109.それぞれの想いと決着

 この力がどれだけ長く使えるのか分からない……。


 だからこそ常に全力を出して短期決戦。そう決意して、俺は全身に力を巡らせる。


 それはクロも同じなのだろう……クロの身体が今までよりも強い光で覆われている。


 同じ考えを持ち、俺とクロは互いを睨み合いながら……ぶん殴り合う。


 殴りつける拳に力を集め、とにかく先に相手を殴り倒した方が勝ち……戦略も何もない、原始的なぶん殴り合いの喧嘩だ。


 喧嘩は相手を負かしたら勝ち……だけど絶対に殺してはいけない。そこの加減が実に難しいが、俺とクロの実力が拮抗しているため、その心配は無用だろう。


 だから全力を……本当に久しぶりに俺は全力で身体を動かしていた。


 俺達はお互いに笑う。


 それは強がりであり、意地でもあり、負けるかと己を鼓舞する意味があり……何よりお互いに全力を出せる喜びからだ。


 そうやって殴り合っている中で……クロが叫ぶ。


 ここに来て……俺への不満を吐き出しながら、剥き出しの感情をぶつけてくる。


「てめぇ!! 一人でいなくなりやがって!! なんで俺等に相談しなかった!! 相談してくりゃもっと違うやり方だってあったんじゃねえのかよ!?」


 殴られながら、その痛みに耐えながら……俺はクロを殴り返す。全力でその感情と言葉に応える。


「それは悪いと思ってるよ!! だけどどう相談しろってんだよ!! 「王女様と騎士団長が浮気してたんだけど……」って……相談できるかそんなもん!!」


「そりゃそうかもしんねーけどよ!! 言われなきゃわかんねーだろうが!!」


 クロは半回転すると緑の光を放つ蹴りを俺の側頭部目掛けて繰り出してくるが、俺はその蹴りを同じく金色の光を纏った蹴りで返す。


 足同士がぶつかり合い、およそ生身がぶつかり合ったとは思えないような音が周囲に響き渡るのだが、クロの攻撃はそこで止まらない。


 回転をしながら、次々に蹴りを俺に向けて放ち続ける。俺はその蹴りを避け、捌き、迎撃していく。


 そんな中でもクロの言葉は止まらない。


「肝心な時には後先考えないで決めたら猪突猛進で……今までどれだけ俺がフォローしてきたと思ってやがる!!」


「それについては悪いと思ってるし感謝してるよ!! だけどそれとこれとは……!!」


「だから! なんでその時にも俺にフォローさせようとしないんだよ!! いつも通り猪突猛進に行って! お前は俺を困らせるくらいでちょうど良かったんだよ!!」


 その一言に……一瞬だけ俺の反応が遅れてしまう。


 そしてその間隙を縫ってクロの蹴りが連続で俺の身体に命中してしまった。肩、腕、腰、脚……一度に四発の蹴りを受けてしまい俺の顔は一瞬だけ苦痛に歪む。


 何よりも……クロの言葉が俺の胸に刺さる。


 そして……クロの攻撃は止まらずに、畳みかける様に俺に攻撃を続けてくる。


「相談……して……何が変わったんだ!! 変わるわけないだろ!! お前等だって巻き込んじまうだろうが!」


 俺は蹴りを受けた箇所を即座に回復しながら、蹴りを続けるクロの攻撃を喰らいながら拳を振るう。だけど動揺からかその拳は大ぶりで……到底当たるとは思えない拳だ。


 躱されるか……隙を狙われると自覚しつつも拳は止まらない。しかし、その拳は避けられることは無く……クロの顔面に命中した。


 まだ光は消えていないのだけど、顔面の防御は薄かったのだろう……口の端が切れ、クロの口元から血が流れる。


 当たったことに対して俺が驚いていると、もっと驚く光景が目の前にあった。


 ……クロの目からは、涙が流れていた。


「そうか……情けねぇ……情けねぇよ!! 俺は自分が情けねぇ!! お前の様子がおかしいのには気が付いてたのに! 何もできなかった俺が!! 何よりも情けなくて……許せねえよ!!」


 そう言って涙を流したクロは、俺の顔面に拳を叩きこんでくる。涙を見て一瞬だけども動きを止めてしまった俺はその拳をまともに喰らってしまう。


 吹っ飛びはしなかったが、完全に油断していたところへの攻撃だったため、俺の身体はのけ反ってしまう。そのまま俺は体勢を戻して再び拳を振るった。


「お前!! 普通そこで俺を殴るか!? 自分が許せないなら自分を殴れよ!!」


「うるせぇ!! 自分も許せねーがお前も許せねーんだよ!! 好きだった女が浮気してた! 辛いのは分かる!! だったら……もっと良い女を見つけりゃいいじゃねえか!! それか戻って全部ぶちまけてやりゃ良かったじゃねえかよ!!」


 叫びながらも相変わらず拳や脚が飛んでくる。まるで嵐のようなその攻撃に俺も負けずに応戦する。


 もうお互いに攻撃を避けるという選択肢は無く、とにかく後先考えずにぶん殴り合いながらお互い叫び声をあげる。


「俺はな!! あの人にも幸せになってほしかったんだよ!! 好きだった人ならなおさらだろうが!! 戻ってぶちまけるとか……できるかそんなこと!!」


「お前はお人好しすぎんだよ!! 裏切った相手を許してお前が全部飲み込んでどうするんだ!! お前一人が不幸になるじゃねえか!!」


 俺一人が不幸になったとクロは言うけど……。俺は不幸に……なったのか?


 俺はそこで攻撃の手を止めて……そしてチラリと視線をクロから外した。クロも俺につられたのか、攻撃の手を止める。


 俺が視線を向けた先には……ルーが居た。


 心配そうに……だけど目を逸らさずにしっかりと俺を見ているルーの姿を見て……俺は……首を静かに横に振った。


「違うよクロ……俺はさ……不幸にはなってないよ」


「……なんだって?」


「だってさ……あのまま俺が何も気づいて無かったら……。いや、気づいてお前等に相談してたら……俺はルーを殺していたかもしれないんだぞ?」


 俺の言葉に、クロは目を見開いてルーの方へと視線を向ける。


「気づいたその時にお前達に相談してたら……俺は嘘を見破る能力を得ることなく……きっとそのままルーを殺していた。魔王に乗っ取られたふりをした普通の女の子を……手にかけて……そのことに気づきもしなかったと思うんだ」


 きっと、皆に相談していたら王女との問題は……俺が一人でやるよりもよっぽどうまく解決していたかもしれない。


 もしかしたら、魔王を倒して帰ってから考えようとか、そういう話になったかもしれない。


 だけど、それだとルーはどうなっていた?


 俺が嘘を見破る能力を得たのは、一人で解決することを選んだからだ。


 もしも、俺がその能力を手に入れて無かったら……俺はルーを殺していたんだ。


 外の世界を知らなくて、本が好きで、自分を犠牲に魔族を助けようとしていた……普通の女の子を殺していた。


 それは想像したくもないほどに悍ましいことだった。


 だから、今なら胸を張ってこう言える。


「クロ、もう一度言うぞ。俺は不幸になってない。ルーを助けて、リムと再会して、ピンチにはクロとプルが駆けつけてくれた。結果論だけどさ……これが幸せでなくて何なんだよ?」


「……それがお前の結論かよ」


「もういいんだよ、あの二人の事は吹っ切れてる。タイミングとか色々と間が悪かったんだ、許すつもりは無いけど、俺はそっと幸せを願うだけだよ」


「甘いなぁ……お前は……」


 俺はその言葉に苦笑を浮かべ、そしてクロに近づいて……。


 一発ぶん殴った。


 強化はしたままなので吹き飛ぶことは無いが、俺の拳の衝撃でクロの身体がグラついた。


「お前!! ここで殴るか普通?!」


「さっきのお返しだ!! これで……お互いにわだかまりはお終いにしようぜ。俺が言う資格は……ないかもしれないけどな」


「そうだな……お前が言うなって言いたいところだけど……。いいぜ、仕切り直しだ。こっからは……普通の喧嘩だ!!」


「まだ続けるのかよ……もうよくないか……とはいかないか」


「ここまでやっといて不完全燃焼で終われるかよ!!」


 今までで一番強い光がクロから発せられる、そうだよな……こんな中途半端では終われないってのは……同意するよ。


 俺も身体の中から全てを出し切る勢いで力を絞り出していく。


「まだまだ余裕そうじゃねえかよディ……自慢じゃねーが俺はこれで……力全部だぜ……」


「余裕じゃねーよ……俺もこれで……力は全部だ。最後の一発勝負だな……」


 俺もクロも……拳に力を集中させる。クロの拳は緑に、俺の拳は……金と白の二色の光で眩いほどに輝いていた。だけど、力は互角のように見えた。


 最後の最後の一発勝負。俺と黒はお互いに拳が届く間合いに入り、そして最後に笑いあう。


「どっちが勝っても、怨みっこなしだぜ?」


「当り前だろ。クロ……ありがとな。来てくれて」


「礼とかはこの喧嘩が終わった後の酒の席で言えよ。萎えるだろうが」


「終わったら酒飲むんだから、覚えてるか分かんねーだろが」


 違いないと呟いて、俺達は笑いあう。


 そして、お互いに拳を大きく振りかぶる。防御も連撃も考えない、ただの純粋な一撃の勝負……。


 俺とクロは互いに腹の底からの大声で叫び、そしてお互いに拳を勢いよくぶつけ合う。


 拳同士がぶつかる音が鳴り響き、そしてその衝撃で周囲に荒れ狂うような風が巻き起こった。


 そして、お互いの手に宿っている力はちょうど中間で拮抗するような形となり、緑の光、金色の光、白い光が周囲を照らしている。


 まるで壁に阻まれているかのように、お互いの拳は先に進まない。


「負けるかよォォォォォォォォ!!」


「クッ……俺が……勝ってやるッ!!」


 拮抗していた拳だったが、徐々にその拮抗は崩れていく。拳が……俺の方へと徐々に近づいてきているのが分かった。


 クソッ……やっぱり扱いなれない力だからなのか……クロの方が有利か? !


 やっぱりクロは強いな……俺の憧れた男……俺の兄貴分……このまま負けても……仕方ないのか……?!


 俺が少し押され始めたところで、ほんの少しだけ弱気になってしまう。


 その気持ちが力にも影響するのか、徐々に徐々に、俺は押されていく。


 勝利を確信したクロが笑みを浮かべた瞬間……俺の後方から声が聞こえてきた。


「ディさん!! 何気持ちで負けちゃってるんですか! 負けないで!! 勝ってください!!」


 ルーの声だ。


 さっき俺に心配そうな視線を向けてきたルーが……俺に対して負けないでと叫んできた。


 あぁ、そうか。そうだよな。


 ルーが見てるんだ、弱気になってられないよな。気合入れろや俺!!


「負けてられるかよォォォォォォ!!」


 身体の奥の奥、とにかくありったけの力を絞り出す。


 後でぶっ倒れても、動けなくなっても、どうなっても良いからとにかく力を絞り出せ!!


 ルーに……情けない姿を見せてんじゃねえぞ俺!!


 今までよりさらに大きな光が俺を包む。金色と白……そして……黒い光。三色の光が俺を包み込む。


 身体への負担が重くなるのは感じるが、そんなものは今は関係ない。このまま……殴りぬける!!


「なッ?! なんだそりゃあ?!」


 押されてた俺から唐突に吹き出した力に、クロが驚愕の声を上げる。


 勝利を確信していたからか、動揺から力もブレてしまい……その隙を俺は見逃さない。


「俺の勝ちだぁぁぁぁぁ!!」


 そのまま、俺の拳はクロの力を突き抜ける。


 クロの身体の中心にぶち当たる俺の拳と、拳を受けたことで吹き飛んでいくクロの姿……最後に俺の目がハッキリと捉えたのはその二つだった。


 拳には手ごたえが……感じられなかった……。


 俺は拳を突き出したまま、地面へと前のめりに倒れこむ。立ち上がられたら俺の負けだけど……きっと……俺の勝ちだ。


 うすぼんやりとした視界の中で、仰向けに倒れるクロの姿が見える。


 心配そうにプルが駆け寄り……クロに対して膝枕をしているように見える……。


 頭がボーっとする……なんだかふわふわとして……視界も定まらない感じだ。


 遠くから俺を呼ぶルーの声と、震えるリムの声が聞こえてくる気がする。もう視線を動かす力も残っていない。全部……絞り出し尽くしてしまった。


 死にはしないだろうが……しばらくは動けそうもないかなこれは?


 そんな風にぼんやりと考えていると、ふいに俺の頭部に何か柔らかい感触が当たったかと思ったのだが……俺にはその正体が分からず……。


 そのまま、俺は意識を手放した。

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