52.勇者は夢を見る

 気がつくと……いつの間にか、俺は実家にいた。


 そこは親父と俺が二人だけで住んでいた家……。木でできた古ぼけた家で、思い出が詰まった、親父と喧嘩して飛び出してしまった家だ。

 いや……なんで? 今の俺は確か……アルオムにいて、その城の中の部屋で……ルーと一緒に……こう……寝ているはずなんだけど……なんでいきなり実家に戻ってきているんだ?


 ……あぁ、これは夢か。夢の中で夢だとわかる事をなんて言うんだっけか?……まぁいいや。夢とはいえ、懐かしいな、実家。親父は元気だろうか? 結局、会わずじまいだったからな……。

 とりあえず、懐かしいから色々と家の中を歩き回ってみるか。これ、外に出たらどうなるんだろう?思い立ったので試しに外に出たら、また家の中に戻された。やっぱり夢だなコレ。


 とりあえずうろうろとしてみるが、元からそこまで広くない家なので部屋数も限られている。この部屋と、もう一部屋……俺の部屋だ。親父がわざわざ、知り合いの伝手を使って増築してくれた俺の部屋。

 こうしてみると、本当にありがたい事だったんだよな……当たり前すぎて……結局まともに礼すら言ってなかったんじゃないかな? 礼も碌に言わずに飛び出して……。せめて夢の中に親父が登場してくれたら礼も詫びも言えるのに……そんなことを考えて自身の部屋のドアを開ける。


 そこには……一人の青年が座っていた。


 俺の過去の記憶を掘り起こしても見覚えのない青年である。夢に全く見覚えのない人が出ることなんてあるんだろうか? もしかして、どこかですれ違っただけの人とかか? でもそれなら、夢に出てくるのはおかしくないだろうか? そう思い、俺は座っている青年へと注視する。


 なんだか、真っ白い青年だった。着ている服の色も上下に真っ白で汚れ一つ無く、髪の毛の色も肌の色も透き通る様に白く……瞳だけが金色に輝いている。どこか幼さを残した不思議な青年だ。

 上から下までじっくり見ても、やっぱり覚えが無い……こんな不思議な青年を見たのなら覚えていると思うんだけど……。


 そう考えていると、向こうの方から俺に対して声をかけてきた。とても親し気に、まるで長年の友達の様に気さくに俺に声をかけてきた。……夢なのに?


「やぁ、ディアノ。思えば君とも長い付き合いだけど、こうして喋るのは初めましてだよね」


 俺の記憶に全くないのに、その青年は片手を上げながら気さくに話しかけてきた。長い付き合いと言っているが……記憶にまるで無いんだが。俺が眉を顰めていると、青年は朗らかな笑みを浮かべながら、俺の反応など気にした風もなく喋り続けている。


「こうやって誰かと喋れるなんて、かなり久しぶりだよ。あの魔王ちゃんがなんかやってくれたおかげかな……僕が先に君を呼んじゃったから、彼女には悪いことしちゃったかな? 普通だったら、僕とこうやって喋ることなく終わっちゃうからさ」


 魔王の事も知っているという事は、二人になってから会った人物なのかと思ったが、そもそもルーと二人で居てから会った人なんて限られている。思い至らないでいると、青年はふふふと口元で笑いながら自身の正体を明らかにしてきた。


「わかんないかい? 君は僕を相棒とまで呼んでくれているじゃないか。あの三人を倒したときだって、僕のために怒ってくれていただろう?」


 相棒……相棒なんて呼んだ奴なんて……。いや、あったな……確かに相棒と呼んだ存在が俺には居た。その一言で俺はやっと思い至る。三人組を倒すときに俺が相棒と呼んだのは……聖剣だ。

 えーっと……目の前の男が……聖剣? ……思ったよりも疲れてたのかな俺?


「まさか……お前が聖剣だって言うのか?」


「あぁ、やっと気づいてくれたかいディアノ。そう、僕は君の相棒である聖剣だよ」


 青年は嬉しそうな笑みを浮かべて自身が聖剣だという事を俺に告げてくる。……うん、やっぱり俺疲れているのかな? 俺の聖剣のイメージってこういうのだったのか……まぁ、夢だから何でもありか。

 うん、夢だし聖剣が男の姿になって俺の夢に出るくらいはあるだろう。せっかくだし、その体で色々と話をしてみようか。たぶん、俺が聖剣に対して抱いているイメージってやつなんだろうこれは。


「聖剣って、男だったんだな。というか、剣に性別ってあるのか? 」


「あぁ、僕等に決まった性別は無いよ。これはたまたまこういう姿を取ってるだけで……お望みなら可愛い女の子の姿にでもなろうか? お好みの姿を言ってくれれば、それに変わるよ?」


 俺は上から下まで聖剣の姿を眺める。神秘的な見た目をしているが、はっきりと男性だとわかる。姿を女性にも変化させられるのか……。俺は聖剣の姿を確認するとほんの少しだけ考えて……いや、考えるまでもないか。


「いや、そのままでいいよ」


 俺は特に、女性への変化を求めなかった。こいつが本当に聖剣なら、性別がどっちかは大きな問題では無い。夢の中で相棒の聖剣に対して女性になってくれって言うのもなんだか違う気がする。

 ただ、俺の発言が意外だったのか、青年……聖剣はそこで目を丸くしてちょっとだけ驚いているようだった。


「意外だね。こうやって僕と話をできるようになった人は、だいたいが自分の好みの性別に変わってくれって言ってくるのにね……やっぱりあれかな、一緒に寝てる魔王ちゃんがいるからかい?」


「そう言うわけじゃ無いが……」


 揶揄するような言い方ではなく、心底疑問に思ったような発言を聖剣はしてくる。俺はその発言に少しだけ憮然とした表情を浮かべながらも否定の言葉を口にする。うん、あいつは関係ない。

 ……しかし、魔王ちゃんって……。なんかそう呼んだら喜びそうだよなルーのヤツ。俺は絶対に呼ばないけど。


「しかし、僕はビックリしたよ、まさか嘘がわかる能力なんて求められるなんて……直接復讐する力を求めないなんて、変わってるよねディアノは。過去には不老不死なんて望んだ人までいたんだよ」


 唐突に変わる聖剣の話に少し面食らいながらも、俺は何のことを言っているのか理解できていた。そして……あの時の記憶が蘇ってくる。あの時俺は聖剣に嘘がわかる様にと願った。そして……望み通りの力を手に入れたわけだ。

 しかし自分の夢ながら随分と大きく出たな。不老不死って……武器にできる範疇を超えてないか?


「まぁ、人間は不老不死になんてなれないんだけどね。それはともかく、なんで復讐しないことを選んだの? まぁ、そう言う君だから僕等は君を選んだんだけどさ」


 聖剣は俺に対してあの時の事を改めて確認するように聞いてきた。復讐しない……か……まぁ、あの時の事は思い出したくないけど、情報の整理には良いかもしれないな。これからの事も考えると。


「……別に、復讐を考えなかったわけじゃ無いよ。あの時は仲間が居たから……俺はあいつらのために魔王を倒そうと考えただけだよ。……全部知っていた後だったら、どう考えてたかわからないけど」


「そうだね……まさか魔王が代替わりしているとは……。まぁ、彼等も代替わりを望んでいたんだろうね。それが事前に知れていたら、色々とやりようもあっただろうに」


 本当にやりようがあったのだろうか? 嘘がわかる能力が分かったおかげで、俺はルーの嘘が分かった。そのおかげでルーが魔王に乗っ取られていないことが分かり、今では一緒に旅をしている。だから結果的に、あれが発覚したのは良かったんじゃないかとも思う……俺としてはたまったものではないが。


「それを言っても仕方ないさ。結局、今が一番だと思って頑張るしかないんだから」


「前向きだねぇ、ディアノは」


 強がりにも似た俺の言葉を、聖剣は素直に受け止めてくれる。こういうのも前向きというのだろうか? ちょっと違う気もするが、それでも前に進められているのなら嬉しい事はない。

 少しだけ気持ちが軽くなったところで、聖剣はほんの少しだけ身体を後ろにそらしながら、ため息を吐きながら口を開いた。表情は相変わらずの笑顔のままだ。


「いやー……でもまぁ、こうやってディアノと話せるなんて感慨深いよ。僕は現実では喋れないからね、魔王ちゃんに感謝だ。あの子、夢で何するつもりだったんだろうね?」


「……怖いから考えないでおこう」


 ……なんだろう、俺って夢でルーに何かされたい願望でもあったんだろうか? ちょっと自己嫌悪が生まれてきてしまう……。いや、あいつ背中にくっつくとか言ってたけど……もしかしてそれをしているからこんな夢を見ているのか?

 今すぐに起きて確認しようにもどうすれば起きられるのか……。もどかしい思いを抱えている最中に、聖剣は思い出したように話題を転換する。


「あ、そうそう……これは教えておくね。誰かは分からないんだけど……聖女が近づいてきているっぽいんだよね」


「聖女……?」


 いきなり出てきた単語に俺は首を傾げる。聖女って……聖女? 確か、勇者と対を成す存在だけど、今回見つからなかったって話だったよな。それが……近づいてきている? 何で今になって聖女の話が……。

 疑問に思っている俺に、聖剣は説明を続ける。


「うん、聖女だね。王国に残っていた聖具に選ばれた存在だ。最近になって聖具が移動したのを感じてね、その気配が徐々に近づいてきているんだよね」


「聖女って……誰だ? それに聖具ってなんだよ」


 聞きなれない単語も飛び出してきたことから、俺は疑問を口にする。聖女は分かるけど……聖具ってなんだ? 聖女は教会が選ぶって話じゃ無かったっけ?


「うーん、聖女が誰かは分からないけど……。聖具はあれだよ、僕が刺さっていた台座。あれが王国に残っていた聖具だね。あれが聖女を選ぶんだ」


「あの台座が……? ずいぶん突拍子もない話だな、刺さっていた台座が武具って……勇者みたいに聖女を選ぶって」


 でも、聖女が勇者と同じように武具に選ばれるなら……魔王討伐の旅の時に聖女が居なかったのは、俺には聖女は相応しくないってことだったのかな……。ほんの少しだけ悲しい気持ちになる。


「まぁ、形を変えてるからね。あの子は僕の事が好きすぎるから……離れたくないってあの形になって僕が収められちゃったんだよ」


「……何だその衝撃の事実は」


「いや、そもそもさ。なんで僕が選ばれた人間にしか抜けないんだと思う? 僕って色んな力を持っている剣だけどさ……普通に考えて刺さった剣が抜けなくなるなんてあると思う?」


「……はぁ?」


 前提を覆すような聖剣の発言に、俺は素っ頓狂な声を上げてしまう。聖剣は楽しそうな声を上げながら俺に人差し指を一本だけ立てて得意気に説明を始めた。


「あれね、どっちかって言うと聖具の方が人を選んでるんだよ『この人なら大好きな聖剣を任せても良い』って思った人にだけ、僕の拘束を緩めてくれるんだ。もちろん僕も選んでるけど……掴まれている以上決定権ってあっちにあるんだよね」


「……えーっと……なんで俺を選んだのって思ってたけどさ……。え? 俺が選ばれたのって台座の方なの?」


 だったら俺が聖女ってことにならないか? いや、俺が聖女とか意味が分かんないよな。でも、台座の選んだ聖女は今こっちに向かって来て……。

 俺が混乱していると、聖剣は苦笑しつつもごめんごめんと軽い感じで謝ってきた。


「ちょっと語弊があったね。君は間違いなく僕が選んだ人だよ。でも僕が選んでも、聖具が納得してくれなかったら離してくれないんだ。聖具は自分で聖女を選ぶのに、ずるいよねぇホント」


 その一言に俺は安堵する。それと同時に、実は聖剣が結構尻に敷かれているのだという事実に驚いた。いや、夢とはいえ自身の発想に驚いたというべきか。たぶん、起きてルーにこのことを話しても信じてもらえないだろうな。


「聖女……誰なんだろうな。味方だと良いんだけど」


 俺は近づいてきているという聖女が誰なのかに思いを馳せる。今さら聖女が現れて、どうしようって言うんだろうか? もしも王国に俺達が生きていることがバレて、連れ戻すか殺すための追手として来ていたら非常にマズいなぁ……。いや、聖女だから殺すなんて物騒な事を言う人じゃないか。


「誰かは分からないけどたぶん大丈夫じゃないかな? 聖具のヤツは……僕の存在を感じてるから、追いかけてくるために協力者を選んだんだと思うよ。聖具は僕と一緒に居られれば後は別にいいって、王国に執着しているわけじゃ無いからさ……」


「協力者……ねぇ……」


 聖剣が聖具にそれだけ愛されているという事に少し羨ましく思いながら、ほんの少しだけ苦笑する聖剣を気の毒にも思う。まぁ、聖剣に会いたいだけって言うなら特に害は無いのかな……。

 そう考えていたところで、聖剣が少しだけもじもじと、言いずらそうに口ごもっていた。笑顔はそのままなのだが、何か言いづらい事でもあるのだろうか?

 そして……意を決したように俺にお願い事をしてくる。


「聖具なんだけどさ……僕が魔装具と一緒にいるって知ったら激怒するかもしれないんだよね……だから、聖女と会った時に……ちょっとだけ……ほんのちょっとだけでも宥めてもらえると助かるかなぁ……」


「宥めるって……お前等、現実では喋ることできないんだろ?」


「そうだけど、やましい事は無かったって言ってくれればいいんだよ。聖具も自分も選んだ君の言葉なら素直に聞いてくれると思うし」


「あぁ、わかったよ……現れた時には言っておいてやる」


 何を不安に思っているかと思えば、まるで嫉妬にかられた彼女に弁明をする彼氏のようなことを言い出した。こいつらの関係性を考えると当たらずとも遠からずと言うところだろうか。

 とりあえず、本当に聖女が俺の前に現れたのなら……それくらいの弁明ならしてやろうかと俺は快く聖剣へと答える。まぁ、夢だけどさこれ。


「ありがとう……と、そろそろお別れの時間かな? やっぱり魔王ちゃん凄いねぇ、君が秀才タイプなら、あの子は天才タイプかな? 良いコンビになりそうだし、二人とも仲良くね」


「ん?時間なのか? 夢……なんだよな、コレ?」


「……君、意外と頑固だよね。ほら、あっち見て見なよ」


 聖剣が指差した先は俺の部屋の窓だった。そこには何もないかと思ったのだが……視線を移動するとそこには……窓を叩いているルーの姿があった。


『ディさん!! 何ですかここ!? なんで私が入れないんですか?! やっと見つけたと思ったら!! もうすぐ時間切れなのに!!』


「……なんでルーがそこにいるのさ」


 ドンドンと窓を叩いているのだが窓はほんの少しも動く素振りは無く、まるでその姿は不審者の様だった。怒ったかのように叫んでいるのだが、家の中には入ることができないと嘆いている。

 ……あれ? 本物のルーかあれ?


「はははー。僕が君を隔離しちゃったからご立腹かな? 後で謝っといてね」


「ちょっと待ってくれ!! お前……本当に聖剣なのか?」


「だから言ったじゃないか……信じて無かったのかい……。まぁ、こうやって僕と喋れたんだから、彼女をあんまり怒んないであげてよ」


 ルーの怒りの声が後ろから聞こえてくるのだが、聖剣は朗らかに楽しそうに笑うと、俺とルーの二人に対して手を振ってくる。そして俺は、段々と意識が遠のいていくのを感じていく……。

 本当に聖剣だったなら、他にも色々と聞きたいことはあったんだけど、時は既に遅く……俺の意識は夢の中で暗転する。


 目が覚めると、背中に暖かな感触があるのを感じた。周囲は暗く、そこは先ほど寝たベッドの中だった。


「……ルー……あれは……夢だったのか……?」


「ディさん……何なんですかアレ? ……使うのは初めての魔法だったとはいえ、私が入れないって」


 首だけを動かして後ろを向くと、俺の背中にぴったりとくっついたルーが不機嫌そうに口を尖らせている。どうやら、先ほどのは夢ではあったが、完全に俺の夢と言うわけでは無かったらしい。

 ……本当に夢の中に出てきたのは聖剣だったのかな……だったら……礼を言いそびれてしまったな。親父にも言いそびれたのに……。まぁ聖剣は一緒にいるから、明日の朝に改めて礼を言うかな。


「……詳しい話は休んでから、明日の朝に言うよ。……んで? ルーさんや? 貴女はいったい俺に何をしようとしていたのかな?」


 俺は背中にぴったりとくっついてきているルーに、笑顔で何をしたのかを確認する。表情は見えないが、ルナはほんの少しだけ怯えを含んだ声色で弁明を始めた。


「えーと……その……ちょろっと夢の中にお邪魔する魔法を使って……色々とお聞きしようかと思いまして……」


 ……そんな魔法まで使えるのか……なんか本来の用途を聞くのが怖いけれど、それを使って何を聞こうとしていたんだろうか。


「……それ使うの禁止な、次使うのが分かったらもう一緒に寝ない。俺はソファで寝る」


「待ってくださいディさん!! 今度から事前に同意を得ますから!! こっそり使うことはしませんから許してください!!」


 慌てた様子のルーが俺の耳元で叫んでくる。うん、これから寝るからあんまり興奮しないようにね……。背中にぴったりとくっつきながら俺の身体をゆすってくるので、面倒だからとりあえずここは流しておこう。


「同意……することあるのかな? まぁいいや。今日はもう寝るぞ。ルーも、大人しく休めよ」


 俺の一言にホッと一息ついたルーはほんの少しだけ俺の背中から離れていく。背中の暖かな感触が無くなったことをほんの少しだけ名残惜しく感じながらも、俺もこれ以上は何もされることの無い安心感を胸に目を瞑る。


「……おやすみなさい、ディさん」


「あぁ……お休み、ルー」


 二回目の挨拶は意外と早く訪れて……そのまま俺はすぐにまた意識を暗転させた。


 変な夢は、もう見なかった。

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