71.勇者はまた夢を見る
ルーとリムが作ってくれた朝食を取り終えた俺は、空腹から解放されると同時に身体も温まり、起き抜けに比べるとかなり体調も気分も良くなっていた。全快には程遠く、身体も怠く喉も痛いのだが、起き上がり日常生活を送ることくらいはできそうだった。
ただ、起きようとするとルーとリムが必死になって休むように言ってくるので、今日ばかりは素直にその言葉に従うことにした。先ほどの診察でもストゥリさんから、数日はゆっくり寝るように言われていたので……今回は身体を休める良い機会とも言える。
本来であれば休暇と言うことであれば、どこかに遊びに行ったり、酒を飲んだりしたいものなのだが今回は仕方がない。諦めて一日ゆっくりと眠ることにしようかと思ったのだが……。
「ディさん、なにかしてほしいことないですか? 果物とか持ってきますか?」
「ディ様、お水はいかがですか? 寒くありませんか? 毛布は足りていますか?」
俺の寝ているベッドの隣に、二人はわざわざ椅子を置いてあれこれと世話を焼いてくれていた。非常にありがたいのだが……何と言うか、その世話が過剰な気がする。二人で交互に喋るものだから、会話の区切りが一切ない。心配してくれているのは非常に伝わるのだが……これだと逆に眠れそうもなかった。
「二人とも……とりあえず俺は大丈夫だからさ……ここに居ると二人にうつるかもしれないし……」
「いえ、今日のお仕事の開始までは一緒に居ますので……」
「ディ様が弱っているときくらい、お世話をさせてください……」
今日も二人はストゥリさんの所で女性陣の治療の手伝いをする予定だ。ある程度の回復は見込めたとはいえ、まだまだ治療が必要なことには変わりない。手伝いが不要になるほどに人手が足りているわけでも無いので、二人はもう少しすれば働きに出るのだが……。
なんだろう、この罪悪感は。この女性二人に働かせて俺がゴロゴロ寝っ転がっているって絵面だけ見ると酷い男だよな俺……。風邪を引いているのだから仕方ないけど。
「昼は消化に良いものを作ってもらうよう、メイドさん達にレシピを渡してますので。楽しみにしててください」
「ディ様、何かあればすぐに駆けつけますから……我慢せずに呼んでくださいね」
あれこれと俺の世話を焼いた後に、名残惜しそうにする二人はそのまま仕事へと向かった。呼んだら駆けつけるってどうする気なんだろうかリムは。
二人を見送った後のほんの少しの罪悪感に駆られながらも、流石に眠気が襲って来たのでそのままベッドへと体を沈ませ……思っていてよりも疲弊していたのか、俺の意識は即座に無くなった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺は目を覚ますと……また実家に移動していた。服装は寝間着のままだが、体調はすっかり良くなっている。不快感は一切ない。
……夢だなこれは。
これはこの前と同じ、夢の中の俺の家……と言う事はだ……。あいつがいるはずだ。そう思った瞬間、目の前にあいつが現れた。
「やぁ、ディアノ。また会ったね。今回は魔王ちゃんは何もしてないのに僕と喋れるなんて……君が色々と弱っているからかな? それとも、君にはそう言う才能があるんだろうかね? まぁ、また会えて嬉しいよ。僕はお喋りが好きだからね」
あの時と同じ真っ白い男がそこには居た。あの時と同じ姿の……聖剣だ。彼は椅子に座り足を組みながらにこやかに俺に話しかけてくる。あんな使い方をしたから少し心配だったが、元気そうでよかった。
ただ、そこにはこの間と異なる点が一つあった。聖剣の横には一人の少女がぴったりと彼に対して腕を絡ませているのだ。ニコニコと笑顔を浮かべて、上機嫌で聖剣にくっついている。
「……その娘は?」
「わかっているんだろう? 聖具だよ。この子は僕の事が好きすぎるって言っただろう。あれからこうやって、ずっとぴったりと僕にくっついて離れないんだよ。嫌な気分ではないけどね」
あれから……と言うのは俺が聖剣を聖具にぶつけた件だろう。あれは苦肉の策だったのだが、まさかこんなことになっているなんて思いもよらなかった。
見た目は年の差カップル……と言うよりは、仲の良い兄妹の様に見える。余計な事を言ったらどうなるかわからないので、それは口には出さないが。それはとても微笑ましい光景だ。
「まさか君が、僕をこの子にぶつけるとは思わなかったよ……。ディアノ、君……伝言を忘れてただろ? 伝言を忘れて無ければ、聖女はあんなことにはならなかったろうに……」
その一言を聞いた途端に聖具は、頬を膨らませてポカリと聖剣の肩を叩いた。どうやら伝言で済ませようとしたことに対しては御立腹だったようだ。
聖具はそこでやっと俺の存在に気付いたのか、目を丸くして俺を見てくる。驚かせてしまっただろうか?
俺を見つけた聖具は、聖剣から離れるとパタパタと小走りで俺に近寄ってきて、ぺこりと頭を下げた。
「……今の勇者さん、色々とごめんなさいでした。あたし、この人が戻ってこないから寂しくて……それなのにこの人は魔装具と一緒だし……それで気持ちが暴走しちゃって……」
やっぱりあれは、リムが暴走していただけじゃなくてこの子も暴走していたってことなのか。わざわざ頭を下げて謝罪できるという事は、今は冷静なようだし、本来はきっと穏やかな子なのだろう。
そのままパタパタと聖剣の元に戻ると、また彼女は聖剣にくっついた。
「リムを選んだのは……聖剣と会うため?」
「うん……マアリムちゃんは、聖女として歴代で一番私と相性がよかったの。……だから勇者さんに会いたいマアリムちゃんと、この人に会いたい私の目的が一致したのよ」
その辺の認識は聖具とリムでは一致しているようだ。あの頃はこの二つの武具が意思を持つとは認識していなかったから、引き離してしまったことに対して今更ながら罪悪感を感じてしまう。
「それでも……そんな彼女でも……私と喋ることはできなかったの」
「あれ? リムと喋ったことないの?」
「無いよ。あたしは夢で会うことはできても会話までは……私の声が届かないの……だから今こうやって……なんで勇者さんと喋れているのかはよくわかんないんです……」
困惑した聖具を見て聖剣は声を上げて笑っていた。その姿を見た聖具は、再びポカリと彼を一回だけ叩く。不満げな表情を浮かべながらも、そのまま再度ぴったりと聖剣にくっついた。聖剣は叩かれた箇所を痛くも無さそうなのにさすりながら、まだ笑っていた。
「たぶんだけど、ディアノは僕等と喋る点だけは才能があるのかもねぇ。誰かと仲良くする才能とでも言うのかな? 旅の最中も竜とか魔族とか、結構色んな種族とも仲良くなれてるしね」
仲良くなる才能と言われれば嬉しいが、聖剣達と喋るだけが才能と言われると少し複雑な気分になる。勇者に選ばれなかったら一生見ることの無かった才能だ。確かにまぁ、竜のご夫婦とか、ルーとかも仲良くはさせて貰って居るけど……。そこでふと……俺は疑問に思った。
「何で、ルーの魔王の装具……魔装具だっけ? あれだけとは喋れないんだろうな。と言うか、お前等ってどういう存在なんだよ? 意思のある武器って……人に作れるとは到底思えないんだけど」
「……あぁ、そんなことか。僕等は単純に神様が創った武器だからね。人と同じように意思があっても不思議じゃ無いだろ? 詳しくは……僕からは言えないな」
サラっととんでもない事を告白してきた聖剣に俺は驚きの視線を向ける……よく見ると聖具の方も目を見開いて驚いていた。もしかしたら、安易に喋ってはいけない事なのかもしれない。
伝説では聖剣は神が人間に与えた武器とされていたが……事実だったのか……と言うか、神様って本当にいるんだな。それこそビックリだ。
「ディアノであれば、魔装具ともそのうち喋れるようになるよ。良いか悪いかは別にしてね。それとも、僕等みたいな武器は不気味で、手放したくなったかい?」
「まさか、いつも頼りにしているよ相棒」
「ありがとう、相棒」
聖剣はそれだけ言うと俺の回答に安心したように一息ついていた。まだ何か隠しているようにも見えるけれども、少なくとも言葉から嘘は感じられない。神様とかのことも聞きたいが……言えないと言っているんだし、話せるときが来たら話してくれるだろう。
……とりあえず、これからも一緒に来てくれるだけで俺は充分だった。だけど、一緒に来てくれるとなるともう一つ気になることもあった。
「話を変えるけどさ、なんで俺の夢の中に聖剣と聖具の二人がいるんだ? 前は聖剣だけだったよな……」
「あぁ、ディアノが僕をこの子にぶつけて、この子が僕を鞘付きで吐き出しただろ? その時に僕とこの子は一緒になったんだよ。鞘の部分がこの子で、剣の部分が僕だね」
……つまり俺は聖剣と聖具の両方持ちになったってことなんだろうか? それはそれで凄いパワーアップにいなりそうだけど、その場合俺はなんなんだろう? 勇者聖女? 聖女勇者? いや、その辺はどうでもいいか。……ん? 鞘の部分が聖具になったってことは?
「……あれ? じゃあリムの腕輪は聖具じゃ無くなったってことか?」
「それなんだけどね、ディアノ。ちょっとだけ謝らせてもらえるかな? まぁ、大した話じゃ無いんだけどさ……それでも謝っておこうと思って」
また笑顔に戻った聖剣は、腕に聖具をくっ付けながらその頭を撫でていた。謝りたいこと? 笑顔ってことはそこまで深刻でもないのだろうが、何があったんだ?
「実はね……今回の件で僕はちょっとだけ弱体化しちゃったんだよね」
「ごめんなさい……私のせいで……」
……とんでもない事を言い出した。聖剣が弱体化って、どういうことだよ。だいぶ大したことがある話だと思うぞそれは。
「弱体化って言うと語弊があるかな……まぁ、この子と僕の力を混ぜて合わせて分け合ったと言うか……」
露骨に顔を顰めた俺に、聖剣は慌てた表情を浮かべた。どうも聖剣は言葉を選んでいるようで、頭をトントンと指で叩きながら説明を続けてきた。
「僕と聖具が一緒になったように、聖具も僕と一緒になったんだ。だからマアリムの聖具の方にも僕はいる。僕の方にも聖具が居る……それが一番分かりやすい説明かな……。当然……その分の僕の力は削られる……それだけだよ」
……それだけって、あっさり言うけど。それは今まで使っていた剣の重さが変わって、バランスが崩れているってことなんだろうか? それならまた剣の練習のし直しをしなきゃならないな……達人だと得物を選ばないんだろうけど、俺の場合は使う剣によってきちんとバランスを矯正しないと使いづらいんだよな……。
まぁ、運動不足のリハビリだとでも思えばいいか。それでも自然に文句は口をついて出てしまった。
「なんだい、やっと聖剣の重さや使い方にも慣れて来たって言うのに……また色々と試行錯誤しなきゃいけないのかよ……」
「ごめんなさい……私が我儘を言ったから……」
俺が軽く言った文句に、泣きそうな声で聖具が謝罪をしてきた。しまった、ここにはこの子もいたんだった。そう言うつもりじゃ無かったのだが悪い事をした。
「いや、良いんだ。君と聖剣を引き離したのは俺の都合だからね。弱くなったらまた修行すればいいだけだし、聖具の力って俺も使えるようになるのかな?」
「まぁ、あの時みたいに強くはないけど、聖具の力もある程度は使えるようになるよ」
慰めるように聖具に言った俺の言葉に聖剣が反応を示す。なるほど、あの防御の力がつかえるようになるのは非常に魅力的だ。そう言う意味では使いこなせば前よりも強くなれるのではないだろうか? 聖剣は弱体化と言ったが、できることが増えるという事は強化されたとも言える。
「じゃあ……リムも聖剣の力を使えるようになるのか?」
「いや、僕は悪いけど彼女に協力する気は無いよ。聖具の力を使えるようになるのは、聖具が協力することを決めた君だけだ。だから、君は両方使える。だけど、彼女は聖具の力のみを使える……そう言う形に落ち着くね」
「たぶんですけど……勇者さんが体調を崩されているのはそれも理由かもです……急に私の力が身体に入ったから……バランスが崩れて……」
「まぁ、今までの疲れもあると思うけどね。しばらくは休養だと思ってゆっくりしなよ」
思わぬとことで俺が体調を崩した理由が判明したが……聖剣と聖具の融合は、一概に悪い事ばかりとは言えない様だ。使いこなせれば非常に強力な武器となる。
まぁ、それも俺の努力次第だけどな……。努力に終わりは無いというけど……これからますます頑張ろう。夢の中だが、俺は気合を入れ直す。
「……そう言えば嘘が分かる能力って……まさかリムにも行ったわけじゃないよね?」
俺が聖具の力を使えるようになったという事は、リムも聖剣の力を使えるようになったという事だ。もしも、嘘のわかる能力が分かるあの能力がリムに行くとなると……なんだろうか、別に俺が悪い事をするわけじゃないのだけど、なんだかそれは酷く恐ろしいものである気がしていた。
「あぁ、その辺は心配ないよ。あれは僕の能力じゃない……君の能力だ。だから、彼女には行ってないよ」
俺はその言葉に露骨に大きく息を吐きだした。心の底から安堵したからだ。……そう言えば、俺が嘘が分かるって点はいまだにリムに言ってなかったな……起きたらこの件も含めて教えてやるかな……。
そう考えていると、聖剣が不意に首を上に向ける。聖具も俺も、つられて首を上に向けた。
「あぁ、君を呼んでる声が聞こえるね……そろそろまた起きる時間かな? ディアノ、また話せる時を楽しみにしているよ」
その言葉をきっかけに、俺の意識は唐突に寝る前の微睡みの中の様にぼやけてくる。ぐらりと身体を揺らした俺は、たまらずその場に座り込んだ。……これでおしまいか。まだまだ話したいことはあったんだが、いざ本人たちを目の前にすると、話したいことは上手く言えないものだな。
「そう……だな、まだまだ……聞きたいことは……いっぱいあるんだけど……そろそろなのか……お前等と現実世界で……意思疎通ができれば……便利なんだけどな」
「流石にそれはできないよ。僕等は発声機能なんて持たされていないから、こうして夢で喋れるだけ御の字と思わなきゃさ。それに、話足りないくらいがちょうどいいよ。次が楽しみになる」
次があることを確信しているようなその口ぶりに、俺は口の端だけを持ち上げて笑みを作る。
「……そっか……それじゃあ……また……いつかな……」
心地いい微睡みの様な感覚が段々と強くなってくる。こちらの世界から覚醒する時はこうなるのだろうか、俺はその心地いい感覚に身を委ねる。こちらで意識を無くせば、現実で意識を取り戻すのだろう。
「じゃあね、ディアノ。君がこれから何をするのか、僕は楽しみにしてるよ。強さを追い求めるもよし……みんなとのんびりした生活をするもよし……僕等は君に付いて行くと決めたからね。君の選択を尊重する」
「ディアノ……マアリムに伝えて……ありがとうって……」
二人の言葉を聞いても、俺は返答を口にすることはできなかった……代わりに俺は、二人に笑顔を向けるために口の端を持ち上げる。俺が最後に見たのは、並んで腕を組む二人の笑顔だった。
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