85.騎士団長は魔王と共に
自分の話を聞いて欲しい……。その内容は二人には衝撃的だった。
母を先代の魔王に奪われ、その敵を討つために魔王の側近となり……。そのために実の妹を婚約者としていたが、それを密かに裏切っていたという話だ。
魔王となってからこの話を他人にするのは、ロウザは初めてだった。当時のことを思い出すと、自責の念から自然と涙が浮かんできてしまうが、それは何とかこらえていた。
そしてその話を聞いた王女と騎士団長は、涙を流していた。
その涙の意味はロウザとは異なり、後悔と悲しみの涙だった。他者から奪うという行為の愚かさを……二人はロウザの話から改めて感じ取っていた。
それを痛感した二人は言葉を発することはできず……ロウザはそんな二人に静かに語りかける。
「望まない相手との結婚は……私にとっては最も見たくないものです。私も目的のために卑劣なことを実施した身ですから言えた義理ではないんですけどね……。でも、だからこそ私は周囲がどう言おうとあなたとの婚姻は……お受けすることができません。そう言う意味では、あの場で正直に話していただけたのは幸いでした。ありがとうございます」
その言葉に二人はただ黙るしかなかった。
王女にしてみれば、魔王との結婚が嫌だからあの場で発言したつもりではなかった。ただ、あの場で発言しなければ……魔王であるロウザが居る場でなければ、この事実が揉み消される可能性が高いと感じていたから言っただけだ。
それに対してお礼を言われてしまうと、逆に自身の行いを恥ずかしく感じていた。
「しかし、あの場で良く言いましたな。激怒した私が何かするとは考えなかったのですか?」
「……それも私達は覚悟の上でした。あの場で処罰されても……それを受け入れるつもりでした」
「そうですか……でも私は……あなた方二人が処罰されるところも見たくありません」
二人は自身の行動に後悔はないだろう。
ロウザにしてみれば既知の情報だったので、今更ではあるのだが、衆人の前で発言したことで、王国は彼等に何かしらの処分を下す可能性がある。
王女はどこかに軟禁、騎士団長は下手をすれば……処刑されるかもしれない。
貴族の一部は意図的に民衆に噂を流すかもしれないし、これを機に有利にことを運ぼうとする者も出てくるだろう。
別に王国内でやる分には問題ないのだが、まだまだ自分達の国の復興が遅れている今、それはロウザにとっても本意ではなかった。
それにおそらく……推測交じりにはなるが、それは勇者の望むところではないだろう。あの時に自分を殴り、聖女からの手紙で知った勇者像から、その辺りは想像するしかないが……魔王はなぜかそう確信していた。
だからロウザは……二人に対して目に見える形で救いの手を差し伸べることとした。
「お二人とも……これは私からの提案となります……受ける受けないは、お任せしますよ」
発言されたロウザからの提案は……二人にとって驚くべきものだった。
そして二人は……その提案を承諾する。
……ほどなくして、会議室に三人が戻ってくる。戻ってきた三人には、一斉に視線が集まった。
次の魔王の発言次第で……王女達の処遇が決まると全員が固唾を飲んで見守るのだが……。そんな緊張感などどこ吹く風という感じで、魔王は会議室にいる貴族たちに笑顔を向けていた。
その場違いな笑顔に、会議室の貴族らは混乱する。
「いやぁ、どうやら王女様も、騎士団長殿も色々と混乱されているようです。勇者殿が亡くなられたのですから、無理もありません。勇者殿が亡くなられたのを自分達のせいにするあまり……思い詰めてしまい、あのような突拍子もない発言をされたのでしょうな」
その発言は、あまりにも白々しいものだった。先ほどの王女の発言を無かったことにする……と言う発言であり、何もなかったことにするという事を暗に周囲にアピールしていた。
その白々しい発言に、その場の貴族は一瞬だけ呆けた表情を見せるのだが……ほとんどの貴族達はホッと胸を撫でおろす。
どういう話が三人で行われたのかは彼等には分からないが、どうやら今の魔王の心証が悪くなるような話はされなかったようだ。それどころか、今代の魔王は相当のお人よしのようだと一部の貴族は内心でほくそ笑む。
上手く取り入れば、自分達に有利な駒にできるのではないかと、分不相応なことまで考えだすものまでいた。
そんなお気楽な貴族をしり目に、ロウザはそのまま王様へと提案を続ける。
「さて王様……提案なのですが、混乱しているお二人には少し気分の転換が必要なようです。そこで、少し環境を変えるのはいかがでしょうか?」
「……と、言いますと?」
「そうですね、我が国は人手不足ですので……よければ団長殿には私の仕事の手伝いを……王女様には我が国にてしばらく療養をされるのはいかがかと。この国と違って何もありませんが、その分……静かで落ち着くと思うのです」
その提案は言葉からは善意が満ちており、悪意は感じ取れない。お気楽な一部の貴族たちは、その寛大さに感心したり……その優しさを魔王への漬け込む隙だと思い込んでいた。
「……宜しいのですか?」
「えぇ、お二人さえ宜しければ……ですが……」
王の確認に対して、ロウザはそう言って二人の顔を見ると、二人は黙って首肯する。
王は二人のその態度に内心でホッとする。ただ、表面上は王であるというプライドから、かろうじて毅然とした態度を崩していなかった。
それからは、あれよと言う間に話はまとまり二人は魔王の国へと異動することが決定する。
お気楽な貴族が楽観視する中で……そうではない者ももちろんいた。
確かに彼等は王国に於いて厄介者ではある。とはいえ、曲がりなりにも現時点で王国最強の戦力である騎士団長と、王族である王女が療養という名目で魔王の国に滞在する……。
見ようによっては、戦力を削いだうえで人質が取られたようなものである。その事実に気づいた一部の者たちは、気楽な王や貴族たちに対して歯噛みしていた。
しかし、それを覆せるだけの言葉も発言権も誰もが持たず、ただ黙って見ているしかなかい。
国王がロウザの提案に、何と寛大な措置だと感激している素振りすらあるのだ。下手に発言すれば王の不興を買うだけで終わり、喋るだけ損な状況に追い込まれていた。
当のロウザはそこまで深く考えたわけではなく、ただ自分達と似た二人を放っておけなかっただけなのだが……結果的にこれでまた一つ王国の戦力が削られることとなり……かつて戦士であるクイロンに言われていた王国の乗っ取りは着々と進むこととなる。
そして……今に至る。
王国から出てきた騎士団長は、いつの間にか魔王の秘書のような立場になっていた。そのほかにも、休日や合間には魔族達に自身の剣術を教えたり、魔族達と交流をしたりと、王国にいる時よりも心穏やかに過ごしていた。
王女も療養という名目ではあるのだが、黙って部屋にいるのも退屈であるため、もう一人の魔王であるハウピアの仕事を手伝っているようになっていた。
二人がこの国で顔を合わせることは滅多に無く、それぞれがそれぞれの道を歩いている。
そんな状況だ。
そんな風に、充実した日々を送っているのだが……彼の中には一つだけ……引っかかっているものがあった。
彼は魔王の国へ旅立つ際に……軍務大臣に密かに呼び出されていた。
『魔王の弱み……弱点を探れ』
『魔王様の……弱点……ですか?』
唐突に出たその命令に対して、騎士団長は少しだけ躊躇うような素振りを見せるのだが、その素振りを無視して軍務大臣は言葉を続ける。
『お前が一番魔王の近くに行くのなら……それを利用して情報を集めろ。魔王の影響は日増しに大きくなっている、このままでは最悪……国が乗っ取られる。我々が勝利したはずなのにだ、こんな屈辱があるか?』
ギリリという歯を食いしばる音を立てながら、大臣はその表情から悔しさを滲ませていた。しかし、騎士団長はそんな大臣の言葉に食い下がる。
『しかし……魔王様は我々の愚かな行いを許してくれたのです。その気持ちを裏切るような真似をするなど……』
『……それとこれとは別だ。我々はこの国を守らなければならないのだ。だからお前は……いざという時に魔王を制御できるような情報を探ってこい』
魔王に一番近い位置にいる彼に……それが課せられた任務としようとしていた。
国を守るという言葉に、少しだけ騎士団長の心は揺れる。しかしそれでも、自身に救いの手を差し伸べてくれた魔王を裏切るような行為を受け入れることはできなかった。
迷う騎士団長に……軍務大臣は睨みつける様に叱責の言葉を発した。
『勇者を裏切っていたお前がいまさら何を躊躇う。……上手く魔王の弱点を探れれば、王女との婚姻ができるように手を廻してやる……。今度は……陰でこそこそすることなく大手を振って王女と逢瀬を重ねられるようにしてやる』
その一言を聞いた瞬間に、騎士団長は自分はいったい何をして……何をしたかったのだろうかと自問自答する。
かつて、勇者であるディアノが言った通りだった。
自分達の行動は見透かされ、見逃されていただけで……それは自身も国全体も含めて、戦いに身を投じている彼を軽んじていたということだった。
無意識にしろ、意識的にしろ……その事実を目の当たりにした彼は大きな衝撃を受ける。
(そうか、僕は……結局……この人達と一緒だったんだな……)
己の罪を自覚した彼は……とあることを決意した上で、魔王の弱点を探るその任務を受けることを軍務大臣へと告げた。
王女と離れた今。彼は冷静にそのことを日々考えていた。
そして、行動を共にする魔王を見て、あの状況から自分を見捨てずに、自身の境遇を話してくれた彼を見て……あの時に軍務大臣から任務を受ける前に決意したことを思い出す。
今度はもう、絶対に選択を間違えないと。
「魔王様……あのような状況で僕を救ってくださり……感謝しております」
「別に私は救った気はありませんが……単に、あなたの状況が他人事に思えなかっただけですよ」
「いえ、それでもです……ありがとうございます」
律儀に頭を下げる騎士団長のその姿に、ロウザは苦笑する。生真面目な彼は秘書としても非常に有能で、助かっているのが事実であり、ロウザは自分こそお礼を言いたい気分だった。
「そうそう……そういえば……」
一緒に歩く中で、ロウザは軽く世間話でもするように騎士団長へと話をする。
「私の弱点、何か分かりましたか?」
唐突に聞かれた彼はほんの少しだけ目を丸くするが、その顔には驚きは無かった。いや、驚いてはいるのだが、バレてしまった驚きではなく、それは今このタイミングで聞いてきたことに対する驚きだ。
「そうですね……意外と魔王様は……食べ物については好き嫌いは無いようで。弱点が見つからず難儀しています」
「アッハッハ、それこそ幼少期は生きるのに必死でしたからねぇ。好き嫌いなんて言ってられませんよ」
「そうですか、これは弱点を探るのが大変そうです」
苦笑を浮かべた騎士団長の顔は、ほんの少しだけ憑き物が落ちたようにも見える。
自分を似ていると言って、手を差し伸べて、贖罪の機会をくれた魔王に……結局自分がしているのは裏切り行為だと思いながらも……彼は魔王に対して誠実であろうと決意し、全てを打ち明けていた。
そのうえで魔王は……騎士団長を傍に置いている。このやり取りも、二人の間では定番化しつつあった。
騎士団長は許されたわけではない。
何かを成したわけではない。
許されたわけではない。
そもそも今更、自分が王女と幸せになれるとは思っていない。
だからせめて、偶然にも似た境遇であった魔王には、自分の代わりに幸せになってもらいたい。それが今の……彼の行動理由となっていた。
結局、今やっているのも国に対しての裏切り行為だ。
それでも……自分を似ていると言ってくれた人を裏切るよりは良いと、騎士団長は覚悟を決める。
自分の恩人を、今度は絶対に裏切らないと。
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