81.勇者は真意を知る

「父上……何を……何を言っているのですか?! 私が偽物?! 昔から愚かだと思ってましたが、自身の息子すらわからなくなるほど耄碌されていたとは……!!」


 怒りと憎悪を込めた目……それは実の父に向ける目つきではなかった。ニエトはノストゥルさんを視線で殺しそうなほどに凝視しているが、対するノストゥルさんはニエトを冷めた目で見ていた。


「ここにきてまだ我が息子を騙るか……愚かな……」


 およそ息子を見るとは思えない目をニエトへと向けて吐き捨てる。なおも喚き続けるニエトを無視すると、ノストゥルさんは彼らに背を向ける。


「パイトン殿……確認させていただきました。やはり、この者たちは我が息子とその友人を騙る偽物ですね」


「……そうですか。では、ニユースの町は今回の件は無関係だと?」


 その言葉が嘘だとわかるのは俺だけだ。彼は、牢屋に入っているニエトたちが自身の息子であることを認識している。怒りを押し殺したパイトンさんにどうやってそのことを教えたものか……。


「いえ……逆にこの件は我が町も無関係とは言えません」


 しかし、ノストゥルさんは予想に反してパイトンさんの言葉を否定した。パイトンさんも含めた俺達は揃って目が点になるのだが……それに構わず彼は言葉を続ける。


「彼らは一見すると死んだ我が息子とその友人に非常に似ています。えぇ、瓜二つで……おそらく、実父である私でなければ見分けるのは難しいレベルでしょう」


「はぁ……」


 ノストゥルさんの言葉は全て嘘だった。パイトンさんが気の抜けた返事をするのもよくわかる。彼が何が言いたいのか全く分からないのだ。

 嘘をついてまで彼らを息子ではないと言いながら、無関係ではないと今更言うなど……。


 だけど、次の言葉で彼が何をしたいのか……その場の全員が理解できた。


「私はこれを許すことができません。亡くなった我が息子を騙り犯罪を犯すなど……貴族の地位と名誉、そして誇りを侮辱する行為です……。少なくとも……これは我がニユースの町では極刑に値する大罪です」


 その一言に、檻の中の三人が息を飲むのが伝わってきた。先ほどまで喚いていたニエトは顔面を蒼白にし……檻に手を添えて自身の父親の次の言葉を黙って待つしかなかった。


「パイトン殿……不躾なお願いとは承知しております。しかし、どうか今回のみ特例で……我が町の法でこの三名を裁くことをお許しいただきたい。もちろん、裁判やそれに関わる全ての費用は全てこちらで持たせていただきますので」


「……つまり……我が町の法ではなく……ニユースの町の法に従って裁き……彼らを死刑にするということですかな?」


「……はい。そう捉えていただいて構いません」


 パイトンさんはあえて、極刑とは言わずに死刑とはっきり口にした。濁さずにはっきりと口にすることで、三人の末路を明確にした。そして、ノストゥルさんもそれを了承した。

 俺も、そしてルーもリムも……ここでやっと彼が何を言いたいのかを理解することができた。


 彼は自分自身の手で、息子達に引導を渡しに来たのだ。


 書面のやり取りで関係を伝え、こちらの法律にのっとって処理させることもできただろう。だけど、それを良しとしなかった。わざわざ回りくどい方法を使って、この町に来て、パイトンさんに今頭を下げている。


「父上ェェェェ!! 何を?! 何を言っているのですか?! あなたは実の息子を見捨てるというのですか?! そこまで愚かだったのですか?!」


「黙れ偽物よ。我が息子は既に死んでこの世にいない。お前は息子の名を騙るただの犯罪者として……裁かれるのだ。自身の愚かな行いを悔いて……死ぬがいい」


 突き放す言葉は冷淡そのものだが、その手は掌に爪が食い込むほどに握りしめられており……血が滲んでいるのが分かった。ニエトはそれに気が付かずに、実の父に聞くに堪えない罵倒の言葉を浴びせ続けている。

 硬直していた他の三人も、ニエトに加わり罵倒をし始めた。先ほどまでの余裕に満ちた顔は見る影もない、必死に自分たちの死を回避しようと、無駄な足掻きを続けている。


「行きましょう、パイトン殿。ここにいる意味はもうありません……」


「そうですな……行きますか……」


 俺達は無言で地下牢を後にする。その背には俺達が居なくなるまで彼ら三人の罵声と懇願が混じった叫び声が叩きつけられることになったのだが、俺達は誰一人振り返ることなく地下牢と後にした。

 言葉の全てが聞くに堪えないものではあるが……あそこまでいくといっそ哀れではあると思う。


 きっと彼らの中では実の父親から見捨てられた可哀そうな自分たちという姿ができているのだろう。


 実際は……反省のチャンスを自ら不意にした愚か者というだけだ。


 そのことを知るチャンスは、彼ら自身が閉ざしてしまった。


 そして俺達は元いた会議室に戻ると……憔悴しきったノストゥルさんが椅子へとまるで崩れるように座った。その勢いで椅子が軋み、その音が彼の心の音を代弁しているかのようだった。


 その両手は強く握りしめた自らの爪が食い込んだことで血が滲んでおり、護衛の一人がその掌に回復魔法をかけていた。傷は見る見る間に塞がるが、彼の顔は一向に晴れることはない。


 パイトンさんはメイドさんにお茶を用意してもらい、ノストゥルさんはそれに口を付けることでやっと一息付けたのか……ふぅと短く息を吐くと、その場に立ち上がる。


 そのまま何をするのか見守る俺達の前で、彼は床に伏せ、土下座の姿勢を取った。


「ノストゥル殿……何を……!?」


「パイトン殿……申し訳ない……息子とその仲間がしでかした罪を改めて詫びさせていただきます……」


 パイトンさんが突然の土下座に驚く中……彼はその場で初めて、捕まっている三人が自身の息子とその仲間であることを認める発言をする。

 その姿を見たパイトンさんは、彼を立たせようとはせずにそのままの姿勢のままに問いかける。


「あの者たちを追放したことを黙っていたのは何故だ? 町の名誉か?……それとも、貴族のメンツのためか?」


「……両方です。公主の息子……それも跡取りと目していた者が醜聞により追放になったとは公にはできず……折を見て病死と公表し、跡取りには別の者をと考えていたのです……」


「しかし……貴方は彼らが戻ってきた場合減刑を考えていたと聞いてますが……」


 俺は思わず口を挟んでいた。彼は土下座の姿勢は崩さないままだったのだが、周囲の護衛の騎士さんから俺は睨まれてしまう。俺は睨み返すことはしなかったのだが……俺の後ろのルーとリムが護衛騎士さんを睨んでいることが雰囲気で伝わってきた。


「……あくまでも減刑のみです。彼らが自身の愚かさを反省し協力し町に戻ってきたのであれば、人間的に成長していると考えての措置だったのです……完全に見捨てることのできない親心でしたが……愚かと言われれば反論しようもありません」


「その期待は……裏切られたということですか……」


 パイトンさんはその顔に難しい表情を浮かべている。自身も子を持つ親として何かしら思うところはあるのかもしれない。ノストゥルさんは、その言葉に土下座の姿勢のままで一度だけ大きく身を震わせた。


 裏切られる……というのは辛いものだ。そこだけは痛いほどにわかる。だから俺もほんの少しだけ……ノストゥルさんに同乗してしまう。


「……せめて森に近いアルオムの町にだけでも知らせておくべきでした……いまさら言っても遅いですが……罰はいかようにもお受けします……私の命で償えるならば……この場で斬り捨てていただいてもかまいません」


「ノストゥル様、何を?!」


 護衛の女性騎士がノストゥルさんの言葉に動揺したように声を荒げる。そこまでは聞かされていなかったのだろう……。しかしノストゥルさんはそこで初めて顔を上げた。


「息子の不始末を付けるのは親の責務……そもそも、私が躊躇わずに我が町で彼らを断罪していれば今回の悲劇は防げたのです……いかような処分も……私は甘んじて受け入れます」


「……貴方が死ねばニユースの町は大変なことになるのでは? それに……この町で死んだらそれこそ町同士の戦争になりかねないですぞ……」


「最悪……私が戻らなくても問題ないように引き継ぎは終わらせてきております……手紙の返事が遅れた理由もそこにあります。私が死んだ場合は、移動中に病死したという書類もすでに作ってきています」


 彼は本気だ。本気で、ここで死んでもかまわないと考えている。


 護衛の騎士を二人という少人数にしてここに来たのもそれが理由だろう。大人数だと止められる危険性もあるし、大事になる。護衛の彼女達はオロオロしてはいるが、きっと口は堅く信頼できる人物なのだろう。だから連れてきた。


 俺達はこれに対して口を挟むことはできない。何か言えるのはパイトンさんだけだ。


「……ノストゥル殿……お立ちください。私が何をするにせよ、そのままではあまりに無体というものだ」


 その一言に……覚悟を決めた表情で彼は立ち上がる。


 パイトンさんは今日は腰に大剣を一本だけ帯刀している。誰もがその腰の剣へと視線を集中させ、護衛の騎士二人はまだ自身の剣に手を伸ばすことはしていないが……何かあった場合にはと覚悟を決めた表情を浮かべている。


 ……しかし、パイトンさんは剣のを手にすることは無かった。


 その動きは素早く。一瞬の出来事だった。


 腕を大きく振りかぶる。まるで弓を引くように、限界まで真っ直ぐに腕を引く。


 彼は目の前に立つノストゥルさんを見据え、その表情からは感情を読み取ることができない。


 拳の動きに一切迷いはなく、限界まで引いた腕をそのまま真っ直ぐに突き出す。


 突き出された拳はノストゥルさんの頬に突き刺さり……頬に拳が当たった瞬間……肉を弾く音と骨が砕ける音が同時に聞こえた。


 彼は身じろぎ一つせずその拳を受け入れるが……しかし巨漢のパイトンさんの拳を当てられたのだ、ただではすまずに彼の身体は後方にいる騎士めがけて吹っ飛んでいった。


 騎士は二人同時に吹き飛んできたノストゥルさんを受け止めるが、威力を殺しきれずにそのまま一緒になって吹き飛ぶが、それでも多少のクッションにはなったようだった。


「……あー……しまったですな……。感情に任せて他国の公主殿に手を挙げるという暴挙を行ってしまった……これは……大問題ですなぁ……」


 若干棒読みのパイトンさんの言葉を聞きながら、ノストゥルさんは二人の騎士に支えられながら立ち上がる。


「……これはあれですな。私の暴挙を許していただけるなら……ノストゥル殿が自身の子の罪を被ろうとしている件については……私も不問にするしかなさそうですな……」


「パイトン殿……何を……?」


 口中が切れたのか、端から血を流しながらも困惑の声を上げる。


「ノストゥル殿……申し訳ないが……貴方は子殺しの罪を儂に裁いて欲しかったようじゃが……それは貴方が背負っていかなければならない罪となる。あなたにできることは同じような者が今後出ないように、ニユースの町の教育を徹底することです」


「……しかし……私は自身の息子の教育に失敗した身……そんな資格は……」


「失敗したあなただからこそ反省し、できることがあるのです……儂だって失敗してばかりです……お互い……自分の町を盛り立てていきましょう……」


 その言葉に、両側から支えられたノストゥルさんは騎士たちから離れ、よろよろと歩き出す。パイトンさんの巨漢で殴られたのだがからダメージは相当だろう。足が震えている。今にも倒れそうだ。


 だけど、一歩一歩確実に前に進み、彼はパイトンさんの手を握ると涙を流した。


「ありがとうございます……パイトン殿……」


「例を言うのは儂の方です。この町の法律では彼奴らを死刑にはできなかった……その決断をしていただき感謝しております」


 二人の男性はがっちりと握手を交わす。


 今後も二つの町において政治的な話はあるとは思うが……少なくとも、パイトンさんが持つニユースの町へのわだかまりが払拭できたのなら、それはとても喜ばしいことだろう。


 これであの三馬鹿が起こした一連の事件もやっと終わりかと……この時の俺はそう考えていた。

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