102.そして全員が集結する
俺は地面に寝っ転がりながら、綺麗な夜空を見上げている。
油断したとはいえ、吹き飛ばされて大の字になるなんていつ以来だろうか? 殴られた頬がやけに熱くて痛い……。
だけど、なんだかさっきまでの追いつめられてモヤモヤしていた気持ちまで一緒に吹き飛ばされたような気がしていた。
悪くない気分だ。
「痛いじゃねーかよ、クロ……。お前、喧嘩って……状況分かってないくせに好き勝手に言いやがって……。と言うか、性格変わってないか?」
俺は殴られた頬の熱さを確かめる様にさすりながら、上半身だけを起き上がらせる。そして、未だ俺に対して構えたままのクロへと視線を向けた。
「はっ! 黙って俺等の前から消えたのはお前の方だろうが。状況なんざ分かってなくて、当たり前だっつーの……だけどまぁ……」
俺に対しての文句に、俺はそりゃそうかと納得してため息を一つついてしまうのだが……。クロは構えを解くとその顔に微笑みを浮かべ、吹き飛ばした俺の元へと歩み寄ってきた。
「ほら、立てよディ。とりあえず喧嘩すんのは後回しだな。どうせまた面倒ごとに首突っ込んでんだろ? 相手はあそこの変な奴か? なんだあれ?」
「殴り倒したのはお前だろうが!」
差し伸べられたその手を取ると……クロは力強く俺を引っ張り起こす。
繋いだ手は、まるで仲直りの握手をするかのような形になる。
「それに、俺が首を突っ込んだわけじゃ無いんだけどな……。今回は巻き込まれてる……ってのが正確な気がするよ」
「そう思ってるのは、たぶんお前だけだぞ。絶対、お前が首突っ込んでるだけだ」
そう断言されては反論する気も起きず……俺は思わず笑ってしまう。久しぶりに会ったというのに、いつも通り……いや、いつも以上にざっくばらんなやり取りだ。
久しぶりに会うというのに、懐かしいという気が起きない。まるで今までずっと一緒にいたような感覚に
なる。
「んで? そっちの嬢ちゃん……よく見たらあの時の魔王じゃねえか。一緒に旅してるってマジだったんだな。リムには会ってないの? お前、こんな可愛い子と旅してるって、あいつが知ったら怒り狂うぞ?」
「いや……リムにはもう会って……。そうだ、ルー! 結界が壊れた今のうちにリムを連れてきてくれ!!」
『ふん……遅いわ……。貴様らが茶番をしている間に、壊れた結界の魔力を吸収し張りなおした……何をしても無駄だ』
クソ、二人とも呆気に取られていたけれども、魔王の方が覚醒が早かったか。
喋っている間にまた張られた結界によって……状況は振り出しに戻ってしまった。
せっかくクロが作ってくれたチャンスだったというのに。
……いやまぁ、そのチャンスを潰したのもクロかもしれないけど。
『まさか……竜を連れた仲間が現れるとはな……。しかし一人と一匹が増えたところで何も変わらん。さぁ、勇者よ……その身体を寄越すのだ……』
その言葉に俺が何かを言う前に……クロのやつが大声で笑いだした。
『……何がおかしい?』
「いやぁ、お前が誰だか知らないけどよ……ご自慢の結界が壊されたのに随分と偉そうだなと思ってよ」
『ふん、どうやったかは知らんが、結界を壊したお前等がここにいるのであれば……状況は変わらん。街の人間を人質に勇者に身体を……』
「どうやったって、俺は拳で殴り壊しただけだよ。でも、そっか。残念だな。ご自慢の結界……
『何だと……?』
まるでタイミングを計ったかのように……クロのその言葉と同時に街を覆っていた結界は……あっという間に消失した。
先ほどのような音もなく、ひび割れも無く……まるで最初から何もなかったかのように、結界は消失する。
『……馬鹿な?! 馬鹿な!! 結界が全て消失だと!?』
「さっすが俺の嫁、鮮やかだなぁ。愛してるぜぇ、プル」
クロは感慨深げに結界の消滅した夜空を見上げている。当然だけど……プルも一緒だったのか。
魔王が驚愕している間に……俺はルーに目配せをすると、ルーは頷いて移動魔法を使用する。まずはノストゥルさん達三人の元に移動し、彼等を避難させる。
その後におそらくはルーの元へと移動しているだろう。俺は通信水晶を起動してリムへと連絡をする。
「リム! 今からルーがそっちに行くから来てくれ!! 簡単に状況を説明すると、魔王が復活してた!!」
「なんだ、あれ魔王なのか。おー、すげえリムの顔が見える。なんでお前、一緒にいないの?」
『ディ様分かりましたわ!! って……クロ?! なんでいるんですの?!』
「その辺は終わったら説明してやるから、早く来いよー」
混乱している向こうを無視するようにクロは水晶から視線を外す。そしてすぐに……プルが俺達の元に、竜の背に乗った状態で降り立った。
「プル、お疲れー。いやぁ、やっぱり俺よりよっぽどスマートだよな。さすが俺の嫁さん。愛してるぜ」
「……うっさい……いきなり落ちて……心配したんだから……」
クロは、むくれるプルに手を差し出して竜から降ろす。よく見ると、互いの指には青と赤の指輪がはまっていた。どこか見覚えのある……指輪だ。
『クロさん、無茶し過ぎですよぉ。結界を殴り壊すって……父様も止めてくださいよ』
『いや……止める間もなく落ちていったんじゃよ……むしろ途中で受け止めた点を褒めとくれ』
プルが乗っていた竜が、クロをキャッチした竜に文句を言う……あれは……バウルさんと……俺達が助けたメアリちゃんだろうか? まさか四人で一緒に来るなんて思っていなかった……。
『いったい何なんだ貴様らは……!! 無駄だ!! 何人増えようと街全体が人質なのは変わらん!! 私の優位は変わらん!! 見せしめに街を襲ってやるわ!! 女は辱め、男は殺してやる!!』
先ほどまでの緊迫した雰囲気した一変し、ほのぼのとして雰囲気を出す俺達に激高した魔王が自身の身体を強く発光させる。
それと同時に……街全体も気持ちの悪い青白い光を放つ。
ヤバいな、このままだと街の人に被害が……。
ノストゥルさんがうまく兵を出してくれていれば持ちこたえられるかもしれないけど……悪霊に対抗できるのか?
「街全体を人質ね……。なんつーか、本当に下衆なんだなこの魔王。俺らが全員で来てなかったらヤバかったかもなぁ。ディ、感謝しろよ? 今日の飲み代、お前の奢りな」
「何のんきなことを……!! このままじゃ街に被害が……」
俺の焦りなんてどこ吹く風と言った風に、クロはのんきに笑っている。
そこで俺はクロの言葉に違和感を抱く。……全員?
「クロ……えっとさ……来たのってお前達四人だけじゃないのか……?」
「いやぁ、お前が生きてるって竜の里で話したらよぉ……。みんな来たがってさ。本当……
俺は恐る恐る……街の上空へと視線を送った。
街全体が青白く照らされているものだから……空に何がいるのかここからでもはっきり見える。
いまこの街の空は、無数の竜で埋め尽くされた。赤、青、白、黒、緑……様々な色の竜達が街の空を覆っており……。
おい!! これ悪霊騒ぎよりよっぽど街中で騒ぎにならないか?!
「お前らぁぁぁぁ!! 聞こえるかぁぁぁ!! この自称魔王は俺らがやる!! お前らは街のみんなを助けてやってくれ!! 終わったらディの奢りで宴会だあぁぁぁぁぁぁ!! 酒を飲むぞぉぉぉぉぉぉ!!」
クロの叫びが遠くからでも聞こえているのか、竜達は思い思いに歓喜の叫びを上げたり、口から炎を出したり、身体から雷を出したりと、空で旋回したりと、喜びに打ち震えているような行動を見せていた。
そして……竜達はそれぞれが街に散開する。
『勇者殿、また後での!!』
『行ってきまーす!!』
バウルさんとメアリちゃんもこの場から飛んで街中へと移動していく。
いや、竜の姿のままで降りたらとんでもないことにならないか?! 通信水晶でノストゥルさんに伝えないと……!!
「ノストゥルさん!! 聞こえますか?! 無事ですか!?」
『ディ殿!! ディ殿ご無事で?! 今どうなって?! なんか街中が青白くなって変な魔物が出たかと思って兵を出したら、空が竜で覆われて竜が降りて来て?! これは私への罰なんでしょうか?! この街は今日滅びるのですか?! せめて私一人の命で収めてくれませんかね?!』
おおぅ……珍しくノストゥルさんが慌てている。いや、そりゃ慌てるか。俺でも慌ててるもん。
「落ち着いてくださいノストゥルさん! 竜達は……俺の仲間で味方です!! 助けに来てくれたんです!!」
『りゅ……竜が味方?! どういうことですか?! い……いや、まずは街の安全が先決です……!! 承知しました!!』
そこで俺は通信を切ると……同時にルーがリムを連れて転移してきた。
「ディさんお待たせしました!! マーちゃん連れてきました!!」
「状況はルーちゃんから聞きましたわ……思ったより最悪でしたわね」
「よぉ、リム。お前の残した手紙のおかげで来れたぞ、この放蕩娘が。お前も俺らに迷惑かけやがって、後で覚悟しとけ」
「あらあら、私のおかげで来れたのですから良かったでしょう?」
「……色々……大変だった……リムにも……お酒奢ってもらうからね……」
二人からの恨みがましい視線をリムは涼しい笑顔で受け流す。凄く懐かしい感じだ。
あれから大分経ってしまったけど……俺が置き去りにしてしまったものが全てここに、改めて揃う。
俺の自業自得ではあるんだけど、なんだかその事実に泣きそうになってしまう。
『クソッ……途中までは思い通りだったというのに……何なのだ貴様等は……!! よくも私の邪魔をしてくれたな!! 女は生まれてきたことを後悔させてやる!! 男共はその光景を見て無力感に苛まれるがいい!!』
……って、泣きそうになってる場合じゃないな。今は魔王と戦ってる最中だった。
街中は竜達が何とかしてくれる。人質はもういない。
そして……俺達は揃っている。
「さってっと……久々だなぁ、四人で戦うのは。勇者パーティー再結成の初戦が魔王退治ってか。燃えるぜ!」
「クロ、今はルーちゃんもいるんだから五人です。まぁでも、私達とルーちゃんが居れば負ける気はしませんね」
「私……プル……よろしくね……。あっちはクロで……私の恋人……夫……の予定……」
「えっと……よろしくお願いします……」
魔王を前にこの余裕……プルは挨拶をしている始末で、それがさらに魔王の神経を逆撫でしたのか……魔王から尋常じゃない量の魔力や敵意が流れてくる。
禍々しさで言えばあの時のルー以上……どれだけの悪霊を喰って力を貯めこんでいたんだこいつは。
伊達に悪霊として復活してないってことか。かなりの強さだ。
「油断するなよ、皆。元魔王が悪霊化しているんだ……どんな隠し玉を持っているのかわからない」
「悪霊だろうとぶん殴れば消し飛ぶだろ。問題ねーよ……それに隠し玉を持ってるのはこっちも同じだ」
「……心配……ない……。私の魔法で全部……吹き飛ばす……」
「守りはお任せください。聖女として……かすり傷一つ皆さんに負わせませんし、負ったとしてもすぐ治すので問題なしです」
「まさか父さんと戦うことになるなんてね……ここで完全に消滅させます」
前衛に俺とクロ、中衛にルーとプル、後衛にリム……。いつも一緒に戦っていた時の体制に、ルーを加えた陣形を俺達は自然に取る。
クロはいつの間にか、その手に巨大な竜の意匠を凝らした戦斧を手にしていた。どこに隠し持ってたそれ。
片手で扱えるとは思えない巨大さのその斧を、軽々と肩に担ぎ上げる。
……それが隠し玉? いきなり出したら意味なくないか?
プルも、竜が羽ばたいているような意匠を持つ、宝石がちりばめられた荘厳な杖を手にしていた。
まぁいいや。頼もしいことに……悪いことは無い。
「それじゃあ魔王退治……開始だ!! 行くぞみんな!!」
「応!!」
そして俺達の、本来あるべきはずだった戦いが……開始する。
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