89.勇者は風呂で話をする

「公主様と一緒に風呂って……いったい何を話せばいいんだよ……?」


 少しだけ不安な気分になりつつ、俺はルーが作った風呂へと移動した。


 まぁ、野外で風呂に入れる喜びには変えられないし……断るのも失礼な話だ。


 覚悟を決めて、一緒に入るか。


 もともと上半身は裸だったので、下だけを脱いで全裸になるが……聖剣は腕輪状態で装着している。


 万が一の時のためだ。風呂の最中にモンスターが襲ってこないとも限らないし。


 しかしルーの奴……こんなのまで作れるんだなぁ……さすが元魔王ってところか……。立派な風呂だ。


 既に風呂にはニユースの町の公主様……ノストゥルさんが湯船に浸かっていた。


「ディ殿……いやぁ、ルー殿は凄いお方ですな……まさか旅の道中でこんな風呂に入れるとは……。お湯をだす魔道具はありますが、魔法のみでここまでのレベルとは……」


 お湯を掌で持ち上げながら、ノストゥルさんは実に気持ちよさそうにしている。


 ……息子が処刑されたことを主導したのだ……少しでもリラックスできるのは良いことだろう。


 それがたとえ息子側の自業自得だとしても、決断するのは相当につらかったろう。


 察する……という考えはおこがましいけど、大切な人との別れの辛さは理解できるつもりだ。


「俺……えっと……私もこの風呂に入るのは初めてでして、驚いています」


 つい俺と言ってしまったのだが、慌てて言葉を訂正する。


 でもノストゥルさんは、そんな俺に気にした風もなく笑顔を浮かべている。


「普段通りの口調で話してください。ここでは裸の男が二人いるだけです……気兼ねなく本音で話しましょう……」


 パイトンさんもそうだったけど、帝国側の偉い人達はみんな気さくなんだろうか?


 それとも……王国の偉いやつらが無駄に偉そうなだけだったのかな?


 勇者として貴族に会ったときは緊張したよなぁ……中には変わり者もいたけど、ほとんどが偉そうな人達ばっかりだった。


 それでも偉い人と一緒に風呂に入るなんて……はじめてだ。


「じゃあ、お言葉に甘えます。俺もルーの魔法は凄いと思ってたけど……やっぱり帝国側から見ても凄いんですかね?」


「凄いですよ。私も全てを知るわけではありませんが、帝国内でも確実に上位でしょうね……。しかし、初めて見たとのことですけが……お二人は幼馴染では……?」


「あ、いえ……こうやって二人で旅をするのは初めてですから」


「確か……故郷では異種族との結婚が認められてないから帝国まで来られたんでしたって」


「え……えぇ、はい。そんな感じです。結婚……って言っても、まだそういうことはしてないんですが」


 そういえばそういう設定だったことを思い出して、俺は慌てて弁明するように言葉を発する。


 ノストゥルさんは俺の言葉に対して特に何も言うことは無く、そうですかとだけ言って、ゆっくりと湯船に浸かっていた。


 話したいことがあるから……と言う事だったけど、ただ世間話をしたかっただけなのだろうか?


 そう思っていたのだけど、俺達の間には沈黙が流れる。


 ほんの少しだけ気まずい沈黙だ。


 えっと……何か俺から喋った方がいいだろうか?


 そう思っていたら、ノストゥルさんはゆっくりと口を開いた。重く、苦しそうに。


「愚息の件……正式に謝罪とお礼を言わせていただきます。ありがとうございます」


 そうやって頭を下げるノストゥルさんに俺は慌てた。


 公主様に対してこのように謝られてはこっちが恐縮してしまう。


 だいたい俺は、この人の息子達を直接殺した原因みたいなものだ。


「……恨んでいないんですか? 俺は息子さんを殺した原因ですよ?」


「恨むなんて、筋違いすぎますよ。そもそも私が……下手な親心を出さずにきちんと裁いていれば……皆さんに迷惑をかけることもありませんでした……。まさか……アルオムの町にいるなんて……」


 その後もノストゥルさんはまるで、あの場でできなかった分をするように、俺に対して謝罪を続けた。


 だけど俺は……今のノストゥルさんの言葉の中に一つだけ嘘を感じていたのだ。


 俺に対しての謝罪の気持ちは本当なのだが、最後の言葉……それが嘘だった。


 アルオムの町にいるなんてという言葉に対して……嘘を感じた。


「ノストゥルさん……もしかしてなんですけど……。あの三人がアルオムにいること、知ってたんじゃないですか?」


 頭を下げたまま……ノストゥルさんは俺の言葉に少しだけ身を震わせた。


「気づかれましたか……その通りです」


 顔を上げた彼は、その表情を何とも言えない悲しげなものに変化させていた。


「我々の町は情報産業で発展してましてね……息子三人があの町で悪事を働いていると言うのは……少し前に耳に入っていました……」


「それなら何故……」


「他の町のことで手が出せない……と言うところもありましたが、情報の精査に時間がかかっていたのです。そもそも、あの森に追放されて、五体満足で生きているという事自体が信じられませんでしたので……」


 その言葉に嘘は無かった。


「我々がその者たちが追放した息子達だと確信し、流石に看過できないと……暗殺を計画していた頃です。アルオムの町から息子達が捕縛されたという情報が来たのは……。」


「暗殺……ですか……」


「えぇ、ボロボロになり反省し町に返ってきたならまだしも、他の町に迷惑をかける存在ならばと……暗殺を決めたのです。しかし、それもする必要がなくなりました。そして……愚息ではありますが、せめて遺灰を持ち帰らせていただけただけ……恩の字なのです」


 なんだか複雑な胸中を吐露してくれたが、その言葉には嘘は感じられない。


 きっと様々な葛藤があったのだろう。


 手紙の返事が遅れたというのも、情報が正確かを吟味していたのかもしれない。


 俺は人の親じゃないから分からないけど、どういう気持ちだったんだろうか……。


 どちらにせよ、今更な話だ。


 彼等は俺が倒して……父親であるこの人が処刑する決断をした。


 でもまぁ、彼等の事を知ってたってことを、パイトンさん辺りが知ったら怒りそうだなぁ……。


 いや、和解した今となっては、そこまでは怒らないかな?


「しかし、息子達は呪いの装備に手を染めて強くなっていたようですな。それを倒すとは、ディ殿もお強いようで」


 そんなことまで調べてたのか。確かにあいつら、呪いの装備を使って悪さしてたっけ。


「いやぁ、俺なんてまだまだですよ。俺の師ならきっと……もっとあっさりをかたを付けてたと思います。


「ご謙遜を。王国の勇者ならば、それくらい強いのは納得ですよ」


「そうですかねぇ。勇者と言っても元ですし……。出会う人に恵まれましてね、もともとそこまで強くは……って……え?」


 ノストゥルさんから出た発言に、俺は湯船の中で目が点になってしまう。


 今……なんて言ったこの人?


 俺のことを勇者と言ったよね……?


 ノストゥルさんは笑顔を崩さずにいるが、俺は警戒しながら腕輪にした聖剣に手を触れた。


 さすがにここで抜刀するわけにはいかないが……。それでも何かあった時にはすぐに戦えるように。


「警戒しないでください……。いや、それにしても……勇者だとあっさり認められるとは思いませんでしたよ。逆にビックリしました」


 ……かまをかけられてたのか? それにしては言葉に嘘を感じなかった。


 でも苦笑しているノストゥルさんは、湯船から両手を上げて敵意は無いことをアピールしている。


「いや、それは話の流れでついうっかり……これは……今から言い訳しても遅いでしょうね」


「えぇ……そもそもお話ししたいのはそのことでしたので。認めてくださると、助かります」


 ノストゥルさんの言葉に嘘は無く……俺は大きくため息を一つ着いた。


 あまりにも唐突に言われて、取り繕う暇も無かったとはいえ、風呂場という事で油断し過ぎた。


 これが平時での会話ならこんな油断はしなかっただろうに……。その時はルーもいるだろうし。


 悔やんでも悔やみきれないが、仕方ない。


 そもそも、今の言葉を聞く限りでは……ノストゥルさんはそれなりに確証があって、俺の事を勇者と呼んだようだ。


「……はぁ……うかつでした……。気づかれたのは……今日の戦いですか?」


 まぁ、勇者だとバレても不都合は……いや、あるか。せめて口止めをしておかないといけないよな。


 だからなるべく、どうして気づかれたのかを確認しておかないと。


「今日の戦いでと言うのはその通りですね。いや、最初は半信半疑でしたよ? 王国側で勇者と魔王が相打ちになったという情報は掴んでいましたのでね……いくら強くても勇者がこんなところにいるはずがないと……」


「それじゃあなんでです?」


「剣ですよ。あの剣……聖剣ですよね? 帝国の伝説で出てくる聖剣に、色々とそっくりだったんですよ……細部は違いますけどね」


 帝国の伝説って……そんなものがあるのか?


 しかし……剣でバレるか……やらかしたなぁ……。もうちょっと装飾を抑えた普通の剣の形になってもらうかな?


 俺がそう考えると、まるで抗議するように腕輪が一度だけ光る。


 そうかぁ……地味な姿は嫌かい相棒よ……。頼むよ、バレないためにさ?


 すると腕輪は渋々という感じに光る。なんか、普通に意思疎通できるようになってきたな。


「ノストゥルさん、このことは……」


「あぁ、勘違いしないでください。多くを詮索するつもりはありません。ルー殿が誰か……という点についても同様です。ただ、情報を扱うものとして確認だけしたかっただけです」


「……黙っていていただけるのですか?」


「恩人の秘密を暴露などできませんよ……。それに私の想像通りなら、あなた方を敵に回すなんて恐ろしすぎて……」


 嘘偽りないその言葉に、俺は腕輪から手を外すと、ノストゥルさんは安心したような笑みを浮かべた。


「むしろ、何か事情があるのであれば隠すことに対して全力で協力させていただきます。我が国は情報産業で発展してきました。情報操作はお手の物です」


 ちょっとだけ怖いことを言われてしまうが、その辺は気にしないでおこう。


 それでも、そう言う人が味方になってくれるのは頼もしい限りだった。


「そうですね……なんでしたら、帝国内の身分も作っておきますよ。アルオムでは少し難しかったでしょうし、ニユースでも少し時間はかかりますが……それでも偽造ではない本物を作れます」


「それはありがたい申し出ですが……。でもアルオムで難しいって言うのは……?」


「いえ、パイトン殿達はその……基本的に武力特化なので……。そう言う汚いこととか裏工作とかは苦手なんですよ……。最悪、皇帝に全部話したうえで直談判しかねませんから……」


 まるで自分達は汚れ仕事は慣れていると言った風に、少しだけ自嘲気味に彼は笑った。


 俺とルーの……帝国での身分か……頼めるなら確かに頼みたいところだな。


「ちなみにですけど、最大限にコネを使えば帝国貴族にすることも可能ですよ? どうしますか?」


「いやぁ、それは遠慮しときます。普通の身分で充分ですよ……」


 ルーはなんだかんかで元魔王なんだからいいかもしれないけど、根っからの庶民の俺には貴族の身分とかは過剰すぎる。


 と言うか、正直に言って貴族なんて何していいか分からない。


 普通に働ける身分がもらえるなら、それで十分だ。


 まぁ、裏から手を回したものではあるけど……。そこで俺は、ふと気になったことをノストゥルさんに聞いてみる。


「帝国は冒険者稼業とかはあるんですか? 王国だと、職にあぶれた傭兵とかが、流れ者とかが結構なっているんですけど」


「……王国と帝国の冒険者の意味合いもかなり違いそうですね。帝国では冒険家という職業がありますが……それには高い専門知識と体力、さらには武力まで必要な職業ですから……相当に訓練を積んだエリートしかなれません。一攫千金の可能性はありますが、たいていの人は普通に働く方が楽だと考えて、冒険家になる人間はいませんね」


 冒険者という職業一つとっても、王国と帝国では全く異なるもののようだ。


 冒険者がエリートとか言う意識は無かったなぁ……。


 呼び方も違うし。酒場でくだを巻く奴らと、グダグダとだべりながら酒を飲んだのも良い思い出だ。


 ちょっとだけ当時を思い出して懐かしむが、これも今更だ。


 とりあえず、バレてしまったことは後でルーに報告するかな……。怒るかな? それとも笑うかな?


 まさか風呂に入ってそんな話をされるなんて思ってもいなかったよ。


 でも……確かに悪い話ではなかった……。


「ノストゥルさん……これから、よろしくお願いします」


「いえ、こちらこそよろしくお願いします」


 改めて俺は彼に頭を下げて、ノストゥルさんもそれを快諾してくれた。


 それから俺達は風呂場で、王国と帝国の違いについての情報交換を行った。


 いや、ほとんどが王国の現状について俺が教えてもらうばかりだったけどね。


 ノストゥルさんは、なんでそんな情報までしってるのというくらい王国の現状を把握していた。


 流石に王女様と団長のことまでは知らなかったけど……あくまでも表面の情報だ。


 そして……今の王国で新しい魔王が頭角を現し、その手腕を奮っているという情報は、ルーにとても喜ばれたのだった。

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