103.戦士と魔法使いの成長

『ふむ、五人も相手にするのでは流石に分が悪いか……』


 言葉では分が悪いと言っておきながら、俺達を目の前にしても魔王に焦りはない……それどころか……なぜか余裕すら感じる態度だ。


 自分が負けるなど、微塵も思っていないように見える。


「強がるなよ魔王。俺達が合流して負けるわけが無いんだ……いま降参すれば……。いや、まぁ……許さないんだけどな。よく考えたら悪霊化しているなら、なおさら見逃せないわ。ごめん、今の無しで」


「クロ……格好つけたこと言いたいなら、よく考えてから言ってくださいませ……」


 リムがジト目でクロを睨みつけ、プルは呆れている。ルーはどういうリアクションをとったものかと、困っている。


 そうだ、降参したところでこいつを見逃すという選択肢は無い。


 これは以前のように、魔王を討伐したところで何か称賛が得られる戦いと言うわけでは無い……。


 それでもこいつを、ここで見逃すことはありえない。


 こいつが逃げて誰かに憑りついたらどんな悲劇を生むのか……考えただけで恐ろしい。


『そうかそうか、私が降参か……。面白い冗談だ……。仕方ない……お前達が私の最大の障害だと考えて……全力で行かせてもらうぞ!』


 先ほどまでの余裕は魔王なりの虚勢か……と考えていたのだが……。


 魔王が全力で行くと言った瞬間にそれは起こった。


 雰囲気がガラリと変わったかと思うと、その周囲に無数の魔物が次々と転移してくる。


 ルーが使えるのだから、こいつが転移魔法を使えてもおかしくないけど……これは……ちょっと違う。


 魔物を召喚している? 話にだけ聞いたことがある召喚魔法か?


『こいつらは……いずれ本体に攻め込むために戦力として温存していた魔物だ。呪いの装備を埋め込んだり、持たせたりしている。いわば私と同様の存在だ……多少お前達に削られたが、まだこれだけ残っているし……強力な魔物だぞ』


 なるほどね、道中に居た魔物は……こいつらの一部だったという事か。


 そして余裕の正体はこれか……。


 あっという間に、共同墓地には無数の魔物で満たされる。


 先ほどまでは五体一だったのが、今では五体数十……いや……百以上はいるだろうか?


 この場所に魔物達が密集し、数だけ見れば……戦力差は大きく開いたと言えるだろう。


 そう……数だけならだ。


『さて……今度は逆に私から聞こうか。お前達、降参して勇者の身体を渡す気はあるか? そうすれば……命だけは助けてやるぞ?』


 先ほどのクロの言葉のお返しと言わんばかりに、嫌らしい笑みを浮かべながら魔王は俺達に……いや、俺に提案してくる。


 その言葉は……嘘じゃない。


「命だけは……ってのは嘘じゃなさそうだな。ちなみに、降参して俺の身体を渡したら、お前はどうするんだ?」


『決まっている……まずはその三人の身体を楽しませてもらおうか。約束通り殺しはしないぞ、動けないお前たちの目の前で、三人を凌辱して楽しむことにしようじゃないか』


 ルーとリムとプル……三人をそれぞれ指さしてニヤリと笑う。


 そんなことを言って、俺が了承すると思っているのだろうかこいつは?


 いや、それよりも……。俺はこいつの台詞に身体を震えさせる。そして……。


「……プッ……アハハハハハハハ!! ハハ……ハー……よりによって……そういう言い方するのかよ……あー思い出したら笑えてきた……アハハハハハ!!」


 俺はこんな状況だというのに、堪えきれずに思い出し笑いをしてしまった。


 俺の笑い声に、他の三人はきょとんとした表情を浮かべている。


 ルーだけが……俺の笑い声の意味を理解したのか頬を赤く染めていた。


『なんだ……気でも触れたか勇者よ?』


「いや、悪い悪い。こっちの話だ。なぁ、ルー?」


「ディさん……意地悪です。よりによってそんなこと覚えてるなんて……」


「何言ってるんだよ。凄い演技力だってことじゃないか。父親の事、よーく理解してたんだなぁ」


「理解したく無いです!」


 そう……さっきの魔王の台詞……。演技をしていたルーの台詞とほとんど一緒なのだ。その事実に、俺は思わず笑ってしまった。


 頬を膨らませてプイとそっぽを向いてしまったルーを見て、俺はこんな状況だというのになんだか暖かい気持ちになる。


 なんだろうか、負ける気がしない。


 俺達のやり取りを怪訝な顔で見る仲間達と魔王……。さて、そろそろお喋りの時間も終わりだな。


「魔王、当然の答えをあえて言っておくよ。降参なんかするわけないだろ……断る!」


『ふんっ……だったら倒して無理矢理に乗っ取るまでよ。大人しく降参しておけば良かったと後悔させてやる!』


「後悔……後悔ねぇ……。たぶんさ、魔王……お前、考え違いしているよ」


『……なに?』


 俺は目の前の大量の魔物を見てから、それから俺の仲間達を見る。


 全員が……その顔に晴れやかな笑顔を浮かべて頷いた。


「強い魔物を集めて得意気になってるみたいだけどさ……。俺の方にこれだけ頼もしい仲間が揃っていて……俺達は全員が強い。俺達が負けるなんてありえないだろ。だから、後悔するのはお前だ! 魔王!!」


 最後の俺の叫びを合図にしたように……魔物達は一斉に動き出す。そして……それは俺達も同様だ。


 まず真っ先にクロの奴が飛び出していった。


 魔王は動かない。それならそれでいい。まずは……周りの雑魚を片付ける!!


「行くぜ行くぜ行くぜー!! 久々の大暴れだぁ! 竜戦斧!! お前もりき入れろよォ!!」 


 その叫び声に呼応するように……クロの持っている巨大な戦斧が綺麗な緑色の光を放ち……クロの身体全てを覆いつくす。


 グルグルと斧を身体全体で回す様に、クロは飛び出してきた魔物の群れに向かって信じられないほど高く跳躍して飛び込んでいった。


 魔物達は空中で身動きが取れないであろうクロ相手にニヤリと笑っている。


 それは魔王そっくりのいやらしい笑みだ。


 一部の魔物は魔法を放ち、力の強そうな魔物はその手に武器を構えるなど、各々が迎撃するための準備をしている。


 しかし……。


「甘いんだよぉぉぉぉ!! 舐めてんじゃねぇぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 クロの斧の一振りで放たれた魔法は全て掻き消える。


 そしてクロは、そのまま緑色の光を全て突撃した魔物達に対して叩きこんだ。


 叩きつけられた緑の光はそのまま爆散して、突撃してきた十数体の魔物をまとめて吹き飛ばす……いや、吹き飛ばすなんて生易しい物じゃないな。


 魔物が全て消し飛んで、地面に大きな穴ができている。


「クロ!! ド派手な技を覚えやがったなぁ!! どこで覚えたそんな技!!」


「後で教えてやるよ!! できるかは知らねーけどな!! お前はなんかねーのかよ!」


「そうだなぁ、俺は地味なもんでな……こんな程度だ!」


 俺はクロに負けじと聖剣に魔力を通すと、白い光の刃を出現させる。


 そしてそのまま……光の刀身をある程度まで伸ばすと、魔物の群れの中央へと突っ込んで行く。


「おい! ディ!! 危ねえぞ!!」


 クロが俺に注意をするが、俺はそのまま魔物の中で立ち止まる。


 風の音から四方八方から攻撃が来ることは分かったので、俺は鞘に魔力を通して意識を集中させ……光の壁を顕現させる。


 ガキンッと言う金属を叩いたような音が周囲に響き……魔物達の攻撃は全て俺に当たらず、弾かれた。


 うん……魔法攻撃だけじゃなく物理攻撃もちゃんと弾いてくれるな。


 実戦で使うのははじめてだけど問題ない。


 そして攻撃が弾かれた魔物達に隙ができたところで、俺は光の刃を数回振るう。


 周囲にいた魔物達と、光の刃の延長線上にいた魔物は全て斬り裂かれ……バラバラになった身体は重力に逆らえずに落ちていく。


 俺の攻撃はクロのように地面にクレータを作らず、地面には赤い染みを作っただけだ。


 いやぁ、俺の技は派手さは無くて本当に地味だなぁ。


「ヒュウッ!! お前こそすげえじゃねえかそれ!! どうやってんだよ?! 切れ味凄くなってないか? 聖剣ってそんなことできたのか?!」


「最近、できるようになったんだよ! このままどんどん行くぞ!!」


 魔王は相変わらず動かない。


 魔法すら使わず、身体を青白く光らせている。街もそれに合わせて発光しており、街中の方への嫌がらせに注力しているのか?


 その表情に笑顔はなく……上手くいかない現状に苛立っているのか……ひどく真剣な顔つきだ。


 だけど、街中は竜達が守ってくれているからきっと心配ない。


 時折、視界の端に地上から空へ向けて炎のブレスや、光のブレス、雷のブレスなどが見えるので……被害を出さないようにしながら戦ってくれているのだろう。


「おらぁ!! ディ!! 考え事してる暇があるなら斬りやがれ!!」


 街を視界に入れていた俺に、左から大型の浅黒い肌の魔物が爪を勢いよく伸ばしてくる。


 俺にその爪が届く直前……クロがその爪を全て斧の柄で引っ掛けると、斧を半回転させてその爪の全てを剥がす……。


 あぁ、いくら魔物とはいえ痛そうだな。


 爪を剥がされた痛みに魔物が絶叫したところに、クロは斧を振りかぶり脳天から真っ二つにする。


「ありがとよ! でもクロ! 後ろだ!!」


 斧は振り下ろした瞬間に、大きく隙ができる。


 そこを狙ってか、クロの背後から複数のゴブリンに似た中型の魔物が一斉に襲い掛かっていた。クロの斧は地面に突き刺さったままだ。


 俺はクロの背後に素早く移動すると、中型の魔物を横薙ぎに一閃する。


 キレイに上下に分割された魔物は、下半身だけはその場に倒れ、上半身は突進の勢いそのままにこちらに飛んできた。気持ち悪いなオイ。


 武器を持った状態なため、飛んできた魔物達の上半身を壁で防ごうかと思った瞬間に……俺の目の前に光り輝く魔法が放たれ、その魔物を消滅させた。


「うおっ?! なんだ?!」


 鼻先を掠めるように放たれた極太の光の線……。


 目が眩むようなそれは、俺の目の前を通り過ぎて、さらに後方の魔物もまとめて消し飛ばす。


 まるで竜のブレスのような、とんでもなく巨大な魔法。


 俺は魔法が放たれた方向を見ると、そこには杖を構えたプルの姿があった。あの杖から魔法を放ったのか……。


「プル、ありがとな。でも……ビックリしたよ……一言くらい言ってくれ……」


「……ん……何か言ったら……奇襲の意味が無い……。それに……ディには当てない……問題ない」


 得意気に胸を反らすプルに、俺は礼を言う。ちょっと……いや、かなりビックリした。 


 とんでもない威力の魔法を放てるようになっているプルに驚きながらも、俺達は次々と魔物達と斬り伏せる、なぎ倒し、魔法で消滅させていく。


 しばらく見ない間に……二人とも……物凄い強くなっているじゃないか……。


 俺は二人を頼もしく感じながら……戦いは継続していく。


 宣言通り……負ける気は微塵もしていなかった。

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