92.魔王は沢山の宝を買い込む
「うわぁ!! これ新刊出てたんですか?! あ、こっちは読みかけだったシリーズの完結巻じゃないですか!! え!? これあの先生の新作じゃないですか!? よし、ここにある本全部ください!!」
「待て待て待て!! 少し落ち着きなさいよ、ルーさんや」
「だって! 久しぶりの本なんですよ?!」
興奮してはしゃぐルーを俺は抑えようとするのだが、彼女は俺の方を見て両手を小さく振りながら少しだけ涙目になっていた。
「こんなに読みたい本が沢山……バタバタして読めませんでしたし、例の件で私の本はほとんど無くなっちゃいましたから……」
「いや、金はともかく……部屋やら馬車やらにそんなに本を置いておけないだろ……?」
先ほどまで、あんなに沈んでいたのが嘘のようだ。
ルーは目をキラキラとさせて目の前に並んでいる本を手に取っている。
そんな風にキラキラした目を向けるルーに水を差すようで悪いんだけど限度がある。
さすがにこの店の本を全部買ったら移動ができない。
そして俺が水をさしたことで一気にルーはテンションが落ちてしまう。
いや、本気で全部買う気だったのかよ……?
「……仕方ないですね……じゃあとりあえず読みたい本だけにしておきます」
「……普通は読みたい本だけ買うんじゃないの?」
「違いますよ。表紙を見て興味を持ったら買うという本もあるんです。ディさんも、読みたい本を探してください」
そう言いながらルーは、本屋の中を所狭しと動き回る。
ここは物語等を置くことを専門にした本屋らしく、他にも魔導書や魔法に関する専門書を置いた本屋、武器術の指南書を扱った本屋、武具に関する専門の本屋。
……春本を専門に扱った本屋なんかもあるらしい。
ちょっと興味がー……いや、俺もさすがに春本を扱った本屋にはいかないけどね。
ルーいるし。
ルーをそういう対象としてみてるとかじゃなく、女性との二人旅でそう言うのは……買ったら駄目じゃないかなと思ってるだけだ。
クロのやつがいたら分からないけど……。いや、一緒に買いに行ってるな確実に。
でも、あいつはもうプル一筋だろうしなぁ……。そう言う本を買いに行くんだろうか?
そもそもここにいないからわかんないな。
まぁ、いいか。
俺はルーに言われた通り、読みたい本でも探してみようか。
……でも……うーん……なんだかピンと来ない。
どれもこれも表紙だけ見ると同じような本にしか見えないんだけど……ルーに言ったら怒られそうだな。
もしくは長々とした解説が始まりそうだな。それはもう嬉々として解説してくれそうだ。
まぁ最悪、ルーになんか初心者向けのを選んでもらおう。
適当にそんなことを考えながら店の中をウロウロとしていると……一冊の本が目に止まる。
表紙には、何やら威厳に満ちた表情を浮かべる真っ白な老人が中央に……そして、その老人を取り囲むようにして四人の人物が描かれていた。
俺は気になって、その本を手にとる。
本自体は少し大き目でページ数も少なく……文字も大きくて読みやすい本だった。
絵と一緒に文字が書かれているので、分かりやすい。
それに俺が理解できる範囲の単語しか書かれていないし読みやすそうだ。
それに、この本は何故か興味がわいてくる。
……この表紙……なんだか既視感がある。なんだろうか?
タイトルは……えっと……。
「おや、ディさん。なんだか面白そうな本を手に取ってますね」
唐突に背後からかけられた声に俺は身を震わせて振り向いて、振り向いたらさらに驚いた。
ルーはその手の中に十数冊もの本を積み上げて持っていて、ホクホクした表情を浮かべている。
結構重そうなのに平気な顔をしている辺り、腕力を魔法で強化しているのかもしれない。
なんか、強化してなくても本なら平気な顔をして持ってそうだけど。
「うん、これ……なんか面白そうかなって」
俺がルーに本の表紙を見せると、ルーも少しだけ興味深げに表紙に視線を送る。
「へぇ、私も知らない本ですねこれ。タイトルは……『神様と四人の勇者たち』……帝国産の絵本ですかね?」
絵本……確か児童向けの本の事だっけ?
でもまぁ、俺にはそれくらいがちょうどいいかな?
「良いですね、面白そう。後で私にも読ませてくださいね」
ルーは大量の本を抱えながら、俺の手にした本にも興味深そうに見てくる。
本当に本が好きなんだな。
「おや、お二人さん……帝国の人間じゃないのかい? それは帝国に伝わる伝説を子供向けにした絵本だけど……帝国にいる人間なら、ほとんどの者が一回は読んだことがある絵本だよ」
店員さんが俺達のやり取りを聞いて声をかけてきた。
へぇ、帝国では有名な話なんだ。王国では聞いたこと無い話だけどな……。
王国では勇者と魔王の話、後は聖女の話が人気だっけ。
ほとんどみんな字が読めないから、語り部から話を聞くくらいだけどさ。
あぁ、これが風呂でノストゥルさんが言っていた帝国の伝説ってやつか。
確かにこんなのが出回ってるなら勘の良い人相手ならバレるかもな……。
聖剣の形……やっぱり地味にするか。
「子供向けにした絵本ってことは、原本があるんですか? そっち、見てみたいんですけど……」
「あー……原本はないけど……写本はあるよ。原本は噂だと帝国の宝物庫に保管されているお宝らしい。写本の内容とも異なるって噂だ」
「そうですか、それは残念です。じゃあその写本もいただけます?」
「え……? お嬢ちゃん……まだ本買うの? いや、こっちは売上が上がるから買ってくれる分には良いけど……」
俺の手にした絵本の原本に興味を持ったルーは、そのまま店員さんに案内されて元となった本を探しに行った。
いや、ほんと……ルー……何冊買う気さ。
本が好きってのは知ってたけど、そこまでは予想外だよ。
よくそんなに読めるな。俺なら1冊読み切るので限界だよ。絶対途中で寝る。
この絵本だって最後まで読み切れるかどうか……。
まぁ、ルーの気持ちが切り換えられたようで何よりだな。
俺は何気なく、再び本の表紙に目を向ける。
神様と四人の勇者かぁ……。帝国には勇者が四人いるのかな?
そう思って、その中の表紙の中の一人の男に向けると……その手にした剣に少しだけ見覚えがあった。
「確かに……聖剣に似てるなこの剣……」
今は自分の手に腕輪として収まっているが、そこには俺の持つ聖剣とよく似た剣が描かれている。
よく見ると、四人の人物のうちの三人は見覚えのある装備を身に着けていた。
リムの聖具のようなものを付けた、耳の尖った真っ白い肌をした女性
ルーの魔装具のようなものを身に着けた、浅黒い肌の魔族ような男性
最後の一人も金色の何かを身に着けているが、それには見覚えが無かった。
四人の勇者……ね。
偶然……なんだろうか?
帝国と王国で似たような伝説があって、でも細部は違うなんて。
「……聖剣の出自とか何にも知らないんだよな俺……。王国では魔王を倒すための伝説の剣としか伝わってないし……」
しかし、実際には魔王は毒殺されていた。
まぁ、それはあくまでも色々な要因が重なった結果であったんだけど……。
それでも、別に聖剣以外に魔王を「殺す手段」がないわけじゃないのは明らかだ。
なんで、王国では聖剣は魔王を倒すためのものと言われていたんだろ?
まぁ、かなり強いから聖剣を使えるくらい強い存在じゃないと倒せないって意味での伝説なんだろうけど……。
俺の腕に収まっている聖剣は、キラリと光を反射するだけで何も言わない。
夢の中でもその辺については何も言わなかった。
もしかしたら、人間の細かい事情にはあまり興味は無いのかもしれない。
せめて何か教えて欲しいものだ……。
「お待たせしました、ディさん。それじゃあひとまずこの本屋さんではこれくらいにしておきましょうか」
さらに二冊ほどの本を乗せたルーが戻ってくる。
そんなに買って色々な意味で平気なのかと思う光景だが、アルオムの街で稼いだ金は潤沢にあるし、ノストゥルさんからも迷惑料をたっぷりいただいていたりするから金銭的には平気だろう。
あ、俺もう寝そう。この積みあがった本を見ただけで眠ってしまいそうだ。
「……ん? この本屋さんでは?」
ルーの一言に首を傾げた俺に対して、ルーは真似するように首を傾げた。
「えぇ、次の本屋さんに……なんか、その本屋さんは魔導書系が充実しているらしいんですよ」
その一言に俺のみならず店主さんも目を見開いて驚いていた。
その目は「まだ買うの?」と「まだ持てるの?」と言う二つの驚きが同居しているようだ。
「……それじゃあ、次の本屋で一旦終わりにするか。買った本は持っててやるから、選んだら終わりな」
「おや、ディさん紳士ですね。私、自分で持つつもりでしたけど」
「俺が買うのは一冊だけだし、選ぶなら手が軽い方が良いだろ」
基本的に根無し草の俺達はそんなに荷物を持つべきじゃないけど、これだけ良い笑顔を向けられては折れるしかない。
ホクホク顔でルーが買った本を持ってやると……その重量に俺はちょっと面食らう。
こんな重いの持ってたの?!
「本って重いんだな……意外だわ」
「そりゃそうですよ。本はそれ自体の重量だけじゃなく、書き手の魂が込められてますから」
「いや、そういう精神的な話でなくて……」
「古い魔導書なんかも、書き手の魔力や魂が込められて持ち主を選ぶと聞いたことがあります」
ルーの解説は止まらず、俺はそれを黙って聞いておくことにした。諦めたともいう。
「それくらい作る人は自分の想いを本に込めるわけです。それが本に魂を宿らせて……だから本は重くなるんです」
嬉々として解説を始めるルーは、すっかり元気になったようだ。
あんまり興味の無い話だけど、それ自体は良かったと俺は適当に相槌をうちながら次の本屋を目指す。
持っている本は……良い鍛錬になると思っておこう。
俺はあえて腕力を魔法で強化せずに、次の本屋にスキップしながら向かうルーの後を付いていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます