93.勇者は絵本を読んでみる
それから、俺とルーは魔導書系の本屋に向かって……ルーはそこでも結構な数の本を買い込んでいた。
一冊の厚みがとんでもない本を手に取り、笑顔を浮かべる彼女を見ると、少しホッとする。
気分転換は完全にできたようだ。
それにしても……凄い量を買うな。
俺はと言うとその本屋では何も買わなかった。
中身をチラッと見たのだが、専門用語が多すぎる本で、さっきの本屋以上に理解できなかった。
見るだけで覚えられる魔法の書、とかなら買うけど、そういうものはないらしい。
そんな本が存在したら、それはそれで恐ろしいか。
それから買った本を俺が持って、俺達は用意された屋敷へと帰宅した。
今現在、ルーは物凄い速度で本を読んでいる。
俺が一冊絵本を読もうと思っている間に、もう2冊ほど読み終わっているらしい。
「すげぇなぁ……」
机に向かって、積まれた本を次々に消化していくルー。
一心不乱なその姿を見て、邪魔になるかなと俺はベッドへと寝っ転がって、買ってきた絵本を読むことにした。
「『神様と四人の勇者たち』かぁ……」
子供向けだけど、この帝国にいる人なら知らない人はいないという話……。
……そんなに有名なら王国でも話が出回っていててもおかしくないと思うけど……?
まぁ、いいか。とりあえず、読んでみようか。
パラリとページをめくりながら、俺は本を読み進める。
挿絵はなんだかほんわかとした、いかにも子供向けと言う絵柄だ。
善人は可愛く、かっこよく、悪人はひたすらに怖く描かれている。
内容を簡単に要約すると、この世界は一度滅びかけていた。
それは一人の神様のせいだったとか。
とんでもなく悪そうに描かれたその神様は、角やら牙やら昆虫のような複数の脚や、背中にも禍々しい翼を生やしていた。
…とにかく子供が「悪そうなもの」だとイメージできる物がふんだんに盛り込まれた絵だ。
その悪い神様は、この世界を滅ぼそうとした。
理由は書かれていない。とにかく滅ぼそうとした……としか書かれてない。
悪いから滅ぼす。そんな程度にしか書かれていないのだ。
当然のように、悪い神様は強すぎて世界は滅ぼされそうになる。
人間達にはこのままだと、勝ち目が全く無くて……。
そんな人間達に手を差し伸べたのが「良い神様」だったという。
……なんでどっちも神様の名前が書いて無いんだろうか?
この良い神様って、王国で信仰されてる神様と同じなんだろうか……リムに今日、聞いてみるかな。
いかんな、思考がずれる。
もっと純粋に話を楽しもう。
ともあれ、良い神様は四つの種族、それぞれに自分の力を形にして分け与えた。
人間には何物をも切り裂き、特殊な能力を一つだけ授かれる、神すらも斬ることができる強力な武器を。
魔族には魔力を増幅し、どんな魔法も使えるようになり、放つ魔法を神に通じるようにできる装飾具を。
耳の長い種族……精霊族? と言うらしい……その種族には神の攻撃すら防ぎ、どんな存在とも意思の通じ合える盾を。
獣人族には神をぶん殴れるくらいに力を増幅し、さらに仲間の獣人の力や能力を集めて己の力として自在に使えることができる鎧を。
そんな風に武具を与えて、力を与えた彼等を勇者と称して……悪い神様を倒させた。
とは言っても、あくまでも一時的に倒せただけ。
人間達に、神様を殺すことはできなかった。
それから倒された悪い神様は、良い神様に連れ去られて……良い神様は今でもその悪い神様を封印しながら世界を見守っているんだとか。
いつの日か、悪い神様が改心してくれる日を信じて。
それから、神様から力を分け与えられた四人の勇者はそれぞれの種族の代表となった。
……その絵本の絵では、王様になっていた。
人間と精霊族は恋仲になってて、お互いの種族を繋ぐ架け橋として結婚した。
魔族と、獣人族はそれぞれの種族から妻を迎えていた。
そして四種族は……お互いに支え合いながら、平和な世界で末永く幸せに暮らしました。
めでたしめでたし。
そんな言葉で締めくくられていた。
子ども向けの絵本らしく、勧善懲悪、そして悪いことをした存在も反省したら許してあげましょうっていう事なんだろう。
きっとそういう教訓も、得られるようになっている本だ。
話としても凄くわかりやすいし、俺でも楽しめる絵本だ。
わかりやすいんだけど……。
この伝説を現状に当てはめると、違和感が酷い。
今は聖剣を持った勇者は王様なんかじゃないし、精霊族なんて種族……少なくとも俺は聞いたことが無い。
いや、俺の学が無いだけかもしれないけど……。旅の最中だってそんな種族は見なかったぞ。
それになにより……この本の内容は王国では見たことも聞いたことも無い。
良い絵本を見たというのに……、なんだかひどくモヤモヤする。
「ディさん? どうしました……浮かない顔して? その絵本、面白くなかったです?」
ベッドに寝っ転がっていると、唐突にルーの声が聞こえてきた。
「あぁ、いや。面白くないってことは無かったよ。面白かった。読むか?」
「良いですね、見せてください」
そう言うとルーは俺の隣に寝っ転がってきた。
隣り合いながら寝っ転がるという事態に俺は驚くのだが、ルーはさして気にする様子もなく、俺の手から絵本を取るとぱらぱらと読んでいった。
「へぇ、内容は原本をすっごい端折ってますね。でも、要所は抑えてて面白いですねぇ。それにしても、うちの国にも残っていた伝説が、こっちではこういう形で絵本として普及してるんですねぇ」
「え? ……今日買った本、全部読み終わったの?」
「魔導書系はまだですけどね、小説系は読み終わったので、休憩です」
俺はルーが今までいた机の方へと視線を移動すると、読み終わったであろう本がほとんど積みあがっていた。
読むの早いなぁ……。
それよりも、ルーが呟いていたことが気になり、俺はその点を確認してみることにした。
「……魔王の国にはあるのか? これと同じ伝説が?」
「んー……細部はけっこう違いますけどね。魔王の装具は遥か昔に神から与えられて、それを継ぐ者が代々の魔王となるって言う……そういう伝説です」
その一言に、俺はルーの方を見る。
どういう事だろうか? 王国ではそんな伝説は全くなかったのに……。俺が知らないだけ?
……それとも……意図的に……隠されてた?
「王国には無いんですか、そう言うの?」
「……あぁ、ないな……そういうのは……」
「そうですよねぇ、もしも同じ伝説があったら今頃ディさんが王様ですもんねー」
パタパタと足を動かしながらルーは楽しそうな声を上げている。
俺が王様……想像つかないな。逆に無くてよかったかもな、聖剣を抜いたものが次の王とか言う伝説。
うーん……王様……王様ねぇ……。
「ちなみに……原本にはその神様の名前とかって出てた?」
「いえ、全然出てませんでしたね。神様の名前だから恐れ多くて書けないとかですかね。でも、四人の勇者の名前は書いてましたよ」
「へぇ、書いてたんだ。なんて名前だったんだ?」
「人間がジーク、精霊族がエステル、魔族がダイワ、獣人族がタウロ……それが四人の勇者の名前で、精霊族と人間が結婚して夫婦になったらしいですよ。魔族の方は確か、初代魔王の名前と一緒ですね」
初代勇者ジーク……王国にある勇者と魔王の話に出てくる名前とは違った気がする。
大分昔に聞いた話だからうろ覚えだけど、聞き覚えの無い名前だ。
でも……別な場所で聞き覚えはある名前だ。
それは確か……そう、初代国王の名前。
確か、騎士団長に教えてもらった初代国王の名前がジークだった……気がする。
いや、これもうろ覚えだけど……これって偶然なんだろうか?
……まぁいいか。
あの王国がどういう秘密を持っているかとか……今の俺には関係ないことだし……どうでもいい話だ。
ともあれ、こういう伝説が帝国にはあるってことなんだな。
話としては面白かったし、聖剣の出自も前に聞いたとおり神様からもらったものって、本当だったんだな。
そんなことを考えると、腕輪が抗議するように一瞬光った気がする。信じてなかったなって。
「そういえば、サラッと言ってたけど……精霊族って知ってるの?」
「いやぁ……滅多に見ることは無い……伝説の種族ですから。私も見たこと無いですし。なんでも、ある日を境にほとんど滅んじゃったんだとか……」
ある日を境に……ね……。何があったんだろうか?
もしも……人間に滅ぼされていたとしたら……。そんな胸糞悪い想像をしてしまう。
もしそうなら……たとえ魔王を倒して俺が王国に残っていたとしても……碌なことにはなってなさそうだ。
そうなるとルーと二人旅できている現状が最善なんだろうな、きっと。
俺は横で寝転がっているルーを見ると、苦笑をしつつちょっとだけ息を吐きだした。
あっという間に絵本を読み終えたルーは、いそいそと通信用の水晶を取り出す。
「さて、そろそろマーちゃんとお話ししましょうか」
どうやら、リムと連絡を取るつもりのようだ。
もうそんな時間だったか……。無事に到着したし、そのことを伝えようか。
ルーは魔力を込めると通信用の水晶を起動する。すると即座に……水晶にリムの笑顔が映し出される。
「ルーちゃーん? 今日はどうでしたか? ディ様は無茶とかしませんでしたか?」
「マーちゃん、こんばんわー。今日はディ様と一緒に本を読んでましたよー」
「まぁ、ディ様もお勉強を? 懐かしいですわねぇ……私も良くディ様にお勉強をお教えしたものです」
ちょっとだけ誤解はあるものの、ルーはそれを訂正したりはしない。
俺が読んでたのは絵本だもんなぁ……。
それからも、女性同士の会話が繰り広げられる。
しばらく二人の会話を眺めてたら……ルーは俺に水晶を渡してきた。
「私はこれから買ってきた魔導書の勉強するんで、後はお二人でごゆっくりどうぞ~」
そう言って再び机に向かうルーから水晶を受け取ると、リムと会話を始める。
毎日会話はしているが……彼女との会話は尽きることが無い。
最初の頃は、王女との水晶での会話を思い出してしまったものだけど、最近ではそれも無くなってきた。
普通に会話を楽しめている。
自分の中のトラウマもこうやって少しずつ解消されていくんだろうか……。
リムは……絶対に裏切らないだろうって安心感があるのも大きいかもしれない。
そんな中、俺はふと気になったことをリムに聞いてみた。
「リムって元僧侶……いや、今も僧侶ではあるのかな? ってことは神様に仕えてたんだよね?」
「あら、当然ですよ。まぁ、今でも信仰心は……捨ててはおりませんので、ディ様とルーちゃんの安全を祈願して毎日お祈りは欠かしていませんよ」
「なんか間があったけど、そうなのか……。ありがとう。それで、その神様の名前って分かる?」
「神様の名前ですか……? ディ様……ご存じありませんでしたっけ?」
「全く興味なかったからさ。でも、ちょっと気になってね」
「まぁ……興味を持たれるのは良いことです。王国に伝わる神様の名前は……慈愛の神……エステル様ですよ」
リムの口から出た名前は、さっき読んだ絵本に書かれていた精霊族の勇者の名前だった。
人間の勇者と結婚したはずの精霊族の勇者が……王国の神様の名前……ね……。
「興味を持たれたって、何かありましたの?」
「まぁ、その辺は今度話すよ。頭悪いから俺もよくわかんないしね」
俺の言葉にリムは首を傾げるが、それからは俺達は他愛のないいつもの雑談を始めた。
初代国王と神様の名前と、勇者の名前……。
さっきまで胸糞悪い考えが頭にあったので、俺は嫌な想像をしてしまう。
とりあえず俺は、リムには分からないように内心でため息を一つつくのだった。
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