62.勇者の勇気

 自身はルーの方ではなく俺の方へと参加するというリムの言葉は、俺にはかなり意外なものだった。彼女の性格を考えると、ルーの治療へと参加すると思っていたからだ。

 リムの顔を見ると申し訳なさげにしてはいるものの、誰かの言葉でそれを覆すような考えは持っていないように見える。その顔からは何を考えているのか伺い知ることはできない。ルーの方も、何故俺の方に参加するのかがわからないようで首を傾げていた。


「……屋敷の治療の方は、私も手伝わせていただきましたが……専門のお医者様もいらっしゃいますし、手伝える人数は十分のようでしたので、私が参加しなくても問題は無いと感じました……。もちろん、私が参加させていただければその分早く治療は完了するでしょうが……そこまで劇的な変化があると思えません」


 俺達の疑問に対して答えを口にするリムだったが、ほんの少しだけらしくないと感じられた。ほんの数日でも早く治療ができればそれに越したことは無いというのが、むしろ彼女が言い出しそうなことなのに……。

 そこまでを口にして言葉を区切ると、リムは俺の方へと珍しく非難を帯びた視線を送ってきていた。


「問題は……ディ様の方だと判断しました。ディ様、今回の行っていることを私はルーちゃんからおおよそ聞いておりますが……直後にほんのちょっぴり怒ってしましたので、ディ様から、改めて説明をしていただけますか?」


 リムの言葉に対して顔を顰めたルーの表情を見る限り、怒ったのは絶対にちょっとじゃないだろうとは思いつつも……俺は女性達と男性達の状況と、現在の対応についての経緯を改めて説明する。

 俺の方に問題……問題だらけだとは思うのだが、リムがそういう程の問題とは何があるのだろうかと疑問に思ったのだが……説明を聞き終えたマアリムは小さくため息をついた。


「……とりあえず反省点はある程度を自分達で認識できたようなのでその辺りは省きますが……やっぱりその作戦、致命的な欠陥があります……」


「……欠陥?」


「ディ様……試合とは言え戦いで……本気で向かってくる十人に対して、上手く手加減をできる自信がおありですか? 私、ディ様にそれができるとは思えないんです」


 俺は言われてドキリと心臓が跳ね上がる。戦闘に置いて手加減をした経験が自分には圧倒的に不足しているのはその通りだ。だけどそれが欠陥とまで言われるようなことだろうか?


「いや、でも……ルー相手には手加減……できたような……結果としてだけど……」


「魔王を相手にした時と、一般人を相手にする時を一緒にしないでくださいませ……」


 俺は悪あがきの様に過去に手加減できた事例を出すのだが、確かにあれは手加減をしたのではなく全力は出すが殺さないように注意しただけであって手加減とは言えない……。

 三馬鹿を相手にした時も同様で、殺さないがあくまでも殺さないだけで全力で倒しにかかっていたのだ。そもそも最初は殺しかけて一気に首を撥ねようとしたのだから、手加減など微塵も考えていなかった……。


 そして、俺は過去の戦闘の記憶も掘り起こしてみるが……そもそも手加減できる余裕などあるはずがなく、当然の事ながら手加減をして戦闘に挑んだ記憶が全くと言って良いほど無かった。

 それでも、訓練の時の組手は割と手加減して教えられているし、実戦もそのように考えれば問題ないのではないだろうかと考えたのだが、リムは先回りしたようにその考えを否定してくる。


「たぶんディ様、訓練の時では割と手加減したり教えたりはできていると思うんですよ……でも……それは、訓練だから、真剣ではあっても練習の範囲とディ様が認識されているからです。でも……それが実際の戦闘となった場合……」


 そこまで言われてようやく……俺も自分が上手く手加減できている姿が思い浮かばなかった。過去の戦いや修行でも手加減をするという余裕が一切なかったため……どう手加減すれば良いのか見当もつかなかった。

 そもそもが今の状況が特殊すぎなのだ。改めて、自身の取った行動の浅はかさを思い知る。


「それに、必死に相対してくる相手に手加減は非常に失礼な行為です……ディ様もそれくらいは分かっていたでしょうに……だから私はディ様の訓練に参加させていただくのです」


 リムからの正論に、俺は何も言えなくなってしまう。改めて間違いを指摘されてしまいルーの方も俺と同じように言葉を失っていたのだが……そこで僅かに疑問が生じる。その疑問は、俺が口にする前にルーの方からリムに対して質問として投げかけていた


「マーちゃん……ディさんが手加減できないと言うのが……どうしてマーちゃんが訓練に参加することに繋がるんです?」


「ちょっと誤解させましたが……手加減の有無と私が訓練に参加することには直接の繋がりはありません。作戦の欠陥をお伝えしたかっただけなのです」


 改めて、リムは俺に向き合うとその言葉を口から出した。非常に重く、真剣な言葉だった。


「ディ様……もう先延ばしにするのは止めましょう。明日の訓練時に正体を明かし、皆様に謝罪いたしましょう。これは自分達が仕掛けてしまった自作自演の茶番だったのだと……」


「……それは」


「マーちゃん違うんです!! 謝罪するべきは提案してしまった私です!! ディさんは何も悪くないのに謝罪なんてする必要は……」


「ルーちゃん、違います。提案したのは確かに貴方かもしれません、貴方もそこは同罪です。しかし、それを咎めることなく乗ってしまったのはディ様です。貴女は先ほど、自身が全て悪いと仰いましたが……この場合の罪の重さはお二人で大差が無いのですよ」


 そのこと自体は俺もルーも全てが終わってから謝罪するつもりだった、事が終わり、それから全員に謝罪する。罵倒は覚悟の上で謝罪するつもりだったのだが……リムから出てきた発言はそれを覆すものだった。


「確かに……ルーちゃんからの話を聞いた時、謝罪は全てが終わってからでも良いかと思っていましたわ……でも考えが変わりました。ディ様、一対多の経験って少ないでしょう? 万が一、大怪我をさせてしまったら? 万が一……相手を殺してしまったら? 更に許されない罪が加わってしまいます……その可能性を考えると……すでに遅いかもしれませんが、私は一刻も早い謝罪を提案させていただきます」


 そこで俺は、ようやくリムの発言の真意を察することができた。あぁ、そうか。リムはあくまでも俺を第一に優先して考えてくれているのだ。そこは昔から何も変わっていない。

 昔は俺の発言には全て肯定してくれていたが、俺が彼女に何も言わずに離れたことでその心境には変化が生じたのだろう、俺がまた罪を重ねる可能性を考えて、万が一にもそれが起こらないように考えて……俺のために俺の考えを否定をしてくれている。


「それにディ様……謝罪って言うのは後からの方がしにくいものですわ……ズルズルと謝罪できずに続けてしまった方々の姿……知らないわけでは無いでしょう?」


 そこで俺はあの二人の事を思い出す。騎士団長と王女様……あの二人は俺から追及されるまで俺に謝罪することはなかった……それはきっと……リムの言う通り後から後から謝罪するのが難しくなっていたのだろうという事なのだろうか?

 それは良く捉えすぎにしても……確かに正論だ。時間が経てばたつほど、謝罪と言うものはしにくくなる。


「だから私も訓練に参加し……一緒に謝って差し上げます。きっと事情を説明すればわかってくださるはずです……それでも罵倒されたら私も一緒に受け止めます……出ていけと言われたら私もルーちゃんもお供します……勇者様……」


 久しぶりにリムに勇者様と言われた俺は、また目から涙が出そうになる。勇者……その呼び名は遥か昔に初めて聖剣を手にしたものが、恐怖に立ち向かった勇気ある者として呼ばれたのが始まりだと言われている。

 何の間違いかその勇者になってしまった俺が……元ではあっても勇者だった俺が、かつての仲間にここまで言われて情けない決断をしても良いわけがない……。

 リムを騙して、ルナを騙して、彼等を騙している俺が……その償いをする機会はきっと今しかない。今更何をと思われるかもしれないが……それでも俺は、決意を固めた。


「……そうだな、リムの言う通りだよ……。全部終わってからなんて甘かったんだな、ルーは優しいから自分だけが悪いって言っていて……俺は卑怯にもそれに乗っかっていただけなんだな。俺は元勇者だけど……元勇者として情けない姿は見せられないよな」


「……ディさんだけには謝らせません。明日は私も出発を遅らせて……一緒に皆さんに謝罪します」


 俺とルーの発言に、マアリムは嬉しそうな、安堵したような表情を浮かべていた。本当に……彼女には世話をかけっぱなしだと改めて実感してしまう。本当に……彼女が俺を追いかけてきてくれて良かったと心から思う。


「ごめんなルー、俺から謝罪は後でとか言ってたのに……」


「いいえ……私もあの時の間違いに気づきましたよ。私は一人で謝罪しようとしてました。でも……二人で謝罪するって発言が正解だったんですね。だからディさんは私のために先延ばしにしてくれた……ごめんなさい、ディさん」


 俺はルーに謝罪するが、ルーも俺に謝罪してきた。少し気は早いが……なんだか肩から重い荷物を下ろしたような気分になる。後は明日……皆に誠心誠意の謝罪するだけだ。

 そして、その決意を口にした後で、マアリムが雰囲気を変えるためになのか、両手をポンと打ち鳴らして安堵したような声色で口を開いた。


「いやぁ、良かったですわ。これが受け入れられ無かったら私、最後の手段を取るところでした」


「最後の手段?」


「えぇ、私が男性達全員を極限まで色々な身体強化を施して、ディ様に全員と戦っていただくというものです」


 ……その言葉に俺はゾッとする。


 味方として戦っていた時、マアリムの後方支援は非常に頼もしいものがあった。全体を俯瞰して見ているかのように状況を的確に読み、身体の強化、必要な防御魔法を施し、傷が付けば適切な量の回復を行う。

 魔力を無駄にせず、最小の魔力で最大の効果が出るように味方の支援を行う。縁の下の力持ちを体現したような振る舞いには何度助けられたかわからないほどだ。


 それが十人全員に施されて、十人いっぺんに戦わなければならないというのは……誇張することなく悪夢だと言える。しかも戦っていたらあの仮面を付けての戦いだ……視界を極端に制限された状態で強化された全員と……想像しただけで嫌な汗が全身から吹き出してくる。


「身体強化イコール努力の否定では決してないですが、それをしてしまうと彼等の今までの努力も無に帰してしまいそうでやりたくはなかったんですけどね……。でも、ディ様が間違いを続けられるのならば止む無しかと思っておりました」


 しかも、俺の能力のせいで彼女の言葉が本気だと分かってしまった。提案を受け入れて……謝罪をするという決断をしてよかったと、心からの感謝をリムとルーに俺は送る。

 そういえば、俺の能力についてはリムには説明してなかったな……落ち着いたら説明しようか……いや、先延ばしにするよりは今すぐに言った方がいいかな……そう思っていると、ルーが先ほどまでのリムについての感想を口にしていた。


「なんだかマーちゃんってあれですね、ディさんのお母さんみたいですよね。的確に間違いを指摘して優しく説得して……母性溢れるって言うか……私もちょっとお母さんって呼びそうになっちゃいました」


 ……確かリムは俺よりも年が少しだけ下のはずだ。性格も大人びているし身体付きも非常に大人っぽく見えるから誤解されやすいが……かつてのメンバーで一番年下なのがリムじゃなかったっけ?しかも確か……その事を気にしていたはず……よくプルの方が年下に見られてて……。

 リムはギギギギと錆び付いた人形のように首をルーへと動かすと、その頭に両手を優しく置いて覗き込むようにして目を合わせる。


「ルー……ちゃーん……私はまだ全然未婚の清らかな乙女ですわよー……こんなに大きな娘と息子がいるような年では無いですのよー? 言うに事欠いてお母さんって……お母さん……いえ、ディ様のお母さんなら吝かではございませんが……男は皆、基本的にマザコンって聞きますし……ディ様、このお母さんに甘えてくれも……」


「ストップ、リム……ちょっと落ち着いて……いや、マジで落ち着いて!!」


 そのままリムは、俺をその胸の中にまるで母親の様に抱きしめる。ただそれは、別に興奮したからと言うだけではなく、そのまま優しく頭を撫でてくる。それはいつの間にか隣に来ていたルナも同様で、俺達は揃ってリムに頭を撫でられる……気持ち良いけど……なんでこうなった。


「二人とも……よく決断されました……大丈夫です、明日がどのような結果になろうとも私は二人の味方です」


 その言葉に、俺もルーも胸の中に温かい気持ちが沸き上がってくるのを感じていた。

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