すきっ腹に連続で酒を入れたら即効で酔うぞ? 今、料理を持ってきてやるから待ってろ」


 クロはそう言うとこの場から去り……そして、入れ替わる様にプルが現れた。


「……プル……久しぶりだな」


「ん……勇……うんと……ディ……久しぶり……元気?」


「アハハ、今はあんまり元気じゃ無いなぁ……クロとの戦いで全部使い果たしたよ」


「……残念……次は……私と戦って……欲しかったのに……」


 プルは残念そうにため息をついてから拳を握ると「シュッシュ……」と口で言いながらその拳をゆっくりと素振りする。うん、無理かな? いや、プルと拳で戦うとか無しだから。君、魔法使いでしょ。


 それから彼女は、俺に酒のお代わりを差し出してきた。


「……乾杯」 


「あぁ、再会に……乾杯だ」


 プルと器をぶつけ合うと……そこでも思わず一気に飲み干してしまった。気づいた時には流石に三杯一気はまずいと思ったのだけど……。


「あれ? これ……酒じゃない? ジュース?」


「……うん……私とも乾杯してほしいけど……お酒連続はキツイかなって……ジュース……。ちなみに……私もジュース……」


「……そっか、ありがとう」


「うん……私も魔法を……10発は……ぶち込もうと思ってたけど……クロとの……戦いで……許してあげる」


 あの魔法10発はキツイなぁ……でも……どうやらプルは俺とは戦う気を無くしてくれたようだ。ありがたい。


「ありがとな……プル……」


「んっ……」


 そうだよな、こういうちょっとした心配りができるのがプルの良い所で……昔は色々と世話になったよな。


 懐かしい気持ちになった俺はそこで……昔のクセで差し出されたプルの頭をゆっくりと撫でてしまう。


 ほとんど反射的に。


 昔よくプルにせがまれていた、褒めるときは頭を撫でる……と言うやつなんだけど。あれ? まずくないこれ? と思った時には遅かった。


「あー!! てめぇ!! 目を離した隙に何を人の嫁に手ぇ出してんだよ!!」


 そのタイミングで、クロが戻ってきたのだ。


 俺は我に返り……謝罪するために口を開こうとした瞬間、プルはクロに対して首を傾げて呟いた。


「……嫉妬?」


「当り前だろうが! 嫁さん撫でられて冷静にいられるかっつーんだよ! もっかい勝負するかディ?!」


 興奮するクロとは対照的に、プルは冷静だ。とても静かに、クロの傍に駆け寄ってその頬に背伸びをして口づけをした。


「大丈夫……私はクロが好き……。ちゃんとクロが好きじゃないと……あんなことしない……。これは……一種のケジメ……。これでもう……ディからは……撫で納め……」


 その一言にクロは少しだけバツが悪そうにしながらも頬を染めている……。そして、俺もプルがなんで頭を差し出してきたのかの意味を知った。


 そっか、これで本当に……仲間達に対してのケジメは全部ついたのかと……実感する。なんだか、重たい荷物が全部なくなったような……軽い気持ちになる。


「これからは……クロが私の頭……撫でてね? あんまり……してくれないから……」


「……善処する……いや……わかったわかった、ちゃんとするからそんな目で見ないでくれ」


 どうやら先ほどの行為は、クロに対しての催促の意味もあったらしい。プルもなかなかの策士である。


 そしてクロが運んできてくれた料理を食べようかと思った時に……ふと俺の近くに、差し出された頭が二つ……。


「ディさん、私今日頑張りましたよね? ご褒美があっても良いと思うんですけど?」


「ディ様? 動けなくなるくらい力を沢山使った私を労ってくださいますよね?」


 その頭の主は……言わずもがな……ルーとリムである。


 俺は一つ苦笑を浮かべると、その二人の頭をゆっくりと……先ほどプルにしたのと同じように……ゆっくりと撫でるのだった。

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