104.聖女の成長(物理)

 それからも、俺たちの戦いは激しさを増していく。


 百体以上いる魔物は次々と数を減らしていくのだが、流石にこの数の魔物を相手取るのは初めての事であり、苦戦はしないが……終わりの見えない戦いだ。


 むしろ戦えば戦うほどに、魔物が増えているんじゃないかと錯覚すら覚える。


 そして、最初はただ突っ込んでくるだけだった相手もそれなりに学習したのか、付け焼刃だが連携をしたり、死んだ魔物を盾にしたり……徐々に頭を使うようになってきた。


 気になるのは魔王だ。何故か魔王には動きが全く無い。


 そもそも……動こうとすらしていない?


 ただ青白く光っているだけだ。


 それで魔物達に何かしら指示を出しているのかもしれないけど、それをこちらは認識できない。


 だからまずは、魔物たちを蹴散らすことだけを考える。


 動かないのなら、それはそれで好都合だ。魔物と連携される前に倒してやるだけだ。


 そんな中……残った魔物達の一部が一カ所に集まりだす。


 そして……その中の一体に対して全員が魔力を集め出した……あれは……なんだ?


「ディさん!! あれは父が作った生贄を使った呪詛魔法です!! 使用されたら呪われて、たぶんですけど動けなくなります!!」


「またお前の親父が作った魔法かよ!! 呪われたらどうなるんだ!?」


「えーっと……あれはその……端的に言うと……とんでもなく発情してしまいますね……。人間も魔物も戦闘中だろうとお構いなしに……」


「お前の親父が作る魔法はそんなんばっかかよ!! 何なんだあの魔王!!」


 あまりのくだらなさと言うか……魔法の酷さに俺は叫ぶ。


 かといって、みすみすそんな魔法を使われてしまうのは流石にまずい!! 戦闘中に発情とか、シャレにならんぞ!


 魔法が使われる前に生贄役の魔物を倒そうとするが、魔物達は自らの身体を壁にして阻んできた。


 プルのあの魔法もタメが必要なのか、杖に魔力は集まっているようだが……放つまでもう少し時間がかかるみたいだ。一気に消し飛ばせない。


 クロもまとわりつく魔物を叩き伏せているが、生贄対象となる魔物の傍までは近寄れていない。


 ルーも空から魔力弾やら魔法を放ち、俺は何とか魔物に近づこうとするのだが……次々とくる魔物の壁に阻まれてしまう。


 そして……呪詛魔法の発動が完了したのか……生贄となった一体の魔物の身体が真っ黒く変色し、徐々に膨張していく。


 元の身体の数倍に膨らんだそれを、大型の魔物数体がこちらめがけて上空高く放り投げてきた。


 その身体に触れた魔物達は……触れた箇所から徐々に自身の身体を黒く変色させていく。


 そして……他の魔物達を襲い始めた。


 うげぇ……あれが発情した状態かよ……触れただけでってことは、近づいてたら逆にヤバかったか?


 上空高く上げられた魔物は更に膨張し……身体を今にも破裂させようとしていた。


 あれが触れただけでマズいなら……何とかして防がないと。俺の光の壁で防ぎきれるか?


 そう考えて魔力を鞘に通そうとした時……いつの間にか後方にいたはずのリムが俺の隣に立っていた。


「あらあら、あれは流石に私じゃないと防げませんかね? 全く……あの魔王は本当に碌な魔法を考えませんねぇ」


 嫌な水音をたてて魔物が空中で破裂し、真っ黒い粘液のようなものが俺達に降り注ぐ瞬間……リムが聖具である腕輪に魔力を通し、黄金の輝きを放つ。 


 そして、リムを中心に球状の大きな壁が俺達の目の前に現れる。


 俺が作る壁の何十倍もの大きさだ。


 破裂した魔物だったものは、全てその黄金の壁に防がれ……触れた傍から浄化されるように消滅していった。


 それに一番驚いたのはクロとプルで、目を見開いてリムを凝視する。


「……聖女になったとは聞いてたけどよ……こんなことできるようになってたのかよ。これって無敵なんじゃねぇの?」


「リム……凄い……」


 リムは小さくピースサインをして、少しだけ得意気な笑顔を二人に向ける。


 そして……完全に魔物が消滅したところを見届けると、光の壁を消去した。


 壁が消え去ると同時に……発情した魔物は女性の匂いを嗅ぎつけたのか、リムにめがけて突進してくる。


 先ほどまで襲われそうになっていた魔物はボロボロだ……身体能力も強化されるのだろうか?


 そんなのをリムに近づけるわけにはいかない。


 俺はリムを守ろうと彼女の前に立とうとしたのだけど……その行動をリムは手で制する。


 心配するなと言いたげに……その顔に余裕の微笑みを浮かべて。


 それから、その微笑みのまま魔物達へと視線を移す。


「薄汚い呪われた魔物が私に触れようと……。いいえ……魔物でなくても……ディ様以外が、私に触れようというのですか?」


 傍から見ているとのんきに見えるその姿に、クロとプルは不思議そうな表情を浮かべるが、すぐに焦りに変わる。


 だけど、俺とルーはリムの表情を見て……魔物達にほんの少しだけ同情した。本当に、ほんの少しだけ。


 魔物達がルーに触れるか否かと言う瞬間……ルーの背後から、先ほどの壁と同じ黄金の輝きが三つ飛び出す。


「ロイ、ポーラ、マディ。遠慮はいりません。久々に本気の運動のお時間です。あぁ、私にも一匹残しておいてくださいね?」


 おぉ、魔狼達……いつの間に……!


 いなかったよねさっきまで……。リムが召喚した……?


 そんなことまでできるようになってたのか?


 それに……なんであんなに光輝いてるの?


「リム、なんか強くなってない?」


「黙ってましたけど、私もいっぱい訓練しましたから。簡単に言うと……聖具の力ですわ。落ち着いたら説明しますわね」


 誇らしげに魔狼達を見ながら、リムは自身の腕輪を愛おしそうに撫でる。


 その間に、魔狼たちは迫ってくる魔物達を瞬く間に屠っていく。


 呪いを受けた魔物もそうでない魔物も、金色に輝く塵と化していった。


 そんな中、リムは微笑みを浮かべながら優雅に歩みを進める。


「さて、私に触れようとした魔物には……お仕置きが必要ですわね?」


 その微笑みは歩み方と同じく、実に優雅で優しいものだ。まさに聖女と言う微笑みだ。


 うっとりする様な慈愛に満ちたその微笑みを見て、安らぎを感じない者はいないだろう。


 ……その腰に構えた両拳を見なければ……だが。


 うん……両拳が黄金に光り輝いている。


 以前はメイスとか……そういう杖兼打撃武器を持っていたのにおかしいと思ったんだよ……手ぶらで来たのがさ……。


 そっかぁ……拳かぁ……。


「ディ様以外が私に情欲に塗れた手で触れる……万死に値します。あの街でもたまーにいましたが……今日は手加減なしですわ」


 ちょっと聞き捨てならない言葉を発しつつ、そのままリムはまずは右拳を魔物に対して……思いきり叩き込んだ。


 その一撃からは……ズゥンと言う重たい音と、グチャリと言う水音が同時に響く。


 リムは、足、腰、肩、腕……全てを捻り……体重の乗った良いパンチを放っていた。見ていて惚れ惚れする様な拳だ。今度教えてもらいたいくらいだ。


 その一撃に呪われていた魔物が悲鳴を上げるのだが、リムは容赦なく今度は左の拳を叩きこんでいく。


 右の次は左、左の次は右……左右の拳が触れた箇所から黒くなっていた表面は元の色に戻っているのだが……それが逆に痛々しく見える。


 絶対、喰らいたくない拳だ。


 そして重く鈍い打撃音を周囲に響かせながら、リムが魔物に拳を叩きこむ作業を終了させる。


 黒さの無くなった魔物は、ピクリとも動いていない。


 完全に絶命している。


 一切の返り血を浴びずに、打撃だけで魔物を屠った聖女は、俺に対して優雅に微笑むと小首を傾げた。


「一つ……言い訳を聞いてくださいますか?」


 俺は無言で何度も頷く。


 最初はリムに対して、組みしやすいと感じていたであろう魔物達は今では遠巻きにリムの周囲を取り囲むだけで、襲い掛かろうとはしない。


 多分、襲い掛かって射程に入った瞬間に殴られる自分の未来が見えてるのだろう。動けていない。


 だからその間に、リムは俺に少しだけ説明をする。


「私も当初はクロやプル……ディ様のように……武器を使おうと思ってたんですの……。聖女の力を武器に通して敵と戦う……でも……私はある日気づいてしまったのです……」


 拳を光り輝かせて、何かの感触を確かめる様にリムはその手を開いたり閉じたりして……そしてちょっとだけ苦笑を浮かべる。


「私が使うには……そこらの武器では脆すぎると……。柔らかい鉄製武具では……ほんの数発で壊れてしまうのです」


 ……普通は鉄製武具を柔らかいとは言わないと思うんだけど。


「色々と試したんですよ。メイス、杖、鞭、ハンマー等……でもどれもだめで……。そこで私はふと思ったのです……武器がダメなら……拳で戦おうと」


 強く拳を握るリムに少し呆れるのだが、その成果は見ての通りだ。リムは立派に戦って魔物を倒している。


 たぶん……聖女の力が並みの武具では耐えられないとか、そういう話なんだろうか?


 ……リムの腕力の問題とかじゃないよな。


 そう考えていたところで……はじめて魔王に動きがあった。


 リムの背後に突然大きな青白い腕が出現して、その手は彼女の身体を掴もうとする。


 だけど間一髪……俺は彼女の腕を引っ張ると自身の元へと抱き寄せた。


 空振りに終わったその腕はそのまま、駆け付けた魔狼達に噛みつかれ消失するのだが……そこで魔王の悔し気な舌打ちが聞こえてきた。 


 ……今まで誰が何をしても放っていたのに……なぜリムを狙った?


 魔狼達は主人を守る様に俺の周りに集まっている。


「どうした魔王、なんでリムを狙った? 今まで誰が何をしても放っていたのに……何かあるのか?」


『……なぁに。予想以上に良い女が目の前に現れたものでな……ついつい我慢できなくなって……ちょっとつまみ食いしようとしただけだよ』


 その言葉は……嘘だった。


 嘘だけど……ここでリムを狙うことにどんな意味がある……。リムが後ろに下がっていた時は何もしてこなかった……。


 リムを捉えようとしてきたのは、リムが魔物を攻撃したことがきっかけ……いや違う。それなら俺達にだって攻撃してくるはずだ。


 俺達とリムの違い……まさか……。


 


 だったら……。


「そうかい……だったらお前に狙われないようにリムには後ろに下がってもらおうかな……お前の汚らわしい手で彼女に触れられたらたまらないからな」


『そうかそうか……それは残念だ……。そのまま前線にいてくれれば、良い女を手に入れられると思っていたのだが……』


「ふん……お前にはもったいない女だよ」


 やっぱり……リムが後ろに下がることを残念に思っていない。嘘をついている。これは……決まりかな?


 俺は抱き寄せたままのリムの耳に限界まで唇を近づけると、そっと耳打ちする。


 リムは一瞬だけビクリと身を震わせたが、頬と耳をほんの少し赤く染めて状態でコクコクと何回も頷いてきた。


 やっぱり前線で戦うのはなれていないのか、息も少しだけ上がってるみたいだ。


 後ろに下がらせるのは正解だな。


『敵前で口付けとは余裕だな勇者よ。娘以外にも愛人がいるとは、とても仲良くなれそうだ……』


「お前と一緒にするなよ。それに残念ながら……俺に恋人は……今はいない」


 酷い誤解だ……と思ってたんだけど、なんか仲間達から呆れたような視線が刺さってくる。


 いや、こんな状況で口付けとかしてないからな。お前らまで誤解するなよ。


 ルー? なんで頬を膨らませてむくれてるの? してないからね?


『ふん……恥じることはないぞ勇者よ……欲しいなら無理やりでもモノにしてやれ……良い女を囲うのは強者の特権だぞ?』


「……無理やりモノにして、それになんの意味があるんだよ」


『私が気持ち良い……理由はそれで十分だろ?』


「意見が合わないな……合わせる気もないけどな!!」


 リムが後ろに下がると同時に、周囲の魔物達が俺たちに一斉に襲いかかってくる。


 リムは後方から俺たちに身体強化の魔法をかけて強化をしてくれているため、俺は難なく魔物達を斬り裂いていく。


 あくまでもリムに俺たちにかけるよう頼んだのは通常の身体強化……聖女の力は温存してもらっている。


 魔狼達にリムの護衛を任せて、俺達は残りの魔物の掃討を開始する。


 魔王はそこから、ほんの少しだけ俺たちに攻撃を加えるがほんのお遊び程度で、戦闘自体は完全に魔物に任せている。


 それからも戦闘は続き……俺達は魔王の召喚した魔物を全て倒しきる。


 そして……俺達が全ての魔物を倒しきった後……残っているのは魔王の悪霊だけになった。


 おそらくは、魔王の予定通りに。


『クッ……クククク……まさか魔物達全てに……私の魂を分けた装備まで全て壊されるとはな……』


 おかしそうに笑う魔王だが、その言葉には隠しきれない愉悦の色があった。


「……残るはお前だけだ」


『そうだな……私だけだ……そして私だけで十分だ!』


 その叫び声に合わせて、魔王身体が強く発光する。禍々しく、気持ちの悪い色に。


『ありがとう! これで魔物達に加えて私の魂のカケラも全て吸収できる! そのための準備も整った! 今からお前達に……』


 やっぱりか。


 よくよく考えたら、こいつは悪霊化して他の魂を吸収できる。だから……大量の魔物を召喚させた。


 だから、魔物を魂ごと浄化したリムにだけは狙いをつけた。


 戦う前に気づくべきだったな……思ったより冷静さを欠いていたのかもしれない。


 だけど、気づけたからこそ……対処は万全だ。


「リム! 今だ!」


「はいっ!」


『何をっ?!』


 俺の言葉を合図に、リムは身体強化とは別に準備していた聖女の力を全て解き放つ。


 魔王の不気味な色をかき消すほどの黄金の光が周囲を照らし、この場だけがまるで真昼のような明るさになる。


 リムを中心に俺達も……驚愕の表情を浮かべた魔王も……全員がその黄金の光に飲み込まれるのだった。

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