101.戦士は到着する

 大空の旅……と言うのはとても気持ちが良い。


 鳥になって空を飛べたらどんなに気持ちが良いかとか、子どもの頃は良く想像したものだ。


 今俺は、その頃には思いもしなかった方法で空の旅を楽しんでいる。


 竜の背に乗るという……想像もしなかった方法だ。


 雲よりも高くとまではいかないが、かなり高さで……空から見る景色と言うのはこんなにも綺麗なのかと柄にもなく感動している。


 夜だというのに景色が良く見える……。街道に明かりが灯されていて、夜空を見上げているみたいに綺麗だ。帝国ってのはすげえなぁ……。


『我が主よ、あとほんの数刻もすれば指輪の場所まで到着するぞ。そこに勇者殿がいるかは分からんがな……』


「おぅ、それじゃあこの空の旅もおしまいかぁ……。バウルのおっさん、ありがとうな」


『なんのなんの、主の命なら従うのが儂等の勤めよ。この辺りも数百年ぶりじゃが、すっかり変わったのう。昼間のように……とまではいかんが明るくて良いわい』


「そういえば、竜達は里に引き籠ってたんだっけか……」


 本来、竜は大空を自由に飛び回っている種族だった。


 だけど過去に色々あって、今では里に引き籠るのが常になったんだとか。若い竜は大空を飛んだことも無かったらしい。


「プルー、そろそろ着くってよー。大丈夫かぁ?」


「大丈夫……高いところ……怖いけど……流石に慣れた……。……メアリちゃんのおかげ」


『プルちゃん、最初は怖がってたもんねー。私も空を飛んだのははじめてだったけど、プルちゃんのおかげですっかり慣れたよー』


「え……メアリちゃん……空飛んだこと無かったの……? ……私……聞いて……無かったんだけど」


 俺の隣で竜姫であるメアリに乗るプルが両手でガッツポーズを取っていたのだが……知らされた新事実にちょっとだけ青ざめてた。


 そのやり取りに、大空では竜達の笑い声が木霊していく。ちょっとした魔物ならこれだけでショック死する様な光景かもな。


 ……本当はプルと一緒に乗りたかったんだが、竜は基本的に認めた者を一人だけしかその背に乗せない……そういう伝統なんだそうだ。


 認めた主に命令されればその限りではないらしいけど……流石に竜王であるおっさん自身がその伝統を破るわけにもいかないので、その辺は伝統を尊重することにした。


 俺がメアリの嬢ちゃんに乗ることも考えたんだけど『恋人がいるのに女性に乗るなんて浮気ですか?!』と彼女に言われてしまったので止めた。


 思わず、俺はプル一筋だと言わされたのに気づいた時は遅かった。


 嬢ちゃんは意外と策士である。いや、プルとハイタッチしてたから確信犯か?


 まぁ、いい。そんな旅も今日で終わり……かどうかは分からないけど、お喋りしている間におっさんの言う街が見えてきた。


『あの街に指輪の気配が……ん? なんじゃ? なんか変じゃぞあの街? 結界に覆われて……とんでもない気配がここまで漂ってくる……これは……?!』


 おっさんが言う街は……青白い何かが覆われてうすぼんやりと光っていた。


 夜だというのに、そこだけが気味が悪い明りが周囲を照らし……おっさんはそれを結界と言った。


 あの時……俺がぶっ壊せなかった結界とよく似ている。


 似ていやがるんだ。あの時に俺があれをぶっ壊せていたら何か変わっただろうか?


 もしかしたら何も変わらなかったかもしれないし、変わったかもしれない。今となってはもう分からない。


 だけど今確かなことは……俺があの結界を見て当時を思い出して……ムカついてきたという事だ。


「おっさん!! あの街で一番魔力が強く感じられる場所の真上に行ってくれ!! そこにディの野郎はいやがる!!」


『なんじゃと!? 根拠は何じゃ?!』


「俺の勘だ!! 根拠なんかねえ!!」


『……それは構わんが……真上に行ってどうするつもりじゃ?』


「決まってんだろ!! あのクソみたいな結界を!!


『久方ぶりの我が主は頭が悪いが……その意気や良し!! 皆は後からついて来い!! 儂等は先に行く!!』


 他のやつらの返答を聞く前に、おっさんの速度は上がる。身体に風を感じる中で、俺は右拳に力を籠める。あの日にできなかった怒りや、ディへの鬱憤、とにかく色々な感情を込めて。


 あの日から今まで、死ぬ思いをして手に入れた力やら何やら……とにかく俺の力の全てを拳に集める。


 あの結界を壊すのが正しいかどうかは、どうでもいい。


 そもそも今の俺で壊せるのかどうかも分からない。そんなことは知らない。


 だけど、俺もあの馬鹿を見習って、突っ走ってとにかく動くと決めた。


 絶対にあそこにあいつは居るという確信と共に、今度は俺があいつをフォロー役に回してやる番だと俺はニヤリと笑みを浮かべる。


『着いたぞ主殿!! この真下に結界を張っているヤツがいる!! 何じゃこれは……とんでもなく禍々しい……』


「サンキュー!! おっさん!」


『あ、こら!! 話を最後まで……!!』


 おっさんが何かを言いかけたが俺は構わず、おっさんの背から飛び降りた。背中からおっさんの叫び声が聞こえた気がするがそれは後だ。


 今は目の前のこいつだ。


 結界、壁、魔力の塊……あぁ、もう何でもいい。


 あの日の記憶が俺の頭の中に蘇ってくる。


 無力感、喪失感、絶望、悲しみ……それらを全て思い出しては……その全てを吹き飛ばすように俺は叫ぶ。


「邪魔だぁぁぁぁぁぁぁぁ! ぶっ壊れろやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 全ての力を乗せた拳を、その結界にめがけて振りぬく。一瞬だけ、その結界上にあいつの顔を思い浮かべて力は倍増だ。


 俺はその結界を力任せにぶん殴り……そして、結界に俺の拳が当たる。


 その瞬間、あの時とは違う手応えが俺の拳を通して全身に伝わってきた。俺は確信する。今度は行けたと!!


「ハッハー!! 手応えありだぜ!」


 俺の拳が当たったところから、まるでガラスを割った時のようなヒビが入っていき、青白い結界は菓子のようにボロボロと零れて壊れていく。


 これで……これで俺は前に進む!! 進んでやる!!


 そして、浮遊感が俺を襲った。前に進むんじゃなくて……落下してるねコレ。


 さてどうしようかと考えていると、真下にいる何人かが俺の事を見上げているのが視線で分かった。そしてその中に……一人の男を俺は発見する。


 あいつだ、この街にいやがった。こんなところにいたのかよ。生きてやがったのかよ。


 生きててくれたのかよ!


 俺はこみ上げてくる何かを押しとどめる様に……見つけ出せた目的の男……ディの顔を見て叫ぶ。


「ハーッハッハッハー!! いつかの結界があったから思い出し怒りでぶん殴ってぶっ壊しちまったぜ!! 別に良いんだよなぁ! ディよぉ!!」


 ダメだとしても壊しちまったからもう無駄だけどな!


 なんだよ、なんでそんな面で俺を見てるんだよ。


 大丈夫だ、俺が来たし、プルもいる。


 あれ? リムのやつ居ねえの?


 なんでいねーの? 逆に怖いんだけど? 先に見つけたとしたら、後から絶対キレられるぞ。


 あと、隣のやたら可愛い女の子だれだよ? お前、リムにぶっ殺されるぞ?


 まぁいいや。諸々の確認は後だ。


 とにかくまずは一発ぶん殴ろう。


 それで一旦はチャラ……にはしないけど一区切りだ。


 落下している最中なことも忘れて、俺はとにかく目の前のディを一発ぶん殴る事しか考えていなかった。


 ぶん殴った後?


 どうせ目の前のやつが敵なんだろ、嫌な雰囲気してるもんな。


 でも、俺とお前、プルがいれば雑魚も同然だ。リムがいねーのは残念だけどな。


 とにかく、また一緒に戦おうぜ。


 生きてるお前とまた一緒に戦えるなんて、こんなに嬉しいことはねえよ。


 その後は、喧嘩だ。俺とお前の喧嘩。


 喧嘩してぶん殴り合って、それから仲直りして、宴会で酒飲んで一緒に馬鹿話していっぱい笑うぞ!!


 男同士なんて、そんなもんだろ!

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