69.聖女と魔王と勇者のこれから

 この町に残ろうと思う……唐突にそんなことを言いだしたマアリムに、ディアノは困惑する。てっきり、彼女も旅についてくるものだと考えていたからだ。ルナとも仲が良いので、三人で旅をすれば彼女も喜ぶだろうと考えていたのだが……。

 もしかして、今回の一件で自分に対してとうとう愛想が尽きたのかと、ディアノはそれなら仕方ないなと言う気分になる。何も言わずに姿を消して、再会したかと思えば他の女性と一緒の姿を見せたのだ……愛想をつかされても不思議ではない。


 そんなディアノの心情を察したのか、慌てるようにマアリムは訂正の言葉を告げる。


「ディ様が嫌いになったわけではございませんので、誤解なさらないでください……ただ、私の気持ちの問題なのです。私は……この子ともう少し、二人だけで向き合いたいんです」


 まるで我が子を撫でるように、自身の聖具を撫でながらマアリムは自身の気持ちを口にした。


「聖具と……?」


「この子は私の言う事を聞いて付いてきてくれたのですが……その事で私は少し思い上がっていたようです……。聖具はあくまでも目的が一致したからついてきてくれただけで……。しかし、過信した私は自分の目的の達成後に、この子を蔑ろにしてしまいました……」


「そんなことは……」


 ディアノの言葉に、マアリムは首を静かに横に振る。自分は目的通りにディアノと再会できた、しかし……そもそも聖具が聖剣に会いたがっていると言う可能性には目を瞑り、聖具と聖剣を蔑ろにしてしまっていたと考えていた。

 そして、心の中に残っていた僅かなしこりが、聖具の気持ちと同調して増幅され……ディアノに戦いを挑むことに繋がった。もしも自分自身がこの聖具ともっと対話が出来ていたら、あのような事は防げていたのではないかと考えてしまうのだった。


「私は非常に利己的でした…。聖女に選ばれた時は嫌だと拒否し、ディ様を追いかける時には必要だからと都合よく聖具を誘拐するように連れて行き……。ディ様に再会した後はこの子への感謝を忘れてしまいました。この子は優しいから私に対して怒りは向けず、そのために気持ちをうまく処理しきれずに爆発してしまいました」


 ディアノはその言葉を聞いて自身の聖剣へと視線を落とす。感謝……確かに相棒として感謝はしているが、この聖剣とディアノはマアリム程の感情の同調は起こっていない。

 ルナの方はどうなっているのかはわからないが、見ている限りは装具と話ができているとは思えない。


「それに……私は私自身の意思でディ様に向かっていきました。操られたわけではなく……あの戦う姿も私の本心なのです。正直な話……あんな姿をディ様に見られて……恥ずかしいやら申し訳ないやらで……」


 顔を真っ赤にして言うその言葉には嘘はなく、確かに彼女はあの時は心底本心からディアノとの戦いを望んでいた。だからこそ、冷静になった今……自分が許せないのかもしれない。


 赤面しながら笑うマアリムの心情はディアノには解らないが、推測はできた。彼女は自分達と一緒に行きたいのだが、このまま行っても良いのかが不安なのだ。今ここで問題は無いからついて来いと言っても、彼女の中で気持ちが消化しきれていない今それが正しいのか、ディアノにはわからなかった。

 だから良い考えが思いつくまで、頭をボリボリと掻きながら明後日の方向に視線を送り、ほんの少しだけ話の筋を反らす。


「なんでリムだけ、そんなに聖具と相性が良いんだろうな。いや、相性って言うのかなそれ……俺は聖剣とそこまで感情的な部分で同調したことは無いし……会話ができたのも夢の中で偶然だったから……」


「……会話って、どうやったんですか?」


「あぁ、あの時はルーが夢の中に入る魔法を使って、それで偶然会話できたんだよ。夢だと思ってたから碌な事は聞けなかったけどな……」


「そうなんですのね……私も今度、ルーちゃんに頼んでみましょうかね……」


「まぁ、会話できるとは限らないんだけどね、やってみても良いかもな」


 お互いに笑い合う二人だが、マアリムの笑みはどこか寂し気だ。せっかく再会できたのにここで別れるというのは……ディアノとしても寂しい思いがある。自分から逃げて置いて勝手だが、だからこそ再会できた今、改めてそう思ってしまうのだ。


 だけど彼女も非常に頑なだ。こうと決めたことを覆すのは並大抵の気持ちではできない。良い考えが思いつかずにどうしたものかと考えていた矢先、背後からルナの声が聞こえてきた。


「マーちゃん、この町に残るって本当ですか!?」


 いつの間にかストゥリと魔狼達を連れたルナが部屋の中へと入ってきていた。ストゥリは目覚めたマアリムに対しての診察を開始し、魔狼達は彼女のことを心配そうに遠巻きに見る。中でもマディは今にも飛び掛かりそうにうずうずしているが、ストゥリの診察が終わるまでは我慢していた。


「ふん……身体の調子は問題なさそうだな……ずっと寝ていたというのに衰弱も無いし床ずれも無い……健康体なのは確かじゃ……ただ、念のために食事は果物等の軽めの物にした方が良いじゃろうな」


「ありがとうございます。ストゥリさん」


「ふん……恩人が目覚めたのだから礼など不要じゃよ……それじゃあ、何かあったら呼んでくれ」


 ストゥリは簡単な診察を終えると部屋から退出し、その瞬間にマディはマアリムの元へと飛び込んだ。一週間ぶりに甘えてくるマディを撫でながら、先ほどのルナの言葉に対しての返答を口にする。


「……本当ですよ、ルーちゃん。私はこの町に残ります」


「何でですか!! せっかく三人で旅ができると思ってたのに……」


 詰め寄るルナに、マアリムは困ったように笑顔を浮かべて彼女の頭を慰めるように撫でる。落ち込むルナに言い聞かせるような口調で彼女は理由を説明した。


「私は……この聖具ともっと向き合う必要があるんです。もしも二人と一緒に旅に出て、なにがきっかけでまたあのようにもやもやした気持ちが沸き上がってくるか分かりません。今度こそ二人に致命的な迷惑をかけてしまうかもしれません……。だから、お二人と一緒に行くなら、もう少し私がこの子の気持ちを理解して暴走しないようにしてからでないと、私自身が不安なのですよ」


 マアリムのその言葉にルナは口を尖らせる。納得はいってないのだが、マアリムの意思が固い事は伝わってきたため上手く反論ができないでいるのだ。

 そんな悲しげなルナは、マディと共にマアリムに対して飛び込んでいく。そして、マアリムは彼女の頭を撫でながら慰めの言葉を口にする。


「そうですね……私が納得できる時が来たら、その時は一緒に旅をしましょう。三人で。もしかしたらその時は他の方も増えてるかもしれませんね」


「本当ですか……?」


「えぇ、本当です」


「約束ですよ」


「えぇ、約束です」


 その言葉に嘘はなく……マアリムはルナの指へと向けて自身の指を絡ませる。その行為に驚いたルナは赤面させて目を見開くが、彼女は赤面するルナを不思議そうに首を傾げて見返していた。


(リムの約束の仕草ってビックリするよな……俺も初めてやられた時はやたら恥ずかしかったっけ……)


 当時を思い出しディアノも赤面するが、ルナは赤面したのはほんの僅かで、絡ませた指を解くことなく嬉しそうに腕を上下に振り回していた。


「それに、理由はもう一つあります。この町の女性達はきっとまだ完治していないんでしょう? 私が残ってルーちゃんのお手伝いを引き継げば、二人は気兼ねなく旅を再開できます。だから、これが一番良いんですよ」


「……じゃあマーちゃん、せめてこれを渡します。貰ってください。」


 自身は旅に出ない前提で話をするマアリムを少し不満に思いながらも、絡ませた指を離したルナは、その懐から透明なものを取り出してマアリムに渡す。

 それは、半分に割れた通信用の水晶だった。少し前に研究したいと言っていたルナにディアノが渡していた物だった。断面が少し罅割れているように見えるが、真ん中から綺麗に真っ二つになっている。


「これは……?」


「ディさんの持っていた通信水晶です。色々あって……綺麗に真っ二つになっちゃいましたが、この二つであれば、お互いで通信が可能です」


 二人とも目を見開いてマアリムの手にある半分の水晶と、ルナの手に残るもう半分に視線を行ったり来たりさせる。通信水晶は技術としては失われていて過去の遺跡から出土するものを使うしかなく、人の手で再現はまだできていない。それがもともとあったとはいえ、再現できたことに驚いていた。


「すごいじゃ無いかルー、水晶の解析できたんだ?」


「ルーちゃん……これ……私なんかが貰っても大丈夫なんですの?」


 ディアノは素直に称賛の声を上げ、マアリムはその手にした水晶を落とさないように両手でしっかりと握るのだが、その手が震えてしまっていた。

 しかし、二人の賞賛の声とは裏腹にルナの表情は引きつった笑顔となっていた。目は泳いでおり、露骨に顔中から冷や汗を流している。


 不思議な反応を示していることに、二人とも首を傾げていると……。ルナは複雑な心境を吐露するように、震えた声で話し始めた。


「いえ……これはですね……実験に失敗して真っ二つに割れちゃったものを、もう大慌てて色々いじってたら偶然できたものでして……なんでこうなったのか私にも分かんないんです……が……通信できてるんですよ。いや、本当に……なんでできたのか慌てすぎてて覚えて無くて……」


「え……?」


「下手にいじって通信できなくなったら多分もう直せないし、同じものはきっと二度と作れません! 完全に偶然の産物です!」


「胸を張って言う事なのそれ!?」


 半分の水晶を指差して、ルナは開き直ったように胸を張る。相変わらず顔は引きつっているが、ほんの少しだけその顔は誇らしげだ。偉業と言えば言えば偉業なのかもしれないが、あくまでも偶然の産物であり、再現性は皆無だという。


 二人ともルナの顔を呆れて見てしまっているが、逆に再現性が無いことに少し安心もしていた。こんなものがポンポンと作れるような存在がいたら……それこそ一大事だ。彼女も偶然の産物に対して手を入れることを恐ろしく感じているようで、これ以上は水晶をいじる気は無いようだった。


「でも、ちゃんと通信はできますから、ディさん。これ持って別の部屋に行ってください。試運転です」


 もう一つの割れた水晶を手渡されたディアノは、追い出されるようにして部屋から退出していく。後にはルナとマアリムの二人、それと魔狼三匹だけが残される形となった。ディアノを部屋から追い出した後、ルナは水晶を指差してマアリムへと告げる。


「マーちゃん、この水晶は基本的にディさんに預けておきます。たとえ離れていてもマーちゃんが寂しくないように、毎日ディさんと話ができるようにしておきます。だから、存分に使ってください」


「ルーちゃん……でもそれは……」


「私だけディさんと一緒に居るってフェアじゃないですし。それに、ディさんが水晶でルーちゃんと話すようになれば、過去の嫌な記憶も払拭できると思うんです。あ、ディさんに会いたくなったら言ってくださいね。私は移動魔法を使えますので、いつでも会いに来られます。それにしばらくはまだ町に居ますから……その間にマーちゃんの気持ちに区切りが付けば、一緒に行けますよね」


「そうですか……そうですね……ありがとうございます、ルーちゃん」


 素直にルナに礼を言うマアリムは、渡された水晶をゆっくりとその胸の中へと抱きしめる。今は装備した聖具はルナに対しては何の反応も示していない。もしかしたら、この聖具の中にあった魔装具に対してのわだかまりも解けたのかもしれない……。確かめる術はないが、彼女はそう考えた。

 もしかしたら聖剣と同じように触れさせれば何かが起こるのかもしれないが、もしも何かが起きてしまった場合に今確実な対応ができるかわからないため……それはマアリムが聖具ときちんと向き合えてからにしようと結論付けた。


「それにしても……ディさんからの通信遅いですね? ……もしかして失敗した?」


「……まさかそんなことは……」


 不安げに呟いたルナはマアリムの胸元に握られた水晶へと視線を移すと……その断面には何も映っていない……そう言えば、映像が映るのは球体の面の方だったという事を思い出して、マアリムの胸の中の水晶をゆっくりと彼女から離す。


 そこには、顔を赤面させたディの顔が画面いっぱいに映っていた。


「……ディさん?」


「ディ様……?」


『いや、違うんだ。聞いてくれ。通信が開始されたかと思ったらいきなり映像が谷間に向かってのアップだったから何も言えなかったんだ。くっついてからは真っ暗になるし、何を言っていいのかわからないから黙っていただけなんだ。別に感触とかはこっちに伝わらないし、なんとなく話すタイミングを逸しちゃって、何も言えなくなっちゃんだよ。だから別にその……変な気持ちがあったとかは無くて……』


 二人から半眼で呆れたような視線を受けてしまったディアノは、慌てて言い訳をし始める。別に言い訳をする必要は無いのだが、女性二人からそのような視線を受けて平静を保てていられるほどには、彼は女性慣れしていなかった。そんなディアノの様子にマアリムとルナは半眼のままで苦笑する。


「とりあえず、通信は成功ですね。」


「そうですね、これでディ様といつでもお話しできます。大丈夫です、私はディ様を裏切ることはありませんから」


『……そうだな、旅に出ている間はこれで話ができるな。それに、俺達が町にいる間にリムの気持ちに区切りが付けば、気兼ねなく一緒に旅ができるんだ。そうなったら、いつでも言ってくれよな』


 先ほどのルナの言葉と全く同じことをディアノは口にする。その言葉を聞いて、ルナとマアリムの二人は顔を見合わせて思わず大きく笑ってしまった。二人がなぜ笑ったのかがわからないディアノは、水晶の向こうで何か変な事を言ったかと困惑した表情を浮かべるのみだった。

 とりあえず、通信の試験が終わったことでディアノは二人のいる部屋へと戻ったのだが、二人は彼の姿を見ると笑みを浮かべるばかりで、何故笑ったのかは教えてくれなかったが……二人が楽しそうなのでディアノはそれ以上は気にしないことにした。


「……そう言えば……私はこの町に残りますが……。それは町に残って旅立つディ様の帰りを待つという形になりますよね……? 帰りを待つ……これはもう実質妻と言ってもいいのでは?」


「いや、それは飛躍しすぎでしょうマーちゃん……待ってるだけで妻だったら、一緒に行く私は何なんですか……」


「うん、まぁ……その辺は置いといて……リムが元気になってくれて良かったよ……」


 何かに気付いたような、ハッとした表情を浮かべながらの唐突な発言に、ルナもディアノもマアリムに呆れた視線を送るのだが、その発言から彼女がある程度は調子を取り戻した事を理解した。ディアノはその発言にはあえて反応せずに、彼女の回復を素直に喜んだ。

 そんな風に久しぶりに三人で雑談を続ける中で、今度はルナが妙な事を言い出した。


「でも、残念ですねぇ……マーちゃんが一緒に旅をしてくれれば……バスターズから昇格して『ネトラレンジャー』を結成できたのに……三人になりますし……」


「ディ様……なんですのバスターズとかレンジャーって……?」


 疑問符を浮かべ首を傾げるマアリムに、ディアノはルナのネーミングセンスも含めてかつて彼女が発言した内容を包み隠さず全てを伝える。しかし、詳細な説明を受けてもなおマアリムは理解が追い付かないように困惑した表情を浮かべ……やがて小さな声でぼそりと呟いた。


「……やっぱり私、この町で待ってますわね?」


「マーちゃん待ってください!! 私が愛読してた本にそう言う格好良いのがあったんです!! そうだ、ピンク!! マーちゃんにはピンクの色をあげますから!! ディさんがレッドで私がブルーです!! 」


「いや、待って。俺を巻き込まないで。しかも何なのその色分けって。俺達にどういう活動をさせたいのルーは」


「ピンクが嫌なら……ホワイトならどうですか、マーちゃん?」


「いや、色の問題では無いのですよルーちゃん……」


「俺がレッドなのは決定なのね……いや、決定してないけどさ」


「今度その本を貸しますから読んでみて……あぁ、今は手元に無いんでした……でも、買って二人にも布教しないと……そうすればきっと私のこの熱い気持ちを理解してくれるはず……」


「いや、えーっと……」


「……理解できても……遠慮はしたいところですわ」


「二人とも酷い?!」


 三人はそのまま、とりとめの無い話を楽しそうに続けた。ずっと喋り続けられるのではないかと言うくらいにその話は続くのだが……結局、ルナのネーミングセンスと趣味についてはいまいち理解されないままで終わってしまった。それでも、レンジャー云々は置いておいて、三人はいつか一緒に旅することを約束した。

 とりとめの無い話は、マアリムが気がついたと聞いたパイトン達が部屋に来るまで延々と続く。そして、部屋に入ったパイトン達は三人の仲の良さげなその光景を見て、ディアノとマアリムの戦いのわだかまりが一切無い事に安堵の笑みを浮かべるのだった。

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