87.勇者は良い所を見せる
「さて……魔物ってどんなのかねぇ……。あぁ、人型か。整備された街道で見るのは珍しいな」
俺は馬車から顔を出すと、馬車の周囲に二足歩行で腹の出た魔物の存在を確認する。
……王国ではちょっと見たこと無い種類の魔物だな。
肌が赤黒くて、乾いた血のような色をしていて気色悪い。
衣服は身体の急所部分のみを隠す様に覆われてり、背はかなり高く……護衛の女騎士さん二人の伸長を優に超えている。
そんな魔物達が数十体……俺達の馬車を取り囲んでいた。
何かを言葉のようなものを喋っているのだが、俺にはその言葉の意味は分からない。
それは女騎士さん達も同様なのか……剣を構えて抗戦の意思を示していた。
「奴らはレッドオーガと呼ばれる魔物です……来るときには姿を見せなかったのに……何故?」
女騎士さんの一人が馬車から出た俺に対して説明をしてくれた。
実力的には……たぶん女騎士さんの方があの魔物より上だろうな。
それくらいはわかるけど……でも……数が多い。
「手伝うよ」
馬車から出た俺は、久々に殺意を含んだ視線を全身に浴びながら聖剣を引き抜いた。
この感覚……すごく久しぶりだ。
ここ最近は訓練で敵意や殺意とは無縁の生活を送ってたからな。
戦うこと自体はそんなに好きじゃないけど……それでもこの懐かしい感覚に、知らずに身体が震えてしまう。
「護衛としては失格ですが……お願いします。さすがに、この数は異常なので……」
異常なんだ。
ぐるりと見渡すが確かに凄い数だ。街道脇の緑が赤黒く染まってる。
俺達も魔物の群れに遭遇したことはあるけれども、ここまでの数は見たことは……。
いや、一回だけ竜の親父さんの娘を助けた時にあったかな?
あの時は確か……同じくらいの数の竜に囲まれてたっけ……懐かしいな……それに比べれば……。
「ディーさーん? 手伝いましょうかー?」
「あー、いや。大丈夫だ。問題無いぞー。ルーはそこでのんびり見物しててくれ」
馬車内から顔だけ出したルーは、特に心配そうな表情も見せずに実に普通である。
護衛の騎士さん達が緊張感を持っている中、雲泥の差だ。
そういえば向こうの馬車の中にはニユースの公主さんが居るんだっけ。確かに緊張するよな。
「ルー、あっちの馬車に結界だけ張っといてくれ。万が一のためにな……」
「あ、了解です。んじゃ私はのんびり見物してるんで、こっちには通さないようにしてくださいね」
「あいよ」
「通したら、マーちゃんに報告しちゃいますからね」
それは恐ろしいな……この程度の魔物を通すとか、ルーを危険にさらすとか、腕が訛ったんじゃないかと説教されてしまうかも……。
いや、ルーを危険にさらせる魔物なんて存在しないと思うけど。
まぁ、気合いは入った。これは一匹も通すわけにはいかないな。
俺達ののんびりした会話を待ってくれているのか、女騎士さん達と対峙しているレッドオーガ? は動く気配が無い。
その間に、極小さい結界が向こうの馬車に張られる。
あの時に町全体を覆った、強度は保障されている代物だ。
「さて、これで気兼ねなく……いけるな」
女騎士さん達が突如現れた結界に驚いている中、俺はいつまでたっても動かないレッドオーガ達に聖剣を構える。
いや、なんでこいつらいつまでたっても動かないんだ……? 律儀か?
世の中には意思疎通の取れる魔物もいるそうだが……もしかして理性があってここにいるのか?
だったら戦わなくても、会話できるのかなと思って魔物たちを見るのだが……。
その目は赤く血走っていて……俺に対して殺気は向けられているが、視線は女騎士さん達に釘付けだ。
だらしなく半分だけ開いた口からは涎がダラダラと垂れている。
こいつらはどうみても本能に従って動いているようにしか見えない魔物だ。
意思疎通は取れそうもない。
今にも女騎士さん達に飛び掛かりそうなのだが……口の形はニヤニヤと楽しんでいるようだ。
あぁ、そういう事か……。
抵抗しようと剣を構えている女性を興奮して眺めているという事か? うわぁ、趣味悪いな。
人数差は明らかで自分達の勝ちを確信しているようだ。
だからこうやって悠長に、抵抗しようとしている彼女達を見ているのだろう。
自分達の種族が何人かは殺されても、最終的に物量で押して自分達が生き残れば勝利ということなのだろう。
そして勝利の後は……。
ルーが一番嫌いそうな類の魔物だ。
そんな中、鼻をひくひくさせて、俺達の馬車に視線を送ると、ニタリと嫌らしい笑顔を浮かべる個体がいた。
どうやら、馬車にルーが居るのを匂いで感づいたらしい。
他の個体が女騎士さん達に釘付けの中、数体が抜け駆けするように俺達の馬車に身体を向けていた。
残念な奴らだな……ルーのことに気づかなければもう少し長生きできたのに。
それに、何だろうか。ルーが狙われたことで……俺の中に少しだけ怒りが芽生える。
ニタニタとしたその笑みが、先ほどよりも不快だ。
脚力を強化して、俺は剣を構えたまま飛ぶようにそいつらの中心へと移動し、そのまま構えた剣を動いた奴らに向けて横薙ぎに振るう。
ニタニタとした笑みを浮かべたまま、そいつらの首は一斉に胴体から別れを告げた。
自身の首が胴体から離れたことに遅れて気づいた個体は、自身の倒れた胴体を見てから驚愕の表情を浮かべて絶命する。
首斬られてからも、しばらく生きてるんだなこいつら。生命力が強い。
驚きから硬直した数体を、聖剣をさらに数回振るって両断する。
縦に、横に、袈裟斬りに……。碌に抵抗することも無く、硬直した奴らはそのまま地面に倒れ伏す。
「ディーさーん!! かっこいいですよー!!」
馬車の中からルーの声援が聞こえるが、今まで戦ってる最中にそんな声援を受けたことは無いので、ちょっとだけ気が抜けてコケそうになる。
「いや、ルー……そう言うのは良いから」
そこで奴らははじめて事態を認識できたのか……レッドオーガは一斉に動き出した。
ターゲットは……もちろん俺だ。一部は女騎士さん達の方へと行っているが、大半は俺の方へと殺到する。
先ほどまでは俺に視線なんて向けてなかったのに……この場で俺を一番の脅威と判断したのだろう。
女騎士さんの方には数体行っているが……あれくらいなら十分対処可能かな?
俺は……そこで初めて聖剣に対して魔力を込めた。
一振りで一体を殺していくのは問題なさそうだが……あえて俺は剣に魔力を込めて戦う。
今まで実践で使ったことは無いこの能力だが、訓練は十分にしてきた。後は実践で慣れていくだけだ。
あまり強くは無いのは先ほど分かったから、こいつらは実践訓練にちょうどいい。
ここからは本気で行く。
「フッ!!」
剣から伸びた光の刃を振るい、まとめてオーガ達を切り裂いていく。
さっき、魔力を使わないで切った時も思ったけど、なんだか聖剣の斬れ味が昔より良くなっている気がするな。
面白いように斬れていく。
まるで柔らかい食材を斬っているかのように、レッドオーガ達を一刀のもとに斬り伏せていく。
光の刃のおかげか、刀身にこいつらの血が付着して切れ味が鈍ることも、刃先が滑ることも無い。
それどころか、斬るときの骨の抵抗、筋肉の筋に当たる感触、柔らかすぎる部分に当たり剣線がブレる感覚……。
それらが全て無い。
良く斬れるのはいいんだけど、なんだか不思議な気分だ。慣れるのに少しかかるかもしれない。
でも、実践から離れて腕が訛っているかと思ったけど……いらない心配だったようだな。
絶好調……いや、絶好調すぎる。俺自身も戸惑ってしまう。
気づいたら十数体……いや、それ以上のオーガの死体を俺は積み上げていっていた。
「ウワァッ!!」
一心不乱に斬っていると、女性の悲鳴が聞こえてきた。
てっきりルーの元に一体通してしまったかと馬車を見るが、そっちには一体たりとも通していなかった。
そもそもルーは悲鳴なんて上げずに、容赦なく魔法で攻撃するだろう。
悲鳴の上がった方に視線を送ると、女騎士さんの一人がレッドオーガ数体に身体を抑え込まれていた。
キャアと言わなかったのは、騎士のプライドかな?
あっちを見ていなかったから分からないが、油断でもしたのだろうか?
実力的には問題ないと思ったんだけど……人数差は流石にいかんともしがたかったか。
少し距離はあるが、俺はその場で光の刃を纏わせた剣を振るう。
剣からは俺の意思通りに伸びた光の刃が、女騎士さんを正面から捕まえていたレッドオーガの首を跳ねた。
首を跳ねたことで血が吹き出し、女騎士さんの全身を濡らす。
普通の人ならショックから硬直してしまいそうだが流石そこは騎士という事か……自身の拘束が緩んだ隙をうまく狙い、反撃に転じていた。
そして気が付くと、俺の周りからはレッドオーガ達が居なくなっていた。
生き残っている奴らは標的を俺から彼女達に変えたようで、いつの間にか俺は孤立した状態になっている……。
ルーを狙うのを諦めたか?
そう思っていたのだが……。
ズシン……ズシン……と言う音と共にひときわ大きなレッドオーガが現れる。
群れのボスか……今までの奴らとは異なり、その手には禍々しい斧が握られている。
見ているだけで気分が悪くなりそうな、黒い靄が溢れ出ている。
「ディさん……可能だったらで良いです。あの斧は壊さないでもらえます?」
「なんだよ、研究材料にしたいのか?」
「そうですね……。でも、壊すなら逆に欠片も残さず消滅させてください」
ゼロか100かの提案に俺は思わず苦笑するが……それが望みなら叶えてやるか。
俺は改めてそのレッドオーガに向き合うが……そいつは俺に対して憎しみを込めた目で睨みつけながら口を開いてきた。
「コ……コロス……キサマ……コロス……ジャマ……オンナ……ヨコセ……」
……喋れたのかよ。
いや、こいつだけが喋れるのか? 意思疎通ができるかと思ったが、こいつの言葉は殺意しか感じられない。
そのうえ……女を寄越せと来たか。
「シネエェェェェ!!」
大きな斧にを振りかぶり、その斧を俺に叩きつけようとしてくるのだが……動作が遅い。
いや、先ほどまでのレッドオーガよりは速いが、隙だらけだ。
「お前が死ね」
俺は振りかぶった姿勢のボスオーガに対して、腕の付け根、首、胴体をめがけて剣を三回振るう。
途端に……巨体のボスオーガの動きはピタリと止まる。
そのまま俺は聖剣から光の刃を消して、鞘に刀身を収めた。
カキンという剣の鍔と鞘がぶつかる金属音が響いた瞬間に……ボスオーガの腕と首、そして胴体は分割され、絶命する。
前に剣を教えてくれた達人がやっていたことを真似てみたんだけど……なんか今の、達人ぽくって格好良かったんじゃないだろうか?
チラッとルーの方を見ると、ルーはなんだか呆れた表情を浮かべていた。
「うわぁ……ディさん……そこで私の方をチラッと見なかったら格好良かったのに……」
……そうですか。
うん、確かに今のは格好付けました。図星付くの止めてもらっていい?
あと、そう言うのはもうちょっとこう言い方を優しくしてほしい。
注文通りに斧は壊してないし、一匹も通してないんだからせめて褒めてくれよ。
まぁ、戦闘中だからその辺は良いや。
「それじゃあ、騎士さん達の方の残りを片付けてくるよ」
「はい、行ってらっしゃい」
馬車から出てきたルーは、ボスオーガの元へと小走りで駆け寄っていった。
斧を調べるつもりなんだろう。俺はそのルーを見届けると、女騎士さん達の方へと助太刀に向かう。
ボスが殺されてもこいつらは逃走することなく、女騎士さん達に執着していた。
騎士さん達もその執念に当てられてか意外と苦戦している……。よくこれで、街まで移動してこれたな。
それからほどなくして、全てのレッドオーガを殺し終えた俺は、とりあえずルーの待っている馬車へと向かうことにした。
割と返り血で汚れてしまったな……魔法で水でも出してもらおうかな。
そんなことを考えていると、背後から女騎士さん達のお礼の言葉が聞こえてきた。
「あ……あの……助けていただいてありがとうございます……つ……強いんですね……」
「あぁ、いえ……。あれくらいは問題ないですよ」
お礼を言ってもらえたのは嬉しいのだけど……。
彼女達の目には羨望と……ほんの少しだけ怯えの色があった。
先ほどまでレッドオーガと戦っていた時の勇ましい目とは異なり、それは俺自身に怯えているようだった。
なんだかちょっとだけ悲しい気分になったのだけど、この後、ルーは俺のことを凄い凄いと褒めてくれたので良しとしよう。
うん。別に知らない人にモテなくたっていいしね……。
その時、俺は女騎士さん達に気を取られて気づいて無かった。
……馬車の中から、ニユースの町の公主であるノストゥルさんが、俺を……俺達のことを興味深げな視線で見ていたことに。
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