76.戦士は竜と再会する

 自身の目の前で青年の姿に変化した光景を目の当たりにして、二人は竜と言う生物の不可思議さを改めて目の当たりにし、驚きの表情をその顔に浮かべる。


 このように人の姿と竜の姿……自由に姿を変えられるのは数ある種族の中でも竜しかいない。獣人族は獣の特徴を備えてはいるが獣そのものになることはできない。魔族も人の姿を基本としている。


 竜はどの種族の特徴も持ち合わせていながら、その上でどの種族にも当てはまらないと言われている……いわば第四の種族なのだが、人間の間ではその研究は全く進んでおらず、現時点では仮として獣人族の一種として彼等を認識している。


 どう見ても獣人族とは一線を画しているのだが、分類を分けるのに必要な研究ができていないための苦肉の策だ。


 一説には彼等は神の使いとも言われており、そのため、彼等を神と崇めている人々や宗教も存在する。残念ながら当の竜自体には相手にされてない模様だが、根強い竜信仰は各地に存在していた。


 強く、神秘的な存在……それが竜と言うものだ。


 クイロンはそんな彼等に対して冷や汗を静かに流していた。何せ今から自分は、誇り高い竜族達に挑戦状を叩きつけるような真似をしてしまうのだから、それを悟らせないように表面上は平静を装っているが、否応なしに緊張が身体を走る。


 その時にふと、クイロンの右手が暖かく柔らかいものに包まれた。視線を落とすとポープルの左手がクイロンの右手を包んでいる。二人は手を繋いだ状態になり、ポープルはクイロンを見上げると薄く微笑んだ。


「……大丈夫……私も一緒」


 その一言を聞いた途端に、クイロンの緊張は緩和され……心の中に勇気が湧いてきた。彼女の手を強く握り返すと、二人は案内役の竜に付いて行き洞窟を歩き続けると、やがて奥の方に光が見えてきた。


 そして、洞窟を抜ける際に不思議な感覚が二人を襲った。一瞬、眩暈がしたような身体全体が歪んだような感覚を耐えて洞窟を抜けると……そこには先ほどまでの山岳地帯とは異なる風景が広がっていた。

 

 非常にのどかな田舎の村のような風景……道行く人々も全員が基本的に大柄で、角が生えているという事以外は、穏やかな表情を浮かべて生活を営んでいた。この風景だけを切り取れば、ここが竜の里だと認識するものはいないだろう。


 案内役の男の後ろを付いて行く二人に、全員が視線を送っていた。ほとんどの人は二人の事を知っており、安堵の視線を送る者や、幽霊を見たかと言うような驚きの視線を送る者等様々だ。どうやら、勇者達が死んだという噂は広まってしまっていたようで……自分達がこうやって歩くことで少しでもその噂が払拭できれば良いのだがと二人は考える。


 やがて二人は、里の中でもひときわ大きな屋敷に辿り着く。その屋敷からは重苦しい雰囲気が漂ってきており、そこだけがまるで夜になったかのように暗くなっているように見えた。案内役の男は屋敷の扉を三回程ノックすると、そのまま返答を待たずに屋敷の扉を開けた。


『竜王様……お客様をお連れいたしました。お客様……どうぞこちらへ……』


『……なんじゃ……儂等は今とても客人を相手にする……気分……では………な……』


 屋敷の中は薄暗くなっており、その屋敷には二名の大柄な男女と、一人の少女が佇んでいた。彼等は一様に真黒い服装に身を包んでおり、表情は暗く沈んでいる……。そこには竜としての威厳はどこにもなく、それはただ友人の死を悼んでいる人間の様だった。


 竜王と呼ばれた男性は開かれた扉に視線を送り……クイロンとポープルの姿を見つけた瞬間に目を見開いた。


『お……お主ら……お主ら……お主らぁぁぁぁぁぁぁ!!』


 大声を張り上げ男性は二人に突撃する。その男性の豹変ぶりを驚いた女性二人も、彼が突撃していった方向へと視線を移動した。そして……連れてこられた客人である二人の姿を見た瞬間に、同じように目を見開いた。


『あ……あぁ……あぁぁぁぁぁ……』


『うぅぅ……生きて……生きてらっしゃったんですね……』


『お主らぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』


 男性はクイロンとポープルをその大きな胸の中に抱きしめ、女性二人はその光景に滂沱の涙を流す。


「おっさん!! 痛い!! 痛いから!! アンタ力強いんだからもうちょっと加減してくれ!!」


「……くる……しい……たす……けて……」


『うぉぉぉぉぉぉ!! 生きててくれたかぁぁぁぁぁぁぁ!!』


 抗議の声に気付いているのかいないのか、男性はそのまま二人を力一杯に抱きしめ続ける。一応、人間の骨を砕かない程度には加減しているのは分かるのだが……それに女性二人も加わるのだから二人の耐久力は正直なところギリギリだった。

 二人は竜族三人から抱きしめられるという状況に物理的に苦しみながら困惑しつつも、再会できたことを喜んで苦笑を浮かべていた。


 その抱擁はしばらく続き……案内役の男もその光景を見て、いつの間にかもらい泣きしていた。


 三人が落ち着いたのは抱擁してしばらく後だった……力一杯に抱きしめられたクイロンとポープルはぜえぜえと息を切らせながら苦笑を浮かべる。


「三人とも元気そうでよかったけど……元気すぎだろ……抱擁で死ぬかと思ったぜ……」


「息……苦しかった……」


 抗議の声を上げる二人だが、喜びに沸く三人はその抗議の声が聞こえていない……。とにかく三人で喜び合っている。そこで気づいたのだが、男性は青、女性は赤をベースにした服にいつの間にか着替えていた。


『戦士殿、魔法使い殿……よくぞ無事で訪ねて来てくださった……。死んだと聞いたから本当に心配したぞ。それで、勇者殿と僧侶殿はどこにいるのじゃ?』


「あぁ……その事なんだがな……」


 キョロキョロと周囲を見回しながら勇者と僧侶……ここに居ない二人の事を探す男性に……クイロンは言いにくそうに現在に至るまでの事情を説明する。


 魔王との対決に至る経緯と勇者のみに起こった悲劇……そして、王国の対応……。その二人の言葉を聞くたびに、三人の竜族の表情はみるみる変化していく。


 最初は、再会の喜びから笑顔でその話を聞いていた。しかし、その笑顔は徐々に曇っていき……最後には完全に無表情になる。


 まるで先ほどまでの笑顔が嘘であったかのように、その顔は作り物の仮面の様になっていた。その表情からは、何を考えているのかは読み取ることができない……。


 しかし、表情とは裏腹にその全身からは怒気が発せられているのが感じられる。……気の弱い者……いや、ある程度戦える人間であったとしても、その怒気だけで殺せそうな迫力だ。

 それが同時に三人から発せられているともなれば、流石のクイロンもポープルも冷や汗をかかざるを得なかった。


『……儂……ちょっと王国を滅ぼしてくるわ、後は任せたぞ』


『貴方……お待ちになって……。行くなら私も一緒に行きます……』


『お父様……お母様……滅ぼすのは私の手で……それは譲れません……』


 話を聞き終えた三人は、その場でまるで幽鬼の様にゆらりと立ち上がる。


 その目は表情の乏しさからは考えられないほどにギラギラと輝いており、今すぐにでも王国を滅ぼしに行きそうだ。実際に止めなければ、そのまま彼等はそのまま王国へ文字通り飛んでいき、あっという間に王国を滅ぼすだろう。


 流石にそれはマズいと考え、クイロンはそれを止めることにした。


「三人とも……王国を滅ぼすのはちょっと待ってくれないか? 特におっさん、あんた竜王なんだから……結構な問題だろそれ?」


『何故じゃ戦士殿!! 勇者殿にした仕打ちを考えれば……あの王国程度……!!』


 竜王と呼ばれた男性はクイロンの言葉に牙を剥き出しにして怒りの表情を向ける。傍らにいる彼の妻と娘の二人は、その言葉を肯定するかのようにクイロンを睨みつけていた。


 その迫力に思わず彼は息を飲むが、自身の手を握るポープルの手に力が籠ったのを感じて気を引き締めた。ここでたじろいで格好悪い所は見せられないと、自分自身を鼓舞する。


「今さ、王国には新しい魔王が居て……そいつは割と話が分かる奴でさ。そして、そいつが……王国を乗っ取ろうとしている最中なんだ。下手におっさん達が行くととんでもない事になる……だから堪えてくれないかな?」


 その言葉を聞いて、竜王は顔を顰めながら腕組みをして目を瞑る。何かを考えるように目を瞑るその姿をその場にいる全員が固唾を飲んで見ていることしかできない。


 声をかけることすらせずに、竜王の出す結論を待つ。


 まるで永遠とも思える沈黙が場を支配する。クイロンとしてはここで諦めてくれることを願うばかりだった。今の彼では……一人で竜王を止めることなど不可能に近いのだ。それはポープルが居たとしても難しいだろう。


 クイロンは内心の焦りを表に出すことなく平静を装い竜王を見る。それから……竜王はゆっくりと目を開けると、クイロンを真っ直ぐに見据えた。


『その魔王……信頼できるのか?』


 この回答次第では彼は今すぐに王国に乗り込むだろう。嘘を付くわけにはいかない。だから、彼は新しい魔王に感じた印象をそのまま伝えることにした。


「……少なくとも、王国より……王国の連中よりは信頼できると俺は考えている」


『そうか……』


 彼はクイロンの言葉に静かに頷く。


 どうやら納得してくれたようだとクイロンは胸を撫でおろすのだが、そんな彼を余所に竜王は背中をゴソゴソまさぐり始めた……。

 そして、何かをベリベリと剥がす音がしたかと思うと、その手には背中から出したとは思えない大きさの鱗が置かれていた。青い光を放つ、竜の鱗だ。


 竜王はその鱗を自身の爪でなぞり始める。鱗をなぞるたび、何か音楽を奏でるかのような音が紡がれ、その音と共に鱗の上には見る見るうちに文字が掘られていく。

 爪の動きが止まると同時に音は止まり、竜王は先ほどクイロンとポープルを案内した男性を呼ぶ。


『これを王国まで届けてくれ。あぁ、奴らが攻撃してくるようなら反撃して構わんからの』


 鱗を手渡された男性は、それを恭しく受け取ると無言でその場を後にした。物騒なことを言っているが、流石にそこまでを止めることはクイロンにはできなかった。まぁ、そもそも竜がやってきてそれを攻撃しようとする気概は今の王国にはないだろう。


「おっさん……今のは?」


『ん? まぁ……手紙みたいなものじゃよ。儂等竜族は、何かあった時には魔王に味方する、しかし王国が魔王に害を成さん限り……儂等は王国に敵対しないと書いて送ったんじゃ』


 あっさりと言いのけたのだが、その言葉にクイロン達は驚く。中立と言われていた竜族が魔王に味方すると明言したこともそうだが、それを王国にわざわざ宣言するのは……王国に喧嘩を真正面から売る行為だった。

 魔王にとってはこの上ない援護となるだろうが、それは全世界に衝撃を与えることになりかねない……。クイロンはそう考えていた。自分達も竜族を味方……いや、利用しようとする輩が出るかもしれない。今の自分達の様にと、クイロンは少し自嘲気味に考えた。


「いいのかい、おっさん……?」


『儂等の代わりに王国に報復を加えてくれるなら、味方するのは当然じゃ。魔王なら心配は無用かもしれんが……念には念を入れとかんとの』


 目は笑っておらず、口元だけで笑みを浮かべた彼に納得したように妻と娘の方も頷いている。かろうじてか細く残っていた王国の命運も、今日この時に尽きたと言えよう。後は魔王が何とかコントロールできるようになることと、将来的に権力を持った彼が暴走しないことを願うだけだ。


 おそらく、あの魔王に限っては心配ないだろうと二人は考えてはいた。それでも、その場合は止めるのはまた自分達の役割だとも自覚して、それでもより良い未来を願っていた。

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