54.勇者は訓練を始める

 ルーを見送った後、パイトンさんと別れた俺は一人で訓練場へと向かっていた。パイトンさんもついてくると言っていたのだが、彼には公主の仕事があるだろうからと断った。仕事が一段落付いたら様子を見に来ると言って、仕事へと向かっていった。

 最近は常にルーが一緒だったから……なんだか変な感じがするな。こうやって完全に一人って、凄く久しぶりでなんだか違和感を感じてしまう。


「さて……じゃあ俺もルーに負けないように頑張りますかね」


 訓練場に向かうと、そこには十人の男性が正座をしていた。俺を待っていたのか……全員が微動だにせず姿勢を正したままにしている。そして、俺が訓練場には言った所を見ると、全員が立ち上がり俺に綺麗に一礼をしてきた。


「師匠!! 今日からご指導の程、宜しくお願いいたします!!」


 ……し……師匠? 俺が師匠……?


 今まで呼ぶことはあっても呼ばれたことの無い呼称に、全身がなんだか照れ臭いようなむず痒いような気分となってしまう。師匠……俺が師匠か……。いや、気を緩めてはいけない。これは、あくまでも彼等の心の傷を治すための訓練だ。俺が師匠呼びに浮かれる等……たぶん五十年は早い。

 俺は心の中で、かつて俺に稽古を付けてくれた人たちの事を思い浮かべて自らを戒める。あの人たちに比べれば俺はまだまだひよっこだ。絶対に魔王を単独で倒せる人もいただろうけど、自分達が強くなることにしか興味がない人達だったよな……。


「師匠? どうかされましたか?」


 黙って物思いにふけっていると、代表なのかセイが俺に対して心配そうに覗き込んできた。俺は何でもないと慌てて現実に戻ってくると、ここにいる十人の男性を見回した。人間が三人……獣人が七人か。女性の数が十五人だったから……全員は揃っていない様だ。


「他の五名は仕事中なんですかね? それならその人たちにはあとで……」


「いえ、師匠。これで被害者の男性は、私を含めて全員となります」


「へ? 全員?」


「はい、これで全員です」


 思わず素っ頓狂な声を上げてしまった俺に、セイは冷静に返してくる。

 ……確か連れ去られた女性は十五名だったはずだ……なのにここには男性が十名しかいない。何かの間違いか数え間違いかと思い男性の数を数えるのだが、それでもやはり男性は十人しかいなかった。


「公主様のご厚意で、師匠に訓練をしていただいている間は仕事の損失を補填していただけるとのことで、今日は全員が参加しております。もちろん、その補填は税金でしょうから、いつまでもご厚意に甘えるわけにはいきませんが……。幸い、町の方々にもご理解いただけているようです」


「はぁ……いや、聞きたいのはそこじゃなくてですね……人数が合わなくないかなと思いまして」


 なんで人数が合わないのだろうか? という疑問を浮かべていたのだが、むしろ俺の疑問をセイは理解できないようだった。少し考え込む素振りを見せると、セイは納得したかのように両手を軽く打ち鳴らした。


「あぁ、師匠……もしかして我々が一夫一妻だと思っていたのでしょうか? もちろん、そう言う者もおりますが、帝国は基本的に平民でも条件さえ満たせれば一夫多妻、一妻多夫等を自由に認めていますので……」


 帝国って、そんなことができるのか……王国は平民は基本的に一夫一妻で、一夫多妻が許されるのは貴族か王族くらいにものだったからな……。貴族にだって、敬虔な教会の信者は一夫一妻に拘っている人がいるって聞くくらいだし。


「あぁ、そうだったんですね……それは知らなかったな……。俺はほら、王国の方から流れてきたもので、帝国の事情には疎いんですよ」


 ほんの少しだけ疑問に満ちた目で俺を見てきたセイに、弁明するように俺は帝国出身では無いという事をアピールする。まぁ、王国から来たというのは本当だし……帝国に詳しくないのも本当だ。

 しかし、そうだったのか……帝国は平民でも一夫多妻ができるのか……。俺の感想としては……旅の最中に一夫多妻をしている人は結構見てきたから、羨ましいよりはなんだか大変そうだなと言う印象しかないのだが……。


「なるほど、師匠はそんな遠くからいらしてたのですね……」


 どうやらセイは納得してくれたようだ。しかし……そうか、奥さんを沢山持っている人もいるのか。帝国って凄いなぁ……。……いや、変なところで帝国に感心している場合じゃない。

 俺は集まっている男性陣に目を配る。人間の男性が三名、獣人が七名の合計十名がそこにはいた。全員に共通しているのは、期待と不安が入り混じった視線を俺に向けていることだった。


「それで師匠……我々に訓練をしていただけるという事ですが……」


「それなんですけど……皆さんどれくらい戦えます? もともと、戦いを生業としている人はいますかね?」


 俺の問いかけに、全員が押し黙ってしまう。まぁ、兵士がいる国で民間人が好き好んで戦ったりはしないよな……。あの三人に負けた日から訓練をしていたが、あくまでもそれは普段の仕事の後に、仕事が両立できるギリギリの範囲でしていたようだし。さて、どうやってこの人たちに自信を付けさせるか……。


 ……うん、さっきのパイトンさんが言ってた仕事が休みの間の補填とやら、あれを最大限に使わせてもらおう。セイは税金だと言ってたけど、おそらくその分の金額もニユースの町から分捕るつもりだろうから、おそらくは問題ないだろう……。


 もしもそれが難しいようなら、俺が持っているもので価値がありそうで、処分したいものを差し上げて補填に使ってもらおうか……。どうせ、もう使わない宝石とかも結構ある……他者へのお土産としてたモノをルーに上げるのもなんだか違うと言うか、失礼な気もするし……。


「お恥ずかしながら我々は元々が戦いとは無縁な生活でした……しかし、やはり最低限……己の愛する人を守る強さは必要だと……今まで訓練はさせてもらったのですが……仕事を放るわけにもいかず……」


「なるほど……それでは、俺の方からパイトンさんに決闘の日まで補填について永続できるように依頼しておきます。ですので、皆さんはこれから可能な限り毎日、私の訓練に参加してください」


 俺の言葉に、皆が驚いた表情を浮かべる。


「いえ、そんな……そこまで公主様や町の方々の厚意に甘えるわけには……」


「これは優先順位の問題です。貴方達が今、一番に優先するべきは女性達を取り戻すことです。だったら、厚意には素直に甘えて、女性達と取り戻してから皆さんにお礼をする形にしましょうよ。それに……片手間で勝てる程に楽な戦いと言うものはないですから」


 とりあえず、この辺のフォローはパイトンさんに頼んでおこう。先ほどのセイの言葉を信じるなら、町の人達も現状を知っているだろうから、きっと協力的になってくれるはずだ。


 訓練が可能な期間は半月……これを毎日行うとしても食事や休息の時間を取らないわけにはいかないから、実際に考える程に期間は長くない。だから、可能な限りは訓練の時間を取ってもらわないと、彼等の自信につながるだけの実力を身に着けさせるのは難しいだろう。


 まずは訓練に集中してもらって……それから、余裕が出てきたら徐々に仕事に戻ってもらうとしよう。中途半端にどっちつかずが一番不安になってしまう。……俺が鍛えて俺が戦うとは言え、責任重大だな。俺の師匠達もこんな気分だったんだろうか?


「それじゃあまずは……皆さんの力量を見たいので私と組手形式で戦ってみましょうか。武器を持っても良いですし、素手でも良いのでかかってきてください。あ、一人ずつでお願いしますね」


 男性達は全員が俺の言葉に戸惑いながら、誰が先に行くのかを牽制し合うように互いの顔を見合っていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ふむ……皆さん、思ったよりも戦えるんですね」


 俺の周囲には今、十名の男性達が息を切らせて倒れていた。組手と言う事でそれぞれの力量を見てみたのだが、獣人の人達は思ったよりも戦うことができていた。だいぶ身体能力任せではあるが、種族によっては力に長けてたりスピードに長けてたりと様々な特色があった。

 人間の人達は、身体能力こそ獣人の人に劣るが、その分は魔法の使い方などでカバーしていた。身体強化は使えないようなのだが、攻撃魔法を使えている……ただし、もともとが戦闘を生業としていないためか無詠唱では使えないようで、動きながら詠唱をして魔法を放つという事で欠点をカバーしていた。


 女性達が連れ去られてからの訓練の成果なのか、それとも才能があるのか……全員がある程度は戦えている。ただ、本当に最低限、身を護る程度の戦い方と言う印象だ……。欠点は無くもない。


 まず、持久力がそれほど無い。十人全員と組手をやった俺がまだ大丈夫なのに対して、彼等は全員が倒れて動くことができていない。これはまぁ、仕方ないだろう。それぞれ仕事もしているし、訓練もしていたから体力が無いわけでは無い。だけど、戦いのときの緊張感は独特のものだからそれに慣れていないためだろう。


 次に、攻撃が非常に素直だ。直線的と言うか型通りと言うか……。今からそこを殴りますよと、切りますよと言うのが良くわかる攻撃だった。あれだと搦め手を使われると弱いだろう。想定外の攻撃にも弱く、俺が光の魔法を使った目潰しとかを使うと素直にくらってしまっていた。


 最後は……言ってしまえば彼等は他人を傷つけるのに慣れていない。これも普通に生活をしている分には一切問題ない部分だが、戦うこととなればそれは致命的な隙になる。

 組手の最中に、わざと隙を作ってそこを叩けるようにしてみたのだが……その隙を見つけても、一瞬躊躇ったり……逆に避けたり……酷い場合にはその場所で止まってしまう。


 とりあえず、一人一人に回復魔法をかけていき起き上がれる程度までには回復してもらう。全員がホッとした表情で起き上がるのだが……彼等に必要なのは……言い方は悪いが他者を傷つける度胸を持ってもらうことだろう。まずはその方向で訓練すれば、持久力も自ずとついてくるはずだ。


 彼等の姿に、新米だった自分の頃を思い出す。自分もかつてはそうだったからわかるけど……訓練だけで実戦が伴わないと、いざという時に何もできないんだよな……。勇者としての初めての実戦なんて、足がガクガクに震えて情けなかったし。よくここまで来たもんだ。

 初心を思い出せた俺は、彼等に微笑みながら今後の訓練についての提案を行う。


「これで概ねの皆さんに必要な事は分かりました。皆さん、実際に相手と戦う経験ほとんどないでしょう? まぁ、当たり前なんですけど……これからは訓練の最初と最後に、必ず私と組手をしてもらいます。そして……訓練時は基本の叩きこみと、対人戦を主に……十人居ますから五組のペアを作る形で、相手と全力で戦っていただきます」


 俺のその一言に、住人の男性陣は揃って絶望的な表情を見せていた。そこまで嫌な顔をされると傷つくんだけど……さっきも手加減したんだけどな。たぶん、昔の俺もこんな顔をしていたんだろうな。

 だけど、対人戦の度胸を付けるには組手が一番手っ取り早い。幸い俺が回復魔法を使えるから、相手に怪我をさせてしまっても回復は可能だし……。別に人を傷つけることを何とも思わないほどに壊れる必要性は全くないが、敵対してきた相手ならば容赦しないくらいの精神的な強さは身に着けてもらわないと……。


 俺もまず基本を徹底的に叩きこまれて、対人戦に慣れて……それから強くなったからな……。技術云々は基本の終わったその後だった。相手を斬れなければ、技術を取得しても何の意味もないと言われてしまったからな。うん、やっぱり基本は大事だ。


「それと、これは訓練の終盤になるかと思いますが……皆さんには身体強化の魔法を覚えていただきますね……獣人は魔法が苦手なようですが、どんなに弱くても覚えられればそれは強みになります」


「凄いですね師匠は……獣人なのに回復魔法も使えて、身体強化まで……そこまで魔法に長けているとは……。王国とはそこまで過酷な場所なのですか?」


 少しだけ回復したセイが代表して俺に対して疑問をぶつけてきた。……忘れてた……俺は今、犬の獣人に変化してるんだった。魔法が苦手な獣人が、魔法を覚えてもらいますって言い出したらそりゃ疑問に思うよな。


「王国が過酷と言うより、私は生き残るために必死で覚えたんですよ。皆さんもこれは命を懸けるに値するものと私は捉えています。ですから、強くなるための方法は全て貴方達にお教えします」


 俺も教えるのは初めてなので、俺が教わった方法を彼等に伝えることくらいしかできない。まずは……あの時は何をやったっけ…。俺は当時を思い出しながら、男性達にも当時の俺のした訓練を反芻してもらうことにした。


「さて、じゃあまずは……足腰から徹底的に鍛えましょうか。足腰が弱いと実戦では何の役にも立ちませんので……」


 当時を思い出して俺は少しだけ背中に汗をかいていた。走り込み、重心を安定させるための型の稽古、それから型を実践で使えるようになるまで師匠相手の組手……。

 ……あれを彼等にこれから課すのかと思うと、ほんの少しの罪悪感が俺の中には芽生えてきた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 その日の訓練が終わった頃、その場にいるほとんどの人間、獣人はすっかりと動けなくなっていた。今日は訓練も初日だし、休憩を挟みながら無理をしない範囲で行っていたのだが、終わることには誰一人として立ち上がれていない。

 途中で、精神的にハイになったのか「まだまだいける!!」と叫んでいたのだが、段々それも失速していき、今ではこのありさまだ。訓練場には日の光が入らないのでわからないが、今はもう夕方だろうか。

 俺は周囲の彼等と一緒に基本の訓練を実施した。最近、色々あってできていなかったがやはり基本に立ち返るのは良い……俺もまだまだだと初心を思い出せる。


「それじゃあ、今日の訓練はここまでにしておきましょうか。皆さん、しっかりと汗を流して睡眠を取って休んでください。食事も可能な限りきちんと取って、明日に備えてください」


 もしかしたら、直後は疲れすぎて胃が受け付けないかもしれないが……俺は「訓練後は肉だ肉、とにかく肉を食え!!」ってやたら肉食わされてたもんな……。いやー……直後は辛かったから、彼等にはそれを強制したくはない……。

 過去の自身の体験を思い返し、食事や休息について可能な限りのアドバイスを彼等にすると、段々と彼等の上がっていた息も戻っていった。そして、仰向けに倒れていたセイはごろんと身体を半回転させ、ゆっくりとその場で立ち上がろうとする。


「……あ……ありがとうございました……明日から……この訓練ですか」


 セイが身体を起こしながら、震える声で俺に礼をしてきた。他の人達も、それに合わせるように身体を起こして次々に俺に対して礼をしてくる。立ち上がるまでにはもうしばらくかかると思っていただけに、これは意外だった。同じことをやった時、俺が立ち上がるまでこれくらい短い時間でできただろうか?

 きっとそれが、彼等のモチベーションの高さなのだろう……。素直に感心する。


「えぇ、大丈夫です。私もそうでしたけど、じきに身体は馴れてきますから……。私は初日は喋ることすらできませんでした、それに比べれば皆さんは凄いですよ」


 俺の誉め言葉に、彼等は疲れていることも忘れてその顔に笑みを浮かべていた。ここで回復魔法をかけては訓練の意味が無くなってしまう可能性があるので、俺はあえて回復魔法をかけていない。

 ……これも俺の師匠の言なのだが……「修行後に回復魔法?! 修行が台無しになるぞ!!」と言われてしまったのだ。いや、根拠はよくわからないのだが……彼が言うには修行後に回復魔法をかけると、修行前の状態に身体が戻ってしまう……気がするという事なのだ。

 あくまでも気がする……つまり明確な根拠はないのだが……師匠はそれで強くなったというので俺もそれに倣うことにしていた。


 何度も礼を言いながら、彼等は訓練場からフラフラになりながらも帰宅していく。獣人の男性達はフラフラはしているのだが、しっかりと歩けているだけ身体能力の高さが伺える。俺はあの時は……仲間達に両脇を抱えてもらってようやく動けるような感じだったからな……。


 久々に汗だくになったので俺も風呂に入りたいなと思いつつ……そろそろルーが帰ってくる頃だろうかと思い、俺はタオルで汗を拭きながら、ルーたちを見送った部屋へと移動することにした。

 そしてその部屋に入った時……ちょうどルーたちが帰ってきたところだった。みんな揃っているようで、ルーは非常に疲れた顔をしている。……向こうも相当に大変だったようだ。


「あぁ……ルー、おかえ……り……?」


「ただいまです……ディさん……」


 どこか意気消沈したルーだったのだが……その横に見知らぬ女性を一人連れてきていた。最初は、回復した女性を一人連れて来たのかと思ったのだが……その女性は、白衣を着ていて、全身に羽毛を生やし……どことなく色気のある精悍な顔つきをしていて……。


 あれ、なんか見覚えがあるぞこの顔……。


「ふん……ディさん、どうしたんじゃ? まるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているぞ。儂が誰だかわからんのか?」


 その口調って……え? もしかしてストゥリさん……?


 何で女性になってるの?

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