83.勇者達は次の町へと行く

 あの三人が死刑となった。


 魔王の遺産を自分達の私利私欲のために使い、アルオムと言う一つの町を混乱に陥れた彼らの最期は、実にあっさりとしたものだった。


 別にあいつらに対して何の感慨も湧かないが……せめて彼らの被害者の心が一区切りついてくれれば良いと思う。


「……なんかあっさりしすぎな気もするけどなぁ」


 あいつらは死ぬ間際まで反省の弁を述べなかったようだが……まるで何かを悟ったかのように笑顔で死んでいったそうだ。その場面は俺達は見てないが……それはとても奇妙にも思えた。

 あれだけ命乞いをしていたやつらが……そんな風に自分の死を受け入れられるものなのだろうか?


「ルー……屋敷に残っていた遺産には……死後に発動する呪詛魔法に関するものは無かったんだよな?」


「資料は禄でもないものばかりでしたけど、そういう類のものはありませんでしたねぇ……」


 あいつらが死んでから……俺達は気になって魔王の屋敷を改めて家探しした。ルーがほとんどの資料を燃やしてはいたが、隠されたものが無いのか……ルーがこっそりと持ってきた資料にその類の記載はないか、とにかく見落としが無いかを確認した。


 だけど、結果は空振り……特に隠された資料は何も見つからなかったのだ。


「私はその三人のことを知りませんが……最後に自らの行いを悔いて反省したのでしょう……と、聖職者であった頃なら言っていたでしょうね」


 リムはあの三人と直接は会っていないため、俺達から聞いた情報で判断するだけだが……実に聖職者らしい発言だ。


 ……死んだ人間の考えはわからないが、そう思うしかないのだろう。魂の存在を実際に見たことがある俺としては、せめてあいつらの魂が、あの世でさらに罰を受けてくれることを願うばかりだ。


 少しだけ感傷に浸っていると、部屋にパイトンさんが入ってきた。


「お主等? もう準備は良いのか?」


「えぇ、もう準備はほぼできてます。あとは馬車に積み込むだけですね」


 俺達は今、旅立ちの準備中だ。


 あの三人が死に、アルオムの町でこれ以上お世話になるのも気が引けたので……そろそろ次の町に行こうかと言う話をパイトンさん達に相談したのだ。

 すると、その場に居合わせたニユースの町の公主であるノストゥルさんが、だったら自分達の町に来てくれないかと誘ってくれた。

『馬鹿息子達を止めてくださったお礼をさせていただきたい……どうか……』


 と、頭を下げられてしまったのだ。


 ともすれば、彼らが死ぬ原因を作った俺達に頭を下げるというのは親としては辛いのではないだろうか。その気持ちに応えるために、俺達はニユースの町に行くことを決めた。

 ただ、リムは自分はあの三人と戦ったわけでは無く、お礼を受ける資格は無いのでアルオムの町に残るとその提案を丁重にお断りしていた。


 ノストゥルさんは俺達の仲間なら気にしないでいいと言ってくれたが、もともとリムは聖具と向き合うために町に残ると決めているのだから、その決意を覆すことはできないだろう。


 彼女は俺に負けず劣らず頑固なのだ。結局はノストゥルさんはリムを誘うことを諦めた。


 だから今は……俺とルーの分の荷物だけをまとめている。少し寂しいが仕方ない。


「ルーちゃんに貰った水晶はありますから、毎日連絡しますから、覚悟してくださいね?」


 連絡に何の覚悟が必要だというのだろうか。ただ、この毎日連絡するということはあの頃を思い出して、ほんの少し……ほんの少しだけ心に虚しさが去来する。

 あの頃は毎日通信することを楽しみにしていたんだよなぁ……。


「大丈夫ですよ、マーちゃんがそんな変なことするわけないでしょ?」


「そうですわ、あの馬鹿王女と一緒にしないでくださいますか?」


 顔に出てしまっていた俺の不安を払拭するような二人の言葉……特にリムの馬鹿王女と言う発言に俺は思わず吹き出してしまう。単に昔を思い出してしただけなのだが、確かにリムをあの二人と一緒にするのは失礼だったな。

 しかし……あの人たち、今は何してるんだろうか。昔好きだった人なんだ、少しは幸せになってくれているといいけど……と思うのは甘いだろうか?


 用意した荷物を馬車に積み、準備はほぼ完了……あとはニユースの公主さん達の馬車が先導してくれるので、俺達はそれに付いていくだけだ。


 あっちも公主であるノストゥルさんと、護衛の騎士さん二人だけなので人数は少ない……準備もそこまで多くないのだろう。あちらの準備もあらかた終わり……あとは出発するだけとなった。


 それはつまり、俺達の別れが近づいてきていることを意味する。


「じゃあ、こっちの町のことは頼むよ。リム」


「任されましたわ、ディ様……ディ様……ルーちゃん……行ってらっしゃいませ」


 そこまで言うと……リムが突然涙ぐんでしまった。やはり俺達と別れるのは寂しいのかと思ったら……そうではなかった。いや、寂しいというのも含んでいるのだろうが、彼女の涙は別な意味も含んでいた。


「ディ様達をちゃんと見送れるというのは、寂しいですけど安心いたしますわ……。以前のように、どこにいるのかもわからず、ディ様を探していた日々を思えば、行ってらっしゃいと言えることのなんと幸せなことでしょうか……」


「リム……」


「マーちゃん……」


 その涙を見て、改めて少しだけ胸が痛んだ。きっと俺達は……他にもそういう気分にさせてしまった人たちがいるのだろう。


 自分の選択だから後悔はないが、改めて考えさせられてしまう。


「責めているわけではございませんわ……いつでもお話しできる……いつでも会える……でも少し寂しいのも事実です……だから……」


 リムは一瞬だけ言葉を詰まらせて、ルーに視線を送ってから俺の目を真っ直ぐに見てきた。


「……最後に、頭を撫でて行ってくださいませんか? 私はそれで……頑張れます」


 そんなことでいいならと……俺はリムの頭を撫でる。女性の頭を撫でるというのはしたことが無いので、可能な限り優しく、細心の注意を払って撫でる。

 サラサラとした彼女の髪の感触が、俺の指に心地よく響く。


 俺はゆっくりとリムを撫でながら……彼女に今までのお礼を告げる。


「リム……ありがとうな……俺のことを追いかけてきてくれて。また、絶対に会おうな」


「はい……はい……毎日連絡しますわ……沢山お話しましょうね……」


 涙を拭いながら、嬉しそうにリムは目を細める。心地いい髪の感触が名残惜しいが……いつまでもやっているわけにもいかないので、俺は彼女の頭から手を離す。


 それと同時にルーが一歩前に出て、リムに対して右手を差し出す。リムはその差し出された手を握り、二人は握手を交わした。


「ルーちゃん、ディ様の事を頼みますわね。この方、すぐに無茶しますから……」


「大丈夫ですよマーちゃん、ディさんは私がしっかり面倒見ますから。安心してください」


 ……俺は子供か? 最近はどっちかと言うと無茶を止める立場だと思うんだが……。


 なんだか複雑な気分になるが、女性二人の会話に挟まる勇気はなく……ただ黙って二人のやり取りを聞いていた。


「ディ殿……ルー殿……そろそろ出発いたします……宜しいですかな?」


「えぇ、こちらも準備ができました……よろしくお願いします。ノストゥルさん」


「いえ……こちらこそ、愚息を引き取ることに助力いただき感謝しております。」


 俺に頭を下げる彼の手には……一つの粗末な壺が抱えられていた。壺は他にも二つ……それぞれ護衛の騎士さんが抱えている。大事そうに……とは言えないのだが、それでも丁重に運んでいた。


 この壺の中には……あの三人の遺灰がそれぞれ収められている。いわゆる骨壺と言うやつだ。作りも色も簡素であり、とても元貴族が入っている骨壺とは思えない。

 それでもノストゥルさんは涙をこらえるようにその壺を抱えていた。


 これは非常に異例の対応と言える。彼らの遺体は衆人に晒されることは無かったが……普通は野ざらしで野生の獣の餌とするか、その町の共同墓地に埋葬される形となる。

 それは罪人の罪の重さで変わってくるが、このように骨壺に入れて丁重に運ばれることなどは基本的には無い。


 ノストゥルさんは彼らの処刑が終わった後に地に頭を伏せて……つまり再び土下座の姿勢を取ってパイトンさんに「息子達の遺灰を引き取らせてもらいたい」と懇願した。


 それは……せめて彼等を生まれ育った町で眠らせてやりたいという親心だった。


 もちろん、パイトンさんは最初は難色を示していたが……その悲痛な姿に俺は……余計なことかもしれないが思わず口出ししてしまったのだ。


 そもそもあの三馬鹿を、遺灰になったとはいえこの地の近くに捨て置くのは心情的には嫌ではないかと。


 だったらいっそ、条件を付けて遺灰を引き取ってもらった方が、この町のためには良いのではないかと提案した。


 パイトンさんも人の親だ……きっとそのことを分かってくれたのだろう……条件は色々つけてはいたが最終的には遺灰を持ち帰ることを了承してくれていた。


 条件は、ニユースの町から追加で補償金を支払うこと、あくまでも彼等は罪人として埋葬することなどが挙げられたが、ノストゥルさんはほぼすべてを無条件で飲んだ。

 それに、ノストゥルさんも、もともとは彼等を貴族の墓に入れるつもりはなく……あくまでも名もなき罪人として埋葬するつもりだったそうだ。


 ただ、助け船を出したことで俺は更にノストゥルさんに感謝されるようになってしまった。


 ニユースの町での滞在費は心配しないでくれとか言われたが……とりあえず護衛の女騎士さん達も困った顔をしていたのでその辺りは丁重に断った。

 


「じゃあ、行くか」


「えぇ、それじゃあ行きましょうか」


 ノストゥルさんが骨壺とともに馬車に乗り込んだのを見ると、俺達も馬車に乗り込む。ルーが馬車に魔力を込めると、魔力でできた馬が二頭出現する。

 そして、ノストゥルさん達が乗り込んだ馬車の馬が歩き出すと、その後をゆっくりと付いていく……。


 この町ともお別れかぁ……と思っていると……後方から大声が聞こえてきた。


「ししょーーーーーー!! 町に来たときはまた戦ってください!! 訓練は欠かしませんーーーー!!」


「おぬしらー!! 絶対にまた会おうぞー!!」


「ディ様ーーーー!! ルーちゃーーーーん!! お気をつけてーーーー!!」


 あの町で出会った人々が、俺達を見送りに来てくれていた。馬車は魔力制御なので、俺もルーも馬車の後方に移動して、全員の顔を見る。

 修行を付けた男性達、立ち直った女性達……公主であるパイトンさんに、俺を追いかけてくれたリムの姿。全員が手を振って俺達を見送ってくれていた。


「みんなーーーー!! また会おうなーーーー!!」


 俺とルーは彼等の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。別れは少し悲しいが、前とは異なり……きちんと再会の約束ができる別れと言うのは良いものだと改めて気づかされる。

 あの時は仕方なかったからな……と、自分に言い訳をして、俺とルーはお互いに顔を見合わせて笑った。


「まぁ、私の移動魔法の範囲内に入ってれば……すぐにでも再会はできますけど……それを言うのは野暮ってもんですね」


「ルー……それ言っちゃったら台無し……。まぁ、しばらくは次の町までの旅を楽しもうや」


 皆が見えなくなった頃、俺たち二人は馬車の御者台に戻ると、とりあえず次の町へと思いを馳せるのだった。

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