105.勇者は魔王に嘘を吐く

『馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿なァァァァァァァ!! ただの人間が何故こんな力を持っている!? 先ほどのはただの浄化魔法では無かったのか!! 私は知らない……こんな力は知らないぞォォォォ!!』


 黄金の光に包まれた中で、魔王の絶叫が響き渡っている。


 さすがは魔王と言ったところか、リムの力で即座に消えてくれれば万々歳だったのだが……流石にそこまで容易ではなかったか。


 それでも俺は魔王の絶叫を耳にして、思わずほくそ笑んでしまう。


 この光はどこまで包み込んでいるんだろうか? 共同墓地全体は包んでいるだろうが……流石に街全体とまではいかないだろう。


 俺がリムに頼んだのは一つ……聖女の力で倒した魔物を浄化、成仏できるかどうかと言うことだ。


 それに対して彼女は何度も頷いてくれた。心強い回答だ。


 だからこそ、それを悟られないためにリムを後方に下げて……普通の強化のみを俺達にかけてもらうことにした……少しでも魔王に気づかれる可能性を下げるために。


 先ほどの魔王の叫び声から……どうやら杞憂だったようだが。


 この状況は予想外だったのだろう。まぁ、この規模になるってのは俺も予想外だけど……。


 だが、この輝きも長くは続かない。そりゃそうだろう……リムの魔力にも限界があるはずだ。ここまで強い力を発して……リムは大丈夫なのか?


 黄金の輝きは徐々だが確実に……小さく、弱くなっていく。


 光が弱くなったことで周囲が見渡せるようになったため、俺は周囲にいた皆の位置を確認する。


 そして、光が完全に消えた時……魔狼達の悲し気な鳴き声が俺の耳に届いた。


「リムッ?!」


 魔狼たちの声のする方へと視線を向けると……リムはかなりの消耗をしていた。身体をフラフラと揺らしていて、今にも倒れそうになっている。


 俺は急いでリムに近づき、彼女が地面に倒れるその直前に……その身体を抱き留めた。


 魔力を使い過ぎたためか……顔色があまり良くない……息も荒くて、汗が次から次に吹き出している。


 そんな状態でも……彼女は俺にやり遂げた会心の笑顔を浮かべていた。誇らしげなその笑みに、俺は何も言わずに笑顔を返す。


「ディ……様……やりましたわ……全力で……やってやりました……。空っぽ……なので……少し休みますわ……。あとは頼みます……」


「ありがとう、リム。少し休んでてくれ。お前のおかげで……すぐに終わらせられる」


 俺は着ていた上着を脱ぐと、優しく彼女をその場に寝かせる。ここまでやってくれたのに……地面に寝かせるのはしのびない。


「……帰りは……移動魔法じゃなく……おんぶを所望いたしますわ……」


「あぁ、いくらでもやってやるよ」


 俺はその要望に応えると、光の消えた共同墓地にかろうじて残っている魔王の魂を睨みつけた。


『なんだ……なんだ今のは!! この場にある怨みが……私の魂の欠片が全て……消えてしまった!! いったい何をしたんだぁ!! 勇者ぁ!!』


「知らないのか? 聖女様の力ってやつだよ」


『聖女……あの女が聖女だと!? 本物の聖女だとでもいうのか!? そんな馬鹿な!!』


「そうだって言ってるだろ。しかしタフだな……魂だけとはいえ、流石魔王ってところか?」


 魔王の魂は……あちこちボロボロとなってはいるがまだ存在している。身体の大部分が何かで覆われており、致命傷を避けた感じになっている。


 先ほど見た……結界に似ている気がする。


『光に包まれている最中……何とか身体に直接結界を張り消滅は免れたが……ここまで力を削がれては……もう勝ち目は無さそうだ』


 あっさりと自身の状態を白状するその顔には、隠しきれない悔しさが滲み出ていた。


「そうか……だったら大人しく死んでくれると……あぁ、もう死んでるんだったな。消滅してくれると、助かるんだが」


『ふん……あいにくと復活してまだ女の一人も抱いて無いからな……不本意だが……ここは逃亡させてもらうぞ』


「逃がすと思うか? お前みたいなやつ……!!」


 俺とクロ、そしてプルは魔王の周囲を包囲して一斉に飛び掛かるが、魔王は結界を身体から消滅させ、そのまま移動魔法を発動させようとしていた。


 どうやらルーとは異なり、違う魔法の同時発動は出来ないらしい。本体じゃなくて、魂の一部だからか?


 流石に移動魔法を発動させるのに時間がかかっている。


 それでも魔王は、俺達三人の攻撃を必死の形相でかわしていく。


 最後の力を振り絞り、必死に……周囲の状況もお構いなしに、とにかく回避にだけ専念している。


 だから、リムを除いても一人足りないことに……魔王は気づいていなかった。


 そうこうしている間にも、魔王の身体が再び発光する。魔法を使えるようにはなったらしい。だが……。


『さらばだ勇者達!! 私は力を蓄えて再び……!!』


「させるわけないでしょ、本当に……愚かな父ですね。いや、しょせんは父の欠片と言うところでしょうか?」


 得意げに逃げようとする魔王の背後から、ルーが魔王を拘束する。


『なっ……?! これは……!!』


「人体を結界で覆う……良いヒントでした。拘束系の魔法だと悪霊に効くか分かりませんし、効いても脱出される可能性がありますが、結界ならその心配も無さそうです。使い勝手もよさそうですね」


 魔王はそのまま身体をピクリとも動かせなくなってしまう。


 先ほどからルーが魔王の死角で何かをしようとしているのは分かっていたので、俺たちはわざと攻撃を当てずに時間を稼いでいたが……。


 まさか、見ただけでさっきの魔王の魔法を再現するとは……しかも動けなくなるおまけつきだ。


「さて、ディさん。どうしましょうかコレ……逃がすわけにはいかないですし……完全消滅させますか?」


 ルーはまるでゴミを見るような目で魔王を見ている。露骨な嫌悪感を隠そうともいていない。


「そうだな、そのまま拘束したままにできるか? 少しだけ……聞きたいことがあるんだ」


 俺はそのまま魔王に近づくと、焦っている魔王に対して視線を合わせる。


 俺達の攻撃をかわし続けたとはとはいえ、既に身体はボロボロで……あちこち欠損している状態だ。これなら消滅させるのも容易いだろう。


 だけどその前に……確認しなければならないことがある。


「魔王……お前の魂は……ここに残っている……お前で最後か? 他にはもうないか?」


『ふむ……答えたら……見逃して……くれるのかな?』


 苦しそうな呻き声をあげながらも、魔王はその顔に不敵な笑みを浮かべる。精一杯の虚勢だ。


「見逃さない。良いから答えろ、


 こいつは、ここで完全に消滅させる。後顧の憂いは残さない……。


 と言うか、復活の条件は厳しいだろうけど……他にも魂がいたら洒落にならない。


 俺達が居たから良かったものの……俺達がこの街からさっさと居なくなっていたらと思うとゾッとする。


 幸いだったのは、今回は俺達がこの街に残っていた……クロ達が来てくれて……。


 そして、こいつが全ての戦力をここに集結させたことだ。もしもあれで全部ならよし、違うなら……考えたくないが探して消滅させなきゃならないかも……。


『ふん……これで最後……そんなわけないだろう? 私の魂は不滅……!! ここで私が消滅しても……他に封じた魂がいずれ復活するぞ……!!』


 拘束されていながら嬉しそうに、楽しそうに魔王は笑う。その言葉に、ルーは少しだけ嫌そうな顔をする。その反応を感じ取ったのか、魔王は俺に対して不敵な笑みを向けてきた。


『勇者よ、取引しないか?』


「……取引?」


『なぁに……見逃せとは言わない……。だが、ここで私を消してあてもなく私の魂を封じた物を探すのか? そんな労力をかけるくらいなら……私を一緒に旅に連れて行け』


 俺は魔王のその言葉にほんの少しだけ……考えるフリをする。こいつは本当に……往生際が悪いというか……命根性が汚いというか……。


 生き延びるためなら、何でもやるんだろうな。だからこんな嘘の言葉がスラスラ出てくる。


 そう、こいつの言葉は幸いにして……嘘だった。こいつが消滅すれば……すべて終わりだ。


「……そんな嘘を言ってまで生き延びたいのか? 魔王?」


『嘘? 何を根拠に嘘だと断ずる? 良いのか……みすみす私を見逃すのと同義だぞ?』


「残念だがお前の嘘は俺には通用しないぞ。冥土の土産に教えてやるけど……そういう能力を俺は持ってるんだよ」


『……なんだと?』


 驚愕の表情を浮かべる魔王に、俺は少しだけ笑みを浮かべて……魔王相手に嘘をつくことにした。


「俺はこの世のありとあらゆる嘘が分かる……そういう能力を聖剣に願ったんだ。本人が意識してる、してないにかかわらず……あらゆる嘘は俺には通じない……」


 俺の能力について知っているルーは首を少しだけ傾げているが、魔王の背後なのでそれは見えていないようだ。クロとプルはなんだか何かが納得いったように頷いていた。


 そして魔王はと言うと……。


『……馬鹿な……!! そんなくだらん能力を貴様は得たというのか……この愚か者が……!!』


 俺の能力を聞いて、くだらないと吐き捨てていた。失礼な奴だ。人の事情も知らないで。


 だけど、俺がそういう能力を持っているというのは信じたようだ。さて、ここからだ。


「まぁ、そういうなよ。これで結構便利なんだよ、この能力。……それでさ……最後の最後に聞くんだけど……お前さっき、ルーの事を自分の娘って言ったよな?」


『……そうだ!! 私の娘だ!! 良いのか娘の父を消滅させるような真似をして?! 曲がりなりにも私の血を引いた娘を生かしておいて……』


「あぁ、いいんだよ。そういう命乞いは……お前はここで消滅する。それは確定だ。だけどな、一つはっきりさせておきたかったのはそこなんだよ」


 俺の指摘に……魔王は首を傾げている。言っている意味が分からないのだろう。


 ルー達も、何を言うのか魔王と同じように首を傾げていた。


「ルーはお前の娘……お前が……ルーの母親を無理矢理に奪って生ませた娘……そうなんだな?」


『そうだ……!! そう聞いたのだろう?! なんだ?! 何が言いたいのだ勇者よ?!』


 魔王の焦った声が周囲に響いてくる。もしかしたら、俺が言いたいことを察しているのかもしれない。


 余裕も何もない……まるで縋るような視線を俺に向けてきている。


 俺はその魔王の視線を無視して……一つの言葉を告げる。もしかしたら、魔王には死よりも辛いかもしれない言葉を。


「ルーがお前の娘ってことが……


 俺のその一言に……魔王は今まで見たことも無い絶望の表情を浮かべるのだった。

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