84.王女は罪を告白する

「魔王様……本日は午後より復興地の視察となっております。奥方様は、周囲の国へと挨拶に周られておりますが、今夜は夕食を共にできると伝言を仰せつかっています」


「そうか。あぁ、君も一緒に来てくれ。それと……私はまだ彼女と結婚してないよ。魔王夫婦と呼ばれてはいるけどね……」


「失礼いたしました。それでは……お供させていただきます。」


 魔王の後ろに従者のように控えているのは、王国の騎士団長だった。


 貴族でもある彼は人を従えることはあっても、このように例え魔王であれども従者のように付き従う人間ではないはずだった。いや、それ以前に彼は王国の騎士団長であり、これは任務とは全く異なることだ。


 しかし、今の彼は事実として魔王の後ろで従者のように控えている。


 これには明確な理由があった。少しだけ……時間は遡る。


 それはとある会議の最中……魔王を交えて今後の復興をどうするか等、有力な王国の貴族や王族たちが話をしている最中に起こる。騎士団長もその議会には参加していたのだが……その日はそこに一人の女性が珍しく参加していた。


 それは王国の末の王女であり……勇者と婚約し、騎士団長と不義密通を行っていた彼女である。


 騎士団長はいつもならばいない彼女の存在をいぶかしく思いながらも、会議は滞りなく進んでいく。そしてその最後の議題として……王から最後の報告があった。


「魔王殿……かねてより提案していた……我が娘……フラートとの婚姻について考えていただけましたかな?」


 その提案に、当の王女は涼しい顔を崩さない。


 周囲はそんな彼女に冷ややかな視線を送るのだが、彼女の密かな所業を知っているものからすれば……それは納得のいく視線だった。


 当初は勇者と婚姻させるつもりだったのだが……その勇者は今はもう居ない。


 周囲は彼女と騎士団長の秘密の関係に薄々気づいていたのだが、勇者が帰ってきてさえいれば、何も知らない勇者はそのまま王女を娶っていて、少なくとも表面上は何の問題も無かった。


 しかし……勇者の居ない今、王女の立場は非常に微妙なものになっていた。それであれば戦力の低下した今、魔王と王女を結婚させて、繋がりを強くしたいという王の思惑は周囲の貴族たちから見ても反対する理由が薄いものだった。


 一部、王族と繋がりを持ちたい貴族は反対しているがそれもごく少数……。ほとんどの貴族は、騎士団長との関係を知っていて彼女と婚姻したいとは思っていなかった。


 しかしこれは……魔王が知らないことが前提である……。


「申し訳ありません、国王様。私は妻は一人と決めております……先々代の魔王のような所業は繰り返したくないのです」


 すべてを僧侶から聞かされて知っている魔王は王様からの提案をやんわりと断る。このやり取りも、もう何度も繰り返されているものだが……今回は唯一、王女が同席しているという点が異なっていた。


「いやいや、王族ともあれば妾の一人や二人いなければ血が絶えてしまいますぞ? 血を残すのも王族の責務で……」


「魔族の王……魔王は基本的には世襲ではなく装具に選ばれることが前提となります。ですから、血を残すこと自体はあまり重要ではないのですよ……子供は欲しいですが、愛する妻の間に一人いれば十分です」


「しかし……」


 こんな押し問答が繰り広げられていたのだが……おもむろに騎士団長と王女は互いの目を合わせる。


 そして……王女は問答を繰り広げる二人の間に静かにだが口を挟む……。それな彼女にしては珍しい行動だった。


「お父様……申し訳ありませんが……私では魔王様には不釣り合いかと存じます」


 その発言に周囲はざわついた。一国の王女が魔王と不釣り合いであれば……誰が釣り合うというのだろうか。しかし、彼女が言いたかったのはそう言う話ではなかった。


 彼女はそこで爆弾を投下する。


「私のような不義密通をした愚かな女を魔王様に……と言うのは魔王様に非常に失礼な話かと……」


 さらに周囲は騒がしくなり、一部の事情を知るものは騎士団長に視線を送るが……すぐにその視線を逸らす。その視線が原因で魔王に事情が知られとあっては、後でどんな処罰を受けるか分かったものではないからだ。


「な……何を言っているのじゃ……お主がそんな……」


「……お父様もご存じでしょう? 私は……勇者様が不在の際に……とある方と不義密通をした愚かな女です。そんな女が魔王様の妻としてふさわしいわけが……」


「こ……こ……このような場で何を言う!! ま……魔王殿にも失礼であろう!!」


「この場だからこそ申し上げたのです……この場であれば発言が隠されることもありませんでしょう……そちらの方が魔王様に失礼と思ったまでです……」


 その発言に、場は静まり返る。王は顔を赤くしたり青くしたりと忙しく……どうやってこの場を乗り切るかを思案しているようだった。


 その沈黙を破ったのは魔王であるロウザだった。


「……フラート殿……それは本当ですかな?」


 そして、その答えは別の方向から聞こえてきた。


「本当です魔王殿……恥ずかしながら……相手は……僕です」


 騎士団長のその言葉に周囲の貴族たちは顔を青くさせる。黙っていればいいものを、余計なことをと非難の視線を向ける者もいるが……。


「ま……魔王殿……この件は後日……その……調査してご連絡を……しかるべき処分も……」


「いえ、それには及びません……。お手を煩わせることも無いでしょう」


 かろうじて口を開けたのは王ぐらいだったのが、ロウザの何の感情も込めていないその言葉に逆に恐怖を感じて口をつぐんでしまう。


「皆様……少しの間二人だけに話を聞かせていただきたい……三人だけで話をさせていただけますかな?」


「い……いや……それは……」


「危害は加えないと約束します。どうかお願いいたします」


 ロウザはほんの少しだけ、その顔に笑みを浮かべる。その目からは何の感情も読み取れない。怒りなのか、それとも本当になんとも思っていないのか……。


「……承知した。それでは……我らは一度退室させていただき……」


「いえ、我らが移動するのが筋でしょう。皆様……しばしお待ちを……」


 ロウザがそう言うと、その言葉を合図にしたように二人は静かに立ち会がり……三人は退室していく。集まった貴族たちは……それを黙って見ているしかできなかった。


 王国は魔王を倒し彼等の国に勝利し……彼等の国に援助をしている立場のはずなのだが……ロウザの発言力は日増しに強くなっており、この程度の提案であればあっさり通るほどだった。


 周囲が魔王という存在に気後れしているというのもあるが、切り札であるはずの聖剣、聖具を操れる存在が今の王国には存在しない。そのため、魔王への対抗手段が無いという事が……彼等を委縮させていた。


 それに加え、ロウザは王国でも住民達に魔法を教えたり、積極的に交流を行い……以前の『非道な魔王』のイメージを日々払拭しようと搬送しているため、民への人気はかなり高いのだった。


 それを歯がゆく思い、勇者の居ない今、立場の微妙な王女を利用してせめて繋がりを強めて民にアピールをしたいと考えていたところで……王女の発言である。


 せめて彼等にできるのは、立ち去る三人に悔し気な視線を送るくらいだった。


「さてお二人とも……お話をお聞かせいただけますか……? ここなら余計な横やりも入らない」


 勝手知ったるもので……会議室から出て、適当な空き部屋に入った三人は向かい合い話を始める。騎士団長と王女は今までの自分達の所業を魔王へと告白する。あくまでも、勇者が生きているという事は隠し、自身の愚かさを告白する。


 今日この日に発言をしたのも、二人で話し合って決めたことだという。発言を……握りつぶされないために。かなり危険を伴う行動ではあるが、何が起きても覚悟の上だったようだ。


 魔王はそれに対して横やりも入れず、ただ黙って聞いているだけだった。


 そして、二人の話を聞き終えた後で……ロウザは静かに涙を流した。


 その涙の意味が分からない騎士団長と王女は、ロウザのその姿にただ驚くことしかできなかった。


「そうでしたか……」


 この二人の所業についてはロウザは手紙で全て知っていた。しかし……改めて二人から話を聞かされたことで、この二人の所業を己の所業とを重ねてしまったのだ。


 勇者に隠れて逢瀬を重ねていた二人


 妹に隠れて逢瀬を重ねていた自分達……この二人は自分達に似ていると思ってしまった。


「事情は分かりました……二人とも……お聞きします。お二人はどうしたいですか?」


「それは……」


「その……」


 躊躇いがちにお互いを気まずそうに見る二人だが、その二人の姿が答えを物語っていた。この二人はまだお互いを好き合っている。しかし、それを言葉にするほどには自分達を許せないでいるのだろう。


 その姿に……やはり自分達が重なった。


 裏切り、後悔してきっと贖罪の場を求めているのだろう。だけど、その機会は彼等には永遠に訪れることは無いのだ。ロウザももう一人の魔王……ハウピアの事を愛しているが結婚をする気はまだ持てていない。


 まずは魔族の復興という点もそうだが……自分達が己を許せるようになるまでそれはしないと決めていた。


 だからこそ、この二人に対して少しだけ自分の過去を話したくなった。


「……今度は私の話を聞いてくれますか? 私の……昔の話です」


 ほんの少しだけ苦笑を浮かべつつ、過去の苦い記憶を思い出しながら、この二人へと話しを始める。


 自身の……母が魔王に奪われた時の事、そしてそのために、自身がとった行動を全て……。


 もちろん、勇者が生きているという事はおくびにも出さないが……他人とは思えない彼等に対して、ロウザは自分の事を包み隠さず話すのだった。

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