99.勇者は黄泉返った存在と出会う

 自らを悪霊化する魔法……そんな魔法に心当たりがあるとルーは言うのだが、俺もリムもそんな魔法は聞いた事がなかった。


 おそらくはルーの父……先代……いや、今は先々代か?


 ……ややこしいな。とにかく前の魔王が独自に作った魔法なのだろう。


 まったく、変な魔法を作ってくれる……。


 ともかく、今はあの共同墓地に移動するのが先決だ。


 何があるか分からないので、俺は聖剣を腕輪から普通の剣の形に戻して腰に帯びておく。


 聖剣の見た目は俺の意向を汲んでくれたのか、派手な装飾の無い……シンプルな形状になっている。


 普通の代物だと言っても納得してもらえそうだ。


 ありがたいとそれに感謝しつつ、俺は移動前の準備をしながらルーに魔法についての説明を聞いていた。


 それは、魔法をかけられた者が死んでから初めて発動するという、極めて珍しい魔法だという。


 そして、話を聞く限りでは……他者を犠牲にすることを躊躇わない者だけが使える魔法だ。


 悪霊として復活……それを復活と言っていいのかは疑問だが……とにかく復活した悪霊は一つの能力を有する。


 それは他の魂を捕食する能力。


 強い怨みを持って死んだ魂は、そのまま強い魔力を保つことが多い。


 その魂を喰らって、己の糧とする事ができるようになるらしい。


 たとえ魔力を持っていない魂でも、死者の魂にある怨みが強ければ強いだけ……その魂を自らの魔力に変換することもできる。


 怨みを持った魂を食えば食うほどに強くなっていく……それこそ無制限に。


 悪霊と化した本人は元に戻ることはできない。


 でも、魂を喰らって存在だけは維持し続けていく。


 そうして、強くなった悪霊は……生者に干渉できるようになる。


 そんな、最悪で恐ろしい魔法だ。


「私も父の記憶を見た時にうっすら覚えているだけで、魔法の詳しい使い方は覚えてません。本にも、ちょっと走り書きされている程度でした」


「それを……あいつらが使ったって言うのか? ルーも使えないものを?」


「私が使えないのは使い方を知らないからですし……。あー……こんな事なら父と一緒に魔法を消滅させなければ良かったです……」


「ルーはそんな魔法、覚えておく必要は無いだろ。自分を悪霊化って、ほとんど自爆じゃないか」


「そうかもしれませんけど、覚えておけば対処法とか思いついたかもしれませんし……。彼等がどうやって知ったのかは……」


「馬車で言っていた本の抜けている部分か……。あいつら、もしかしたら魔法を覚えてから、本を処分したのかもな」


 それにしても悪霊化か……。


 確実に王国なら研究される事自体が禁止される魔法だろうな。


 ……確か……禁術? そうだ……確か、禁術指定だ。思い出した。


 少なくとも死者に関する魔法は、王国では禁術指定されていたはずだ。


 それは倫理観からだったり、宗教観からだったりするが、人の死体を弄ぶ術は基本的には覚えることを禁止されていた。


 でも、動物や魔物の死体を使役する術者は許されていた記憶がある。


 ネクロマンサーと呼ばれていたな、確か……。


 人間はダメでそれ以外は良いってところに、ちょっと矛盾を感じるけど……。


 それは一種のガス抜きと言うか、知的好奇心の逃げ場を作っているのかもしれない。


 いや、今はそんなことを考えている場合じゃないな。


『ディ様、私もいつでも行ける様に準備しておきますわ』


「ありがとうリム。まずは俺とルーで状況を見てくるよ」


「マーちゃん……とりあえず、すぐに済ませちゃうので心配しないでくださいね」


 ルーは、リムを励ます様に笑顔を浮かべていた。


 まぁ、あの三人が多少悪霊化して力を増しても……負けることは基本的には無いだろう。


 どれだけの悪霊を喰らって強化していても、俺とルーが二人いれば、それだけで過剰戦力と言える。


 だからリムの出番はないはずだ。


 無いはずなんだけど……。


「なんだか、嫌な予感がするな」


 胸がざわざわと落ち着かない。


 何か見落としてるような、嫌な感じだ。


「そうですね、早くいきましょうか」


 ルーも何かを感じてるのか、楽観はしていないようだ。


 むしろ……緊張しているように見える。


 準備を終えたルーと俺は、ルーの移動魔法を使用して共同墓地へと一瞬で移動する。


 そこには既に、ノストゥルさんと数名の神父さんがいた。


 もうすぐ夜なのに申し訳ないな。


「ディ殿、言われた通り墓を開けられる者を連れてきましたが……何があったのですか?」


 少しだけ訝し気なノストゥルさんに、俺は持ってきた例の報告書を渡す。


 説明は現地ですると言っていたので、彼はそれを困惑しながらも受け取ってくれた。


「結論を先に言いますと……ニエト……息子さんの霊が現れたかもしれません。これを見てください」


 俺は渡した報告書の最後の写真をノストゥルさんに見せて、現状を端的に説明する。


 あえて悪霊と言う言葉は使わなかったのだか、それを見てノストゥルさんは顔を真っ赤にさせていた。


 その表情は悲しみではなく……怒りだった。


「愚かな……筋違いの恨みで……!!」


 かろうじて冷静さを保っているのか報告書を握りつぶすことはしなかったが、フルフルと身体を怒りで震えさせている。


 だけどそれも一瞬で、すぐに冷静さを彼は取り戻していた。その辺りの感情のコントロールは流石だ。


「この墓地の調査を今からしたいんですけど……開くことはできますか?」


「ええ、構いません。でも……ここを調査して分かるのですか? 骨は粉となり落ちていき……判別もつきませんが……」


「少しでも、手掛かりがあればと思いまして」


 俺の言葉に了承してくれたノストゥルさんは、神父さん達に命令して墓を開けてくれた。


 あの時のようにズズズ……と自動的に墓石が動いていき、奈落の底へ続いているような穴が現れる。


 ここに来たのは、現状がどこまで進行しているかを確認するためなのだが……俺は穴に近づいていく。


 そして、以前とは異なりその穴を覗き込む……そこにあったのはただの穴だ。


 以前に埋葬時に立ち会った時のような、俺でも身震いするような寒気を……今回は一切感じなかった。


「ルー、どうだ? 何か感じるか?」


「いえ、なにも……。……あれだけあった嫌な雰囲気を……今はもう全く感じないです」


 以前は青い顔をしていたルーも、穴に近づいても全く何も感じていないどころか平気そうにしている。 


「ここにはもう……何も無いです……」


 ポツリと呟くルーのその一言が、嫌に耳に残る。


 暗くて見えないが、中に入っているものは何も宿っていない、ただの物体になっているのだろう。


 ……嫌な方向に予感は的中していたようだった。


「クソッ……餌場を食い荒らして……もう用は無いからここからはいなくなってるってことか」


 そうなると、あいつらはいったいどこに行ったのか。


 街中に幽霊が出ているってことは別な墓地にいるのか……。


 俺がそう考えた時……不意にそこに誰の者とも思えない声が響く。


『食い荒らしたとは……失礼ですね……。人の食事に文句を付けないでもらいたいです……。まぁ、優雅とは言えませんでしたけどね』


 地の底から響く様な、この世のものとは思えないくぐもった声……。


 もうあいつらの声色なんて覚えてないが、それがあいつの言葉だと理解できた。


「ニエト……か……」


『やぁ、お久しぶりです……と言っていいのですかねぇ。お変わりないようで、何より』 


 青白い半透明の身体に、黒っぽいマントのようなものを羽織っている姿のニエトがそこに居た。


 他の二人はいないようだ。


 場には似つかわしくない、優雅な微笑みを浮かべている。


 そんなニエトに激高したのは、彼の父親であるノストゥルさんだ。


「お前……!! 化けて出たか!! そんなになってまで何がしたいんだ?! 単純に生まれ故郷への嫌がらせか?! 父として……情けない……せめて私が引導を……!!」


『やぁ、父上。どうしたのですか、そんなに怖い顔をして……。貴方の息子が蘇ったのですから、もっと喜んでくださいよ』


 ん?


 俺はそこで違和感を感じ取った。


 でもなんでだろうか。なんでここで違和感を感じるんだ?


 ニエトの言葉が……嘘だ。


「黙れぇ!! もう親子の縁は切った!! お前は私の息子ではない!!」


『息子ではない……息子ではないですか……。まぁ、そうですね……。その通りです。もう私は貴方の息子ではないです』


 今度のニエトの言葉からは……嘘を感じなかった。どういうことだ?


 その後も激昂するノストゥルさんの言葉をニエトはのらりくらりと……まるで挑発するようにかわしている。


 まるで、自身に対する憎しみを増大させるように。


 違和感を覚えた俺は、激昂するノストゥルさんの前に出てニエトと対峙する。


「トゥールとリルはどうした? お前の友達だろう? 一緒に死んだ二人だよ。いないのか?」


『あの二人なら一緒ですよ……私と一緒です……私達は常に一緒ですよ』


 今度の言葉は本当だ……ニエトじゃないのにあの二人の事を知っている……。


 色々と駆け引きも面倒だ、直接聞いてやるか。


「なぁ、ニエト。お前……誰だ?」


『誰って……もう忘れちゃったんですか、寂しいですねぇ。ニエトですよ、私は……。貴方に無様に負けた……ねぇ?』


 この言葉……嘘だ。


 こいつ……ニエトじゃない……?


 じゃあこいつは誰だ? 心当たりが全くないが……別人なのだけは確かだ。


「嘘をつくなよ。とある事情から、俺には分かるんだよ。お前がニエトじゃないってのが。姿はニエトなのにニエトじゃない……。改めて聞くぞ、誰なんだお前?」


 確信を持った俺の言葉に、目の前のニエトもどきは目を見開いて驚いていた。


 そして……先ほどまでの優雅な微笑みを消すと、その顔に歪んだ笑みを浮かべてクツクツと笑いだす。


 それはとても醜悪な笑みで、一気に周囲の温度が下がったような錯覚を覚える。


『なんだ……バレてたのか。さすがは勇者と言ったところか? まぁ、別に騙すこと自体に意味は無いんだ、ただの嫌がらせだよ。気を悪くしてくれたのなら何よりだ』


 目の前の存在の声色も雰囲気も、ガラリと変わる。


 存在感も、魔力も、前に感じたこの共同墓地の禍々しさを数百倍にもしたような……嫌な雰囲気がニエトだと思ってた存在を中心に周囲に蔓延していく。


 ノストゥルさん達は耐え切れずその場にへたり込み、俺は身震いしながらも剣を構える。


 ルーは……顔を青くしていた。


『いやぁ、こいつらこの街を滅ぼすつもりだったらしいんだがな……。男を滅ぼすならともかく、女も滅ぼすなんてもったいないと思わんかぁ? まぁ、この身体だと、せいぜい覗き見する程度しかできんけどな』


 ゲラゲラと楽しそうに笑いながら、他人事のように話すその声……どこかで聞き覚えのある声だが、どこで聞いたか思い出せない。


 まぁいい。とにかく、原因が向こうから来てくれたならありがたい。


 一気に斬って、それで終わりだ……。聖剣ならきっとこいつも斬れる。


『まぁ、ちょっとまて……話を……』


 何かを言いかけているようだが、俺は気にせずにそのまま剣に魔力を込めて光の刃を出して、目の前のニエトもどきの首を斬り落とした。


 だけど……。


『いやぁ、見事だな勇者よ。いきなりためらいもなく首を落としてくるとは。復活したてなら……今ので終わってたかもな』


 落としたはずの首が霧散したかと思うと、目の前には変わらず首の繋がったニエトもどきがいた。


 ……幽霊だから首を落としても意味無いのか?


 だったら、一気に消滅させるしかないか。


 どうやってやるか……ルーと協力するか……。


 そう考えてルーを見るのだけど、彼女は顔を青くして震えていた。どう見ても様子がおかしい。


「どうした、ルー?」


 そう提案したのだが……俺の声はルーの耳には届いていないようだった。


 そして、震える口で声を絞り出す。


「まさか……父さん……なの?」


 は?


 何を言っているんだと俺が言う前に、目の前のニエトもどきが……嬉しそうな笑みをその顔に浮かべる。


『おぉ、やっと気が付いたか我が娘よ? 久しいなぁ……お父さんだよ。どれ、昔のように抱っこしてやろうか? もう大人になったから、抱いてやったほうが良いか? まだ生娘か?』


 下衆な冗談ともつかない事を言いながらゲラゲラと笑う姿に、ルーは絶句している。


 俺だってそうだ。


 今の言葉に嘘を一切感じなかったからだ。


 自分を魔王だと思い込んでいるニエトでない限り、これは本当の発言だという事だ。


 目の前の存在はニエトの姿をしているが……ルーの父だ。


 こんなところで、本来俺が……俺達が倒すはずだった相手が復活するなんて誰が想像できる?


 ニエトの顔で……魔王だと名乗ったそいつの哄笑は、沈黙した俺達を他所に共同墓地に響くのだった。

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