67.勇者と聖女の初めての戦い

 男性陣との戦いは終了し、安堵したディアノにマアリムは告げた。「自分と戦ってもらう」と。その真意は不明だが、彼女は今まさに、ディアノと対峙している。その手にはいつの間にか杖を持ち、周囲に三匹の魔狼を従えて、ディアノを見据えていた。


「……リム、どういうつもりだ?」


 いきなりの宣告にディアノは警戒する。マアリムの表情はいつもの微笑であり、どこにもおかしな点は見受けられないのに、ほんの少しの違和感がある。

 彼女は好戦的な部類ではない。怒ったり、無礼な相手にお仕置きすることはあるが、自分から戦いたいなどと言うのは今回が初めてだった。


「そのままの意味ですわ。私とディ様で最後に戦っていただこうかと思いまして……。先ほど汗を拭くときに回復魔法をかけましたから、体力は戻っていますでしょう?」


「……ほんとだ、確かに戻ってるな……けど、使った魔力は流石に消耗したままだな」


 言われて初めて、身体から疲労感が抜けていることが分かった。小さな怪我も全てが治療されており、身体の調子を確かめるようにあちこちを動かしてみるが、痛みや違和感は一切感じられない。

 ただ、流石に使用した魔力だけは回復しておらず……こればっかりは時間経過を待つしかないようだった。


「まぁ、それくらいはハンデとさせてください」


 マアリムレベルの相手にそのハンデはかなりの痛手なのだが、彼女は堂々とそんなことを言ってきた。そこにもやはり違和感が感じられた。普段の彼女であれば、ディアノが完全に治るのを待つはず……いや、そもそもディアノと戦おうという発言はしないはずだ。


 違和感を感じつつも、ディアノはその違和感の正体を看破するためにマアリムとの会話を続けることを選択する。そもそも、戦いを断ることもできるのだが……異様な威圧感がその言葉をディアノから発することをできなくしていた。


「なんだって、俺といきなり戦うなんて言い出したんだ? 最初からそのつもりだったのか?」


「まさか、最初から戦うつもりなんだったら、あの方たちとの戦いが終わった段階で襲い掛かってます」


 コロコロと笑うマアリムだが、表情とは持っていた杖を構えだす。魔狼達は鎮座したままだが、いつでもとびかかれるように視線はディアノから外さない。

 戦いも終わり一息ついていた周囲も、その様子のおかしさに気付き二人に怪訝な視線を送っていた。


「ディ様……ルーちゃんと戦ったんでしょう? 一緒に、二人だけで……二人っきりで、聖剣を使って」


 ルーから聞いたのか、彼女との出会った時の戦いのことを唐突に持ち出した。今更何をと首を傾げるのだが、マアリムの独白は止まらない。微笑を浮かべたままで、ディアノに対して喋り続ける。


「私には何も言わなかったくせに全部話して二人きりで戦って理解を深めて一緒にずっといて二人で寝て……そうかと思えば男性達につきっきりになって今日だって私じゃなくて男性達と戦って……。最初のうちは何も思ってませんでしたよ、でも段々と……段々と見て行くうちに思っちゃったんです……見続けて思っちゃったんです……なんて……ズルいって。私を放っておいたくせに魔装具と一緒にいたくせにこっちは見てくれないって、ズルいって……ズルいって……」


「ズルい……? それに……その言い方……」


 魔装具


 マアリムが発したその単語には聞き覚えがあった。どこで聞いたのか思い出せないが、確かに誰かが言っていた。ルナはあれを魔王の装具と言う言い方をしていたから、彼女じゃない。

 いったい誰が言っていたのか、思い出そうとするディアノに……その答えのヒントが降って湧いてくる。


「ズルい、羨ましい、妬ましい……ズルいズルいズルい……そう考えましたら止まらないんです。あの時にビンタ一発で許したと思ってましたけど、ダメなんです。頭で理屈で納得しても、気持ちが……感情が納得できない……止めようとしても後から後から嫌な考えが湧いてくるんです。自分で止められないんです。……そうしたら気づいたんですわ、この腕輪が私と同じ気持ちだって。……ズルいと思うなら……ディ様と聖剣と戦えって……私達を蔑ろにしたことに対して……お仕置きしてやれって……言うんですのよ、この腕輪が……」


「……腕輪がお仕置きって何言って……って……あ……」


 愛おしそうな表情を浮かべて腕輪を撫で、どこか恍惚としながら告げるマアリムの言葉でディアノは思い出した。魔装具……それは聖剣が言っていた言葉だった。そこでディアノは聖剣から夢の中で言われたことを、やっと思い出した。


『聖具なんだけどさ……僕が魔装具と一緒にいるって知ったら激怒するかもしれないんだよね……だから、聖女と会った時に……ちょっとだけ……ほんのちょっとだけでも宥めてもらえると助かるかなぁ……』


 そんなことを言っていたことを今の今まで忘れていた。マアリムには謝罪した、何があったのかの説明もした。だけど彼女との再会で頭がいっぱいになり、聖剣からのその頼み事は頭からすっかりと抜け落ちてしまっていた。そのため、聖具自体を宥めると言うことはしていなかったのだが……。


「ディ様ディ様ディ様ディ様……私とも戦ってくださいますよね? 本気で戦って、聖剣の力を使って、そして私達にお仕置きされて下さいますよねぇ? ディ様、私達は今まで我慢してきたんです……いえ、我慢していたという事すら気づいていなかったのです……。だから、全部終わったら我慢しないと決めていたのですよ? 今だって身体が疼いて疼いて仕方ないのです……私と同じ気持ちの腕輪が……お互いの気持ちを増幅しあって止まらないのです……だから……私達と……本気で……初めて……シテ下さいますよねぇ……?」


 もしもその一言を言わなかったがための結果が今のマアリムなのだとしたら……現状はディアノの失態によるものであり、その責任をディアノは感じていた。


 このところは失敗続きで嫌になるが、これは本当に失態だ。聖具に一声かけていれば防げたかもしれないというのに、それがすっかり抜けていたのだから……。マアリムに対して謝罪したことで、一区切りついたつもりになってしまっていた。


「……念のため聞くけどさ……リム、その腕輪に操られてとかじゃないんだよね?」


「……操られる? 私と共に来てくれた可愛いこの子が私を操ると? そんな馬鹿な事……そんなことありませんわよディ様……これは私達の総意なのです……私達は……私達はディ様に、聖剣に見てもらいたくて必死なのですわ……必死で必死で……ここまで来たのですから……それに……もし……もしもこの子に私が操られているのだとしたら……それは私がそれを受け入れたという事ですわ……だからなんの問題もございません」


 マアリムが喋るたびに段々と腕輪の光が強くなる。それの光はマアリムを包み込んでいく。禍々しさは一切なく、神々しさを感じられる光景だ。そして、ディアノと聖剣に向けられているのな敵意でも悪意でもなく純粋な彼等への執着心だ。

 マアリムの言葉には一切の嘘はなく、おそらく彼女は操られていない。身に着けた聖具と同調し、完全に自分の意思で戦っている……少なくとも表面上はそう言う状態になっていた。どうしてそんな状態になったのかわからないが、彼女は引く気は一切無さそうだ。


(……謝罪なんて、今から言っても手遅れだよな絶対)


 微笑んだままで此方を食い入るように見つめるマアリムに、これ以上かけられる言葉は無かった。


 だからディアノは腕輪の形に変化させていた聖剣を一度だけ撫でると、ルナに対して叫び声を上げる。


「ルー!! 今からリムと戦う!! ちょっと危険かもしれないし、色んなことが起きるだろうから、皆を避難させてくれ!! 詳しくは終わってから話す!!」


「……分かりました、ディさん。マーちゃんに怪我させないでくださいよ!! 女の子なんですから!!」


 無茶なことを言うルナの言葉に苦笑を浮かべる。


 彼女は怪訝な視線を訓練場の中心に送っていた周囲に対して、この場所から避難するように促して退出させる。パイトンや男性陣はディアノとマアリムの本気の戦いを見たがっていたが、視線を移した先にいる二人のただならぬ雰囲気を察知したのか、やがて素直に訓練場から出ていった。


 そして訓練場には二人だけ……ディアノとマアリムだけが残る。ルナは避難させることを終えたら戻ってくるだろうが、しばらくは二人だけだ。


「あぁ……やっと……やっとやっとやっとやっとやっとやっと……やっと私達だけになりました……。……これで私もディ様と触れあえるのですね、長かったですわ……。失礼の無いように全力でいかせていただきます……大丈夫ですわディ様……怪我をしても……大怪我をしても……寝たきりになっても……私達が治るまでちゃんと面倒を見させていただきます……。だから、安心して……」


 普段の彼女とは全く異なる発言にディアノは困惑するが、これが彼女が今の今まで我慢して溜め込んでいたものなのだろう。彼女の思いの重さがそのまま今の状態に反映されているようだった。

 だからディアノは彼女のために、今の自分の全力を出すことにした。


 魔力を消費したというハンデを背負ってはいるが、負ける気は無い。そもそも気持ちで負けてしまえば本当に負けてしまう。不安要素はいくつかあるが……まずは従っている魔狼達がどういう攻撃を来るかだが……自身の知識にあるマアリムの強化であれば問題なく対処できるはずなのだが……。


 最後にディアノが、マアリムへ声をかけようとした瞬間……腕輪と同じ光を魔狼三匹とマアリム自身が纏ったかと思うと、その魔狼達は動かずにマアリム自身が風のような速さでディアノへと接近してきた。


(魔狼は動かさないのか?! しかも、いきなりかよ!! 相変わらずえげつねえな!!)


 彼女の目は暗に油断する方が悪いと言っているように感じられた。先ほどとはうって変わり彼女は黙ったままでまずはディアノの頭部目掛けて手にした杖を振り下ろすが、その杖を両腕を交差して受け止める。

 ディアノが受け止めた瞬間に、その腹に目掛けてマアリムは前蹴りを放ち、その蹴りは直撃するもののディアノを僅かに後退させただけでダメージは与えられていない。股間を蹴り上げなかったのは彼女の慈悲か、それとも今の自身の本気を見せたかっただけか。


「あの子達から行くと思いましたか? あの子達ではディ様にはかないませんからねぇ、今は見ているだけですわよ、安心してください。二人きりの戦いの邪魔はさせないです、だからディ様、あの子達を見てないで私だけを見てくださいな!!」


 僅かに後退したディアノに対して更に追撃をかけるために追いすがるのだが、ディアノはわずかな隙を狙って自身が使える炎の魔法を放つ。それは追撃の手を止めるために放った魔法であり、彼女であれば容易に躱せる速度と威力なのだが……彼女はその炎に構わず直進し、魔法はマアリムの身体に当たる直前に掻き消えた。


 その光景に驚くディアノに構わず、手に持った杖をすくい上げるようにして下腹部を狙う。驚きに固まったディアノはその攻撃をまともにくらってしまうが、即座に回復して痛みを緩和してマアリムの肩口を狙い拳を振り落として反撃する。

 狙い通りに攻撃は当たるのだが、回復を優先していたために強化しきれていないその攻撃は大したダメージは与えることはできずに、マアリムは更に反撃をしてくる。

 頭部、肩、胴体、腕、足……まるで癇癪を起したように杖でディアノの身体を滅多打ちにする。強化された攻撃であるため、身体の芯に響く打撃にディアノは顔を顰めた。とにかく反撃の隙を見つけるまではディアノは回復を後回しに身体強化をしてその打撃をじっと耐える。


「……魔法が消えるってはじめて見るんだけど……今まで使ったことなかったよな?」


「戦いの最中に教えるとでも? ……まぁ、ディ様には教えてあげますわ。あれが聖具の力……魔力や打撃に対する強力な防御……本気を出せばルーちゃんの魔力球すら防げましたわ。難点は……防御している間は私も魔法を放てないことくらいですわ……でも良いのです……こうやってディ様と肉体同士で触れ合えるのですから……魔法だと触れ合えないでしょう?」


 だから先ほどから打撃ばかりをくらわしてくるのかと納得し……その長い台詞を発した時の僅かな隙をついて、ディアノは脚部を強化してマアリムの腹部目掛けて水平に蹴りつける。攻撃は当たりマアリムは遠くへ吹き飛び距離が開くのだが、ディアノの足には何か固い壁を叩いたような感触が跳ね返ってくる。

 よく見ると、マアリムの身体の前に光った壁のようなものが現れていた……これが聖具による防御かと、逆に足を傷めてしまったディアノは感心する。


「なるほど……魔力や打撃に対しては防御ができているわけだ……」


 連撃によって息を切らしたマアリムが自身の身体を回復している。彼女の体力は決して高くない。ルナと引き分けたのも、お互いの体力切れからだろう。

 ディアノは体力的には全く問題ないが、攻撃により裂傷がいくつかできていた。痛みはあるが、動けない程では無かったので、魔力を回復に回すことはせずに温存した。ディアノも少し自然回復する時間が欲しかったために、回復中のマアリムに対して口を開く。


「……あの人達に教えた俺のクセとか弱点って、結局何だったの?」


「正直、ディ様には弱点らしい弱点は無いので、自分に弱点があるかもと思ってもらうことの方が目的だったんですが……。それでもあえて言えば、基本的に自分からは仕掛けず待ちが多い、考えながら戦うから多人数で仕掛けて思考の隙を与えない、同時に複数の事をするのが苦手、あまり防御については考えない……。他にも基本的には一撃必殺を狙うのでそこだけを注意する等……言ってしまえば、私達がパーティで戦っていた時にカバーしていた部分を教えてあげたんですの」


「なるほどね……これから気を付けないとな」


 過去の戦いを思い返す。多人数との戦いの場合、仲間達はディアノを敵の大将に集中させるために露払いを買って出てくれていた。そのため、多人数と戦うのを得意としていたのはむしろクイロンやポープル、マアリムだった。

 仲間達のサポートがあったからこそ、ディアノは今まで戦えていたのを実感する……今はそのサポートが無いどころか、そのサポートしてくれていた人と戦っている。やりにくい事この上なかった。


 だがここで、ディアノは腕輪にしている聖剣を剣の形に戻してその手に握る。そして、いつものように剣を構える。その姿を嬉しそうに見たマアリムだったが、唐突に後ろに下がると一番小さい魔狼を撫で始める。魔狼は特に身じろぎもせずに、そのまま撫でられている。


「この子、マディって名前付けたのは言いましたが……この名前、どこから取ったと思います? 私と勇者様の間に子供ができたら……男の子ができたら付けようと思っていた名前ですわ……女の子ならアノリと……そんな事を、私は考えていたんですのよ……」


 少しだけ背筋が寒くなる発言だが、構えは解かずにマアリムからも目を離さない。マアリムも自信をただ黙って見つめるディアノに対して満足そうな笑みを浮かべた。


「……もっとですわ……もっともっともっと……もっと私を見つめてください……。その目で見てください……ディ様……聖剣……私達をもっと……」


 ディアノは、体勢をそのままに自分からマアリムへと近づいて行く。近づかれたことで硬骨の笑みを浮かべたマアリムはそのままディアノに対して迎撃をしようと拳を振るう。聖具のおかげか防御を考えていないマアリムは、まるでそのディアノをその手の中に招くよう大ぶりの攻撃を繰り出す。

 弧を描いたその拳を躱すと、ディアノはマアリムの懐へと入り込んだ。そのまま聖剣に対して魔力を通し光の刃を出現させると、マアリムへと斬り付ける。ただ、マアリムの目の前には例の光の壁が出現する。


 攻撃の速度が遅かったかと考えたが、防御があるから問題ないだろうと考えたディアノは全力でその壁に向かって剣を上段から振るう。防御された後は後は距離を取ってと考えていたのだが……光の壁は聖剣の刃によって切り裂かれて霧散する。その光景に二人とも驚いたが、勢いの付いた剣は止まらず、マアリムの身体へとその刃が迫る。


「何でッ……?!」


 ディアノは剣を振り切る前に速度を緩めるように無理矢理に力を入れ、筋肉がブチブチと断裂する音にも構わずに剣の軌道を無理矢理に逸らす。ギリギリのところでマアリムの身体に当たらなかった聖剣は地面へと突き刺さる。マアリムはその間、身じろぎもせずにその刃を見続けていた。


「なるほど……聖具も万能ではございませんのね……斬撃には弱いのか、それとも聖剣には弱いのか……。……でも残念ですわ……ディ様になら斬られても構いませんでしたのに」


「何言ってるんだ……リム……」


「だって……ディ様、私を傷物にしたら責任を取ってくださいますでしょ?」


 無理矢理に軌道を反らした腕の痛みの治療に回復魔法をかける。あと数回分は魔力は持つのだが、それ以上にディアノはマアリムの今の発言に不気味さを感じて顔を顰める。


「……フフッ……冗談ですわよ。そんな事をしても仕方ないですもの。私でしたら斬られても問題なく回復できるからと言う意味ですよ」


 冗談だという彼女のその言葉は……嘘だった。マアリムは斬られても構わないと思っている。ただ、後半の問題なく回復できるという言葉は本当で、きっと彼女はどちらでも良いのだろう。

 残りの魔力も少なくなってきており、聖具の防御を突破するには聖剣の刃が不可欠だ……かと言って、ディアノは彼女を斬ることはしたくない。どうしようかと躊躇っていると、背後から叫び声が聞こえてきた。


「ディさん!! 何やってるんですか!! マーちゃん斬りそうになってたじゃないですか!!」


「ルー!! 皆の避難はできたのか?!」


「できてますよ!! 周囲に結界も張りましたから入って来れませんけど……いったい何がどうなってるんですか?!」


「……一言で言うと、聖女様御乱心って感じだよ」


「御乱心って……」


 先ほどの光景を見てマアリムの心配をするルナは、ディアノに対して非難の声を上げる。確かに先ほどの光景だけ見れば、ディアノがマアリムを斬るように見えただろう。あくまでも彼女はマアリムを心配しての発言をしただけだったのだが……その発言がきっかけとなった。


「ディさまぁぁぁぁぁぁ!! なんでそっちを見るんですの!! 今は私達の相手でしょう!! 魔王に!! 魔装具を見ていないで私達を!! 私達を見てくださいぃぃぃぃ!!」


 腕輪の光がより一層輝きを増しマアリムを包み込んだと思うと、彼女はディアノに目掛けて突進する。動きも速さはあるが滅茶苦茶で、その様はまるで癇癪を起した子供の様だった。

 ディアノに掴みかかったマアリムはそのまま地面へと彼を押し倒す。手と首を押さえられ、そのまま仰向けに倒されたディアノの上にマアリムが乗る形となる。首の方には力はそこまで込められていないが、動くことはできずにいた。

 聖剣を持つ手は自由になっているが下手に斬り付けることはできない。


「ディ様、この子が寂しくて悲しくて泣いているんです……だから私も同じくらい悲しくて……寂しくて……触れ合えないと……もう駄目になりそうなんです……」


 押さえつけられている力の強さとは裏腹に、マアリムの言葉は弱弱しい。だけどその言葉がヒントになった。あくまでもマアリムを突き動かしているのは聖具の感情のようなのだ……。

 ディアノを許せなかった残りの気持ちと、聖具の寂しさが同調して、今回のような行動に出てしまっている。触れ合いたいという言葉にも嘘が無い。その言葉は……きっと聖具の方の気持ちだ。


 そもそも、誰かに会えなくて寂しがっている者を他人の言葉だけで慰めるのはよっぽどのことが無い限り困難だ。できることはその当事者に会わせてやることだ。

 いくら使用者とは言え、伝言で終わらせるという選択をした聖剣を握りしめると……その形を腕輪の形に変化させる。勝負を諦めたのかとマアリムがその手に視線を送った瞬間に、ディアノは視界の中に聖具を捉えた。


「お前ら!! ごちゃごちゃやらないで当事者同士で話し合えや!!」


 腕に握った形を変えた聖剣をマアリムに目掛けて寝たまま突き出す。寝たままだから体重も何も乗っていない、非常に軽い打撃だ。


「何をなさって……そんな打撃、防いで……」


 苦し紛れの攻撃に対して、マアリムは聖具の光の壁を展開させようとするが光の壁は出現しない。混乱するマアリムを他所に、ディアノの手はマアリムに近づいて行く。


 考えてみたら簡単な事だった。先程、彼女は言ったのだ。聖具は聖剣に見てもらいたいと、触れ合えなければ寂しいと、そう言っていた。


 だったら今、ディアノの手によってとは言え……自分自身に向かって真っ直ぐに来ている聖剣を……ディアノが強制的に接触をさせようとしている聖剣を、拒む理由は聖具にはないはずなのだ。まるで自分から招くように聖具がマアリムの腕で形を変えていく。


 腕輪の形の聖剣と、マアリムの腕に付けられた聖具がぶつかった瞬間……まるで捕食するかのように聖具の形が変わり、聖剣はその聖具と融合するように溶け合った。


 そして、今までの何倍もの光が二人を包み込むと、それが聖剣と聖具がぶつかった衝撃なのか、爆音と共に辺りに衝撃を伝播させる。


「ディさん!! マーちゃん!!」


 光に包まれる二人へと向けたルナの叫び声は、その衝撃と爆音の前に儚く消え去って行った。

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