72.勇者はお見舞いを受ける
ベッドの上で毛布にくるまった俺の意識がゆっくりと覚醒する。周囲はリムとルーの二人が仕事に出た時の静寂が嘘のように、ガヤガヤと騒がしくなっていることに気がついた。
寝ぼけ眼を擦りながら、俺はいつまで寝ていたんだろうかとふと疑問が頭に生じる。……もしかして、寝すぎたことで二人を心配させたとかじゃないだろうな……と、心配しつつ上半身を起こすと……そこには予想外の人々が居た。
領主の娘であるアグキスとセイの夫婦、トナカイの獣人のヘレディアさんとその恋人である犬の獣人兄弟のエナウとサロナ……、剃り上げた頭が眩しい、獣人の嫁が二人いる人間の花屋のプナル等々……この町に来て知り合った女性陣と男性陣が勢揃いしていた。
「みんな……どうしたんだ?」
驚いた俺はゆっくりと上半身を起こすと、その事に気付いた数名が俺の方へと視線を送り、次々に口を開き始める。
「あ、師匠。起こしてしまいましたか。騒がしくしてしまい申し訳ないです。師匠が風邪を引かれたと聞き、我ら一同お見舞いに伺った次第です」
「先生、これ俺の料理屋で出してる滋養強壮に良いスープだ!! 飲んでくれよな!!」
「俺等は肉を持ってきたぞ、やっぱり風邪には肉だろ、肉! 上等な肉を持ってきたぞ!! これ食って精を付けてくれよ!!」
「私はストゥリさまがいるので不要かと思ったのですが、体力回復に良い薬をお持ちしました」
セイの発言を皮切りに、料理屋を二人の嫁と経営している人間のポーインド、肉屋を営んでいる熊の獣人のバウド、薬屋をやっていて、ストゥリとも懇意にしている鹿の獣人のケルス……全員が嫁さんを連れてわざわざ見舞い品を持ってきてくれていた。
そのおかげか、部屋の中にはまるで店が開けるんじゃないかって言うくらいにお見舞いの品々で溢れかえっている。
花屋のプナルは大量の花を持ってきたのか、次々に花瓶に生けてすっかりと部屋が華やかになっていた。部屋の中には花の良い香りが広がっており、なんだか落ち着く気分になってくる。
「……皆……わざわざ来てくれたのか……」
「何を仰います、今日の診察に伺ったらルー様とリム様から師匠が倒れられたと伺ったのです。お加減はいかがですか?」
「あぁ、一眠りしたからかだいぶ良いよ。どうも、疲れが貯まってたみたいでさ」
「先生~先生~、疲れにはこの干物が良いにゃよ、遠い海からとれたお魚の干物、貴重品にゃ。とっときの品にゃ」
二人の嫁と乾物屋を営んでいる猫の獣人のオヒアが干物を取り出すと、その生臭さに全員が顔を顰めていた。せっかくの花の香りがその匂いでかき消されてしまうのだが、俺はその匂いが酷く懐かしかった。
よく親父も、取れた魚が多すぎて捌ききれなかった際には、保存のためにと干物を作って近所にお裾分けしてたっけ。今だからわかるが、美味い干物はかなりの貴重品なのに、子供の頃はまた魚かとよく文句を言っていたっけ。
「お前それ臭いからしまっとけよ! 慣れてないやつにはきついんだよ!! あ、先生。俺はこれを持ってきたよ。うちの料理屋で出している菓子だ。ルーさんとリムさんと一緒に食べてくれ」
「私達は治療祈願にこのお守りをお持ちしました……手作りですがどうかもらってください」
なんんと四人の嫁を持つ獅子の獣人のトルヒは、ポーインドと同じく料理屋なのだが、嫁さんが多いからなのかデザート系を充実させているらしく、色とりどりの菓子が入ったバスケットを置いて行く。
俺に鳥の形をしたお守りをくれたのは民芸屋と営んでいるネネグースだ。木彫りのお守りは非常に温かみがあって、なんだか可愛らしい形をしている。三つくれたという事は、ルーとリムの分なのだろう。
「みんな、ごめんな。忙しい中わざわざ来てもらって。」
「師匠が倒れられたというのであれば、弟子として見舞うのは当然のことです。それに我らの方が師匠にはお世話になっているのですから、これくらいさせてください」
胸を張るセイの言葉に、男性陣も女性陣も同意するように首肯する。女性陣も治療がまだ完全に終わっていないというだろうに、わざわざ来てくれた……その心遣いが何よりもありがたかった。
せめてお茶でもと思って、ベッドから体を下ろそうとしたところで全員に止められてしまった。むしろちょっとだけ怒られた。
これ以上自分達がいると、俺が何か無理をしそうだと思われてしまったのか、彼等は俺の元気そうな顔を見られたので安心したと言い残して立ち去って行く。本当は起こさずにこっそりと見舞って帰るつもりだったらしく、最後には全員に謝罪されてしまった。
むしろこちらとしては、わざわざ見舞いに来てくれたことが嬉しかったので気にしなくて良かったのだが……。まぁ、互いに気を使うのも本意ではないので俺から改めてその事は告げなかった。
今度は元気な時に、一緒にお酒を飲みましょうと全員が笑顔を残して去って行く。確かに、落ち着いたら全員でパーッとしたいな。
そして、彼等と入れ違いでルーとリムの二人が部屋に戻ってくる。もしかしたら、タイミング的にわざわざ部屋の外で待っていたのかもしれない。そのおかげで、部屋の中には大勢の人間が去ったことで起きるはずの寂しさが発生することは無かった。
「ディさん、戻りましたよー。お身体の調子はいかがですか? いやぁ、皆さんお見舞いに来てくれて良かったですね。あらら、こんなにお見舞い品が……」
「あら、お肉もありますね……生物は保存してもらって……料理については今晩いただいちゃいましょうか……ディ様、お昼は取られましたか?」
お見舞いの山に思わず目を奪われた二人は、それぞれの感想を述べている。それからテキパキと見舞い品の仕分けを二人は行っていった。
俺はリムに言われて、そこで初めて空腹を思い出す。どうやらかなり長時間寝ていたようで、二人が帰ってきているという事はもうとっくに夜なのかもしれない。それだけ寝てれば腹も減るわけだ……。
「……あー……昼もずっと寝てたみたいだから何も食べてないから……流石に腹が空いたな……」
「食欲より睡眠欲だったんですね、よくあることです。メイドさんには無理に起こさないで下さいと言っておいてよかったです」
「それじゃあ、少し早いですが晩御飯を作りましょうか。ルーちゃん、一緒に料理を……」
「今日はいただいた料理があるみたいですから、マーちゃんはそちらの温め直しをお願いしますね。追加で食材は入れなくていいです。私はディさんに甘めのミルクを使った麦粥を作りますので……役割分担はそれで」
何か言いかけたリムの言葉を遮り、慌てながらルーはリムへと役割を与えた。どうやら朝と同様に、リムはルーと一緒に料理をしたいようだ。
二人はいくつかの食材や料理を持って部屋から出ていく。確かに温め直しであればそう変な事はすることは無いと思うが……またルーが消耗することが無ければいいと俺は心の中で祈っておいた。
ほどなくして二人は戻ってくる……ルーは朝とは違い大きな消耗はしてなかったのだが、リムはかなりニコニコと満面の笑顔を浮かべている。温め直しただけでも料理をした気分になれたのだろう。
……その手があったかと、俺もルーも顔を見合わせて苦笑するのだった。
それから、俺達は一緒に食事を取る。甘めの麦粥に見舞いに持ってきてくれたスープ……少し二人には質素な気がするが、今の俺にはちょうどいい量だった。
「そう言えばさ……夢でまた聖剣と聖具に会ったよ。あいつら、一緒になってたよ。なんだか幸せそうだったわ……」
その言葉にリムは少し驚いたような表情を浮かべ、ルーはほんの少しだけ不満気な表情を浮かべた。
「ディ様も……お礼を言われたんですの?」
「お礼も言われたけど、なんか色々と説明受けたかなー。なんか俺、あいつらと会話できる才能だけはあるらしくてさ、色々と喋ったよ。まぁ、重大な事実は無かったけどさ」
それから俺は色々と何を喋ったのかを二人に説明するのだが……その内容にルーが不満気な顔を浮かべていた。なんで? とりあえずルーは置いといて俺はリムに頼まれていた伝言を今度は忘れずに伝える。
「あぁ、リム。聖具がさ。ありがとうって言ってたよ」
「そうですか……お礼を言うのはこちらの方ですのに……」
感慨深げに自身の腕輪を撫でるリムとは対照的に、ルーは自身のイヤリングとネックレスを口を尖らせて触っている。
「ルー、何が不満なんだ?」
「だって、私だけ装具と話もできて無いしそもそも会えてないです。なんでなんですか、なんで二人はお話しできてるのに私だけできないんですか」
「ルーちゃん、私も会話はできて無いので……ディ様だけですわ会話できてるのは……」
ピンピンとイヤリングを指ではじきながら、ルーは不満気な様子を俺達に見せる。いや、そんなことしたら意思を持ってるんだから怒るぞ……。怒っていても、会えればそれはそれでいいと思っているのか?
俺は腕輪をいじるリムと、イヤリングを触るルーを見てふと思い出したことがあった。そう、腕輪だ。俺は無言で唐突に立ち上がると、荷物入れの中をガサゴソと探し始める。二人は唐突な俺の行動に首を傾げているようだった。
「リム、これ……お前に返しておくよ」
「これ……残ってたんですのね……」
荷物入れから出したのはルーと始めてた戦った時に、移動魔法で残された彼女の腕輪だった。確か、初めて俺がリムに買って渡した腕輪だったと思う。確か、ほんの少しだけ魔法に対する抵抗が上がるんだっけか。かなり高価なものだったはずだ。
受け取ったリムは身に着けようとするが、聖具がその場所にあったので少し困っていると……聖具は形を変えてリムの腕から外れる。どうやら逆の手に付けられるように形を変えてくれたようだ。リムはその腕輪を両腕に装着すると、俺に対して見せてくる。
「似合います?」
「あぁ、似合ってるよ」
両手を掲げた彼女に、素直な感想を俺は向けるのだが……ルーがちょっとだけ頬を膨らませていた。
「いーなー……マーちゃんいーなー……私も指輪無くなっちゃったから……欲しいんですよねー……新しいのー……いーなー……」
どうやら、アクセサリーをプレゼントされたことを羨ましがっているようだ。これはマズったな、例えるならこれは姉にだけプレゼントがあって自分には何もない妹の様な状態なのだろう。俺の配慮の足りなさ加減に嫌なになる。指輪は……確かもう渡せるものは無かったけど……。
「もともとこれはリムの物を返しただけなんだけど……まぁ、ルーにも今度何か買ってやるよ。」
「約束ですよ?」
「あぁ、確かに一人にだけプレゼントがあったら疎外感を感じちゃうよな。俺の配慮が足りなかったよ、ごめんな。ルーにもリムにも、今度おそろいの何かをプレゼントするよ」
俺の言葉に、リムもルーも顔を見合わせると露骨にため息をついてきた。いや、何でそう言うリアクションを取られるのか……。プレゼントしてあげるって言ってるんだから喜んでよ。
「まぁ、良しとしますか」
「良しとしましょう」
二人してそんなことを言いだした。なんだか納得がいかない。まぁ、気にしても仕方ないし……俺達は食事を続けた。用意された料理をぺろりと平らげた俺は、再びベッドへと移動すると横になる。二人はその間、部屋の中を動き回り甲斐甲斐しく俺の世話を焼いてくれていた。
「ディさん、お水差しとかここに置いときますから。夜中に飲みたくなったら飲んでくださいね」
「ディ様、汗をかかれたらここにタオルを置きますのできちんと拭いてくださいね。なんでしたら、私が吹いて差し上げますが……」
まるで子供に対する過保護な母親のようだ……いや、俺に母親の記憶はそんなにないけど、何故かそう感じる。いい歳ではあるけれど……その扱いが不快ではなくどこか心地いい。いかんな、ダメになりそうだ。
「あぁ、後は俺がやるから二人はもう戻って休んでなよ。流石に疲れたろ。俺ももう寝るし……体調もだいぶ良くなったからさ……」
「大丈夫じゃない人は大丈夫って言うんですよ?」
「流石に一緒には寝ませんが……今日くらいは寝るまでは一緒に居させてください」
……どうも俺が言ってもダメなようだ。それからも二人は替えの毛布や汗をかいた時の為の替えの寝間着、もしも夜に腹がすいたらと果物を用意したりと……せわしなく俺の世話を焼く。至れり尽くせりとはこのことか。この二人に任せてたら俺は完全にダメになる。たまになら良いけど、このレベルのお世話を当たり前だと思ってはダメだと俺の本能が告げている。
ただ、俺の身体も思ったより疲労はまだ溜まっているのか……その二人の動きを見ながら意識がうとうとと遠くなっていくのを感じていた……二人とも……よく働いてくれる……。……ダメだ……眠い……。二人……と……。
「ディさん……おやすみなさい……また後で……」
「ディ様、おやすみなさい。よい夢を……」
その声に応えることはできずに、俺の意識は遠のいて夢の中へと沈んでいく……。ルーの「また後で」と言う言葉の意味は……それからすぐに理解できた。
「……夢に入る魔法を使ったのに、聖剣も聖具も魔王の装具もいないですね……なんでなんでしょうか……」
「これがディ様の夢の中なのですね……うふふふ……なんだか楽しいですわね」
「……いや、夢に侵入する魔法は禁止って言っただろ、何使ってるんだよ」
どうやらルーは俺が寝る直前に魔法を使い、リムと一緒に俺の夢に入ってきたようだ。うん、容易に使うなって言ってたのに、俺が聖剣と聖具と話をしたから今日ならいけると思ったのだろう。しかし、その思いとは裏腹にこの空間には俺達三人しか今はいない。
……あぁ、ここなら都合が良いかもしれないな。落ち込んでいるルーを尻目に俺はリムへと向き直る。自身に視線を向けられたリムは首をほんの少しだけ傾げた。
「……リム……実は言いたいことがあるんだ……聞いてくれるか?」
「は……はい。……なんでしょうか? ……えっと……そんな真剣な顔をされて……」
少し焦った様なリムの表情を見て俺の方もほんの少しだけ焦ってしまう。今から言う事を伝えて、彼女は怒らないだろうか……いや、きっと理解してくれるはずだ。
「……実は……」
「……はい」
ごくりとつばを飲み込む音が聞こえる。俺は覚悟を決めて、彼女に今まで伝えていなかったことを伝えた。
「……実は、聖剣の持ち主に能力を与えてくれるという特性……俺は、「相手の嘘が分かる能力」を得るのに使ってしまったんだ。あの二人の嘘を見抜くために……だから今の俺は、相手の嘘が分かるという状態なんだ……こんなことに貴重な特性を使ってしまって申し訳なく……って……どうしたんだ?」
「あぁ……いえ……うん……別にガッカリなんてしてませんわ……えぇ……そうなんですのね、ディ様は今、相手の嘘が分かると……それはやはりあの二人のせいですの?」
俺は無言で首肯すると、リムは大きくため息をついた。ここなら周囲に誰も居ないから、他に聞かれる心配もないから伝えたのだが……少しがっかりさせてしまったか。
「まぁ、嘘が分かる能力と言うのは誰かに知られれば有利性が損なわれますし、下手をすれば逆手に取られる可能性のある能力ですわね……こういう誰にも知られない場で教えていただけたのは良かったですわ」
「怒ってないのか? こんな能力を取ったことを」
「ディ様が選んだことに、私が怒る理由はございませんわ。怒るとしたら、そのような能力を選ばざるを得なかったあの二人にです……」
その一言に、リムに怒られると思っていた俺はホッとした。そう考えていると、後ろからルーが俺の肩口から顔を出してくる。
「それに、ディさんって多分ですけど、まだまだ能力を使いこなせてないですよね。たぶん、使いこなせれば凄い有用だと思いますよその能力」
「ですね。きっとですが、ディ様が思うよりもきっとその能力は優秀だと思いますわ……」
「そうなのかな? ……じゃあ、明日からでもさっそく特訓を……」
俺のその言葉は最後まで言うことなく二人に遮られる。ほんの少しだけ怒っている様子だった。
「まずはしばらく、ゆっくり身体を休めてください。全てはそれからです」
「いやでも、ちょっとくらい……」
「ダメです!! 無理は禁物です!! そうですね……一週間は何もしないでください!!」
二人は声を揃えて、俺に対して物凄い剣幕で詰め寄ってきた。その迫力に思わず俺は何も言えなくなってしまい、ただただ無言で頷くしかできなかった。……一日たったし、もう大丈夫なんだけど……言う事は聞いておこうか。
「よろしいです。それじゃあ、しばらくは私達二人でお世話しますからね」
声を揃えて笑顔で俺に告げる二人を見て、お世話を受けるだけのダメな男にだけはならないように注意しようと、俺は心の中で秘かに、しかし強く決心するのだった。
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