108.喧嘩とは見方によっては祭りと変わらない

「行くぞぉ!! クロォォォォォォォ!!」


「来いやぁ!! ディィィィィィィィ!!」


 二人の空気を震わすような激しい叫び声が、共同墓地に響き渡る。


 先ほどまでとは違い、二人とも強化魔法に武器からの力を上乗せし……クロは緑の光を、ディは白と金色の光を全身から発していた。


 お互い……勝負は振り出しに戻った……いや、それどころか自分の方が不利になったとすら思っていた。


 ディは、自分が使い始めたこの力は慣れたものではない……そのため、強化魔法はもともとクロよりは得意ではあったが、この力を扱うのはクロの方に一日の長があり、自身の方が不利であると考える。


 対してクロは、自身の身体強化が元々ディよりも劣っていたことを強く意識し……同じ力を使えるようになったことで、純粋な強化としてはディの方が上であると考え、自身が不利になってしまったと考える。


 お互い自身が不利になったと感じた二人が出した結論は、奇しくも同じものだった。


 後先考えず、とにかく全力を出す。


 いわゆる、短期決戦だ。


 長引けば長引くほど自分が不利になると考えた二人は、後のことなど考えずにありったけの力を今この瞬間に使うことを決めた。


 お互い、相手の力を認めているからこそ短期に決着を付けなければ……負けるのは自分だと思っている。


 だから、後先考えない馬鹿になることを決めた。


 喧嘩とは、相手が負けたと思えば勝ちとなる。


 勝利条件は自身の勝った実感ではなく、相手に敗北を認めさせること。二人はそう考える。


 どうせ倒れても敵はいない。だから、ぶっ倒れるまでやってやると……二人は全く同じタイミングで決めた。


 そんな二人を……遠巻きに眺める者達が居た。


『いったい何が起きてるんですか……? 二人が戦って…でまさかディ様……魔王に乗っ取られちゃったんですか……!?』


『いいや、メアリよ……どうもそういうわけじゃなさそうじゃ。多分これは、ただの喧嘩じゃな』


『喧嘩ぁ?! なんでこんな時に喧嘩してるんですかあの二人?! 後日に勝負すればいいじゃないですか?!』


 上空から、その脚に生えた鋭い爪でノストゥルを掴んだ状態の竜王バウルと、龍姫メアリが現れ、二人の喧嘩を眺めていた。


 その他にも、街に集まった竜達も二人の喧嘩を眺めている。


 どこか羨ましそうに、そして誇らしそうに。


 そんな中、まるで大鷲に捕食される小動物のような状態のノストゥルは、顔を青くさせながらも二人の様子を見て慌て始めた。


「だだだだったら止めませんと!! お二人が喧嘩する理由なんて無いでしょう?!」


 事情を知らないノストゥルは、竜王の爪に掴まれながらも二人の身を案じるのだが……バウルはそんな様子の彼を笑い飛ばす。


『心配無いわい。あれは二人に……必要なことじゃ。止めるのは無粋じゃよ。しかしまぁ、あれじゃな……』


 竜王は上空から二人を見下ろす。


 美しい緑の光をその手に纏わせたクロの拳はディに防がれ、逆に金色の光を纏ったディの蹴りがクロへと襲い掛かる。その蹴りを紙一重で躱すと、それ以上の追撃をされないように身体全体をディに向けて叩きつける。


 それにより吹き飛ばされたディだったが、すぐに体勢を整えるとクロへと飛び掛かり回転しながらの蹴りを放つ。その蹴りはクロの拳で迎撃され、力が拮抗しているためかお互いに吹き飛んでいく。


 バウルはその光景を見て全身を震えさせると……ポツリと呟いた。


『ふむ……酒が飲みたくなるな』


「はい?」


 爪につかまれ宙ぶらりんの状態だったノストゥルは、そのままの姿勢で街中へと戻るバウルに連れ去られる。


「ちょ……ちょっと竜王様?! ディ殿達が心配だから運んでもらいましたけど、戻っちゃうんですか?!」


『お主、この街の領主じゃろ? ちょうど竜の若い衆も沢山いるからの。酒を持ってこの祭りを一緒に楽しもうじゃないか。つまみもあると良いのう。あ、礼はするぞ。儂の鱗1枚でどうじゃ?』


「祭りって……。え……? りゅ……竜王様の鱗をいただけるので?」


『儂の鱗は結構貴重だと思うが、この祭りのために準備をしてくれるなら、鱗1枚くらいなら安いもんじゃわい』


 結構どころの話ではない。


 竜の鱗……しかも竜王の鱗なんて代物は世の中に出回ってるかすら分からない貴重品だ。


 全財産……いや、この街を売っても手に入るかどうかわからない宝……。しかも、竜の鱗にはある噂があるのだ。


「……質問をお許しいただけますか?」


『ん? 良いぞ。なんじゃ?』


「竜の鱗を持っていると、竜の加護がいただけるとか……。それは、真実でしょうか……」


『おぉ、よく知っとるのう。まぁ、それは渡す時の状況にもよるが。個人が持てば個人に、街に奉納すれば街に加護がつくぞ』


 その事実を聞いて、ノストゥルは即座にこの話を受けることを決める。


「でしたら……酒もつまみもたらふくを用意しましょう。ですので……ある街に……竜王様の鱗を送らせていただきたい」


『なんじゃ? お主はいらんのか?』


「今更、私が竜王様の鱗をいただく資格なぞありません。であれば、私は迷惑をかけたあの街に……償いをしたい」


『ふむ……』


 その言葉にバウルは少しだけ考え込むそぶりを見せて……豪快に笑う。


『自身よりも他者を気にかけるその姿勢、気に入ったぞこの街の領主よ! 人間もまだ捨てたもんじゃないなあ!』


「は……はぁ……恐縮です」


『だから、儂の鱗を二枚やろう。一つはその街に、もう一つは……お主かこの街、好きな方に使え』


『お父様……それだと加護が過剰になりますし、お母様に怒られますわ。なので一枚は私の鱗が宜しいかと』


『む? そうか?』


『えぇ、私の鱗はお父様のと違って癒しの効果があります。逆にお父様の鱗は力に特化してますから……使い方はその領主さんにお任せしますが……』


 その言葉で、あまりの感激にノストゥルは目に涙を浮かべた。


 特に……癒しの効果がある鱗はあの街には最善の代物だろう。


 そう考えていたノストゥルの耳に、雰囲気をガラリと変えたバウルの声が響く。


『だが心せよ領主よ。竜は約束を重んじる。約束を違えば……加護はあっという間に呪いへと変わるぞ』


 そのあまりの迫力に、ノストゥルは言葉を無くして喉を鳴らす。


「……肝に……銘じておきます」


 そう絞り出すのが精一杯だった。


『脅しすぎですよお父様。それじゃあ、準備に参りましょうか』


『そうじゃな……。領主殿、では行こうか』


「はい。街中の酒とつまみ……ありったけご用意します!」


 そして、竜達と抱えられた領主は揃って移動する。


 その最中……領主のポツリと呟く声が一つ。


「あの……竜王様……。この運び方……なんとかなりませんかね? なんか……今にも捕食されそうで……」


『仕方ないじゃろ。流石に試練をしてない人間を背に乗せるのはいくら気に入った相手でもご法度じゃ。心配するな、人間は不味いから自分からは食わんよ』


 その言葉は食べたことがあると言うことを表しているのだが……流石にそのことにはつっこめず、ノストゥルは甘んじてその体勢を受け入れるのだった。

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