86.勇者は馬車でゴロゴロする

 ガタゴトという音が響く馬車の中で、俺とルーの二人は非常にだらしない姿勢で寝転がっていた。


 いや、だらしないのは俺だけで、ルーは寝転がりながらも何かを思い出そうとうんうんと唸っている。


「どうしたルー? 馬車は自動で動いているみたいだけど、結構制御とか難しいのか?」


 俺は寝転がりながら唸っているルーの方へ視線を向けると……彼女はいつの間にかうつぶせになりながら、本を見ながらさらに唸っていた。


 それは、魔王の別荘から持ち出したいくつかの本だ。


 危険なものや禄でもない本は全て焼却処分したけれども、何冊かは持ち出してルーが保管している本……。


 しかし、よく馬車の中で本を読んで酔わないな……。


 俺なら、こんな状態で本を読んだら絶対に吐くぞ……。


 まぁ、この馬車は魔力制御の馬が引いてるからか揺れも少ないし、普通の馬車よりも数倍快適だけど……それでもその光景は見ただけで酔ってしまいそうだった。


「なんでしょうねぇ……こういうのをなんて言うんでしょうか。魚の骨が刺さったような感覚と言うんですかね……どうにも落ち着かないんですよ」


 どうにも要領を得ない彼女の言葉に俺は寝転がったままで首を傾げる。


「それが……こっそり持ってきた本を読んでることと関係が?」


「そうなんですよー……燃やした分も含めて何ですけど……どうにも本の記述が中途半端なんですよね……」


 ルーは本から目を離すことはしなかった。


 まるで一言一句……どこかに見落としが無いかを注意するように一枚一枚を丁寧に読んでいる。


 手伝ってあげたい気もあるのだが……実は俺にはその本は読めなかったりする。


 いや、文字を認識する程度はできるのだが、専門用語の単語とかのオンパレードだし、いちいち難しい言い回しとかがあって理解できないのだ。


 なんでいちいちあんなに小難しい書き方をするんだろうか?


 それとも、魔法の研究系の本とかはそう言うのが一般的なんだろうか……。まぁ、今度ルーに聞いてみようか。


 今の俺に俺にできることは……ルーが読み終わるまで待つことくらいだ。


 馬車の中ではガタゴトという音と、ルーがページをめくる音だけが響いていた。


 うーん……退屈だ。何もない。馬車の中だと訓練もできないし……。


 いくら馬車が広いと言っても、剣を振るうことができれば素振りできるのに……。腕立てくらいならできるかな?


 そんなことを考えていたら、ルーが唐突に俺の方へと視線を向ける。


「ディさん、何か喋ってくださいよ。黙って見てられると落ち着かないし、話しながらの方が、もしかしたら考えが進むかもしれません」


「と言っても……俺は魔法については詳しくないし、その本を読めないぞ? 何を喋ればいいんだよ」


「なんでもいいですよ。ざっくりと説明はしたじゃないですか……素人の意見で新たな発見が……とか都合のいいことがあるかもしれないじゃないですか」


「そのざっくりの説明でもあんまり理解できてないんだよ俺は……」


 ある程度、本の内容はルーに説明してもらった。


 その時はリムと一緒に催眠魔法の詳細とか、麻薬の作り方とか……そう言うのを聞いてたんだけど、聞くだけで気分が悪くなるような部分が多かった。


「まぁ、この本を読み続けるのがしんどいからってのもあるんですよ……気分転換に何でもいいから話してください」


 ……あぁ、そうか。


 よくよく考えたら当然か。


 聞いただけで気分の悪くなるような内容をルーは読んでいるんだよな……。


 しかも俺達に聞かせた時は、そう言う部分は端折っていただろうに。


 そこに思い至らなかった。何か気分転換できるような話をしようか?


「本の記述が中途半端って……。月並みだけど……普通に途中の本が抜けてるだけじゃないのか? ほら、いっぱい燃やしたんだし。続きはそこに書いてたとかさ」


「そうなりますよねぇ……。うん……普通はそうですよねぇ……」


 俺の言葉に、ルーは本をぶん投げた。随分と本の扱いがぞんざいだ……。


 まぁ、父親の形見と言ってもあの魔王の本だしな……。


「こんなことなら父の記憶を全部残しとけば良かったですかねぇ……。でもなぁあんな記憶残して……私が記憶に引っ張られちゃったら……とんでもないことになってた気がしますし」


「記憶に引っ張られるって……そんなことあるのか?」


「いやぁ、前例が無いでしょうから確定的なことは言えませんけどねー……。父の魂は消しましたけど記憶を頭に残していた場合……その記憶を持った私は……いったいどうなっていたんでしょうね?」


 ルーはその場にごろんと寝っ転がって、俺に対して複雑な表情を浮かべる。


 他人の記憶が頭にある……ちょっとぞっとする話だな。想像するけど、それは自分が自分でなくなりそうだ。


「……確かに、碌なことにはなってなさそう」


「まぁ、具体的にはきっと痴女になってますね。性格も父みたくなって……性に特化した魔王の再臨なんて。碌なもんじゃありませんよ」


「初めて会ったときの演技みたいな感じか?」


「う……あれよりひどいでしょうねぇ……」


 あの時のルーのセリフを思い返す。たしかあの時は……リムとプルを味見するとか言ってたんだっけ?


 すっげえ演技力だったよなぁ……。俺も能力が無かったら完全に騙されていたと思う。


 チラリとルーを見ると、ルーはルーでその時のことを思い出したのか顔を赤くしていた。


「あの時、俺がお前の嘘に気づかずに殺してたらどうなっていたんだろうなぁ……」


 なんとなく手を伸ばして俺は想像する。


 もしも俺が王女達の密会に気づかなかったら。


 俺が嘘を見破るという能力を手に入れなかったら。


 ルーの事に気が付かずに、殺してしまっていたら……。


 想像したくもないもしもの未来だけど、そう言う可能性もあったんだろうな……。


「まぁ、いいじゃないですか。今こうやって、二人でのんびり旅ができているんですから。暗い過去より、明るい未来を考えましょうよ」


「そうだな……今頃あいつらが何やってるのかは気になるけど……。リムみたいにきっと元気にやってるだろうな」


 ……と言うか、リムの話を考えるとあいつらも追いかけてきているんだよな……。


 今更だけど、あの国の戦力とか実情とか……だいぶやばいことになってないか?


 魔王を討伐した栄えある国となるはずだったのが……聖剣と聖具は紛失……俺が持ってきちゃったから……。


 団長もリムにボッコボコにされて自信喪失してるだろうし……。


 ……ちょっとスカッとしたのは事実だけどさ。


 あの二人、ちゃんと幸せになってほしいよ俺は。結果的に片思いだったとはいえ……俺の好きだった人だし。


 でも、これで国が滅んだりとかしたらちょっと罪悪感があるなぁ……。


 まぁ、それは新しい魔王さん達が何とかしてくれるだろう。唯一の救いはそこだ。


 他の国も、魔王が味方の国にやすやすとは攻め込まないだろうし。


「で? なんか思いついた?」


 色々考えこんでたら少しだけ気分が沈んできたので、俺はその気分を吹き飛ばす様にルーに改めて問いかける。


 そもそも、この会話の目的はルーの引っかかっている部分を解消するためのものなんだから。


 まぁ、なんか出会った頃を思い出して懐かしんで終わっただけだけど……。


「んー……ディさんと話してて一つだけ思い当たることがありました。やっぱりあれですね、会話は大事ですね。あと、過去の回想も大事ですね」


 予想外の答えが返ってきた。


 てっきり、ただの雑談で終わったものだと思っていたんだけれどもどうやらルーには何か思い当たることがあったようだ。彼女は胸に光るペンダントをいじっている。


 魔王の装具……本来5つあるそれは2つの指輪は今の魔王に、残り3つイヤリングとネックレスが今ルーの元にある。


「それがどうしたんだ?」


「ディさんに話してましたっけ? 父が装具に自身の魂を封印してたってこと……」


「……聞いたような、それであれだっけ。魂だけの魔王を倒して……ルーは魔力やら魔法やら欲しいモノだけ奪い取れたってやつ……」


 魂だけとはいえ魔王を倒したというのだから、大したものだ。


 ……俺、魔王二人分の魔力を持った存在と戦ったんだよな……いやぁ……あの時はしんどかった……。


 最近はリムに教えてもらってか攻撃魔法もいくつか無詠唱で使えるようになってきたって言うし……俺も負けてられないな。


「父の書いた本は書いてる内容はともかくとして……本当にともかくとして……研究者としては非常に価値のあるものです。そんな父が……魂と魔力の研究記録を残していなかったなんて……考えにくいんですよ」


 この辺は俺には分からない内容なのだが、ルーは渋い表情を浮かべている。


 この辺りは、研究者気質のプルがいたら話し相手になってあげられてたかもな。


「あー……処刑される前に全部聞いとけばよかったですよぉー。そうしたらこんなモヤモヤした気持ちにならなくて済んだのに」


「まぁ、仕方ないじゃないか。あの3人も処刑されるまで異常は特に報告されてなかったんだし……。きっと、己の所業を悔い改めたか、諦めたんだろうさ……」


 気休めだとはわかりつつも、俺はルーを慰めるように声をかける。


 そんな俺に、ルーはジト目を向けてくる。


「ディさんはホント、お人よしですよね……。ああいう他人を食い物にする奴らが反省なんてしないと思うんですよ、私……」


 ……父親が父親なだけに、ルーの言葉の重みは凄かった。


 そんなにお人好しかな俺?


「そうかもしれないけどさ……もう奴らは処刑されちゃったんだし、言っても仕方ないだろ」


「まぁ、そうですね……。とりあえず、変なことが起こらないことを祈っておきましょうか……」


 俺の気休めにほんの少しだけルーは苦笑を浮かべながらも落ち着いたようだった。


 そうやってお互いに落ち着いたところで……沈黙が流れる。


 ……なんだろうか……なんでルーは何も話さないんだろうか?


 お互いに黙ったままで、ガタゴトという馬車の音だけが中に響く。


 特に二人とも何かを喋らないが……その沈黙は苦痛ではなくどこかか心地良いものだった。


 そうやってお互いが黙ったままでいたところで……その沈黙が破られる事態が起きた。


「魔物が現れました!! お二人とも!! 馬車からは出ずにそのまま待機していてください!!」


 先導している馬車から女性の声が俺達の馬車内に響く。ゴロゴロ寝転んでいた俺達はその声に飛び起きた。


「ディさん、魔物ですって。どうします?」


「んー……あの二人の女騎士さんでも十分だと思うけど……俺も出ようかな」


「出ないで待機って、言われてたのにですか?」


「いやぁ、ほら。ゴロゴロしていたから少し運動しないといけないしさ……それに」


 俺はチラリと馬車内の聖剣に視線を送ると、聖剣はまるで戦わせろと言わんばかりにキラリと一度だけ光る。


 退屈しているのかな? なんか好戦的になってないか?


「ちょっくら、運動してくるよ」


「はい。ディさん、気を付けてくださいね。心配ないと思いますけど。あ、ピンチになったら私の名前を叫んで呼んでくださいね。そういう時は叫ぶのが定番ですよ?」


「あいよ」


 俺はルーにひらひらと適当な相槌をうってから馬車を出るのだった。

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