66.勇者は弟子達と戦う

 戦いの当日に……訓練場では男性陣と女性陣が実に久方ぶりの再会を果たしていた。


 女性陣の症状の重かった者も歩き出す程度には回復しており、意識もはっきりとしている。ただ、歩くたびにふらつくため、症状の軽い女性の肩を借りて立っていた。

 男性陣は彼女達に無理をさせないために自らゆっくりと彼女達へと近づいて行き、彼女達と涙を流しながら抱擁を交わす。

 アグキスとセイの二人も、その光景を並んでみながら微笑んでいた。


「まだ治療は完全ではないので……これからも長い療養生活は必要ですけど……身内の男性相手なら抱擁できるまでになって良かったです」 


 ルナもその光景を見ながら涙を流している。ディアノもその光景を見て、ようやく彼等を再会させてあげられた喜びを感じていた。


 顔に傷を持った男性は、人間と狸の耳を生やした獣人の二人の女性と抱擁している。頭を丸めている男性は、額に角を生やした獣人と狐耳を生やした獣人と……。犬耳を生やした獣人の兄弟はトナカイの獣人……ヘレディアと三人で抱き合っている。

 他にも猫、熊、鹿、烏、獅子の獣人である男性陣も、それぞれ自身の伴侶、恋人と再会を喜び合っていた。


 今この場にはディアノ達三人と男性陣、女性陣全員、それにパイトンとストゥリだけがいる。これから始まる彼等の戦いを見届けるために集まっているのだ。

 男性陣はそれぞれが一言二言女性陣と会話を交わすと、名残惜しそうに彼女達から離れていく。それは女性陣も同様で、今から俺と戦う男性陣を心配そうな眼差しで見ていた。


 観覧席のような気の利いたものは訓練場には無いため、邪魔にならないように女性陣はこの場にいる男性陣以外の者に誘導されて安全な場所まで離れていく。万が一何かあればルナとマアリムが防御するので、その辺りは安心だ。


 そして、ディアノと男性陣は訓練場の真ん中で対峙する。1対10の戦い。かつては仲間が居たため、ディアノにとっても一人で大勢の相手と戦うことは初めての経験だった。そのため、ほんの少しの緊張感が身体を満たす。

 それは男性陣も同様で、その顔は覚悟を決めているようにも見えるが、全員から緊張感が感じられる。程よい緊張感は大事だが、過度な緊張は実力を発揮しづらくするため、ディアノはほんの少し彼等と会話をすることにした。


「……恋人や奥さん達と再会できて良かったですね。別にこのまま終わっても良いかと思うんですけど……やっぱり戦いますか?」


「師匠、ここまできてそれは無いですよ。どれだけ強くなったのか、彼女達にも見せたいんです。くだらない男の意地ってやつですよ」


「男の意地って言うのは……よくわかりますね。男ってのは意地を張ってなんぼですから……。でも、緊張しすぎてたら本来の実力も発揮できませんよ?」


「緊張もしますよ、彼女達が見ている前で師匠に挑むんですから……格好悪い所は見せられません」


 笑顔で告げるその言葉に、彼等の緊張感は過度なものでは無いと判断できた。回復した女性達に再会できたことで余計な肩の力が抜けたのだろう。これなら、実力を十分に発揮することができるはずだ。


「……会話中に仕掛けてくるかと思いましたけど、流石にリムの真似はしませんか」


「私達の実力では奇襲をかけてもかけなくてもどっちでも変わりませんよ。それに、師匠と戦うんです……正々堂々と行きたいじゃないですか」


 その可能性を少しだけ考えて警戒はしていたのだが、彼等は誰も動こうとはしていない。ディアノは個人的には奇襲も立派な戦法だと考えているが、その意を汲んでディアノから奇襲をかけることはしない。


「……そろそろ、はじめましょうか」


 ディアノは手にした訓練用の刃引きした剣を両手で構える。聖剣は念のために腕輪にして装備しているが、この戦いでは使うつもりは無かった。


 達人レベルだと刃引きしている剣だろうと人を斬ることができるそうだが、ディアノはまだその領域には達せていない。これで不用意に彼等を斬ってしまうことはないという点では安心だ。

 しかし、刃引きしたとはいえ剣は剣である。真剣よりはマシと言うだけで、全力で斬れば肉くらいなら裂くことは可能だし、当たり所が悪ければ死に至る。それを自覚したディアノの身体にも緊張感が走る。


 その構えを合図に、男性陣もそれぞれが構えを取る。剣を持つ者、徒手で挑む者、魔法を使う者……役割分担は既に終わっているようで、その構えに迷いは見られない。


 緊迫した雰囲気が男達を包む。周囲もその雰囲気の変化を感じ取り……沈黙し、固唾を飲む。


 ディアノは腰を落としたまま動かない。


 最初に動いたのは剣を持った四人の獣人達だった。


 犬の獣人兄弟、猫の獣人、烏の獣人がディアノの間合いに入る。全員が剣を持っており、四方からディアノに襲い掛かる。狙いは肩と足、上下の同時攻撃。慌てずに足の運びだけでそれを躱すと、一人の身体に目掛けて剣を振り下ろす。


 まず、一人。


 そう考えた瞬間、ディアノは衝撃を受ける。


 ほんの少しだけ遅れて飛び出した獅子の獣人と熊の獣人が、彼等の巨体をぶつけてきた。姿勢は崩れないが、それでも攻撃の手は一瞬止まり、その隙に剣の軌道から逃れた彼等は体勢を整えディアノへの追撃を続ける。


 四人はディアノを囲み前後左右からの剣戟、更にその隙間を縫うように上下から巨体から拳を繰り出してくる二人の獣人……彼等はあえてタイミングをズラして絶え間ない連撃を繰り出してきていた。

 わずかな隙間を縫うように反撃するが、その反撃は熊か獅子の獣人が手を伸ばして代わりに受け、他の四人を守っている。自身の攻撃を受け止められる二人にディアノは内心で感心していた。


(たぶん……俺の攻撃を受ける瞬間にだけ身体強化を使っているんだろうな……使い方が上手い)


 一つ一つの攻撃は大したことは無いが、こう矢継ぎ早に攻撃されてしまっては体捌きだけでこれら全て避けるのは困難であるため、いくつかの牽制のような軽い攻撃は避けずに受け、首等の急所を狙う致命的な攻撃、重さのある攻撃のみを避ける。

 その攻撃の容赦のなさに、以前に感じられた攻撃へのためらいは感じられない。彼等の成長を嬉しく感じるが、途切れることの無い攻撃にほんの少しだけ苛立ってしまう。


 右から犬の獣人の剣戟が来る、それを避けずに前に出てその腹に横薙ぎを入れようとした瞬間に、逆方向から熊の獣人の拳が飛ぶ。それを身体を捻り躱すと今度は猫の獣人が下から上へと斬り上げる斬撃を繰り出してくる。


 流石に股間を狙う事はしてきていないが、先日のマアリムの攻撃が脳裏を掠めてその攻撃を剣で受け止めた。そこまで重さの無い攻撃だが、猫の獣人は受け止められたことに笑みを浮かべると、自身の脚力を全て使いその場に飛び上がり、受け止めたディアノの剣を無理矢理かち上げる。


「もらいました!!」


 両腕が上がり無防備になった胴体に獅子の獣人ともう一人の犬の獣人がそれぞれ拳と剣を突き付けてきた。しかし、かち上げられた勢いを利用してその場で小さく回転したディアノの身体は既にそこにはなく、二人の攻撃は空振りする。

 突きの勢いで身体が伸び切ってしまった二人の身体へとディアノは剣を振り上げると顎を跳ね飛ばした。剣戟をまともに受けた二人は地面へと崩れ落ち、そのまま動けなくなる。


 まずは二人。


 地面へと倒れた二人へと視線を動すと、突然に上からの風を感じた。その風に嫌な予感がして顔を上げると、それは烏の獣人が上空からディアノに目掛けて剣を振り下ろす瞬間だった。気づかれたことに驚きの表情を見せるが、勢いは止めずそのまま剣を振るう。

 間一髪で身体をほんの少しだけ横にずらし躱すと、剣はディアノの身体の真横すれすれを通り過ぎて地面を叩く。地面を叩いたことで動けなくなった無防備な腹を横薙ぎに斬り付ける。


 これで三人目。


 そこで初めて、ディアノは彼等に対して口を開く。


「かなり動けるようになりましたね、これならきっと、あの三人にも問題なく勝てますよ……まさか俺の教えた攻撃以外も使ってくるとは思いませんでしたが……誰の入れ知恵で秘密の特訓をしていたのか……」


「……せめて彼の攻撃が当たるくらいは期待したんですけどね」


 残った犬、猫、熊の獣人は、苦笑しながらも地面に倒れた烏の獣人へと視線を移す。彼の攻撃が本命だったのだろうか?


 ここで少しだけディアノが疑問に思ったのは、残りの四人は何をしているのかと言う事だ。


 彼等に戦闘を任せて高みの見物などはあり得ないのだが、残り四人がこちらには来ていないようだった。そして、ディアノが周囲を見回そうとした瞬間に熊の獣人がディアノの視界を塞ぐように突進してきた。


 周囲に気を配ることを中断し熊の獣人へと意識を集中させる。


 他の二人の姿が見えなくなっており、おそらく彼の巨体に隠れているのだろう。彼等は左右から来るのか、それとも上から来るのかを警戒する。しかし、結果はそのどれでも無かった。


 彼の後方から何か音が聞こえた瞬間、熊の獣人はそのまま横っ飛びしてディアノの視界から完全に消え去る。


 その行動の意味がわからずに熊の獣人を視線で追う。それが失敗だった。


 突然、真正面からまるで巨大な岩の塊をぶつけられたかのような衝撃がディアノを襲った。ぶつかってきたその塊は、姿を見せていなかった最後の鹿の獣人だった。


 ディアノの身体はその勢いで後方へと押し込まれていく。そのまま壁に叩きつけようとしているのか、突進は止まらない。その力強さは先ほどの熊と獅子の獣人とは比べ物にならないもので、身体強化を限界までかけていることが伺えた。


 おそらく、マアリムに教わった他者への身体強化を人間の三人全員でかけてここまで強化したのだろう。未熟な強化でも重ね掛けしたことで、マアリムの強化に及ばないまでも、かなりの強化ができている。そしてそれを、ここぞという場面でディアノにぶつけてきたのだった。


 鹿の獣人は攻撃が当たったことにニヤリとした笑みを浮かべるが、ディアノは慌てず、そこで初めて身体強化の魔法を発動する。浮いていた足を地面へと接触させ、それ以上後方へと押し込められないように全力で足を踏ん張る。


 彼等三人でかけたであろう身体強化は、確かにかなりの強化ではあるが……決してマアリムには及んでいない。それならば、ディアノが身体強化をすれば十分に止めることが可能だった。


 渾身の突進が止まったことに鹿の獣人は焦ると、そのまま逆に身体を押し込まれ、強化した蹴りで吹き飛ばされた。吹き飛んだ先ではセイ達人間の三人が、気絶した獣人達を回復魔法で回復している所だ。

 回復魔法をかけられた獣人は、全員がまた立ち上がり構える。戦意は失っていないようだった。


「なるほど、彼を極限まで強化した突進で俺を引き付けて、その隙に回復を……と言うことですか」


「……いえ、本来は今の突進で師匠を壁際まで押さえつけて、動けなくなった師匠に九人全員で一斉にかかるつもりだったんですが……上手くいかないものですね」


 どうやら全員で袋叩きにするつもりだったらしい。その容赦のない作戦は自分達で考えたんだろうか、それともマアリムから?……自分の影響だったら嫌だなとディアノは考える。


「正々堂々って言ってたじゃないですか……ちなみに、リムに聞いてた俺のクセって何だったんです?」


「正々堂々ですよ。……その辺りは後日……先生から聞いてください」


「……まぁ、そりゃそうですね」


 作戦が失敗したというのに彼等の顔には焦燥感は無く、どこか嬉しそうだった。吹き飛ばされた鹿の獣人は既に立ち上がり、渡された剣を構えていた。いつの間にか全員、その手には剣を持っていた。

 全員がゆっくりと剣を構える。それはディアノが教えてきた基本の構え。剣を両手で持ち、腰を落として足を前後に軽く開き、どの方向にも動けるように軸足に体重をかける。


「ちなみに、今の間の突進の間に回復と身体強化を全員にさせていただきました。無詠唱はまだ無理ですが、時間さえあれば可能ですので……これでまだ戦えます」


「そうですか……それで、ここからはどうするんです? 全員で構えて……それが作戦ですか?」


 強化をしたディアノも、彼等と同じように剣を構える。


「いえ、小細工はもう止めですね。ここからは……全員での力押しです!! 胸を借ります!! 師匠!!」


 叫んだ瞬間に、全員が一斉にディアノに対して突撃してくる。小細工無しの真っ向勝負、ディアノの教えた剣の構えで向かってくる。作戦もクソも無いただの力押しを、最終的に彼等は選んだ。

 その姿を見たディアノは、その顔に笑みを浮かべた。ディアノも彼等を真っ向から迎え撃つことを選んだ。ここからは倒れるまでの純粋な殴り合いに近い戦いだ。


 先ほど同様に獣人達の上段、下段、横薙ぎの攻撃が四方から襲い掛かってくるが、身体強化をかけたディアノはその剣戟を避けるでも防御するわけでもなく、身体にその攻撃を受けてから反撃する。

 相手も強化しているからか、ほんの少しだけディアノの皮膚が破れたがすぐにその怪我を回復魔法で治し、まずは四方にいる獣人へと剣戟を見舞う。その一撃で、全員が地面に倒れ伏すが気絶はしておらず、すぐに身体を起こして一端距離を取り離れていく。


 セイたちも同じように攻撃してきたが、獣人に比べるとその速度は遅い。しかしディアノはその攻撃をあえて受ける。皮膚は破れず怪我もしない、これが人間と獣人の差なのだろうと認識したディアノは、それから彼等を横薙ぎの攻撃だけで吹き飛ばした。

 吹き飛ばされた彼等は、それでも諦めずに再度ディアノへと突進していく。


 そこからは完全に乱戦となる。


 斬り付ければ倒され、蹴りを放てば吹き飛ばされ、拳を見舞えばそれを掴まれ投げられる。それでも十人全員が諦めずに、何度も何度もディアノへと向かっていった。

 ディアノもそれに応えるように、彼等の成長を実感するかのように、攻撃を受けては反撃を繰り返す。怪我をすれば回復しながら、彼等が満足するまで、彼等が一人残らず動けなくなるまで、最後の一人になるまで戦いに付き合った。


 一人、また一人と体力の限界が来ると動けなくなっていき……やがて最後の一人がディアノと対峙する。


 最後までたっていたのは意外にも人間のセイだった。


「……最後に立っているのが貴方とは予想外でした」


「……私もですよ……師匠を見習って……自分を回復しながら戦ってたのが……良かったんですかね」


 だが、立っているのがやっとと言う状態だ。息も絶え絶えで、構えている剣もその先がぶれてしまっている。少しでも動けば倒れてしまうだろうが、歯を食いしばって立っている。

 そして、最後にゆっくりと剣を上段へ構えると……それを最後の力を振り絞りディアノへと振り下ろす。ディアノの身体に剣が触れると、セイはそこで力尽きてゆっくりと倒れていく。


「師匠……ありがとうございました……」


 倒れ際にその言葉を言ったセイの顔は満足気なものになっており、その他の男性陣も、満足気な表情を浮かべて倒れていた。ディアノも全員が動かなくなったのを見ると、大きく息を吐きだし彼等に深々と頭を下げた。


 それから、女性陣が倒れた男性陣をゆっくりと運んでいく。それぞれが自分達のパートナーが強くなったことに驚き、最後まで戦ったことに涙を流していた。ディアノ達はそれに対してはあえて手を貸さずに見守る。

 マアリムは、彼等が訓練場の端まで移動したところで一人一人に近づいて行って回復魔法をかけていく。ほどなくして彼等は気がつき、目の前にいる自身の恋人へと笑みを向けていた。


 これで本当に全てが一段落したかとディアノが一息ついたタイミングで、全員に回復魔法をかけ終えたマアリムが訓練場の中心に立っているディアノへと近づいてきた。


「ディ様……お疲れ様でした。きちんと手加減もできたようですが、流石にだいぶお疲れの様で……」


「あぁ、リム……体力的にはまだ大丈夫だけどさ、こういう戦いは神経を使うね。流石に疲れたよ……意識せずにできるようになるまでは、まだまだかかりそうだ……」


 流石に全員を相手にしたからか汗を額に滲ませ、その顔にも若干の疲労の色が見えるディアノの言葉に、マアリムは彼の汗を手にした布で拭きながら笑顔で告げる。


「そうですか……それでは……これから私とも戦っていただけませんかね?」


「は?」


 ディアノの顔の汗を拭い終えたマアリムは、微笑を浮かべたままディアノから少しだけ距離を取り、呆けたような表情を浮かべたディアノと対峙した。

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