82.彼らの最後の企み

「クソッ!! 何故……何故こうなる……!! 何故、私達ばかりがこんな目に会うのだ……!!」


 檻の中で悔し気に鉄格子に拳を打ち付けたニエトの怒声が響く。その言葉には反省の色は全く無い。


 見張りの者は檻の前にはおらず、今は詰所の方に待機している。何かあればすぐに飛んでくるだろうが……檻の中で話をする分には来ることは無いだろう。


 彼らは犯罪者とはいえ身分のある貴族として、それなりの待遇を受けていた。それこそ、被害者が見たら怒り出すレベルには図々しく、様々なものを要求してきていた。


 犯罪者であろうとも貴族は貴族と……そういう認識が広まっているからこその待遇ではあるが……それも今日までだった。


 彼らは既に貴族を騙った偽物であると実の父親から宣告を受けている。だから数日ではあるが……裁きを受けるまでの間は彼らの扱いは一般庶民の犯罪者と同程度にまで落ちることは確実だった。


 それが何よりも……ニエトのプライドを傷つけていた。


「私が偽物……? この私が貴族ではない……庶民と同程度だと?! 私が貴族でなければ誰が貴族だというのだ……!!」


 頭をがりがりと血が出るほどにかきながら……彼は現状を受け入れられていない。


 優秀であったがゆえの高いプライドを捨てきれない彼は、自らの行動を顧みることもなく、自己の反省もなく……ただただ現状をどうにかして打開する方法を考えていた。


「僕……死にたくないよぉ……」


「なぁ、ニエトよぉ。なんか良い方法は無いのか? 流石にこのままくたばんのは癪だわ……」


 トゥールとリルの二人も、先ほどまでは鉄格子にしがみ付いて、去り行く公主達に命乞いをしていたのだが……それが無駄だとわかると檻から離れて座り込んでいた。

 トゥールは子供のように泣きはらし、リルは少しだけ観念したように……だけど諦めたくはないとほんの少しでも何か可能性が無いかとニエトへと問いかける。


「二人とも……」


 座り込んだ二人の姿を見て頭が冷えたのか、ニエトは彼らの前にどかりと腰を落とす。


 彼らは世間的に見ても……常識的に考えても悪人と呼んで差し支えない存在だ。ニエトとトゥールはともかく、リルは自身を悪の側の人間だと認識していた。

 それでも、彼等はお互いを生涯の友と考えており、悪人なりに三人のうち誰かを見捨てるという選択肢を取ることはしなかった。


「すまない、二人とも……」


「お前のせいじゃないだろ、理解できない周りの馬鹿どもが悪いんだ」


「そうそう、僕等は悪くないのにね……ひどいよホント」


 ニエトは二人に頭を下げ、二人はそんなニエトを苦笑しながら慰める。周りから見てあまりにも勝手な会話であり、責任転嫁も甚だしいその発言は誰が聞いても頭を抱えるだろう。しかし、彼等はそんなことに気づかない。


 自己の肯定感が強く、自分は何をしても許される存在であり、そして強者としてふるまってきた彼らは……人間としては既に手遅れだった。ここに来ても反省の気持ちなどは皆無であり、ただただ自身の不遇を周囲のせいだと呪っていた。


 ……もしも、自身の息子のことにニユースの公主が早くに気づいていれば今回の悲劇も防げたが、今となっては意味のない……もしもの話だ。


 だから、彼等は現状でも足掻いていた。自分たちの非を認めず、周囲に非を認めさせ、この状況から脱する方法を諦めない。


 完全に無駄な足掻きだが、彼等だけはそれをそれを無駄だと思わず……ただただ生きるために足掻いている。


(脱獄するには私は魔力が封じられていてできない……トゥールもリムも……生身ではこの鉄格子を破壊することはできない……方法は無いのか……何か……何かないのか、考えろ……なんでもいい……考えろ……)


 自分の優秀さを信じて疑わないニエトは、こんな状況でも考えることを辞めない。頭皮から出血することも厭わずに頭をガリガリとかきながら、思考を続ける。

 しかし、いい案は思い浮かばず……今回ばかりはもうダメかと……彼が諦めかけたその時……。


「さすがに一発逆転、起死回生の一手なんてのは期待してねえよ。でもよぉ、俺らが死ぬってのにあの親父達がのうのうと生きてるってのはムカつかねぇか? だからせめて……なんか嫌がらせでもできる方法があればいいんだろうがよぉ……」


 リルの言葉は、既に生き延びることには固執していなかった。


 ただ、とにかく他人の足を引っ張るためだけ……子供じみた嫌がらせと言ってもいい、とにかく何か相手に対して一矢報いることしか考えていない一言だった。


 自分たちが死んだあとに、自分達を殺した奴らが幸せになることを許さない……そんな歪んだ発言だ。


 そして、その一言を聞いたニエトの顔が……まるでその発言のように邪悪に歪む。


 邪悪……いや、いっそ醜悪とも言えるその笑みではあるが、その顔を見たトゥールとリルは逆にニエトに対して期待を込めた視線を送っていた。


「リル……そうですね……確かに、私たちが死ぬのに奴らがのうのうと生きているなんて許せないですよね……えぇ、その通りです」

「お、何かいい考えでも思い浮かんだのか?」


「僕たち……死ななくてすむの?」


 トゥールは期待を込めた眼差しをニエトに向けるが、ニエトはその視線を受けて申し訳なさそうに首を横に振る。


「いいえ、さすがに私達の死は免れないでしょう……そこはもう……諦めます……私達は死を受け入れましょう」


「えぇ?! なにそれ……?!」


「諦めるって……らしくねえなぁオイ。なんだよ、イカれちまったか?」


 トゥールは死の恐怖から涙を目に貯めており、リルは弱気なニエトの発言にため息をつくのだが……それに対してのニエトのは不敵な笑みを浮かべる。その反応に二人とも首を傾げた。


 だが、奇しくもリルは彼の精神状態を言い当てていた。


「正直……これだけは使いたくありませんでしたから……忘れていました。でも、リルのおかげて思い出せましたし……覚悟が決まりましたよ」


「俺のおかげ?」


「えぇ……魔力が封印されている今の私では成功率は五分五分です……それでも……私を信じてくれますか?」


 いつになく真剣なニエトのその視線に、二人は息を飲む……。常に余裕の笑みを浮かべる彼のそんな顔を見たのはこれが初めてだった。

 二人は友の初めて見せる表情に、笑顔を浮かべて答えた。


「いいよ……ニエト……失敗しても僕は恨まないから。恨むなら僕等を殺した奴らにする」


「まぁ、失敗したらあの世で三人で馬鹿やろうぜ。お迎えに来た天使を相手に一発犯るのも面白そうじゃねえか?」


 リルが下種なことを話すと、三人が笑い合う。その笑い合う姿だけ見ると年相応の青年に見えるのだが……彼らの話している内容はそんな生易しいものではなかった。


「では……二人とも……説明します」


 ここにもしも見張りが居たら……この結果は違っていただろう。ニエトは最後の手段をとることなく、ただ死刑に処されてしまい終わってしまっていたはずだった。

 しかし、悪運が彼らに味方したのか……見張りはおらず、ニエトは最後の手段をとることができた。


 そして……一転して牢屋は静まり返り……その直後だった。


「ふざけんじゃねえぞてめぇ!!」


「ニエトのせいだ!! 死刑になるならニエト一人でなってよ!!」


 唐突に、牢屋中に響き渡るほどの叫び声が響き渡る。先ほどの命乞いよりも大きなその声に、詰所に戻っていた見張り達は慌てて牢屋に戻ってきた。


 そこで彼らが見たのは、一方的にニエトへと暴行を加える二人の姿だった。


 無抵抗で殴られている彼は、全身から血を流しており……その返り血で友人である二人の身体も真っ赤に染まっていた。悪人とはいえ三人は友人であり、そのように振舞っていたはずなのだが、命がかかるとなると本性はこの程度かと、見張り達はため息を付く。


 本来であればすぐに止めるべきなのだろうが、元凶である彼らの仲間割れをいい気味だとほんの少しだけ思ってしまった彼等は、その暴行を止めずにしばらく眺めていた。

 ニエトの口元に笑みが浮かんでいることも、何かをぶつぶつ呟いていることも、仲間割れからの精神に異常をきたしたのだと思い込んでいた。


 それから見張り達がその暴行を止めたのは……ほぼ彼らの全身が真っ赤になるころで、ニエトはかろうじて意識を保っている状態だった。


「何やってるんだ全く、気でも触れたか……。まぁいい。公主様に報告だ、それから……こいつらの入れる檻を分けるぞ」


 暴行をする彼らを止めると、トゥールもリルもあっさりと抵抗することなく止まった。ただその視線は、憎々し気に足元に転がったニエトを見ている。

 見張りの人間達はその様を見て……小悪党の仲間割れなんてこんなものかと……過去に見てきた犯罪者達の姿と彼等を重ねるだけで、なぜ彼らが仲間割れをしたのかという点については気にも留めなかった。。


 どうせ責任の擦り付け合い……その程度だと考えていた。


 ただ、このまま死なれるのはまずいと、見張りの一人がほんの最低限の回復魔法をニエトにかけるが、すぐには動けないほどに大量の血を流しているのか、彼はしばらく寝転がったままだった。


 仕方ないと一つため息を付き……ニエトはこのまま今の檻に入れた状態にして、ほかの二人をそれぞれ別の檻へと分ける。


 この事件は公主達の耳にも届くが……見張りの人間達が罪の擦り付け合いから起こした仲間割れと報告をした。報告を聞いた公主達は半ばあきれるだけであり……わざわざ彼らに会いに行くという判断は誰もがとらなかったし、このことをわざわざディアノ達には伝えなかった。


 見張りの人間達は誰も気づいてはいなかった。


 倒れたニエトがその顔に暗く、狂気じみた笑みを浮かべていることを。


 檻を分けられた二人も……顔を伏せながらもその顔に笑みを浮かべていたことを……。


(……これであとは……成功するか……運を天に任せるだけだ……)


 檻の中で倒れたままのニエトは、地面のひんやりとした感触に心地よさを感じながら……そんなことを考えていたが……自身の計画が失敗するとは微塵も思っていなかった。


 自分達は絶対に大丈夫だと、根拠もなく確信をしていた。


 それから数日後……彼等は自身の親や公主が見る前で処刑された。


 その処刑自体は、被害者とその関係者だけが確認のために立ち会い……ディアノやルナ、マアリムは何かあった時のための備えはしていたが立ち会い自体は行わなかった。


 その死にざまはあっさりとしていたのだが……一つ奇妙な点があった。


 彼等は三人が三人ともに、懺悔も悔恨も後悔も命乞いの言葉もなく……ただ、まるで悟りを開いたような笑顔を浮かべながら、それぞれ処刑の執行者に、一撃で首を跳ねられて死んでいった。


 ……関係者たちはそれぞれが、やっと全ての終わりを感じていたのだが……飛ばされた首には……変わらずに笑顔が張り付いたままとなっていた。

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