91.勇者達は見届ける
「死と罪と罰を司る神々よ……今日この日に、罪深き者達の躯をあなた方の元へ送り届ける我々をお許し下さい……。そして、かの罪人に相応しい裁きをお与えください……」
そこには一つの大きくて黒い、人工的に整えられた四角い簡素な岩があるだけで、それ以外には何もない。寂しい場所だ。
……だけどその岩の前で、真っ白な服を着た神父様が、三つの壺を置いて祈りを捧げている。
ここは、死刑となった罪人達を埋葬するため墓だという。
罪人達に生前の証は不要と、四角い岩には誰の名前も刻まれていない。
俺達には言われなければ墓だという事すら分からない……。
ただの岩が置かれてるだけだ。
周囲はある程度雑草は刈り取られているが、それだけ。
花も無く、供え物も無く、ただただ岩が置いてあるだけの墓。
それが死刑となった犯罪者達の末路だ。
そのまま、誰も参ることなく、昔埋葬された他の犯罪者と一緒くたに……まぜこぜにされてしまう。
死刑になった犯罪者に対して、このような墓を作ること自体、反対する人もいるのだとか。
野ざらしで、獣の餌がお似合いだと……。
だけどそれはそれで、人の味を覚えた獣が何をするかは分からないと説得されたらしい。
こうやって灰にして、誰か誰だか分からないようにして、同じ墓に入れてしまうのだとか。
それが犯罪者である彼等への最後の罰……と言う考え方らしい。
「罪人の魂が神々の元で罪を償った後……許されるのであれば、浄化された魂に再び相応しい生をお与えください……」
神父様がそう言うと、墓石がズズズ……と言う重苦しい音と共に後ろにずれていく。
そこにはぽっかりと穴が開いていた。
まるで、地獄へと続くような、真っ黒い穴だ。何故か見ているだけで身震いしてくる。
それはルーも同様なのか、俺の隣で青い顔をしていた。
魔力が強い分、あの穴から俺よりも嫌な雰囲気を感じ取っているのかもしれない。
神父様はそこで一歩下がると……代わりに三人の男性が壺を持って前に進み出る。
一人はノストゥルさん……もう二人は知らない男性だ。
それぞれ手に取った壺を見ると、涙をこらえるような、怒りを込めたような……複雑な視線を壺に送っている。
そして、遺灰の入った壺を片手で持ったハンマーで叩き割り……そのまま穴へと遺灰を無造作に投げ捨てる。
その後は神父様が遺灰の残った三人の手を水の清め……その清めた水も穴の中へと入っていく。
まるで無造作に、捨てる様にして灰も水も壊れた壺もすべてが穴の中に落ちていく。
見ていてなんだか……胸が重苦しくなってくる。
あいつらは悪いことをしたけど、それでもこの光景は見ていると気分が落ち込んでしまう。
……後でリムからアルオムの人達に報告してもらおうか。
全部終わったよと。これで……少しでも被害者の心が救済されると良いんだけど。
俺達が直接行ってもいいな。久々に、みんなの明るい顔を見たくなる。そんな光景だ。
それから、墓石はゆっくりと元に戻る。
ズズズ……と言う重苦しい音と共に。
見たところ人力で動かしているわけではなさそうなので、そう言う魔法でもかかっているのかもしれない。
後で、ルーにでも聞いてみようか。
墓石が元に戻ると、神父様が何か最後のお祈りをしていた。
死者の鎮魂を祈っているのかもしれない。
「これで……全て終わりました」
遠くから眺めていた俺達の元へノストゥルさんは近づいてきて、俺達に頭を下げてくる。
他の二人も一緒に来て、俺達に一斉に頭を下げてきた。
この人達も結構偉い人だろうに……。この二人は、トゥールとリルの父親らしい。
少し話をしたけれども……どちらも、あの二人の親とは思えないほどに誠実な人だった。
なんでこの親からあんな三人が育ったのか……。
まぁ、親の教育と関係なく子供が……って言うのはよく聞く話だ、その辺を考えても仕方ない。
大事なのは、これで全部終わったという事実だ。
「……良かったんですか? 一族のお墓とか……そういうのに埋葬しなくて?」
それでも聞かずにはいられなかったことを俺は聞く。
見届けて欲しいと言われて一緒に来たのだけど……。ニユースはアルオムからはだいぶ離れた場所だ。
こっそりと自分達の一族の墓に埋葬してもバレやしない。
でも彼等は本当に……犯罪者達と同じ共同墓地にあいつらを埋葬した。
「えぇ、息子達の名前は一族からも抹消する手続きが完了しました……。未来永劫、あの者たちの名が残ることはありません。これで一つのケジメがつけられました」
疲れ切ったような笑顔をノストゥルさんは俺達に向ける。
見かねたルーが回復魔法をかけようかと提案するのだが、彼はそれを固辞した。この疲れは、今は残しておきたいのだそうだ。
「なんで……あんな風に育ってしまったのか……。いえ、言っても仕方ないですね。すべては親である私の落ち度です。もうこれで、あいつの親であるという事実は私たち家族の中にしか残らなくなりましたが……」
俺達は寂しそうに笑う彼を見るが、こんな時になんて声をかけていいのか全く分からない。
「これからはどうするんですか?」
去り際の彼の背中に、俺はせめて声をかける。
なんだか今にも倒れそうな雰囲気で、何か言わないとと思わず口をついてしまったのだ。
ルーは黙って、俺の隣にいてくれている。
「どうもこうも、普通に仕事をしますよ……。あぁ、アルオムの街への賠償等の手続きも難航してますけど、必ず実行するとお伝えください。それが全部終わったら……引退も考えますよ」
「引退……ですか……」
「幸い……引継ぎ自体は済ませてましたからね。アルオムで運よく拾った命……これからは裏方に回りますよ」
そう言って、ほんの少しだけ疲れたけれども、どこか肩の荷が下りたような笑顔を浮かべた彼等は俺達に改めて挨拶して去っていった。
後には俺とルーだけが残った。
「あー……これでぜーんぶ終わったなー……。でも、ノストゥルさん……心配だなあんなにやつれて……」
「事情があるにせよ……息子さんが亡くなったんですから……。でもやっぱり、本来の親ってのはあぁいうものなんですかね。私は父が父でしたし」
「……お袋が死んだときの親父も……あんな感じだったのかな……」
俺達はノストゥルさんの背中に、それぞれが自分の親の姿を重ね合わせた。
ルーは本来あるべきであろう親の姿を夢想し、俺はもう会えないだろう親父に対しての想いを頭に思い描く。
神父様も誰もいなくなったこの場所で……せめてと俺とルーは墓石に対して手を合わせた。
あの三人だけじゃない、この墓に入れられたであろう名もなき犯罪者達へ。
先ほど神父様が仰ったように……甘いかもしれないけど、せめて来世では善人に生まれ変われよと願いを込めて。
……あるのかな、生まれ変わりって?
ルーは……まだ祈っている。
その姿はなんだか聖女のようだ。いや、聖女はリムの方か。
でもなんだか、本当に真摯に祈る聖女のようだ。普段のちょっとふわふわして、抜けてる感じからは想像もつかない。
「さて、ルー……これからどうする? 少し街でも観光していくか? 気分が沈んじゃったし、少しでもパッと明るくなれるようにさ……」
祈っているルーに俺は声をかける。
俺よりもルーの方がなんだか気分が沈んでいる……と言うか顔色が非常に悪い。
ルーは祈るのを止めて、俺の方に少し寂しい微笑みを向けてくる。やっぱり、元気が無い。
……せめて何か気分転換ができればいいんだけど。
と、その時に俺はノストゥルさんから聞いたことを思い出した。
「そう言えばさ……この街って情報産業で発展しているらしいんだけど……。なんでも本を作るのに力を入れてるらしいぞ? 町のあのでかい建物、あれ全部、本を作るための魔道具を置いている施設なんだとさ」
俺の言葉に、少しだけ沈んでいたルーの肩がピクリと動いた。
「……そうなんですか?」
ほんの少しだけ、興味を示したように俺を見上げてくる。
やっぱり、本が好きなルーなら食いつくと思った……。
顔色もほんの少しだけ良くなっている気がした。
まだちょっと悪いけど、それでもさっきよりはだいぶましだ。
「うん、だからこの街って本が街中で誰でも買えるらしいんだよ。凄くない? 文字のある本が気軽に買えるって?」
「あれ? 王国って本屋さんって無かったんですか?」
ルーが不思議そうに首を傾げてきた。
いや、あるにはあるんだけどね。本を売ってる店も。
でも、ごく少数だし、文字とか書かれた本じゃなくて絵しかない本しかなかったのよ。
……あ、秘蔵の春本を燃やされた思い出が……。いかんな、女性の前で思い出すのはダメだ。
とりあえず、これは内緒にしておこう。
「本屋はあったけど、絵だけだったからねぇ……。文字がある本とか、あんまり売ってなかったよ」
「それ、ディさんが文字が読めないから目に入ってなかっただけじゃないですか?」
「うーん、どうだろうな。そもそも本なんて興味の外だったからなぁ」
「私からしたら勿体ない話ですけど……。まぁ、興味はそれぞれですよね」
そもそも俺が文字が読めるようになったのも、勇者になってからだしな。
勇者が文字を読めないなんて格好つかないから、リムに教えてもらったんだっけ……。
本自体に興味を持てなくても、仕方ないだろう。
「それじゃあ、ディさんにもお勧めの本を見繕ってあげますか。面白いですよ、本読むの」
「んー……読んでる途中で寝ちゃいそうだなぁ……」
「やっぱり、男の人ってえっちな本じゃないとダメなんですかねぇ?」
あれ……なんか今、聞き捨てならない言葉が……?
「マーちゃんから聞いたんですよね。旅の最中にお二人がえっちな本をこっそり買ってたって……」
「うわぁ……そんなことまで喋ったのかい……」
「反省してましたよマーちゃん。自分が潔癖だった頃とはいえ、男性のそういうところを否定した点や……むしろ自分がいるじゃないかと売り込めなかった点とか……」
「いや、うん……売り込まれてもリムには手を出さなかったけどね」
余計なことを言ってくれたなぁ……とため息をつきつつ……俺とルーは気分転換に街中に移動することを決めた。
最後に一度だけ振り返り……誰にともなく頭を下げた。
ルーもなんだか顔をしかめていたが、頭を下げていた。
頼むから……化けて出るとかそんな真似はしないでくれよと願いつつ。
俺達はなんだか生ぬるい嫌な風を感じながら、その名も無い墓所を去るのだった。
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