第五章「元勇者達と戦士達」
75.戦士はとある里を目指す
人里から遠く離れたとある山岳地帯……めったに人が近づかないその地帯は、周囲には木々は少なく、地面から隆起したような鋭く尖った岩がそこかしこに露出している。もしもうっかり転倒でもしようものならば、良くて岩で肌を切るか、下手をしたら隆起した岩が身体に突き刺さり致命傷を負ってしまうかもしれない。そんな危険な地帯だ。
だが、人々がその山岳地帯に近づかないのは、そこが危険な地形をしているという事だけが理由では無かった。その場所はとある種族が古来より縄張りとしている地帯だったからだ。
その種族とは、竜族。
全種族の中でも最強と言われている彼等は、基本的には自身の縄張りからはめったな事では出てこない。最強ではあるが、怒らせさえしなければ最も安全な種族とも言われているが、逆を言えば下手に触れて彼等を怒らせてしまった場合には何が起きるかわからない……。
彼等を自身の配下に加えようとしたとある国が、竜族の逆鱗に触れ半日……いやそれ以下の時間で滅びた……なんて伝説があるくらいだった。
だからこそ周囲に住む人々は、決して竜族を刺激しないように、自分からはその山岳地帯には決して近づかないのだが……そんな危険な場所に立ち入る影が二つあった……。
「……クロ……ここって……ディたちの……方向と……全然違わない……?」
「んー? まぁ、そうだな。むしろ方向としては全くの逆方向だな」
かつての勇者であるディアノの仲間であるクイロンとポープル……この二人は今、竜族の縄張りと言える山岳地帯に入っている。流石に馬車は山の麓に置いてきており、現在は徒歩で岩を避けながらゆっくりと進んでいる。
「なんで……ここ……に?」
「いや、俺達さー、考えるまでもなくすっげえ出遅れてるんだよ。生半可な事じゃあ、いつまでたってもあいつらに追いつけない……そもそも行先も分かんないしな。あのアホ聖女みたいな嗅覚もないし……だから協力者を得なきゃいけないんだよ……」
ポープルは首を傾げながらも黙ってクイロンの後を付いて行く。この場所は彼女も知らないわけでは無い。何故なら、かつての旅でもここは立ち寄った場所でもあるのだ。
その時は縁ができた竜族に招かれてのことだったのだが、今回はそうではなく……自ら赴いているという違いがある。それがどう転ぶのかはわからず、ほんの少しだけ緊張を胸に秘めていた。
「……協力……者って?」
ほんの少しだけ嫌な予感を覚えながらも、聞かずにはいられないその事をほんの少しだけ先を歩く自身の恋人へと尋ねる。実際には聞かなくてもこんな場所にいるのだから予想は付いているのだが、彼の言葉で明確に聞きたかったのだ。
そして、クイロンは首だけを自身の後方へと向けると、口の片方だけを吊り上げて不敵な笑みを浮かべる。
「わかってて聞いてるだろ? 竜のおっさんに協力をお願いするんだよ」
その予想通りの一言にポープルはため息をついた。どうりで道も見覚えがあるはずだ。この道は、以前にも通った竜族達の里へと続く道なのだろ。彼が道を覚えていたのは意外ではないが、それでも自ら竜に会いに行こうなどとは普通は思わない。
半ばわかってて付いてきてしまっている自分が言えた義理ではないが、せめて事前に説明くらいはしてほしかった。
「……協力……して……くれるの?」
「まぁ、たぶん大丈夫だろ。知らない仲じゃ無いんだし」
楽観的な言葉を言うクイロンに少しだけ腹を立てたポープルは、彼の背中に小走りで近づくと一回だけポカりと叩く。あまり力は入っていないが、怒っているという事を示すためだけの行為だ。
その行為に、彼女が怒っていることを察したクイロンは片手を上げて軽く謝罪の態度を示す。実はこの時、彼は自分がいう程には協力に対して楽観視はしていなかったのだが、少しでも自身の恋人を安心させるために言ったことが逆効果であったことを反省していた。
「そう言えば、言ってなかったよな。ごめんな、慌ててたからよ」
「……ん……許すけど……。今度から……先に言ってね」
だから、改めて彼女に対して簡素ではあるが真摯な気持ちを込めて謝罪の言葉を口にした。その一言で許してしまうのだから自分も甘いと感じながら、ポープルは先ほどまで後ろについていた彼と並んで歩いて行くことにした。それからしばらく二人で連なって歩いていると、唐突に周囲が暗くなる。
上空に大きな何かが現れたような影が二人を覆いつくし、反射的に上を向くとそこには……十数匹にも及ぶ竜の群れが存在していた。竜達は上空を旋回しながらもこちらにすぐさま襲い掛かってくるような様子はない。
普通の人間ならその光景を見るだけで腰を抜かしてしまうだろうが、二人は上空の竜達を見上げると、やっと迎えが来たからと微笑を浮かべた。
『貴様等……ここから先は竜の里……人間が何用だ……迷い込んだのならば直ちに引き返せ……引き返せば命までは……』
「よう、久しぶりだなお前等。俺の事を覚えてないか? おっさんと姐さんと嬢ちゃんは元気かい?」
上空の竜の中でもひときわ大きな個体が、周囲に響くような重厚な声を発するのだが、クイロンはその声を無視して片手を上げてにこやかに彼等に語り掛ける。
人間からの予想外の態度を示された上空の竜たちはほんの少しだけ困惑したようにざわついた。
迷い込んだ人間を相手にした場合、彼等は腰を抜かしてその場から動けなくなるか、脇目も振らずに一目散に逃げだすかのどちらかだ。
このように笑顔を向けられるなど、竜達にしてみれば遭遇したことの無い経験だった。これからどうすれば良いのか、竜達に動揺のようなものが広がって行く。
その動揺を抑えるように声を発した個体が他の竜達を静止すると、自身は地面へとゆっくりと降り立つ。
目の前にすると人間の三倍はありそうなその巨体で、クイロンとポープルの前に立ちはだかのだが、それでも動じない目の前の二人を、竜は目を凝らすようにして凝視し……顔をゆっくりと近づけていく。それから、彼等の匂いを嗅ぐように鼻を鳴らすと……その両眼を見開いた。
一見すると怒りに満ちたようなその表情ではあるが、そうでは無い事を二人は理解していた。
『もしかして……戦士殿と……魔法使い殿……ですか?』
「おう、久しぶりだな。お前等ってホント人の顔覚えるの苦手だよな。まぁ、種族違うと仕方ないか」
「……どうも」
『……魔王の討伐で皆さんが亡くなったとお聞きしてましたが……生きていらしたんですね……』
重厚な声をわなわなと震わせながら放った竜の言葉に、上空の竜たちは先ほどよりもいっそう激しくざわついた。そのまま竜が二人に対して頭を垂れてその瞳から涙を流したからだ。
どうやら人里から遠く離れたこの地では、魔王を倒したことに対しての噂が若干歪んで伝わっていたようだ。
そもそも、噂が伝わっていた事自体驚きでもあるが、おそらく最初は『勇者が犠牲になった』噂が、ここまで届くにつれて『勇者達が犠牲になった』とでも変わったのだろう。いろんなヒレがくっついた形だ。
「俺達は生きているよ、心配かけたみたいだな」
「死んでない……皆……生きてる……」
頭を上げた竜はその言葉に嬉しそうに笑顔を浮かべた。牙を剥き出しにした表情なので見ようによっては威嚇だが、二人とも彼に対して笑顔を返す。
『それで、勇者殿と僧侶殿は一緒では無いのですか……?』
「あー……まぁ、その辺も含めて説明したいんだけどよ。里に行くわけにはいかないかな? それと……最初にも聞いたけどさ、おっさんと姐さん、嬢ちゃんは元気かい?」
『あの三人は今は……ちょっと……。でも、お二人が来られたのであれば……。ご案内しますね……ついてきてください』
そのまま彼は上空へと舞い戻ると、困惑する他の竜達に簡単な説明をしてから、二人が付いてこられる程度のスピードで連なって飛行を始める。
十数匹の竜が連なって飛ぶ姿は圧巻であり、かなり見応えのある光景なのだが見惚れているわけにもいかずに、二人は少しだけスピードを上げつつ竜達に必死に付いて行く。
空を飛ぶ速度としてはゆっくりなのかもしれないが、かなりの速度に二人は必死に追いすがって行く。それからしばらくすると見覚えのない洞窟へと辿り着いた。飾りも何もない、殺風景な自然の洞窟の前にした二人へと……再び竜が舞い降りてきた。
『ここから先が、竜の里となります』
「里への入り口変わったのか。前は、もうちょっと分かりやすい所にあったよな」
『えぇ、勇者殿達に助けてもらった誘拐事件を機に、定期的に入り口を変えるようにしたんです。入るのも我々の許可が無ければできません』
「……命知らずは……どこにでもいる……」
竜の言葉にクイロンもポープルも当時を思い出して顔を顰めた。この地帯は竜が縄張りとしていて人が近づくことはほとんどない……しかし、愚かな人間と言うのはいつの時代も、どんな場所でも存在する。
その愚か者たちはこの竜の縄張りに近づいて、あわよくば竜を捕獲しようとしていた。
どんなに弱い個体でも、小さくてもいい……それこそ子供の竜だって問題ない。彼等は竜を捕らえて持ち帰り、引き換えに大金と同時に名誉が得られると信じていた。そんな欲望に身を任せた人間が、この地帯にひっそりと足を踏み入れていたのだ。
そして……運悪く、里の外で遊んでいた子供の竜が捕らえられてしまった。
それを偶然に助けたのが、当時のディアノ達だった。
馬鹿な人間達から竜を助けたは良いのだが、誘拐した側だと誤解を受けて子竜の両親と戦ったりもした。かなりの死闘ではあったが、なんとかそれを耐えて親子の再会を果たしてあげられたのだが……。当時の事は死闘過ぎて思い出したくない記憶だった。
「あれから、変な人間は来ていないのか?」
『はい。皆さんのおかげでおかしな人間があれから来ることはありませんでした』
その竜の一言に二人ともホッと胸を撫でおろす。子供の竜達が心配と言う事もあるのだが、彼等の逆鱗に触れた場合の被害の大きさが問題だからだ。あの時、偶然にでも自分達が子供の竜を助けていなかったらと思うとゾッとする。
おそらく自分達は魔王討伐どころではなく……下手をすれば竜の群れに成すすべなく倒されていただろう。
それぐらい、竜は数も力もずば抜けている存在だ。彼等が非常に心が穏やかな種族であることは、人間や他の種族にとっても非常に幸運な事だった。それこそ、ありえないくらいの奇跡だとすら思っている。
だからこそ……クイロンは今から自身がする竜達にする話を至極慎重にする必要があった。顔見知りであるとは言え、彼等を怒らせてしまってはいけない。必要以上に遜る必要はないが、礼は失しない……そんなバランスが必要になってくる。
何体かの竜達はそのまま空を旋回して解散していく。どうやら彼等は一緒に里に入る気は無いようだった。
それと同時に、目の前の竜が光に包まれて一人の青年の姿になる。ゆったりとした上下一体型の服を着こんだ大男だ。日焼けした肌が黒く光り、まるで空の色のような真っ青な髪の色をしていた。頭部には竜であることを主張するように、同じ色の角が二本生えている。
『それじゃあ、ご案内いたします。こちらです』
青年は柔らかく微笑むと、二人を竜の里へと案内するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます