88.魔王は勇者を誇らしく思う
唐突に出てきたレッドオーガの群れでしたが、私達は……と言うかディさんは全く問題なく撃退してくれました。
見たこと無い魔物でしたけど、そんなに強くは無かったようです。
まぁ、元勇者のディさんより強い魔物とか、そこらにはいないでしょうけど……。
大量のレッドオーガの死体は、私がとりあえず全部燃やすことにしました。
灰もきっといい肥料になってくれるでしょう。お肉は臭くて硬くて、とても食べられないものらしいです。
いや、食べられても嫌ですけどね。
しかし、こんな大量の魔物の群れが街道に出るなんて、帝国は物騒なところですね……。
ちなみにレッドオーガは火の魔法を扱うらしいのですけど、その魔法を扱う間もなくディさんがほとんど全滅させました。
さすがですねぇ、ディさん。
私はディさんが確保してくれた戦利品の斧を手にとります。
……やっぱりこれ……父の遺産っぽいですね……。
あの三人組が売りさばいた武器の一つなんでしょうね。きっと、裏で買った商人が襲われでもして奪われたとかそう言うところなんでしょう……。
とりあえず、呪いの武器……この斧がどういうものなのか、後で研究してみましょうか。
さて、そんな風にレッドオーガの群れを撃退した私達ですが……今何をしているかと言いますと……。
「まさか……こんな風に野営中にお風呂に入れるなんて思ってませんでした……」
「ルーさんの魔法って凄いんですね……こんなレベルの魔法見たこと無いですよ」
今、私は護衛の女騎士さん二人と、お風呂の真っ最中だったりします。
私の目の前には、一糸まとわぬ姿の女騎士さんが二人います。
いやぁ、男の人からしたらきっと絶景なんでしょうね。
私から見ても惚れ惚れする肉体美です。出るところは出て、引っ込むところは引っ込む。
騎士だからか、お二人ともうっすら腹筋も割れてます。
私は自分の平らなお腹と見比べてしまいます……これは……私も鍛えた方がいいでしょうか?
レッドオーガを斬って倒して返り血を浴びて……ベタベタになってしまったので、まずは水で落としたんですけど……。
臭いはどうしようもないので、流石にお風呂に入りたいだろうと私が魔法で即席のお風呂を作って一緒に入っている所です。
ディさんも血でベタベタだったのですが……レディファーストと言って譲ってくださいました。
土の魔法で硬度を高くした風呂釜を作って、火の魔法と水の魔法でお湯を張ります。
えぇ、もちろん……父が禄でもない理由で作った魔法ではありますけれども、有効活用しなければ損です。
技術とは、使う側の善悪で意味が変わってきますから。
どういう理由で父がこんな魔法を作ったのかはご想像にお任せします……。
ちなみに身体を洗う物とか、良い臭いのする香水みたいなものも毒魔法の応用で作れます。これも利用方法はお察しです。
だから、褒められるのはちょっと複雑な気分ですけど……まぁ、喜んでもらえて良かったというところでしょうか。
「それにしても……ディ様は……凄い強いんですね……。いえ、強いとはお聞きしてましたけど……予想以上です」
「私もビックリしました……何でしょうかあの光の刃……並みの刃物を通さないレッドオーガの皮膚をあんなリあっさり斬るなんて……」
おや、ディさんが褒められてますね。これはちょっといい気分です。
「レッドオーガの皮膚って、そんなに硬いんですか?」
「かなりの硬度ですよ。だから目とか……その……色んな柔らかい急所部分を刺し貫くのが定石で……」
「私達も頑張れば斬れないこともないですけど、あんなにスッパリとか無理です……普通は返り血もこんなに勢いよく浴びないですよ……」
そうだったんですね……あんまり見たことのない種類の魔物だったし、研究用に一体くらい残しても良かったかもしれませんね。
「ルー様の魔法も凄いですね……。お風呂を作るって発想が凄いです」
「この薬? も良い香りですね。肌がちょっとヌルヌルしますけど、汚れが落ちてるみたいです」
「魔法も凄くてあんな恋人がいて羨ましい……私達なんて女だてらに騎士をしているせいか婚約者もいなくて……見てくださいこの腹筋……」
「あんな恋人が、私にも現れませんかねぇ……」
あらあら、お二人ともこんなにお綺麗なのに恋人がいらっしゃらないんですね。
この光景見たら、どんな男性も飛びつきそうですけど……。
「でも……ディ様は強すぎて……ちょっと怖かったです……。あぁ、すいません……ルー様の恋人を悪く言うつもりは……」
あらディさん、怖がられてますね。
まぁ、あんなに景気よくスパスパいってましたからね。
戦うのは好きじゃないって言ってましたけど、しっかり皆殺ししてましたし。
それから、騎士さん達は年頃の女子らしく……私に質問攻めをしてきます。
「彼とはどこで知り合ったんですか? 出会いとか?」
「あれ、幼馴染ってお話じゃありませんでしたっけ?」
「まぁ、そうなんですか? 素敵ですねぇ、魔族と人間との幼馴染の恋……」
騎士さん達も女の子なんですね、キャアキャア恋バナに話を咲かせて……いや、えっと……あのですね……。
「私とディさん……その……二人で村は出てきましたけど……。その……実はまだ何もなくて……。恋人って言えるのかどうか……」
その言葉に、騎士さん達の目が点になります。
いや、ほら最初は恋人設定でしたけど、それだとマーちゃんに悪いですし……ここらでちょっと軌道修正を……。
それに……ディさんはディさんでなんとなくまだ、そう言うことに対して目を背けてる感じがありますし。
「二人であんなに馬車に近くにいて、恋人じゃないんですか?!」
「そういえば、もう一人の幼馴染もいらっしゃるんでしたっけ? そちらの方との三角関係ですか?!」
「いえ、そもそもルー様はディ様のことをどう思ってらっしゃるので?」
「そりゃあもちろん、お互いに思い合ってますわよね? 両想いですわよね?」
グイグイ来る二人に、私はちょっとだけ圧倒されてしまいます。
「えっとその……私はその……好きで……。マーちゃんも……あ、マーちゃんってのはもう一人の幼馴染で、その……マーちゃんもディさんが好きで……」
その勢いに押されてしまい、私はつい色々なことを口にしてしまいます。
しかし改めて口にすると……照れくさいですね……。
二人はキャアキャアと、普通の女の子のようにはしゃいでいます。
昼間あんなに勇ましく戦っていたとは思えない姿ですね。
その後も二人との女子トークは止まることはありません。
髪の長い騎士さんは帝国は一夫多妻が許されるので、もう一人の幼馴染も一緒に結婚してしまえばいいと言いますが、髪の短い騎士さんは一夫多妻は認められてるけど、やっぱり一人に猛烈に愛してほしいと言います。
帝国でもこの辺の結婚観は個人個人で違うんですね。
一応、防音魔法も書けてるのでこの辺りの声は外には漏れないですけど……誰も覗いてたりして無いですよね?
「それにしてもディさんは強くなりましたねぇ……。……今戦ったら……完全に負けちゃうかもしれませんねぇ」
私は、当時を思い出します。
はじめてやったディさんとの本気の戦い……。
あの時はどちらも相手を殺さないという制限はありましたけど……今日のディさんの戦い方を見てわかりました。
あの時のディさん……もしかしたら私を本気で殺そうと思えば、あっさり殺せたんじゃないんですかね?
それに、今使えるようになった光の刃は魔法すら斬り裂けるようです。
しかも伸縮自在……。もしも結界まであっさり切り裂けるようなら……。
別にディさんと喧嘩する気はありませんけど、お風呂に入って温まっているというのに……ちょっとだけ身震いしてしまいます。
私の呟いた言葉に、二人がなんだか引いたような目を私に向けて来てしまいます。
あれ、さっきまでキラキラした目を私に向けてきてたんですけど……。あれ? 私そんなに変なことをいったんでしょうか?
「あの……ディ様と戦ったんですか……?」
「しかも……勝ったって……」
なんだか、かなり引かれてしまいました。
ここで本気の戦いだったと言ったらどういう表情をするでしょうかね。
でもまぁ、元魔王と元勇者が戦ってたとか言っても信じてもらえませんし、信じられても困りますね。
とりあえず、ディさんとちょっとしたことで口論になったことから、軽い喧嘩をしたという事だけを告げます。
二人とも、ほんの少しだけホッとしたような表情を浮かべました。
「でも、あんなに強い方と喧嘩できるってのは凄いですね……」
「私……あの戦いぶりを思い出すだけで身震いしてしまいます……」
うん、ディさんが褒められるのは嬉しいですね。……褒められてますよねこれは?
「あ、でも……お二人……それでディさんを好きになっちゃうのは……」
「……それは無いから安心してください」
二人に声をそろえて応えられてしまいました。
あんなに強くて格好良いのに好きにならないというのはどうなんでしょうか?
それはそれで面白くない気も……いや、ライバルが増えないというのは良いことなんですけどね。
そういえば……今頃ディさんはマーちゃんに報告しているんでしょうかね。
返り血を浴びた箇所は簡易的に落としてましたけど……服とかどうしているんでしょうか?
……まさかとは思うんですけど……上半身裸で通信してないですよね?
……ディさんでもそんなことをしないですよね?
少しだけ不安になった私は……とりあえず汗を落とし綺麗になり、身体も温まったのでお風呂から出ることにしました。
ちょっと慌てていたかもしれません。
「そろそろ上がりましょうか……。公主様達もお風呂に入りたいでしょうし、お湯は……流石に入れ替えておきましょうか……」
流石にちょっと恥ずかしいのでお湯を入れ替えた私は、騎士さん達と一緒にお風呂を上がります。
そして、馬車に戻った私が見たのは……。
「ルー……水晶の向こうでリムが興奮して倒れてしまったんだけど……俺は何かしてしまったんだろうか?」
「……そりゃ、上半身裸で通信してたらマーちゃんは興奮するでしょう……。お湯を張りなおしましたから、お風呂入ってきてください」
嫌な予感的中でした。
血で濡れたシャツを脱いで上半身裸で通信していました……。
いや、私も正直結構クルものがありましたけど、覚悟してたぶん平気でした。それでもなんとかです。
水晶向こうのマーちゃんには刺激が強かったでしょうね……。
「あぁ、わかったよ……。とりあえず、リムのことは任せても?」
「任せてください。あ、それと……お風呂では公主様からお話があるらしいですよ?」
「……へ?」
「公主様のご指名ですよ。騎士さん達から聞いたんですけど……なんかお話がしたいらしいです」
「話って……何だろうな……」
何の話……かは私に聞かれても分かりませんけど、たぶん悪い話じゃないんじゃないですかね?
私が騎士さん達と裸の付き合いをしたように、男同士の裸の付き合いってやつでしょうか。
「とりあえず、防音魔法は張ってますんで……気兼ねなく話をしてきてください」
私の言葉に手を振りながら馬車から出ていったディさんを見送って、私は……水晶の向こうのマーちゃんに声をかけます。
「マーちゃん、生きてますか?」
『ルーちゃん……ディ様が……ディ様が……上半身裸で……大サービスで……あまりお話できませんでしたが……正直、眼福でした……』
「マーちゃん、行動が大胆なくせに耐性薄いですよね……」
水晶の向こうからは心配したマーちゃんのオオカミさん達の心配そうな鳴き声が聞こえてきます。
息も絶え絶えな彼女の声は……かすれてはいても幸せに満ちたものでした……。
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