94.勇者は新たな身分を得る
俺達がニユースの街についてから数日、とても穏やかな日々が続いていた。
最近は慌ただしい日々の連続だった気がするのだけど、まるでその日々が嘘のようだ……。
それくらい、ダラダラとすごしている。
まぁ、そうやってのんびり日々を過ごしているのにも、実は理由があったりする。
俺達は、あるものができあがるのを待っていたのだ。
それが……今、目の前にあったりする。
「ディ殿、ルー殿……やっとできましたぞ。これが、お二人の帝国内における……身分を証明するものとなります」
ノストゥルさんはそう言うと、俺達の前に白を基調にした二枚のカードを差し出した。
それぞれ、俺達の名前……ディとルーと言う名前が書かれている。
本名ではなく、俺達の愛称で書かれてる。
手に取ると、真っ白なカードかと思っていたそれは光の反射で色々な色を浮かび上がらせる。
……なんだかとても高級そうな雰囲気だ。
ノストゥルさんは俺に言った通り、帝国内での俺達の身分を用意してくれていた。
方々に色々と手を回してくれていて、それを俺達は待っていたのだけど……。
どうせもう引退するのだと、結構な無茶もやったようで……。
ちょっとだけやつれているのは気のせいだろうか? 悪いことしてないですよね?
偽造じゃなくてちゃんとした身分証……、いや、偽造なのかなこれは?
別に帝国に根をおろすつもりもなかったのだけど、まさかここまでちゃんとした身分証をもらえるとは。
……まぁ、どうせ王国には戻れないし戻る気もないからそれも良いかな。
手に取ったカードを俺もルーもまじまじと眺めていた。
カードは手の中で動かすたびに色を変えている。赤
、青、黄色、緑……。虹みたいな色にも変わる。
軽く薄く……そのうえでかなり硬い。
かなり高級そうなカードだな。帝国は一人一人がこんなものを持っているのだろうか?
そうなると、王国よりずいぶんと文化的にも進んでいるな。
王国にも届け出の制度とかはあるけど、こんな風に身分を表すものを一人一人には配られないし、割と管理もおざなりだ。
「遅くなって申し訳ない。なかなか金属の調達に難儀しましてな……やっと納得できる性能の物が出来上がりました」
「いえ、わざわざ俺達のためにすいません……。ん? 金属の調達に性能って……?」
「いやいや……カードを作る金属がほんの少しだけ手に入りにくいものってだけで、珍しいものではないですよ」
……嘘をついている。
その事を俺が聞く前に、ルーを横目で見ると……カードを手に取った彼女はわなわなと震えている。
えーっと……もしかしてこれって凄いものなのかな?
ルーがこんなリアクションするって、あんまり見たこと無いんだけど。
「ディさん、これ……ミスリルで作られたカードですよ……しかもかなりの高純度です……帝国ってこんなのをポンと作れるくらい技術力あるんですか? さらに、かなりの魔法的な加工がされてます!」
「はい?」
ミスリル……俺でも知ってる人間が調達できる中では最高級品に位置づく金属だ。
いや、他にも高級な金属はあるけど……それらは伝説の存在だから、普通に調達できる中では確かミスリルが最高だ。
それのカード……?
「おや、ルー殿は流石ですな。触っただけで金属を当ててしまうとは。後で種明かししてビックリさせようと思っていたのに、少し残念です」
いや、ビックリとかじゃないでしょ。
どう見てもこれは、一市民が持っている範疇を超えている。
ミスリル以上の金属なんて、製法が失われて久しい金属や、俺の聖剣みたいに謎の金属だったり、遺跡から出土するものしかない。
おれは表面に自分の指の後を付けてしまったことをちょっとだけ恐怖しつつ、そのカードを丁寧に机の上に置く。
なんだか手に持つのが怖くなったのだ。
「ノストゥルさん……俺、平民で良いって言いましたよね?」
「もちろん……身分自体は平民ですよ。帝国の平民の身分を用意させていただきました」
その言葉には嘘は無かった。
だからきっと、平民の身分がこの証明書には刻印されているんだろう……。
だけど……これはどう見ても平民が持ってるものじゃないでしょ?
いくら俺でもわかるよ?
逆にこれが平民でも持てる代物なら……帝国はもうぶっちぎりでヤバい国だろ。
今すぐにでも王国を滅ぼせるんじゃないか?
そんな中で……ルーはカードを色んな方面から眺めながら俺が思っていた疑問を口にする。
「でもこれ、平民が持つにしては凄すぎますよね? ご丁寧に呪い対策やら魔力強化とか、軽い回復・毒無効の機能まで付与されてますし……。ノストゥルさん……これ、本当に平民の皆さんが持ってる身分証と同じなんですか?」
「いえ、それは平民でも貴族と同じくらいの権力を持った方に配布されるカードですので。平民は普通の紙製の身分証です」
「は……?」
いきなりの言葉に俺の目は点になってしまう。
いや、身分は平民で……普通で良いって俺言ってませんでしたっけ?
「まぁ、帝国でもたまにあることです。平民に生まれたものでも、成果を上げたものは貴族と同等の身分を得られますし、場合によっては新たな貴族になることができます。見合った実力には見合った身分を……逆もまたしかりです」
「つまり……?」
「あなた方は平民ですが……帝国内では我々と同程度の身分を有するという事です。それにこちらの方が、下手に貴族の義務が無い分良いかと思いまして……気を利かせてみました」
屈託のない笑顔を見せてくれるノストゥルさんだけど……それって普通の平民じゃないよね。
いや、貴族は嫌だって言ったけど……そういう変な身分とかいらないんですが。
なんでさっきは嘘だと判断されなかったんだろ?
あ……もしかして……俺が聞いたのは平民かどうかだけだったから……。
それで嘘だと反応されなかったってことか?
「もう一回聞きますけど……これは一般的な、帝国におけるごく普通の、平民の証明書なんですか?」
「えぇ、ごく普通の平民の証明書ですよ?」
その言葉は……嘘だった。
ノストゥルさん……分かっててやってるなこれ……。めっちゃ朗らかな笑みを俺に向けている。
俺は大きくため息をついてしまう。
そんな俺の心情を感じ取ったのか、少しだけ慌てたようにノストゥルさんは俺達に苦笑を向けた。
「いや、悪気は無いんですよ! お二人の実力等を考えたら、それくらいの身分は必要だと考えまして……。それは自衛のためにもですけど……これからも帝国内の旅を続けられるのでしょう?」
「そのつもりではありますけど」
ここに永住……って言うのはあまり考えて無いからなぁ……。
今はとりあえず、帝国内を見ては周りたいと思っている。
王国よりも色々と発展してそうだし……何より絵本の内容もちょっと気になるしね。
それを調べてみたい。
「それなら余計に持っていた方が良いです。その身分証があれば、大抵の帝国内の国々はフリーで入れますし。変な輩とのトラブルも避けられるはずです」
「……そんなに凄いんですかこのカード」
説得にかかるようなノストゥルさんの言葉に、改めて喉を鳴らしてカードを見る。
まぁ、確かに……これから先も旅を続ける辺り確かな身分があると無いのとでは大違いだろう。
せっかく作ってくれたのだと、俺は改めてそのカードを手に取った。
「ちなみに私だけではなく、パイトン殿の推薦もその身分証には記載されています。私とパイトン殿の推薦があれば、見る人に見せればかなり優遇してもらえますよ。特に……パイトンを敵に回したいと思う輩は……ほとんどいないでしょうね」
「貴方じゃなくて……パイトンさんの方ですか?」
「パイトンは、今のご時世に珍しく武力だけでのし上がった有名人ですから。彼も、もともとは平民ですよ。若い頃に、キレて皇帝にさえ斬りかかったと言う逸話があるくらいです」
いや、何してんのあの人。
皇帝って帝国で一番偉い人だよね?
そんな人に斬りかかって良く生きてたな……王国なら不敬罪や反逆罪で殺されてるぞきっと。
でもそうか、パイトンさんまでこの身分証に一枚噛んでたのか……。
なんか、してやったりと言うような彼の笑顔が浮かぶようだ。
元気かな、パイトンさん?
まぁ……あくまでも好意で用意してくれたものに対してこれ以上文句を言うのも、これを要らないと断るのも失礼だよな。
何よりもルーがもうすでにカードを手に取って舐めるように眺めている。
その端を指でツーっとなぞったり、何かをしてはブツブツと呟いたりと、興味津々だ。
これで断ったりしようものなら、たぶんルーはがっかりするだろうな。
悪いものではないし、ここは素直に受け取っておこう。
「それじゃあ、ありがたくこの身分をいただきます。ありがとうございます」
「いえ、これで少しはあなた方の恩に報いれたかと思うと、こちらとしてもありがたいです」
ノストゥルさんは俺に頭を下げてくるので、恐縮した気分になってしまう。
……本当に、なんでこんな良い人からあんな奴になったんだろうか。
親の教育と人間性は無関係と言うことなんだろうか?
なんだか唐突に親父の顔を思い出した俺を尻目に、ノストゥルさんは仕事があると去っていった。
「あぁ、リム殿にも同じ身分証を発行しておりますので、ご安心ください。数日のうちに向こうに届くでしょう」
リムも同じ身分……か。それは良かった。
そのまま部屋には俺とルーの二人だけが残されるのだが……ルーは相変わらずカードに興味津々である。
「ルー……そのカード、見てて楽しいか?」
「えぇ」
「ルー、リムもそのカードと同じもの受け取ったらしいぞ」
「えぇ」
「ルー、今日の夕飯何食べる? 肉か魚か……魚は高いからやっぱり肉かねぇ」
「えぇ」
ダメだこりゃ。帝国産の身分証に夢中で俺の言葉は届いていないようだ。
そんなにこのカード、凄いんだな。
俺は手の中でそのカードを弄びながら、熱心にカードをいじるルーを眺めていた。
「ルー……なんでもいいけど……壊したりはしてくれるなよ……?」
「えぇ」
やっぱりおざなりな返事が帰ってきて、少しだけ俺は心配になるが……まぁ、大丈夫だろう。
その後俺は、満足するまでカードをいじるルーを眺めながら、改めてのんびり過ごすのだった。
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