80.勇者は三馬鹿と再会する

 三日後……ニユースの人達が来る日になった。その日は町では厳戒態勢……普段より厳重な警備体制が敷かれていた。これからニユースの町の公主が来るのだから当然と言えば当然なのだが……。


 町の人達はそんな警備体制に気づいているのかいないのか、普段通りに過ごしている。


 いや、きっと厳戒態勢になっている気づいていることだろう。そのうえで普段通りに過ごしているのだ。


 それは町の兵士の人達を信用しているということもあるが、それ以上に……


「この町の戦力は今や相当に上がってるからなぁ……」


 俺がパイトンさんの屋敷の窓から町を見下ろしながら、一人言を呟いた。


 そう、この町の戦力は過去とは比べ物にならないくらい上がっているだろう。それは主に……俺とルーとリムのせいだ。


 俺達が被害者の男性陣にしていた訓練は、あれよあれよという間に広まり……みんな自主的に強くなろうと訓練を継続している。俺が教えた生徒と呼べる人たちが、俺の訓練方法を周囲に広めているのだ。


 あの馬鹿たちが町に残した爪痕は予想以上に大きく、皆が万が一の時のために備えている。


「まぁ、それ自体は良い事だよな……」


 民間人が無駄に国に対抗できるような力を付ける……王国なら問題になったかもしれないが、例え民間人が力を付けても帝国自体はビクともしないだろう。

 この町でもパイトンさんがぶっちぎりで強いので問題ない。むしろ彼は力を付けることを推奨しているくらいだ。


 町を見ながらそんなことを考えていたら、部屋の扉がノックされる。おれは「どうぞ」と一言だけ告げると、それと同時にメイドさんが数人……部屋の中に入ってきた。


「ディ様……お召し物をお持ちいたしました……こちらにお着換えください……」


「……本当に着るんですね……肩凝るからそういうの嫌なんですけど……」


「我慢してください」


 苦笑を浮かべるメイドさんが手に持っているのは、俺用のちょっと豪奢な衣装だ。汚れ一つなく真っ白で、所々に金色の刺繍がなされている、礼服。別の町に貴族に会うなら舐められないようにと、わざわざパイトンさんが用意してくれたのだが……。

 何と言うか、かっちりしすぎてて好きになれないのだ。肩は締め付けられるし窮屈だし。戦闘には全然向かない服だ。


 それに何より……この服は一人では着られないのだ……。いや、慣れればいけるのかもしれないが一回着せてもらったときに俺には無理だった。だからメイドさんに着せてもらうのだが、それが何とも言えず恥ずかしい。


「……よろしくお願いします」


「はい」


 俺は覚悟を決めて目を閉じて、メイドさんにその服を着させてもらった。抵抗は無意味なので、必要なことは俺が恥ずかしさに耐えることだけだ。それさえできればすぐに済む話だ。

 ボソッとメイドさんが「良い筋肉」とか呟いているのが聞こえるがそれは聞こえないふりをする。この人達は職務を遂行するクールなメイドさんなんだと俺自身に言い聞かせる。


 ほどなくして俺はその服を着終わる。心なしかメイドさん達の顔がほくほくしているのだが気にしない。


「ディさん、用意できましたか? わぁ、格好いいですね」


「ディ様……何と凛々しい……クッ……もうちょっと早く来れば着替え中のディ様が見られたというのに……」


 同じく着替えた二人が俺のことを迎えに来てくれたようで、二人に褒められるのは嬉しいのだが、服装が褒められるということはめったにないので少し気恥しい。


「ありがとう。二人も、その衣装良く似合っているよ」


 俺の誉め言葉に二人とも喜んでいた。ルーはシックな黒いドレス姿、リムは白い聖職者が着るような祭服を着ていた。二人並ぶと白と黒のコントラストが二人の美しさを際立たせているようだった。これも、パイトンさんが用意してくれた衣装だ。

 別に今までの服でも良かったのだが……何を目的に来るかわからないから念のためにと用意してくれたわけだ。


「三人とも、ニユースの者が到着したのだが準備は……おぉ、三人とも凛々しいの。似合っておるぞ、うむうむ」


「パイトンさん……この格好、動きづらくて嫌なんですけど……」


「ディ殿、少しだけ我慢しとくれ。戦うわけじゃないのだから……それじゃあ案内するぞ、ついてきとくれ」


 俺たち三人はそのままパイトンさんに先導され、ニユースの人達がいるという会議室まで付いていく。


「来たのって……誰なんですか?」


「……ニユースの公主が一人……それに護衛が二人の合計で三名で来た。あまりに少人数で驚いたわ」


「三人……随分と少ないですね」


「普通はありえん。公主が来るとなるともっと大人数で来るか、少人数なら別の使者を送るのが普通じゃ……」


 ……つまりは、よっぽど護衛としてその二人が優れているのだろう。どんな人物なのだろうか、ほんの少しだけ興味が出てくる。まぁ、これから会うわけだが……。……まさか、クロ達とかそんな偶然はないよな。


 パイトンさんの足が止まる。どうやら目的の場所に到着したようだ。どうやらそこは会議室のようだ。パイトンさんは大きな扉を両手でゆっくりと開く。

 メイドさん達以外に……見たことのない男性が一人座っており、その後ろには騎士と思わしき女性が二人立っていた。


(……護衛の騎士は女性なのか)


 クロ達ではなかったことにホッと胸を撫でおろすと、二人の騎士の姿を見る。……結構……いや、かなり強いなあの二人……。あの二人だけで充分ってことか……。


 俺が二人の姿に視線を注いでいると、後ろからの視線を感じた。振り向くとルーとリムが俺をちょっとにらんでた。いや、美人だから見惚れてたわけじゃないから勘違いしないでくれよ?

 二人の視線を無視して前を向きなおすと、二人の公主はちょうど挨拶をしている最中だった。


「パイトン殿……ご無沙汰しています。帝王様の生誕祭でお会いして依頼ですかな?」


「そうですな、ノストゥル殿……ご無沙汰しております。わざわざご足労いただき感謝いたしますぞ」


 表面上は笑顔を交わし、二人は握手を交わしている。その姿は和やかであり……腹の中では何を考えてるかはわからないが、少なくともわだかまりは感じられない。


「そちらの方々は……? パイトン殿の護衛の方々ですか?」


 ノストゥルと呼ばれたニユースの公主は、俺達に視線を向けてきた。それに合わせて護衛の女性騎士二人も、俺達に値踏みするような鋭い視線を向けてきた。

 彼女達の目に俺達はどう映るかな? ……弱そうに見られてないといいけど。


「今回の件に関係している方々じゃ、ディ殿……」


 パイトンさんに促されるままに俺達は自己紹介をする。一応、言葉遣いは丁寧にしておこう。


「ディです。旅の剣士をしており、縁あってパイトン殿のお世話になっています」


「ルーと言います。種族は異なりますがディの幼馴染で、魔法使いです」


「リムと申します。私もディの幼馴染で、僧侶をしております」


「彼らが件の三人を捕縛し、我が町まで連行してくれたのです。こう見えて実力は……儂以上でしょうな」


 自己紹介の後に、パイトンさんが俺達のことを持ち上げるように付け加えてきた。その言葉にノストゥルさんと後ろの護衛二人の息をのむのが伝わってきた。

 ……パイトンさん、結構恐れられてるのかな?


「それはそれは、人は見かけによりませんな……」


 ちょっと気になる一言だが、俺は笑顔で公主さんに応対する。後ろの二人も笑顔だろうけど、ほんの少しだけ不機嫌な気配が伝わってくる。頼むから、おとなしくしておいてくれ。


 それから二人はなんだか小難しい話というか……社交辞令的な話を始める。俺達は着席してメイドさんから出したお茶を飲みつつ、その話を流して聞いていた。

 後ろの護衛の騎士さん達は座らずに立ったままのようだ。別に俺達は襲うことはしないから座ればいいのにと思いつつも口出しはしない。なんか睨まれているし……。


 そんな風に少しだけ気まずい思いをしていると……


「パイトン殿……そろそろ本題に入らせていただいて宜しいですかな? 我が息子を騙った不届き者に会わせていただきたい」


「……そうですな、行きましょうか。地下牢まで少し歩きますが……ご容赦を」


 ノストゥルさんが、ようやくパイトンさんに切り出した。自身の息子ではないと暗に告げているその言葉に、パイトンさんも、ルーもリムも顔を顰めていたのだが……


(……やっぱり……彼はここにいるのが自分の息子だと正しく認識している)


 息子を騙ったという部分に俺は嘘を感じていた。


 本人が起こした騒動だと認識しているなら素直にそう言えばいいのに……何か言えない理由でもあるのだろうか? 何か貴族のメンツ的なものだったら面倒そうだし役に立てないぞ……。


 護衛の女性騎士さん二人も含めて、俺達は全員で地下牢へと移動する。


 地下牢……とは言っても、そこは俺の中のイメージとは異なり、檻はあるものの清掃の行き届いた小奇麗な場所だった。てっきり、もっと暗くてじめじめしてて、常に呻き声が上がるような場所だと思っていたのだが……ちょっと拍子抜けだ。


 その地下牢の一番奥……ひときわ大きな牢屋の中にあの三人はいた。


「おや……公主様が我々に何の御用ですか? もしかして我々を出していただける……ので……」


 久しぶりに見る三人は、若干やつれてはいるものの、健康そのものという印象だ。


 ニエトは檻の中で本を読んでおり、トゥールは膝を抱えて隅でうずくまり、リルは腕立て伏せをしている。反省している様子は一切伺えない……。何してるんだこいつらは。


「おや、ディさんにルーさんじゃないですか、お久しぶりですね」


「ニエト……あれだけのことを起こしておいて、随分余裕があるじゃないか……」


 俺の言葉を鼻で笑うニエトは、首を左右に振りながらわざわざ他者の神経を逆なでするような反応を示す。だが、その視線はノストゥルさんを捉えていた……。


「誰も殺めていない私達が死刑になることなどありえません……。父上……よく来てくださいました」


 息子の言葉に、ノストゥルさんは何も答えない。ただ黙って……値踏みするようにニエトを見ている。


「父上、私の頭の中には魔王の遺産が知識として残っております。過去のことは水に流して差し上げます……私をこの無粋な町から助け出してくれたら、この知識をニユースの町に役立てて差し上げましょう……ですから……」


 随分と手前勝手な理屈を並べたてているニエトは、父親であるノストゥルさんが自分を助けに来たと思い込んでいるようだ。


 しかし、相当な上から目線だ。水に流す側がニエトだと言っているが……どうすればそんな思考回路になるのだろうか? 犯罪を犯して追放された身だというのに、俺には理解ができない思考だ。


 ノストゥルさんは自身に声をかける息子の言葉をただ黙って聞いているようだった。


 何も言わず……だけど忌々し気にニエトを睨みつけている。


「……父上? 何をしているのです、早く……」


「……パイトン殿、やはりこれは息子ではありません。息子を騙る偽物のようです。……図々しくも死んだ私の息子を騙るとは、なんと腹立たしいことか……」


 自身の息子の発言を遮った彼の言葉は、そのすべてが嘘だった。しかし、目の前で実の父親から偽物と呼ばれたニエトは、先ほどまでの余裕は消え失せ、呆けたように目を点にさせるのだった。

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