79.勇者は頼みごとを聞く

 着替え等の準備を終えた俺たちは、三人でパイトンさんの部屋を訪ねると……パイトンさんは相変わらず少しだけ沈んだ表情をしていた。ちょっと話を聞きたくなくなるが、来てしまったのだから仕方ないと覚悟を決める。


「良く来てくれたの三人共……まぁ、まずは座っとくれ……茶を用意させよう……」


 うんざりしたような、疲れ切った表情をしたパイトンさんに促されるままに俺達は座ると、メイドさんが用意してくれたお茶に口を付ける。頭を抱えるようにパイトンさんが口を開くまで待つのだが……表情を見る限りはあまり良い話ではなさそうだった。


「……ニユースから手紙が届いたのじゃが……コレがそれじゃ……」


 俺はパイトンさんから手渡された手紙を読んでみるのだが……なんだか言い回しがいちいち小難しいな……えっと……俺は旅の間に勉強して字が読めるようになった程度だから、こういう難しい言い回しとかいまいち理解できないんだよな……。

 ……ほんの少し情けなく感じていると、横から覗いていたルーとリムがこの手紙の内容を分かりやすく解説してくれた。


「……これ、抗議を受けた三人の名前はニユースの公主の息子、および貴族の名前と一致するが……彼等は既に死亡が記録されているって書いてますわね……」


「ですね、同姓同名の他人である可能性が高いので自分達には関係無い話だって書いてます。」


「は?」


 まさかあいつら、自分をニユースの町の元貴族だと思い込んでいるだけだったのか? ……いや、そんなわけ無いよな。普通に考えてこれはあいつらが自身の親に切り捨てられたという意味だ。そう考えるといっそ哀れではあるが……。


 ニユースの町の公主の側から考えれば、更生を信じて追放した息子が他人様に迷惑をかけていたという抗議文が送られてきたのだ、頭を抱えたくなる気持ちは分かる。

 それでも、町の名誉なのか、それとも自分達の面子を守るためなのか分からないが……自身の息子があれだけの事をしでかしておいて無関係では道理が通らないだろう。


 俺の中にふつふつと怒りが沸き上がるが……一番怒りそうなパイトンさんが怒っていない状況で俺が憤慨しても仕方ない……。と言うか、憤慨しそうなパイトンさんが困惑しているってどういうことだろうか?


「実はそこまでは予想してこちらから使者を送ろうと準備していたのだが……二枚目を見てくれんか?」


 いわれるままに2枚目をめくると……そこにもやっぱり難しい言い回しで長々と文章が書かれている。回りくどいなぁ……もっとすっきりと簡潔に書いてほしいんだけど……これがお偉いさんたちの文章なんだろうか。

 ……とりあえず、ルーとリムに内容を解読してもらおう。もうちょっと勉強の方もしないとだめかもな……。


「……これ、どういうことですの?」


「……意味が分かんないですね」


「いや、二人で納得してないで説明してくれない?」


「あぁ、すいません。えーっとですね……要約すると……貴族は死亡しており対象者は同姓同名の他人ではあるが、念のために確認したいのでアルオムの町まで訪問をさせてもらう……日時は……今日から三日後に来るということになっています」


 困惑する二人は俺に苦笑を浮かべて説明を始めてくれた。俺はその説明に……特に困惑はしなかった。


「別に確認に来るくらい普通じゃないか? むしろ、来てくれるならその方が……」


「いや、そもそも死亡が記録されているとわざわざ最初に書いているのじゃ、普通は突っぱねて知らぬ存ぜぬを通す……。遠いところから確認に来る意味がそもそもないのじゃよ」


 じゃあなんで来るんだろうか? 俺が疑問を感じているのと同様に、三人もそこに疑問を感じているようで……それが怒れずに困惑している原因なのだとか。

 関係ないと言いつつも、わざわざ関係を繋ごうとする気持ち悪さを感じていた。二枚目の記述が無ければパイトンさんは今すぐにユースの町に乗り込んでいたことだろう。


「……その人達が来たとき、俺達も参加させてもらってもいいですか?」


 俺の言葉にパイトンさんは顔を上げる。そこで初めて困惑以外の表情を浮かべる。ほんの少しだけ安心したような表情だ。


「……ありがたい申し出じゃが良いのか? ……いや、正直に言おう。おぬしらを呼んだのは、あやつらと戦った当事者として、三日後に来るニユースの連中との会談に参加してもらいたかったからじゃ」


「まぁ、そうだろうとは思ってましたよ、予想してました」


 パイトンさんは俺達に深々と頭を下げると謝罪と礼の言葉を同時に口にした。でも、俺達も世話になっているのだから、これはお互い様だろう。助け合いは大事だ。


「まぁ、最悪は私達でニユースの町に乗り込んで一暴れしちゃいますか?」


「そうですわねぇ……反省が無いような方がいらしたら……それもいいかもしれませんわね」


「二人とも……流石に帝国を敵に回すような真似はせんでくれよ? 儂もかばいきれんぞ……」


「いえいえ、冗談ですよ」


「そうそう、冗談ですわよ」


「それならいいんじゃが……」


 パイトンさんは冷や汗をかきながら苦笑を浮かべている。どうやら二人の言葉を冗談だと捉えたようだ。


 彼女達の言葉が本気だとわかっているのは俺だけだ……本当に、変な奴らが来た場合にはこの二人は何をしてもやる。絶対にやる。その時に、元魔王と現聖女のタッグを止められる存在なんているんだろうか。

 そもそも俺はどうなんだろうか。そういうやつらが来てしまったら一緒に暴れてしまうのか……。


 ……いや、今なら止めに入るかな。


 昔は俺が突っ走って、それに対してクロがメインで色々と仲間達がフォローしてくれた形だったんだよな……。今ではこうやって止める立場になるなんてあの頃は思いもしなかったな。


 ……クロに会ったら、あの頃のこともまとめて謝んないとな。


「……そういえば……あの三人ってまだ生きているんですかね?」


 当たり前のことであるが、俺はそこでやっとそのことに思い至った。あれからだいぶ時間が経過しているが、返事が来るまでは当然生かしているだろうし……ニユースの人達が会いに来るというのであれば、少なくともあと三日は生かしておかなければならないことになる。


「あぁ……残念じゃがまだ生かしとるぞ。材料に使うということもあったが、帝国の法は基本的に犯した罪と同程度の罰を与えることじゃ……奴らは誰も殺しておらんから……死刑にはできんのが口惜しいわい」


 そういうとパイトンさんは悔しそうに歯ぎしりをする。この町を滅茶苦茶にした三人は、この町の金で生かされているという状況なのだから悔しさも相当なのだろう。

 しかも「元貴族」だと本人達が言っているのだから、犯罪者のくせに扱いはそれなりに上等なのかもしれない。


「でも、手紙にはそいつらは他人の空似だってなっているから、これからは遠慮することないんじゃないですか?」


「……それもそうじゃな、それだけは救いか……。元貴族としての扱いをしてやっていたが、ニユースが関係ないと言ってきたんじゃ。これからは遠慮せんわい」


 少しだけにやりと笑ったパイトンさんはほんの少しだけ気が晴れたようだった。


 ……案外、ニユースの人達の思惑もそこにあるのかなと考えるのは、好意的に考え過ぎだろうか?


「うーん……なんだかモヤモヤしますねぇ。いっそのこと三日後に来るニユースの人達に催眠魔法でもかけちゃいますか?」


 頭を抱えたルーが突然そんなことを呟く。その言葉に俺は背筋が寒くなった。先日……俺はその催眠魔法の餌食になったばかりなのだ。今は克服したとはいえ、あの時のことは思い出したくない……。


「ルー……それは基本的には無しにしてくれ」


「……そうですか。了解です。まぁ、催眠魔法って基本的に永続性はないですからね……バレたらそれこそまずいことになりますし」


 そんな魔法をかけようとしないでほしい……。大問題になるぞ。


 ルーが思いとどまったタイミングでリムにも滞在について問題がないかを聞くと、彼女は特に問題ないと首肯した。


「決まりだな。パイトンさん、俺たち三人もその方々が来た際の話には参加させていただきます」


 パイトンさんは、もう何度目かわからない礼の言葉を俺達に告げて頭を下げてくる。


 三日後か……変な人が来ないといいけど……と俺は若干不安に思うのだった。

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