100.それは予想外だが必然でもある

 ゲラゲラと楽しそうに笑うその存在は、自らを魔王と称した。


 その姿はどう見ても俺達が出会ったあの三馬鹿の一人……ニエトなのだが、その笑い方は醜悪で、生前に見たどこか格好付けた感じは微塵も感じさせない。


 いやまぁ、あいつも大分性格は醜悪だったけど……。


 こいつから感じるドス黒さは、それ以上だ。


「なんで……なんで父さんが?! 魂は私が全て消滅させたはず!! 生きてるわけが……ッ!! いや……死んで幽霊だから生きては……。でも……。 ディさん、は嘘を付いてるんでしょう?!」


 狼狽するルーを庇うように、安心させるように俺はその前に立つ。そして聖剣を構え、いつでも相手に斬りかかれるよう睨みつけた。


 ルーは混乱しているのか頭を抱えている。喋っている言葉も支離滅裂だ。


 自分で相手を父親と認識しておいて、それを自身で否定する。


 ……自ら手を下して消滅させた父親が目の前にいるのだ。話に聞いた限りの……あの最低な魔王が……。


 本当なら安心させるために優しく触れてやりたいとことだけど、敵前ではそれもできない。


「落ち着けよルー……残念だけどあいつが魔王だっていう言葉に嘘は無い。自分を魔王だって思い込んでる、可哀そうな奴なら話は別かもだけどな……」


『フフッ……ひどいなぁ勇者……。そんな可哀そうな奴ではないぞ私は……?』


 気休めにもならないだろう……むしろ混乱させるかもしれないが本当の事を俺はルーに告げる。


 だけどルーは俺の言葉を信じてくれたのか、幾分か落ち着きを取り戻していた。


「確かに魔力の……魔力の波長は父なんです。でも、そんなわけが無いんです……私が消滅させたはずなのに……なんで……」


 あぁ、そうか。


 なんか既視感を感じると思ったら、これはルーが演じていた魔王の声と魔力……それと同じなんだ。


 ……やっぱり認めなきゃいけないかな。こいつが本物の魔王だって。


『実の父を消滅させたとか恐ろしい事を言うな……。流石の私も引くぞ? が既にそんなことになっていたとはな。我が事ながら情けない……。いや、これは我が娘を……さすがと褒めるべきところなのかな?』


 まったく引いておらず、むしろ嬉しそうな笑みを浮かべながら、魔王は祝福する様に手を叩く真似をする。


 全く音は鳴っていないが、本当に祝福しているかのようだ。


 自分を殺した娘を祝福している。何なんだこいつは。


 だけど……ふと、気になる単語が飛び出していたことに俺は気が付く。


 ……本体?


「いや、どうでもいい。お前が魔王なら、倒してからゆっくり調べればいいだけだ。悪いが会話する気は無いから、遠慮なくもう一度殺させてもらうぞ」


『今代の勇者は物騒だな。私はお前の事を良く知らないが、おそらく私はお前のような輩は嫌いだよ。私がする事に、いちいち嫌な顔をしてきそうで……手元に置いておきたくなる』


 訳の分からないことを言う魔王に対して、俺は斬りかかるのだが、魔王は姿を霧のように変えて俺の一撃から身をかわす。


『良いのか、ここで私を殺して。仮にも恋人の父親だぞ? お義父さんと呼んでもいいのだぞ?』


 俺とルーの関係をからかい茶化す様に、いちいち神経を逆撫でするように、魔王は言葉を発する。


 明らかに挑発で苛立つが……気にしてる場合ではない。ラーの精神安定のためにも速やかに処理しないと。


『しかしまぁ、我が娘が本体を消してくれたのは私にとって都合が良いことだ。私は孝行娘を持って幸せだよ』


「……どう言う意味ですか?」


 俺の剣を回避しながら、魔王はルーに話しかける。


 俺の方を攻撃することは無く、魔王は回避に専念している。


 余裕を見せているのか……それとも別な目的があるのか……。


『ふむ、少し説明をしてやろうか……。勇者、攻撃を止めてくれないか? 我が娘に事情を説明したいのだが……』


「お前の願いを聞くことに、メリットはあるのか?」


『そうだな。少なくとも後ろの三人の命が失われることは無いかな』


「三人?!」


 俺はそこで振り向くと、腰を抜かしたノストゥルさんと、神父さん二人が全身を青白い何かに絡めとられていた。


 魔王の身体を構成しているものと同じ、青白い半透明のものだ。


 違うのは、それは人の形をしていないが、人間の苦悶の表情だけを表面浮かび上がらせている点だ。


 見ていて吐き気を催しそうなものが、三人にまとわりついている。


『まぁ、男を拘束しても気持ち悪いだけなんだがな……。どうせ拘束するなら女に限る。……今の私には感覚が無いのでどうでもいいか』


 しまった……。先に腰を抜かした三人を避難させるべきだったか……。


『娘に説明する間……攻撃しないでいてくれればいいだけだ……。勇者も遠慮なく聞いていってくれ。終わったらすぐに解放しよう。約束する』


 その言葉に嘘は無い……。


 本当に開放するつもりなのか?


 しかし、人質を取られている以上は選択肢はない。俺は聖剣を鞘にだけしまう。


 たが、いつでも斬り伏せられるように……構えだけは解かない。


『ありがとう、実にいい顔だよ勇者……。さて、結論から言おうか。私は本体から枝分かれして、残された魔導書や呪いの装備に封じられた魔王の魂だよ』


 その言葉を聞いて、俺はルーが前に言った言葉を思い出す。


 それは『優れた書には書き手の魂が宿る』と言うものだ。


 魔王はそれを……意図的に行っていたという事なのか?


 さっき言っていた本体とはそういう意味か。


「そんな……魔導書に魂が宿るのは確かにあります……でも……私が読んだ時には魂は微塵も感じませんでした!!」


『それはそうだな、その時には既にこいつらの中に移動をさせてもらっていたからな……。いや、幸運だったよ。こいつらが先に別荘へ来てくれたのは』


 ルーの焦ったような声を意に介さずに、魔王は自身の身体を見下ろしてまたもやゲラゲラと笑う。


 神経を逆撫でする様な喋り方に笑い声……。いちいち勘にさわるやつだ。


 柄にもなくイライラとしてしまう。


『まぁ、私が復活できたのは偶然の産物だ。本体も上手くいく確率は低いと思っていた保険……でも私は幸運だった。こいつらがわざわざ死後の魔法を使ってくれたんだからな』


「ニエトは……あの三人はどうしたんだ?」


『魔法が上手くいって喜んでいる所を、後ろから三人仲良くいただかせてもらったよ。本当は女の魂の方が良かったのだが、贅沢は言ってられない。強い怨みを持っている魂を喰えば、力を取り戻せるからなぁ……』


 笑いながら魔王は自身の腹を一度だけポンと叩いた。


 そうか……一緒とはそういう意味か……。あいつらは……魔王の糧となってしまったようだ。


 ノストゥルさんはその事実に動けないながらも顔を青くしている。


 魔王の言うことは、彼等が生まれ変わる事すらできず……消滅したことを意味するからだ。


 自業自得とはいえ……親としては複雑だろう。


 そして……魔王はそこまで説明をし終えると、ノストゥルさん達を解放した。


 まとわりついていた青白い何かはそのまま魔王へと吸収されていった。解放されても三人は腰が抜けて身動きが取れないままだ。


 本当に開放したことを意外に思いながら、俺は改めて聖剣を構える。


 お喋りはここまでだということだ。


『いつかは本体に取って変わろうとしてた……。しかし、私にできたのはあいつらにほんの少し働きかけて準備させる程度……。それでもいつか、女も抱けず魔導書に封じられた怨みを……と思っていたのだが……』


 そこで一度言葉を切った魔王は、我慢できないようにフルフルと震えながら大きく手を広げ歓喜の声を上げた。


『ここに来て私の何と幸運なことか! 本体は倒れ、娘が本体の魔力を持っている……これはもう運命だよ!』


 こいつの狙いはルーか……。ルーの魔力……。だけど、奪わせるわけないだろ。


「そうか残念だったな。お前はここで消滅するんだよ。そういう運命だ」


「……理由は分かりました。今度こそ、欠片も残さず消滅させてあげます」


 ルーは顔を青くしながらも、戦うために魔力を練り上げる。


 俺の隣に立ち、複数の魔力弾を周囲に浮遊させていた。


 元魔王がどれくらいの力を取り戻してるか知らないが……俺とルーなら勝てるはずだ。


『まぁ……そうだろうな……。だいぶ力を取り戻したとはいえ、真正面から戦って力を消耗するのは得策ではない……。だから……少々卑怯な手を取らせてもらおうか……』


 魔王の青白い身体が光ったかと思うと……それと同じ光が街の方からも放たれていた。


 まるで共鳴する様なその光は、街全体を不気味な青白い色に染めている。


『ベラベラと喋っていたのは説明のためだけじゃなくてな……。今の私の身体は無数の悪霊で構成されている。……人間以外の動物、魔物の霊も取り込んでいてな……それを街全体に張り巡らせてもらったぞ。悪く思ってくれたら……嬉しいなぁ……』


 ニタリとした笑みを不快に感じながら、時間稼ぎをされていたことに今更ながら歯噛みする。


 くそ、何か企んでるかを聞いておけば……俺も予期せぬ事態に焦ってたみたいだ。


『なぁに、私の願いを一つ聞いてくれたら街の人間は無事に済むぞ……簡単な話だ。私が約束を守る男なのは、先ほどで分かってくれたろう?』


「そうか……碌な願いじゃなさそうだ」


 俺の返答に、心底嬉しそうな笑顔を魔王は浮かべる。


『勇者……お前の肉体を私に寄越せ。そうすれば、この街の人間……全員の命を助けてやろう。約束は守るぞ?』


 唐突なその提案に嘘のないが、俺もルーも困惑する。


 さっきはルーの魔力と言って、今度は俺の身体?


「……意味がわからないな」


『そのままの意味だ。勇者の身体であれば女には不自由なさそうだ。それに……


 ……なんって下衆なことを考えるんだこいつは! こいつは頭の中それしか無いのか!!


「実の娘だぞ……抵抗は無いのか?」


『愛した妻に似た美しい娘を抱くなんて、父親冥利につきると思わないか? そうすれば魔力も取り込めるしな……。昔はパパのお嫁さんになるなんて可愛いことを言ってくれたんだ、嬉しいだろう?』


「……あなたの本性を知らなかった時の、私の恥ずかしい思い出の一つですね」


『良いなぁ……良い表情だ。お前の母親を思い出すよ。良い視線だ……!! ゾクゾクするなぁ』


 その歓喜の表情に俺もルーも背筋を凍らせて、顔をしかめる。


 こいつには不快感しか感じない。


 だけど……下衆で最低で醜悪とは言え、仮にも魔王だ。


 俺の身体を手に入れたら……ルーが被害者になるのは確定だし、そのあと何をするかも分からない。


 俺は魔王に対して剣を構えながら、ルーに告げる。


「ルー……リムを連れて来てくれ。あいつなら悪霊を浄化魔法で完全に消滅させられるはずだ……」


「それがですね……さっきから転移魔法が発動しないんです……」


 ルーは困惑したように、発動しない転移魔法を何度も繰り返しているようだった。


『あぁ、この街の周囲は結界で覆わせてもらった。転移系の魔法は使えんよ……これが破壊されない限りはな。破壊しようとしたら当然……街への攻撃を開始させてもらうがね』


 ルーが前に使ったあれか……。


 くそっ、どうする!?


『移動は許さないが、考える時間ならたっぷりやろう。疲労し、困惑し、そして私を憎めば……その分だけ身体は乗っ取りやすい……』


 だからさっきからイライラさせてきてるのか……。少しでも乗っ取りやすくするために……。


 全部が全部、こいつの考え通りに動いているようでイライラする……。そして俺がそう感じるのがこいつの狙いなんだろう。


『安心しろよ……お前の意識は消さずに残してやる。私の中で、存分に見て楽しむと良い』


 ……なんだって?


 寝取るだって? 俺の目の前で? 大切な人を?


 ルーを……リムを……俺の身体で寝取るというのかこいつは?


 俺にまた……あんな思いをさせるというのかこいつは!!


 その一言に……何もかもがどうでもよくなった俺が激昂しかけた……その時だった。


 異変が起こった。


 バリィィィィン!!


 そんな分厚いガラスが割れるような、乾いた音が周囲に響く。


『馬鹿な……!! 結界が……結界が!?


 そこで初めて、魔王の狼狽する声が周囲に響いた。


 予想外の事態は俺たちも同じで……俺たちは音がした遥か上空を見上げる。


 魔王も、他の皆も同じ場所を一斉に見上げていた。


 するとそこには、一点を中心にヒビ割れていく結界と……一つの人影が落下してくるのが確認できるところだった。


 その人影は、地上まで聞こえるような大声で叫ぶ。


「ハーッハッハッハー!! いつかの結界があったから思い出し怒りでぶん殴ってぶっ壊しちまったぜ!! 別に良いんだよなぁ! ディよぉ!!」


 聞き覚えのあるその叫び声に、俺は目を見開いて落下してくる人物を注視する。


 その短髪の男は……俺を追いかけてきたかつての仲間……クイロン……クロだ!!


 あいつが何でここに?!


 上空から落下しながら、豪快に笑う様は異様である。


 そして、落下するクロを見覚えのある竜が慌てて両足でガッチリと掴んだ。


『馬鹿かお主!! いや、馬鹿なのは知っとったが、生身で落下するやつがあるかぁ!!』


「大丈夫だ!! 俺はこんな程度じゃ死なねえよ!! 目的を果たすまではな!!」


 竜はそのままゆっくりとクロを地面に着地させる。


 俺は唐突に現れたその懐かしい顔にホッとしたのもつかの間……。


 思いっきり、一発ぶん殴られた。


 しかも顔面だ。


 クロは一瞬で俺の目の前に移動すると、目にもとまらぬ速さで拳を打ち抜いてきた。


 ぶん殴られて吹き飛んだ俺は、土煙を上げながら後方へと転がっていく。


「戦士クイロン!! 超パワーアップして参上だぜぇ!! 覚悟しろよディ!! ボッコボコにしてやるからよォォォォォォォ!!」


 肩をグルグルと回しながら、俺への怒りを剥き出しにしたセリフを叫ぶ。


 まてまてまて!! 今そんなことしてる場合じゃないから! 目の前に魔王いるから!!


 クロの所業に、流石の魔王もポカンとしてるし、ルーもキョトンとしている。


 そんな風に全てを台無しに、でも……最高のタイミングで、最高に頼もしい仲間が駆けつけてくれたことに……俺は喜びでいっぱいになっていた。


 まぁ、殴られたけど。


「おらぁ!! ディ!! 何を呆けてやがる!! いつもいつも先走って突っ走りやがって!! 俺の迷惑考えたことあるのか?! 構えやがれ!! その根性叩きなおしてやる!!」


 魔王に見向きもせずに俺に対して構えを取るクロの姿に、俺は変な笑い声が漏れてしまう。


 先ほどまであった絶望的な雰囲気は霧散していた。


 クロは怒りの声を上げながらも、俺と会えた事をどこか嬉しそうにしているみたいだ。


 魔王なんて見向きもしてない。


 俺との喧嘩を心待ちにしているようだ。


 ……うん、まずは落ちついて話を聞いてもらうところからかな?

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