106.一つの決着と一つの始まり

『嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!! こいつは私の娘だ!! 私があの女に産ませた!! 私がはじめて……はじめて純粋に欲しいと思った女を手に入れた証だ!! そう、証なんだ!!』


 俺の言葉に、魔王はあからさまに動揺していた。


 まるで自分に言い聞かせるように……動かないその身体を震えさせながら叫んでいる。


 あくまでもルーを娘だと言っているが、その言い方はまるで物のようで……その姿を腹立たしく感じてしまう。


 しかし、俺は努めて冷静に魔王を見ている。


 ここで俺が激昂しては台無しだ。あくまでも俺はただ事実を突きつける様に振舞う必要がある。


 別に俺は魔王の言葉……ルーが魔王の娘であるという言葉に嘘を感じたわけでは無い。そこまで俺の能力は万能じゃない。


 俺が考えていたのは、あくまで可能性の一つだ。だから俺は、あえて魔王に対して能力を説明したうえで嘘を吐いた。


 ルーがこいつの娘だという言葉に嘘を感じると……。だけど、それは当たっているのではないだろうか?


 根拠……と言うよりもいくつか気になる点があったからだ。……だけど明確な証拠はない。


 それでも、俺はこう考えた。


 ルーは本当に……この魔王の娘ではないんじゃないかって。


 それを確かめるべく……俺は魔王を徹底的に揺さぶる。


「なぁ、魔王……お前も実は分かっているんじゃないのか? ルーが……本当は自分の娘じゃないって」


『ち……違う……!! じゃあ、娘はどうやって生まれたと言うのだ! 私以外……私以外にそんな……』


「お前……本当に心当たり無いのか? 本当に……少しも無いのか?」


『あ……あるわけ……無いだろう!! そうだ……あるわけが無い!!』


 その言葉は……嘘だった。


 魔王には心当たりが……ある。


「この期に及んで嘘をつくか……。まぁいいさ。俺さ、ルーの母親に会ったんだよ。正確には、ルーの母親の幽霊だな……」


『なっ……!! どこに……いや……それがどうした……今更っ……!! 今更あの女に会ったところで……!!』


「その場にはもう一人……知らない男性の幽霊がいたんだ。二人は……寄り添って一緒だったよ」


 魔王の言葉がピタリと止まるが、俺は構わずに言葉を続ける。


「その時にルーの母親には『娘をよろしく頼む』って俺は頭を下げられたんだよ……。でもその時……何故かその男性も一緒に頭を下げてきたんだ」


 魔王は口を開かない。


 わなわなと震えて……黙っていた。


「その時はルーは母親としか喋らなかったし、その男性は特に口を開くことは無かったんだけどさ……」


 俺はそこで一度、言葉を切り……魔王に一歩近づく。


 魔王の口惜しげな表情を浮かべ、俺の言葉の続きを拒むような視線を向けてくる。


 構わず、喋るけどな。


「あれは、自分の娘をよろしく頼むって……男性の意思表示だったんじゃないのか?」


 それと確かめる術は無い。


 だけど……今更かもしれないけど……あの男性は……どことなくルーに似ている気がした。


 今の目の前の魔王より、よっぽど似ているのだ。


 そして……俺が説明を終えた途端……魔王は激昂し叫び声を上げる。


『あの男……あの男がぁぁぁぁぁ! そんな馬鹿なことが!! 嘘を……嘘を吐くな勇者よ!! 頼む!! 嘘だと言ってくれ!!』


「おいおい、お前と一緒にするなよ。嘘吐きはお前だろ? だいたい、お前に俺の言葉が嘘かどうかわかるのか?」


『……嘘だ! 嘘だぁ!! あの娘が……私とあの女の娘だと思っていたモノが……!! 情けなく私に女を奪われたあの男の……前の魔王の娘だとでも言うのか!?』


「どう言う経緯でそうなったのかは、分からないけどな……。お前と戦う前にすでに妊娠してたか……そう言う魔法を使ったか」


 その後も俺の言葉を魔王は激しく否定してくる。その姿はまるで、癇癪を起こした子供のようだ。


 あれほどまでに余裕を含んでいた態度が……今はもう見る影もない。


「これは俺の予想なんだけどさ……ルーの母親……お前に抱かれる時……一切の抵抗をしなかったんじゃないか?」


『そ……それは……。そうだ……観念して……』


「観念してじゃなく……お前に抱かれてもお前の子を宿す心配が無かったからじゃないか? それでも、お前に抱かれるのは屈辱だったろうけどな」


 震えていた魔王は、俺に対してとうとう……縋るような視線を向けてきた。


『違う……違う……! 嘘だ……そんな……私が奪われていたと言うのか……嘘だ……あの女をこの手にして無かったと言うのか……』


 ……こいつはさっきから自分が初めて欲しいと思った女性ですら……『あの女』としか言わない。


 愛した女性だったなら、それなりの言い方があるだろうに……あくまでも所有物としか考えていないようだ。


 ……それが酷く……腹立たしい。


「そうだな……因果なもんだな……。お前は奪ったつもりだったんだろうけど……その実、何も奪えて無かったんだよ」


 否定したくても……魔王からは反論の言葉は出てこない。


 きっと、否定できる材料が無いのだろう。


 魔王の目から、光が消える。


 今まで奪い尽くしてきて自分が……最後の最後に奪われていた……。


 それも本当に欲しいと願った女性を、形だけでしか手に入れてなかったと言う事実に……全ての力を無くしたように……項垂れた。


 因果応報。


 魔王の心が、折れた瞬間だった。


「ディさん……」


 俺の元まで近づいてきたルーが、心配そうに……不安そうに俺に声をかけてくる。


「ルー……耳飾り、貸してくれないか? こいつは俺が……消滅させるよ」


「……ディさん。私に気を使ってますか? どうせやるなら、二人でやりましょう。あの時以来の、二回目の共同作業ですね」


 すっかり奴は抵抗する力を無くしてはいるが、魔王の結界を維持したまま……ルーは俺の懐に潜り込んでくる。


 その身体はほんの少しだけ震えていた。


 ごめんな、変なこと言って。


「……ディさん……ありがとうございます」


 でも、ルーから聞こえたのは礼の言葉だった。


 それだけを言うと俺に背を向けて……あの時のように俺の手の上から一緒に剣を構える。


 真正面から見据える魔王は……おそらく結界を解いても動くことは無いだろう。


 だけど、悪いがこのまま消滅してもらおう。


 心が折れても、復活したら何をするか分からない。自暴自棄になった分、もっと酷いことになるかもしれない。


 だから消滅させる。


 幸いにして、こいつを消滅させれば魔王の魂はもう残っていないことは……さっきのやり取りで分かった。


 これでルーも色々な呪縛から……本当の意味で解き放たれるだろう。


「いくぞ……ルー……!!」


「はいっ……!!」


 俺とルーは重ねた手から魔力を聖剣に通し、剣を高く掲げた。


 あの時よりも強く、収束した光が剣から放たれ……俺達は魔王を消滅させるべく、光の刃を魔王へと振り下ろす。


 魔王は勢いよく自分に迫ってくる光の刃を成すすべなく……ただ黙って見ているだけだった。


 その表情にはどこか、絶望とも諦めともとれる表情が浮かんでいる。


『……こんな……こんな事実を知るくらいなら……魂の欠片のまま……宿っていれば……こんなことには……!』


 光に飲み込まれる直前に……魔王が最期に残した言葉は後悔の言葉だった。


『……蘇りなんて……しなければよかった……!!』


 魔王は……復活し、騒ぎを起こして……最後には後悔にまみれて消滅していった。


 はた迷惑な存在で、自業自得でしかないけど……あまりに哀れな最期だ。


 そして……魔王の消滅と同時に街を覆っていた青白い不気味な光も消えていく。


 すべてが終わり……俺は一つため息をついた。それと同時に……ルーは俺の身体に体重を預けてきた。


「本当に……私ってあの男の娘じゃないんですかね……それなら、凄く嬉しいですけど。ディさん、別に嘘を感じたわけじゃないんでしょ?」


 ありゃ、ルーにはお見通しか……。


 でも、ルーはもう魔王を『父』とは呼ばずに『あの男』と呼んだ。


「そうだな……実は娘の部分には嘘を感じなかったよ。基本的に本人が嘘だと思ってなけりゃ、俺の能力は通用しないはずだから」


「だったら……」


「でも、違和感を感じたんだ。あいつがルーを娘って呼ぶ度に……」


 それは嘘じゃなかった。


 能力が強くなってるのか、それとも魔王が無意識化で自分の娘じゃないのではと疑っていたのか……。


 そのおかげで、俺は最後に確認することができた。


「それにな、その後の心当たりが無いって所は嘘だった。その他にも、あいつは嘘でいっぱいだった……」


 不安そうなルーの頭を、俺は安心させるように撫でる。


「色々と考えたら、変なんだよな。ルーさ、他に兄弟っている? あ、あの兄さん以外でね」


「いえ……いないですけど」


「相当数の女性をその……抱いてるのに……ルーしか娘がいないって変だなって思ってさ……。避妊とかしてたのかな?」


「……私にそれ聞くのってなんかヤなんですけど……。少なくとも、無節操、無責任、無作法でしたから……してないはずですね」


 おっと、ちょっとデリカシーが無かったか……。


 でも答えられるのがルーしかいないからさ……。うん、ごめんなさい。ジト目はやめて。謝るから。


 でもやっぱりそうか……してないか……。


「あの魔王さ……もしかして……子供が作れない体質だったんじゃないか?」


 俺の言葉にルーが息を飲んだ。


 あくまでも可能性で……確認する術は無い。


 確認したところで意味もないし、魔王の犠牲者が救われるわけではない。


 だけど、あれだけ取り乱したのが、やっとできた娘が自分の子では無かったことに対するものだったら……。


「まぁ、憶測だよ。憶測。確認する術は……。ルーのお母さんに聞くしかないけど……」


「……その憶測で十分ですよ。私は……兄さんと本当の兄妹なら……嬉しいですしね」


「そっか……。それなら良かったよ……」


 気が抜けた俺はその場にペタリと、ルーと一緒に座り込む。


 少しだけ体重を預けてきた彼女の頭を撫でて……そして……。


「さて……それじゃあ……そろそろやろうか?」


「ん? もうイチャつくのはいいのか? リムのやつ、めっちゃ羨ましそうに見てるぞ。やってやんなくていいのか?」


 俺は戦斧を肩に担いで、プルの頭を撫でているクロの方に視線を送る。


 お前らの方こそイチャついてるじゃねーかよ。俺のこれはルーを慰めてるだけだ。


 それに……。


「ビシビシと殺気かと思うような闘気を送ってきて、もういいのかも無いだろ。プルを撫でて我慢してたのか?」


「邪魔したら悪いと思ってな。疲れてるところ悪りぃけど、日を改めるとかできねーぞ。……もう待てねーわ」


「まぁ、条件は同じだろ。でも、武器無しで良いよな。別に殺し合いがしたいわけじゃないし」


「そりゃそうだ、こりゃ喧嘩だ。何も言わずに消えたアホと、何もできなかったバカな俺の喧嘩……拳骨でやるぞ」


 クロはそう言うと、拳を俺に突き出しながら……歯を剥き出しにした獰猛な笑みを俺に向ける。


 俺も立ち上がり、クロの方に近づいて笑みを浮かべ……。


 拳を突き出して、お互いの拳を合わせる。


 それが、喧嘩の始まりを告げる合図となるのだった。

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