77.戦士は試練に挑む

『それで、今回は何用じゃ? 戦士殿、魔法使い殿。単に生存報告と遊びに来ただけというわけではあるまい?』


「……わかるかい?」


 見透かしたようなその一言にドキリとさせられるが、それを悟らせないようにクイロンは口の端を片方だけ吊り上げて挑発的な笑みを浮かべた。しかしそれも一瞬で、すぐに真顔に戻るとそのまま深々と彼等に対して頭を下げる。ポープルもその姿を見て慌てて一緒に頭を下げた。


「おっさん……いや、竜王様に頼みがあります。俺達の元から居なくなった勇者達に会うために、その御力をお貸しいただきたい」


『ほぉ……』


 弱気を見せたらいけないが……頼み事はあくまでも誠実に行わなければならない。その為、許されていた呼称を改めて竜王様と彼の事を呼ぶ。その態度の変化に、竜王は顎を軽く撫でながら感心したように笑みを浮かべた。


『力を貸せというが……具体的にどうすればいいのじゃ?』


「勇者達は貴方から賜った竜の指輪を所持しているはずです。その気配を辿ることはできませんでしょうか?」


『お主、そう言う口調でも話せたんじゃな。ここ最近で二番目にビックリしとるよ』


 一番は、お主たちが生きていることを知ったことじゃがなと、竜王はそのまま豪快に笑う。だが、その目は鋭く二人を見据えていた。頭を下げたままでもその視線を感じた


『確かに……あの竜の指輪の気配を辿るのは可能じゃ……しかし辿れるのは指輪の気配のみで、勇者殿がそこにいるかの保証はない……しかも気配は儂にしか分からんぞ? この意味がわかるか?』


「わかっています……」


『つまりお主は……儂に勇者の所に行くための移動手段に成れとそう言うのじゃな……この竜王である儂に対して……』


 その瞬間、殺気とも怒気ともつかない何かが二人の身体を激しく叩く。気を抜くと倒れてしまいそうになるのを必死に堪えて、頭を下げ続ける二人だが……。クイロンはゆっくりと頭を上げて、両の目を竜王と合わせる。


「その通りです。竜王様には私共と共に……勇者に会いに行ってもらいたい」


 わざと移動手段と言う言い方をしたことは分かっているが、あえてそこは否定をせず、肯定した上で改めて自身の言葉で目的を告げた。具体的な内容を教えられていなかったポープルも、ゆっくりと頭を上げると竜王と視線を合わせる。


 ひとしきり、睨み合うように二人と視線を交差させた竜王は……そのまま肩を震わせた。誇り高い竜族を怒らせたかと二人は焦るが、そうではなかった。


『クククク……』


 小さく漏れ出たのは笑い声だった。肩を震わせ、漏らした笑い声が徐々に大きくなっていく。


『ククク……グググ……グワァァァァハハハハハハハァ!!』


 大きな咆哮の様な笑い声を上げると、竜王は片手で頭を押さえながら笑い続ける。竜王の妻の方は忍び笑いを漏らし、娘の方は首を傾げながらも笑みを浮かべていた。

 ここで笑い声を上げるのは完全に予想外だったため、その様子に二人の目は点になる。


『久方ぶりじゃのう!! 戦士殿たちは「竜の試練」をお望みか!! いやさ、何十……いや、何百年ぶりか?! 試練に挑む者が現れるのは!! しかも儂をご指名と来た!!』


『あら貴方、お二人とも状況が分かっておられないようですよ? 説明してあげてはいかがかしら?』


『ん? なんでじゃ? わざわざ来ておいて「竜の試練」を知らないわけがあるまい?』


「いや……おっさん……「竜の試練」って何?」


 思わず素に戻ってしまったクイロンの言葉に、竜王が先ほどまでの笑顔から一転し、きょとんとした表情を浮かべる。妻の方はそんな夫を眉を顰めながら困った様な表情で見ていた。


『試練を知らんのか? 何故?』


「いや、そう言ってるじゃん……」


『戦士殿……貴方が先ほど仰られてたのは「竜に自身を乗せろ」と言う事であり……我々、竜族は与えた試練を乗り越えた方のみそれを許しているのです……それを『竜の試練』と呼んでいるのですよ』


 妻の方が説明してくれた内容は聞いたこともない話だった。少なくとも、誘拐された竜の娘を助けた時も、旅をしている最中にも、そのような噂の欠片も聞いたことは無かった。


「はぁ……姐さん……初耳ですそれ……」


「私も……聞いたこと……無かった……」


 竜王は大きくため息をつき、妻の方は苦笑を浮かべる。知らなかったがそう言うものがあるというのは二人にとっては僥倖だった。そう言う制度があるのならば、試練さえ乗り越えれば協力を得られるのだから、小難しい交渉をした怒らせたりする危険性は無い。


 安堵の笑みを浮かべるクイロンだったが、ポープルは口元に手を当てて難しい顔をしていた。そして、竜王に対して問いかける。


「おじさん……試練って……どういうの……なの?」


『単純じゃよ、儂と戦って儂に強さと認めさせれば良い。単独でな。お主らは娘の恩人じゃし、試練には何度挑んでも良しとしよう。仮にも竜王である儂が相手じゃし、それくらいはハンデが無いとな』


 その一言に二人の表情は固まった。そして、四人で決死の思いで娘を誘拐されたと怒りに燃える竜王と戦った時が脳裏に蘇り顔を青くさせる。今よりも弱かった頃とは言え、四人で戦って防戦一方……いや、戦いにすらなっていなかった。ただ運良く生き延びることができただけだ。


 気がついた娘が父親を説得してくれなければどうなっていたか……考えるまでもなく。それを、単独で挑まなければならないことに、先ほどまでの安堵の気持ちはどこかへと吹っ飛んでいった。


 そんな彼の気持ちを知ってか知らずか、竜王は表情をいっぺんさせて真剣な表情をクイロンへと向けた。


『竜王バウルとして問う、汝、竜の試練に挑むか? 挑むならば、名を名乗り、挑む事を宣言せよ』


 その言葉に、クイロンは一瞬だけ考える。一瞬怯むように足が一歩だけ後ろに下がってしまうが、そんな自分の弱さを振り払うように下がった脚に力を込める。


(……馬鹿か俺は、ここで弱腰になってどうする。ディのやつは絶対に強くなっているんだ。だったら、ここで逃げるようならあいつに追いついてもぶん殴ってやるなんて夢のまた夢だ!!)


 脳裏に蘇ったのはあの日の魔王城を消滅させた攻撃だ。あれがディアノだった場合、自分よりも強くなっているはずだと考える。それに、これだけの時間が経過してディアノが強くなるための努力を怠っているとは彼にはとても思えなかった。

 だから、下がった脚を一歩前に出し、真正面から竜王の目を見据えて力強く答える。


「……戦士クイロン、竜の試練に挑むことをここに宣言します」


『うむ……ここに試練の開始は宣言された。竜王バウル、戦士クイロンの挑戦を受けよう』


 満足気に頷いた竜王バウルだが、クイロンは緊張した面持ちで目の前のバウルを見据えていた。自身はこの相手に力を認めさせることができるのか……緊張から頬を汗が伝わった。


『それじゃあ魔法使い殿の相手は私が務めましょうか……』


『お母様……その役目、私にやらせてください』


 妻の方が一歩前に出ようとしたところで、娘の方がそれを遮り前に出てきた。あの小さかったはずの助けた子竜が、今ではすっかりと大きくなっていた。


『私も竜の端くれです……人間に攫われたあの時から悔しく特訓を重ね強くなりました……だから私にやらせていただきたいのです』


 真面目な顔をした娘の方が、妻を遮るようにして先に一歩前に出る。その顔は歴戦の戦士の様な鋭い眼差しをしており、佇まいからも強者の雰囲気を漂わせていた。

 ゴクリと唾を飲み込むポープルではあったが、妻の方は少しだけ呆れたようにため息をつくと、少し下を向いて首を左右に小さく振る。


『……本当は?』


『私も勇者様に会いに行きたいです!! お父様だけズルいです!!』


 緊迫した雰囲気から一転のその言葉に少しだけクイロンもポープルも肩を落とすが、その目が本気なのは分かった。だからだろうか、妻の方はその役割を譲るように一歩下がると娘に視線で宣言をするように促す。


『龍姫メアリとして貴女に問います、汝、竜の試練に挑みますか? 挑むならば、名を名乗り、挑む事を宣言してください』


『親の贔屓目も含まれますが……娘はあれから私と夫と共に強くなる訓練を重ねています……あの頃の不甲斐ない自分を払拭するように……その事を念頭に置いてくださいね?』


 その忠告に、ポープルはメアリを見据える。あの頃の弱弱しい面影は微塵もなく、背丈もすっかり自分を追い越した彼女……竜王とその妻相手に特訓を重ねたという彼女は、確実に油断できる相手ではなかった。

 それでも彼女は宣言する。


「……魔法使い……ポープル……竜の試練に……挑むことを……ここに宣言……します」


『はい……ここに試練の開始は宣言されました。竜姫メアリ、魔法使いポープルの挑戦を受けます』


 お互いに真剣な表情で視線を交差させている。その姿を、満足気な表情で見守っている妻の方も、静かに宣言をした。


『竜妃ソフル……この試練の立会いを務めましょう』


 その宣言と同時に、今から戦いが始まるのかと二人が緊張し構えた瞬間……バウルは大げさなほどに両手を広げると、勢いよくその両掌を叩きつけ、空気が震える程の破裂音が周囲に響き渡った。


『よし!! じゃあ今日は再会を祝して後を上げての宴会じゃあ!! 勇者殿達が生きてたお祝いじゃ!! 皆の衆!! 準備せえええええぇぇぇぇぇい!!』


『応!!』


 どこにいたのか、バウルのその言葉に呼応するように屋敷の外から中に響くほどの大声が聞こえてきた。クイロンとポープルの二人が外に出ると、竜族の人間達は一斉に宴会の準備を始めているようだった。

 その姿を、後から屋敷から出てくるバウル達は満足気に頷いている。


「……試練は良いのかい?」


『せっかくの再会した日にやることもあるまい。いやぁ、久々に美味い酒が飲めそうじゃわい。ここ最近は里も悲報で暗かったしの』

『私も今日は飲んじゃおうかな。勇者様に再開する前祝いで』


『……メアリ……今日は止めませんが……ほどほどにね……貴女、酔うと……』


 彼等は晴れやかな顔を浮かべながら、彼等は準備する里の竜族達を眺めている。試練を始めると身構えていた二人は、一気に気が抜けてしまう。ポープルは腰が抜けてしまったのかその場でへたり込んでしまった。


(まぁ、良いか……再会して嬉しいのは俺も確かだ……移動した疲労もあるし、今日は休みだな)


 座り込んだポープルを立たせながら、今更焦っても仕方ないと気持ちを切り替える。そもそもがやすやすと突破できる試練では無いのだから、宴会の席で情報収集をするのも悪くないと彼は考えていた。


 そこでふと、先ほどのバウルの言葉が気にかかった。


 バウルは『試練には何度挑んでも良しとしよう』と言ったのだが……。


「ちなみにだけどさ……普通は試練に失敗したら再挑戦できないものなのかい?」


『当然じゃ、試練に失敗した人間は儂等に喰われるからのう』


「……え?」


 あまりにもあっさりと言われたその一言に、クイロンもポープルも目を見開いて驚く。驚いていたのは二人だけではなく、メアリも驚きにバウルの顔を凝視している。その場で驚いていないのはソフルだけだった。


『儂等に挑むのじゃぞ、試練の失敗はそのまま死を意味する。そして、勇敢に挑んできて亡くなった戦士を弔うのは義務じゃ……だからこそ儂等の血肉とし、その後も共に戦うために生まれた風習じゃ』


 丁寧に説明をしてくれるが、三人ともその説明に引いていた。特にメアリは、今回が特例で無ければと勝ってしまった場合には恩人を食べなければならなかったのかと、顔を真っ青にしていた。


『そんな顔するでない、儂等だって嫌なのじゃぞ? 人間なんて不味くて喰えたもんじゃないからのう……しかし、勇敢な戦士の亡骸をそのままにしておくわけにはいくまい』


『そうですねぇ、臭くて固くて不味くて……でも敬意を込めて我らの血肉させていただくのです……。心配そうにしないでください。あなた達は手加減はいたしませんが失敗する前に止めますわ……だから……死なないでくださいね?』


 死んでしまったら仕方ないから血肉とはさせてもらう。


 ソフルの目を見た三人はそんな幻聴が聞こえた気がして、三人とも、背筋を震え上がらせる。ポープルとメアリなんかは恐ろしさのあまりか抱き合って震えていた。


「……嬢ちゃん、知らなかったのか」


『その辺の掟は……まだ勉強中でして……』


 どうやら強くなる事は重点的にしていたようだが、それ以外はからっきしの様で、青ざめた顔のまま気落ちしたように目線を下の方に落としていた。


(この試練が廃れたのって……それが原因じゃないのか? 人間側は意図的に失伝させたのかもな……)


 クイロンはそんな風に予想するのだが、答えは分からない。ただ、自分達の運がとんでもなく良いという事だけは理解できていた。

「嬢ちゃん助けてて良かったってところか……」


「うん……頑張ろう……」


 今回は何度挑んでも良いと言われた意味がここまで重かったとは考えていなかった二人は、改めて安堵の表情を浮かべるが、同時にその試練の重たさを実感する。顔を見合わせて、明日からの試練に対して、不安を感じるお互いを励ますように視線を交差させた。


『メアリ……手加減はなりませんよ。全力で挑んでこその試練です』


『……はい……お母様……』


 メアリはソフルからしっかりと釘を刺されており、その表情を引き締めてたものに変化させる。


『まぁ、堅苦しい話は明日以降じゃ。今日は久々の再会を祝おうぞ!! さぁ、儂等も準備を手伝うぞ!! 続けお主ら!!』


 まるでお祭りにはしゃぐ子供の様に叫びながら、バウルは屋敷を飛び出して準備をしている竜族達の中へと突撃して行く。豪快に笑いながら自ら準備をする姿は、気の良いおっさんと言う感じであり、とても竜王には見えなかった。

 残された四人は苦笑すると、お互いに顔を見合わせつつ……バウルの後に続き準備を手伝いに移動していく。


 その日の宴会は結局、朝になっても続いてしまい……三日三晩の宴となった。


 酒を飲んでは眠り、また起きては宴会に参加し酒を飲み、まるで竜族達の喜びを表しているかのようだった。


 はしゃぎ過ぎた竜族を止める術はなく……結局、竜の試練を開始できたのは、彼等が再会してから四日近くも経過してからとなってしまったのだった。

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