97.勇者達は取材を受ける

「今日はよろしくお願いします! いやぁ、本当に可愛らしい方ですねぇ!! ディ君こんな方とお付き合いしてたんですね、羨ましいです‼︎」


「ルーです。うちのディさんがいつもお世話になってます。今日はよろしくお願いします」


 極上の笑顔を浮かべたピルムさんがルーに対して握手を求めて、ルーもそれに応えている。


 ピルムさんは朝から元気いっぱいだ。側から見てもウキウキしてるのがわかる。


 まぁ、それもそうだろう……。


 今日はかねてから、ピルムさんが望んでいたルーの取材の日だ。


 取材についての話をした次の日、俺はルーが取材の条件を提示したことをピルムさんに伝えると……彼女は二つ返事で承諾した。


 そして、とんでもなく張り切ってその噂を調べ上げた。徹底的に調べ上げた。


 どう調べたのかは俺には教えてもらえなかったけど……昨日までは目の下の隈が凄かった。


 今はもうその隈もすっかりなくなり、綺麗なものである。


 ともあれ、要望していた情報は集まったという事なので、取材することとなった。


 ルーは仕事の休みを取って、わざわざ俺の仕事をしている施設まで足を運んでくれている。


 別に場所はどこでも良かったんだけど、ルーは俺の職場が見たいという事だったのでこうなった。


 別に見ても俺が雑用しているだけで、面白くはないと思ってたんだけど……。


 なんか俺も一緒に取材させろと、ピルムさんに同席を要求された。


 噂の彼女の、噂の彼氏という事で独占取材……だとかなんだとか。


 ……何か変なことをしようとしたら、ノストゥルさんにも相談しておこう。


 だから取材自体はまぁ、いいんだけど……。


 二人とも笑顔なのだが……なんか、ルーが変と言うか……ちょっと笑顔が怖い?


 気のせいかな?


 握手を終えたルーは俺の元に戻ってきて、俺にしか聞こえないほどの小さな声を出しつつ、俺の脇腹を小突きだした。


「……ディさん、こんな綺麗な人って聞いて無いんですけど? しかもなんですか……猫耳って……反則ですよ」


「いや、ピルムさん確かに綺麗だけど……別にその情報はいらないだろう? 猫耳がどう反則なのかは知らないけど……」


「うー……こんな綺麗な人と一緒に仕事してるなんて……予想外でした」


 ルーがジト目で俺を睨んでくるんだが……別にピルムさんとは何かあるわけでもないんだから、そういう目で見られても困るんだけど……。


 俺達のやり取りを他所に、ピルムさんはウキウキと取材の準備をしている。


 猫耳をピコピコと動かしながら、自ら入れたお茶を俺達の前に置いて……メモを用意して……記録用の水晶まで用意していた。


「今日は噂の美少女魔法使いさんに色々お話聞きたかったんですよー。あ、答えられる範囲でいいですからね?」


「ピルムさん、先に言っておきますけど映像の記録はダメですからね。それ、音声だけ記録のタイプですよね? 確認させてくださいね」


「分かってるわよー。その辺はわきまえてるわ。過保護すぎる彼氏はフラれちゃうわよー? ……そう……善意で言ってもウザいって言われてフラれちゃうの……よかれと思ってもね……」


 先ほどまでウキウキしていたはずのピルムさんが、一瞬で沈み込む。


 ちょっとだけ地雷と言うか……踏んではいけない何かを踏んでしまったようだった。ごめんなさい。


 それにその言葉はちょっとだけ俺にも痛い記憶を思い起こさせる。


 過保護な彼氏はフラれるかー……別に過保護にしてたつもりは無かったんだけど、そう感じていたのかな……。


「それで? ピルムさん……でしたっけ? 今日は私に何を聞きたいんですか?」


 俺の様子を見たルーは、明るい声でピルムさんに声をかけた。


 一瞬、暗くなりかけた雰囲気がその声で一気に明るさを取り戻す。


「あぁ、ごめんなさいね。聞きたいことはいっぱいあるんだけど……とりあえず、まずは二人の事を聞かせてもらえるかしら?」


「二人……って私と……ディさんの?」


 最初に俺の話も?


 まずはルーの話だけでいいんじゃないのだろうか?


「そうよー。この街に突如現れた旅の最中の二人の恋人……しかも片方は魔族で片方が人間……意味深で面白い……こんな創作意欲溢れるネタ!! 放っておけるわけないでしょ!!」


 ネタって……本人を前にして随分な言い草だ。


 まぁでも、最近は色々と教えてもらってるから、その恩を返せると思えば安いもの……なんだろうか?


「創作意欲って……俺達の話なんかが面白いですか? そんな面白いものだとは……」


「十分面白いわよ。あの研究所で見習いで入ったはずなのにいきなり助手になるって……普通はありえないわよ。それにディ君……君も真面目で可愛いし、この施設の女の子たちに結構人気あるんだから。彼女いるって知った時、みーんな落ち込んだのよ?」


 ……それは初耳。


 モテてないと思ってたんだけどなぁ。


「ディさん、顔がにやけてますよ?」


 え、嘘……俺そんな顔してた?


 今日何度目から分からないジト目でルーは俺を見てくる。


 ルーさん、それは俺も知らなかったんでそんな目で睨まないでください。


 貴方だって俺に自分がモテてるの、俺に隠してたでしょ。


 正直……勇者でも何でもなくなったのにモテてたって言う事実は嬉しかったんですよ。


 お互い様ってことでここはひとつ……。


「ルーさんも心配しないで。みんな、彼女が居るって段階で諦めてるから。まぁ、そっちの男連中は諦めてないみたいだけど……」


 ルーの様子を見てか、ピルムさんはフォローに周ってくれる。


 ……って、ルーの方は諦めて無いのか。


「……そうですね、未だに交際を申し込まれてます。ディさんの事を悪く言う人もいて、ちょっと不愉快なので……この取材で少しでもディさんの素晴らしさが伝わればと……」


「……魔法の研究所に勤めてる男たちはエリートでプライド高いからねぇ。情報施設に勤めてる男に、自分達が負けてると思いたくないんでしょうよ。ディ君ほら、うちの雑用係だし……。あ、誤解しないでね。凄く助かってるから」


「そうですか……。まぁ、ディさんが浮気するような人じゃないってのは確実なのでそこは心配してないんですけどね……。問題は仕事内容で見下してるなら……一度、分からせる必要がありますかね?」


 その言葉は……ちょっと…いや、かなりの怒りを含んでいるようにも聞こえた。


 もしかしたら、俺を軽んじて未だに自身に交際を申し込んでくる男連中に、改めて怒っているのかもしれない。


 でもまぁ……仕方ないよな。勇者じゃなくなった俺は今やここの雑用係。


 対してルーはいきなり助手に抜擢されるような才女……エリートなら自分の方がふさわしいと思っても不思議じゃない。


 俺も兵士時代にモテる上の人間に対して、畜生って気持ちを抱かなかったわけじゃないから……ちょっとだけ気持ちは分かる。


 かといって、人を悪く言っても仕方ないだろうに……。


 きっと、そんなことをしても意味はないときっとわかってはいても……言わざるを得ないのだろうな。


 でも……この世の中で一番、そういうものを嫌っているのはおそらくルーだろう。


 父親が父親だっただけに……。


 職場では表立って出してはいないかもしれないけど、だからルーは今この場で怒っている。


 愚痴っていると言ってもいいかもしれない。


 そうだな……ルーの言う通り……俺が良い所を見せて納得してもらうのが手っ取り早いか。


 俺としてはルーと二人で男女の仲とか関係なく旅をしているのが一番楽しいけど……。


 対外的にはそういうわけにもいかないだろう。


 俺は別にルーと正式に付き合っているというわけじゃない。


 旅立つときにも言ったくらいだ。好きな男ができたら言えよと。


 それに対してルーも、同じようなことを返してきた。


 だから俺は……少なくともルーに好きな男ができるまでは、俺自身は恋人は作らないことにしておこう。


 その時には笑って送り出せるように……俺は形だけとはいえルーの恋人の立場を全力で努めよう。


「あっと……脱線しちゃったね。それじゃあ取材をはじめさせてもらうわね……」


 俺が一人でそんな決意を固めていると……ピルムさんによる取材が始まった。


 取材事態は当たり障りないというか……俺とルーの関係を重点的に聞いてきた。


 いつからの付き合いなのかとか、どこまで進展しているのかとか……。恋愛の進展具合とかがメインだ。


 どこでそこまで強くなったのかとか、特別なことは聞いてこない。


 そんなことを聞いてきて面白いんだろうか? とこちらが心配になるくらい恋愛方面に偏っている。


 俺とルーは、予め用意していた回答を含めて……その場その場で話を合わせながら回答していく。


 ……まぁ、ほとんど嘘なんだけどね。


 俺達は幼馴染で、故郷では魔族との結婚が許されないので旅に出て、帝国まで定住できる場所を探すのと同時に各地を見て回っている……そんな説明だ。


 特に答えに窮するような場面は無く、取材は滞りなく……あっさり終わった。


 終わってからも本当にこの程度で良いのだろうか? と、俺が心配になるくらいだったけど、ピルムさんはとても満足そうだ。


 まぁ、元勇者、元魔王と言う事に関するボロが出なくて良かったけどさ。


「いやー、良い話をいっぱい聞けたわー。種族を超えた愛する二人……次の新刊のネタにも使えそうだわぁ」


「なんですか新刊って?」


「あれ? 言ってなかったっけ? 私、趣味で物書きしてるんだよ。今の仕事場にはその伝手で入ったんだ。ペンネームはリプムってんだけど、まぁ、そこまで売れてるわけじゃないんだけどね」


「……俺達の事をネタに話を書くならやめてくださいよ。今日だって許可したのは映像無しでのインタビューだけなんですから……」


「えー? ダメー……?」


 俺がピルムさんに難色を示していると、ピルムさんのペンネームを聞いたルーが反応を示す。


「え?! ピルムさんってリプム先生なんですか!! 私ファンですよ!! 昨日も買った新刊読んでたんですよ?!」


「そうなの?! わー、嬉しい!! 私の書く本ってニッチだから読んでくれる人って貴重なんだよねー」


「えぇ、昨日買った『外面は良いけど実生活は私がいないとダメな男をひたすら甘やかす』も面白かったです!!」


「お、あれは気合い入れて書いたからねぇ!! 良いよね!! ダメな男を甘やかすのって!!」


「えぇ!! まるで優れた魔導書の如く、先生の魂が本に宿っているようで! 先生の情熱をヒシヒシと感じました!!」


 ルーはテンションを高くすると、ピルムさんといきなり二人で話し始めてしまう。


 うん……ルーの俺を変に甘やかそうとするのってあれかい……ピルムさんの本が原因かい。


 女同士でキャッキャと話しているのだが、俺はその間に入っていけずに適当にその光景を眺めていた。


 ……あー……ルーが元気になってよかったなー……。


 さっきまでなんかちょっと機嫌悪かったりしたしなー……。


 と、そんな現実逃避をしつつ眺めている。


 それからしばらく女性同士の会話は続き……最後にピルムさんが今日の報酬を俺達に手渡してきた。


「ほんとにお金じゃなくてそんなので良いの? ここ最近の『死んだはずの人を見かける』って噂話を全部集めてきたけど……そんなに大した話じゃあなかったわよ?」


 整理された分厚い紙束を俺達に渡してくる。そんなの……とは言っているがこの厚さから念入りに調べてくれたのは明らかだ。


 俺達は表紙を捲り、軽く目を通す。


 目撃された場所や、どんな人物が目撃されたのか……事細かに情報が書き込まれている。


 読むのに時間はかかるが、これはありがたい。


「でもほんと、おかしな話よね……幽霊話の噂……


「は?」


「ん? あぁ、知らないんだっけ? ここの領主様の息子って追放されてるのよ。最近やっとその情報が解禁されてね……。まぁ、その辺は最後の方にまとめといたわ。不鮮明だけど運よく映像が撮れたものもあるから……」


 俺とルーが声を上げたのは、追放されたという点ではなく……あの三人の目撃情報が幽霊話として出ている点だったのだが、ピルムさんは俺達のその考えには気づかない。


 ピルムさんは説明を続けてくれているのだが……俺とルーの頭の中にはその説明は入ってこなかった。


「……どういうことだ?」


 俺とルーは貰った報酬の紙束が、道中で手に入れた呪いの装備よりも禍々しく見えてしまっていた。

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