96.勇者は職場の話をする

「……超絶美少女魔法使いさーん」


 帰宅した俺がボソッと呟いた言葉に、ルーは身体をビクリと震わせる。


 そして……ギギギと音がしそうな仕草で、ゆっくりと俺の方へと振り向いた。


 その顔には張り付いたような笑顔が浮かんでおり、変な汗をダラダラと顔中から流している。


 あー……やっぱりルーの事なのね。


 と言うか、この呼び名を知ってるのね。


 もう一個の方はどうだろうか?


「研究所のアイドルさーん」


「止めてくださいディさん!! その呼び名は止めてください!! て言うか、どこからその呼び名を?!」


 あぁ、こっちの呼び名も知っているんだ。


 俺の言葉にうろたえるルーを見て、なんだか俺は安心したような笑顔を浮かべる。


 当人は恥ずかしがって両頬に手を当てて身体をくねらせている。


 そこまで恥ずかしがらなくても。


「別に良いんじゃないの? 研究施設で大活躍で大人気なんだろ? 男性陣にモテてるってのも聞くけど」


「魔法の研究自体は凄く楽しいですし、所長も良い人ですよ。帝国の魔法についても、色々と教えてくれますし……。魂の魔法の研究をしている方で、その手の話題に凄く詳しいんですよ」


 顔を赤くしたままでルーは椅子に座りながら机の上に突っ伏している。


 俺はその様子を、ベッドに座りながら見ていた。


 ちなみに、俺達はノストゥルさんが用意してくれた少し小さめの家に二人で暮らしている。


 宿屋だと宿代が日々かかるし、もともと使っていない屋敷だから、手入れも兼ねて暮らしてくれると助かると言われたのでありがたく借り受けている。


 ……小さいと言っても、俺の実家の数倍はでかいけどね。


 ルー基準で、小さい可愛い家だと言うことだ。


 そういえば家賃を払うと言ったが断わられたので……今度何かお礼でもしなきゃいけないなぁ。


 話を戻そうか。


 ルーの研究所での立ち位置だ。アイドル? とかって呼ばれてるんだっけ?


「んで、モテてるって聞いたけど?」


「わざとらしかったかもしれませんけど、逸らした話題を無理矢理にでも聞いてきますねディさんは……。何なんですかホント……」


「いや、気になったからさ。なんか俺が働いている所でも、凄い話題になってるって……」


「そんな話題になってるんですか……? いや、確かに毎日のように交際は申し込まれてますけど……」


 毎日って、そんなとんでもない頻度で交際って……。


 うわぁ、なんかイラつくな。


 どんな奴だよ。すっごい軽薄なやつとかならどうしよう。どうしてくれよう。


 変な人なら、お父さん許しませんよ。


「まぁ、交際を申し込まれるたびにディさんがいるから無理ですって断ってますけどね」


 アホなことを考えてた俺の耳にルーの言葉が届く。


 そしてその一言に、俺は昼間に聞いていたことを思い出した。


 そう、そうだよ。


 いや、断る理由に俺を使うのは良いんだけどさぁ……。


「それだよ、なんだよ断る時の異様な俺の持ち上げ方……。そのせいで俺まで『研究所アイドルの超高スペック彼氏の正体は?!』みたいな感じで取材させてくれとか言われてるんだよ」


「異様な持ち上げ方って……? どう聞いてるんです?」


「ものすごく格好良くて、強力な魔物も一人で倒せるくらい強くて、そのうえ性格も完璧で優しくて、非の打ちどころのないとても魅力的な男性とお付き合いしている」


 ……うわ、これ自分で言うの凄い恥ずかしいな。


 恥ずかし過ぎて、頬が赤くなってくる。


 俺の羞恥をよそに、ルーは首を傾げながら不思議そうな表情を浮かべている。


 え? もしかしてこんなこと言ってなかった?


 だったら俺、言い損じゃない?


 なんだか恥ずかしいことを言っただけの男になってない?


 そう思っていたんだけど……。


「ディさんの評価としては、間違ってないと思いますけど?」


『間違ってませんわよねぇ?』


 予想外の答えが二つ返ってきた……。


 いつの間にか通信していた水晶の向こうからリムの声が聞こえている。


 君達、いつの間に通信してたのさ?


『ディ様は自己評価が低すぎますわ。勇者なんですから、それくらいの評価は受けて当然かと思いますわよ?』


「元な、元勇者。それにしたって……そんな大した男じゃないだろ、俺は」


 二人の俺への評価が高すぎるだけだと思うんだよね……。


 昼間の資料整理していた記事を見て思い出しちゃったけどさ、結局は俺……フラれた男だってことに変わりはないわけだし。


 だいたい勇者の評価としても、どうなんだろうな。


 結局は魔王と相打ちになったって評価だし。


 まぁ、世間の評価とか今更どうでもいいんだけど……。


 なんかこう……ちょっとだけ気分が沈んでしまうんだよね。


『なんかディ様、元気がありませんわね? なにかありましたの?』


「もしかして職場で嫌なことがありました?」


「あぁいや。今日職場でね、団長と王女様が魔王……ルーの兄さんの所にいるって記事を見てさ。あの二人……元気にしてるのかなって思って、ちょっと思い出しちゃったんだよね」


 元気にしてるなら良いんだ。


 もうあの二人の事は吹っ切れた……俺にとっては過去の事だ。


 でもそうじゃなくて……元気にしてなくて……なんて言えば良いのか分からないけど……。


 不幸になってないといいな。


 うん。そうだ、これが一番しっくりくるかもしれない。


 改めて考えて……距離を置いて……時間も経って……冷静に考えて……。


 あの二人もいつか許せる時が来ると良いなと、そんなことを考える。


 甘いかもしれないけどね。


 でもそれはそれとして、思い出したことに気分は凹む。


 だから元気なく見えるんだろう。


「兄さんの所にあの二人が……変なことになってないと良いですけどねぇ……。まぁ、今の王国に何かできる気概があるとは思えませんが」


『……離れててもディ様を落ち込ませるなんて……。私、王国に戻ってまたボコボコに……』


 リムが怖いこと言い出した。本当にやりかなないから怖い。


「いや、そんなことしなくていいから。……しかし、団長までお兄さんの所に行って……王国に特記すべき戦力が残ってないのって問題だよな。クロ達も俺を追いかけて来てるんだろ?」


『その筈ですわ……でも……少なくともそろそろ私のところには着いても良い頃だと思うのに……遅いですわね……』


 ……戦士……クロか……あいつに会うのも久々で楽しみではあるけど……何しているんだろうか。


 まさか方向音痴で迷っているとかは……意外としっかりしているからなさそうだな。


 なんか、俺に会うからって、予想外の事をしていそうなところが少し怖い。


 まぁいいさ……一発殴られるくらいは覚悟の上だ……。


 ……一発で済むよね?


 うん、未来のことより、今はルーの事だ。


「しかし、ルーは研究所でかなり話題になってるみたいだけど……何やったんだよ?」


「いえ、そんな大したことはしてないんですよ。ただ、何が得意かって聞かれたので……とりあえず使える魔法をお見せしたら驚かれて……」


 無詠唱魔法だけならまだよかったんだろうな。


 その後だ……調子に乗って魔力球を見せたり、魔力量を計測できる魔力計を使ってぶっ壊したり、移動魔法なんぞを見せたらしい。


 そしたら、見習いなんてやってる場合じゃないと言われて、今や所長の助手みたいな立場になったという。


 すげえな。さすが魔王……元魔王。


 ……むしろ所長をやってくれと言われたけど、そこはここに永住するわけじゃないからと断ったんだとか。


「はぁー……さすがだねぇ……それは確かにアイドルだわ」


『ルーちゃん凄いですわねぇ。アイドルですわ。アイドル魔王ですわ』


「アイドルは止めてください!! 大人しくするはずだったのに、初日だから張り切ってしまったのが裏目に出ちゃったんです!!」


 ルーはそう言うと頭を抱えてしまった。


 いやー……元魔王が張り切っちゃったらそりゃそうなるだろ。


 良かった俺……戦いとは無縁のところで働いていて。


 別に戦うこともないし、下っ端だから勉強しながら仕事できるし……。


 いまだ突っ伏しているルーに俺は優しく問いかけてみた。


「とりあえずさぁ、取材はどうする? 別に俺は断っても良いと思うけど……」


「いえ、受けます。ディさんの所って情報処理の施設なんですよね? だったらちょっと……頼みたいこともあるんです」


「頼みたい事……? ルーが頼みたい事って……? ルーなら大体自分でなんでもできないか?」


「最近……変な噂を聞いたんですよ。……街の中で……死んだはずの人を見かけたって……」


 なんだその噂? 死んだ人を見かけるって……。


「別にそれくらいなら頼めると思うけど……。死んだ人が……? 見間違いとかじゃないのか?」


「んー……見間違いとかならいいんですけどね。……でもほら、あの三人の事もありますし……なんか嫌な感じがするんですよね……」


 あの三人……ね……。


 確かルーの父である魔王は指輪に宿っていたんだっけ?


 俺もルーの母親の魂を直接見ているけど……あれはルーがしている指輪があっての事だと思っていたけど……


 それと同じようなことが起きてると?


「私が取材を受ける代わりに、それを調べてもらえないかなと思いまして……」


「……まぁ、それくらいなら大丈夫だと思うけど。でもルー、どこからそんな噂を聞いたんだ?」


「なんか複数の男子職員さんが、そういう噂がここ最近増えてるから、危険だし家まで送るよってしきりに言って来てまして。それでちょっと気になったんですよね」


 男子職員の下心じゃねーか。


『……それ、ただのルーちゃんを送るための口実じゃありませんの? その人たちの方がよっぽど危険ですわね』


「なんか一気に信憑性下がったな……」


「まぁ、その人達にも『私に勝てるなら送ってもらいますけど』って言ったら素直に引き下がりました」


「そりゃそうだ」


 俺もリムも、ちょっとだけ肩の力が抜けたようにため息をつく。


 しかし、ルーにそんな声をかけるとは命知らずな……。


 いや、ルーが良いなら俺が口を出す権利は無いんだけどさ。


 ……とりあえず、今度そいつらには会って牽制しとこうか?


 いやほら、俺とルーって建前上はそういう関係だし。


 変な奴に、ルーを渡すわけにはいかないだろ。


 思い出したけど、ルーの母親からよろしくお願いされてしまっている身としては、そういう点については気を引き締めないと。


『ちなみに、ディ様では職場ではモテてないんですの?』


「全然、モテてないよ。下っ端だし。仲良くなった人はいるけど……この間、彼女いるのか? なんて聞かれるくらいだしね。まぁ、ルーの事は言っといたけど……」


 ……兵士時代からモテてない俺からしたら普通の事なんだけどね。


 ルーやリムがモテるのはわかるけどね。


 別にモテても、ルーを見てたら大変そうだなぁって感想しか浮かばない。


 誰か一人……好きな人がいればいい。


 でも、俺がそう言った途端……リムとルーはなぜか小声で俺に聞こえない内緒話を始めてしまうのだった。


 俺、なんか変なこと言ったかな?

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