47.二人は公主の屋敷に招かれる

 熱い親子の抱擁が終わった後、アグキスは公主にディアノとルナの二人を紹介する。公主は助け出されたという点に簡単に礼を言うと、ここではなんだと町中へと案内された。

 公主は戻ってきた門番に門を任せると、正門から町中に入る。ディアノとルナ、そしてアグキスは町中のその閑散とした光景に唖然とした。最低限の店は開いているようなのだが通りに人の姿は無く、非常に寂しい光景だった。


 まるでゴーストタウンのようなその光景に驚いている三人に、公主は苦笑を浮かべてこの光景の理由を説明する。


「あの三人が来たということだったんでな、皆には基本的に自宅内へ避難してもらっとる。何が起きるかわからんかったからな」


 公主のその説明にディアノもルナも納得するのだが、アグキスは故郷のその光景に哀しそうに眉を顰めた。ただ、来たのはあの三人組では無いのだからその避難も解除していいのではと考えるが、公主はそのような事をする素振りは無かった。二人のその疑問は公主に伝わったのか、公主は鋭い眼光をディアノとルナの二人へと向ける。


「あの三人がいないと言うだけではまだ安心はできんでな……すまんが、このまま一緒に来てもらえんかの?」


「父上! この方達は…」


 二人を鋭く睨む公主にアグキスが非難の声を上げるが、公主はアグキスもその眼光だけで黙らせた。アグキスは下を向き、二人に対して謝罪するような視線を送ってくる。


 しかし、二人は睨まれたことをそこまで気にしていなかった。どうやら、公主から二人への疑いは完全には晴れていないようだが、それもやむなしと二人は考えている。心変わりの原因が洗脳魔法とは気づいてなくても、豹変した女性達が帰って来たことを何かの罠と疑っても仕方ないだろう。

 連れて来たのが人間と魔族の怪しい組み合わせとなればなおのことだ。


 その辺りは、馬車の中の檻に入ったお土産を見せれば解決するだろうが、門前でそれを見せても騒ぎになるだけだ。それならば、まずは落ち着ける場所に行ってからでもそれを告げるのは遅くはないだろうと、二人は顔を見せ合い頷き合う。

 公主様が抜身の大剣を両手に持ったまま先導するので絵面はあまり良いものではなく、僅かに開いている店の人間は何事かと驚いた表情を浮かべていた。

 一部は、公主様が自ら奴らを成敗したのかと、期待を込めた眼差しをこちらに向けている。その場合、自分達の立ち位置は何なのだろうかとディアノは考えたが、碌な立ち位置ではなさそうだと思考をそこで切った。


「父上……もしかして、その二振りの大剣……そのまま握ってきたんですか?」


「おう。バカどもが来たと言うから、いてもたってもいられずのう……後で門も修理せねば。おいてきてしまった奴らにも謝罪せねば」


「母上や姉様達に怒られますよ……」


「なーに、お主が帰ってきたんじゃ。笑って許してくれるわい。……許してくれるよな? 許して……欲しいなぁ……」


 久方ぶりの親子の会話に、懐かしさからかアグキスは目に涙を溜めていた。今まで張りつめていた気持ちが弛緩していくような、そんな心安らげる時間を堪能しているようだった。

 しかし公主は、口元は笑ってはいるのだが目の奥は笑っておらず、娘が正常なのかを必死に見極めようとしているのがわかる。ただそれでも、会話をしているのはまぎれもなく自身の娘であることからか、考えとは裏腹に目尻には光る物が見て取れた。


 ディアノもルナもこの光景を、早く心からのものにしてあげたいと感じていた。


 しばらく歩くと、町の中心にある大きな建物に到着した。城という程に華美な装飾はされておらず、だけど一般的な家には決して見えないその建物は、実用性のみを追求した建物と言う印象だった。

 一見するとそれは大きな避難所や、戦の際に使用される砦のようにも見えた。アグキスはそんな建物を懐かしそうに目を細めて見ていた。


「ここが儂等の住まいじゃ。有事の際には軍事拠点とするからの、下手な装飾やらは無くて武骨で質素じゃが、頑強さは折り紙付きじゃぞ。兵士たちのための宿舎や、訓練する為の訓練場だってある。当然、そのでかい馬車も、問題なく入るぞ」

 

 そして、言われるがままに馬車ごとその建物の中に入ると……その建物の中には武装した兵士達が十人ほど待ち構えていた。全員がその手に長槍を持ち、その穂先を……何故か公主に向けている。

 兵士たちはディアノとルナには訝し気な視線を送り、視線を動かして見つけたアグキスの姿に驚いた表情を浮かべていたのだが、なぜか穂先を向けている公主には怒りの表情を向けていた。


「これは……どう言うことですか父上?」


 流石に困惑したアグキスは、公主へと顔を引きつらせながら訪ねる。もしかしたらディアノとルナに対し何かするのかもしれないとは考えていたのだが、まさか父の方に穂先が向けられるとは想像もしていなかった。公主は特に焦ることも無く、周囲の兵士たちに静かに告げる。


「お前ら、落ち着け。武器を収めろ。先走ったのは悪かったから」


 その言葉に周囲の兵士たちは憮然とした表情を浮かべたものの素直に武器を下ろした。そして、その中から一人、全身甲冑姿の長身の人物が一歩前に出ると公主に対して口を開いた。


「公主様……勝手に飛び出されては困ります……我等一同……こうして準備していたと言うのに」


 少しハスキーな低温の声が鎧の中から聞こえてきた。その人物はため息をつきながら呆れたような口調で公主へと苦言を呈するのだが、その言葉に公主は悪びれずに笑顔を向ける。


「ああ、すまんすまん。しかし、それには及ばんかったわい」


 片手を上げて軽い口調で謝罪すると、鎧の人物がより一層深くため息をついた。左手を腰に起き、右手で痛む頭を押さえる様にして左右に一度だけ首を振る。


「アグキス様がいらっしゃるのを見れば分かります。何故、このようなことに? そちらの方々は?」


「あぁ、この二人が娘達を連れ帰ってきてくれたらしいんじゃよ。事情についてはこれから詳しく聞くんでな。お前も同席せい。小難しいこともあるかも知れんしな」


 鎧の女性は公主の言葉は無視してディアノとルナの前に立つと、兜を外して恭しく一礼をした。兜の中から現れたのは中性的な顔立ちをした目つきの鋭い赤毛の人物で、その頭部には立派な犬の耳があったことから、犬の獣人なのだろうと二人は推測した。


「失礼、私はテリエと申します。貴方達がアグキス様達を救出してくださったのですね……ありがとうございます」


「いえ……礼には及びません。人として当然の事をしたまでです。アグキスさん以外の方は馬車の中で休んでいますが……ちょっと男性にトラウマがあるかも知れないので、配慮していただけると…」


「承知しました。それでは、私が代表で馬車の中を見させていただいても宜しいでしょうか?」


 中性的な顔立ちで声もハスキーなのでディアノには性別がどちらか判断付かなかったが、どうやらテリエは女性の様で、それならばとディアノもルナもテリエに馬車の中を見てもらうことにした。

 馬車の中では連れて来た女性達が、慣れない旅の疲労からか安心した表情で眠っている。その姿を見て、テリエも口の端を持ち上げて安心したように笑顔を浮かべる。


「移動が難しそうな方たちは連れてきていません。ここにいるのは移動に耐えられそうな方達だけです」


「そうでしたか……それでは、その者たちはまた別に迎えに行かなければなりませんね」


 ルナの移動魔法を使えば迎えに行く手間は軽減できるのだが、ディアノはここではその説明は省き、馬車の中の検分を進めてもらうことにした。

 テリエは馬車の中を隅々まで見ると、奥に布のかけられた何かが置かれているのを発見する。そして、ディアノに許可を取りその布を取り払うと……そこにあったのは檻に入れられた三人の男だった。男達を見たテリエの顔が驚きに染まる。


「……公主様……ご覧いただけますか」


「なんじゃ、何があった……あぁ、例のバカどもじゃないか、良い格好じゃのう。ご丁寧に高級な箱付きとは、恐れ入るわい」


 中の女性達は眠っているから心配ないのだが、それでも女性達の視界に入らない様な場所から公主は馬車へと視線を送ると、檻の中の三人を見てニヤリと笑みを浮かべた。両手に持ったままの大剣と相まって、今から処刑でも開始しそうな雰囲気がそこにはあった。


「……檻の中で眠っているのですか? まあ良い……こいつらを連行する。皆、地下牢の準備を。それと、女性達を寝室に運んでやってくれ」


 テリエの号令に合わせて、周囲の兵士たちが檻ごと三人を運び出す。女性達は起こさないように細心の注意を払って運んでいるのに対し、三人の入った檻は粗雑に扱われ、檻の中で金属部にあちこちぶつかっているのだが、ルナの魔法が効いているためか起きる様子は無かった。

 ディアノはほんの少しだけ公主に近づくと、大柄な公主を見上げる様にして口を開く。


「これで、疑いは晴れましたかね?」


「何を言っておる、お客人。儂は最初っから、お主達を疑ってなどおらんよ」


 運び出されていく三人の姿を見送りながら放ったディアノの一言に、公主は悪びれもせずに白々しく笑いながら返答する。その言葉は嘘だったが、明らかに嘘だとわかる言い方をした公主に対して、ルナもディアノも苦笑を浮かべるしかなかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「儂が一応この国を治めているパイトン・アルオムじゃ。娘達を救出してくれたことに、改めて礼を言わせていただきますぞ、ディ殿、ルー殿」


 テリエ達兵士が女性と三人組を連れて行ったため、結局は公主……パイトンとルナ、ディアノの三人で話をすることとなった。アグキスは女性達が起きた時のためにテリエと同行して、後から部屋に来るとの事だった。

 通された場所はかなりの広さを持つ部屋であり、有事の際には作戦会議をするような場所なのだろう。その片隅に打ち合わせ用のスペースなのか、大きなテーブルと、それを挟んで柔らかい布製のソファが置かれていた。パイトンはその巨体をソファに押し込める様に座り、改めて二人に対して頭を下げてきた。


「公主様、頭を上げてください。俺……私達はたまたま彼女達を見つけただけです。でも、お役に立てたのであれば何よりです。」


「ディさんが……ディさんが私とか言ってる……」


 二人はパイトンの向かいのソファに座っており、頭を下げるパイトンへとディアノは気にしないで欲しいと、畏まった言葉遣いを使い応対する。その横ではルナが、普段は一人称を俺と言っているディアノが私とか言っていることがツボに入ったのか、フルフルと震えながら笑いを堪えていた。

 そんなルナを横目で見たディアノは、ルナの脇腹を肘でつつくと妙な声を出して一瞬だけ身体を強張らせた。ルナはディアノを半眼で睨みつけるが、ディアノはそれを無視してパイトンとの会話を続ける。


「謙遜なさるな。あの三人を倒したということはかなりの実力とお見受けしますぞ」


「でも……公主様も……」


「ディ殿、パイトンで良い。儂は見ての通りの無作法者でな、公的な場でもないのにそう呼ばれてはむず痒くなる。様付けもいらんよ、先ほどの儂への兵士たちの対応を見ればわかるじゃろ?」


 笑いながらパイトンは首や頭をこれ見よがしに掻いてくる。それでも流石に呼び捨てにするわけにはいかないので、それくらいなら許してくれるだろうと、最低限の敬語とさん付けをすることにディアノは決める。


「では失礼して……パイトンさんも相当お強いでしょう。あの三人くらいなら倒せたのではないですか?」


「そりゃそうじゃ、強くなけりゃこの国は治められん。兵士達も単独では難しくとも組んで対応すれば制圧くらいはできたじゃろうな。……儂等がもっと早く出ていればこんなことにはならんかった……正直に、そこは悔いておるよ。」


 パイトンは心の底から悔いているように、歯を食いしばりながら、力一杯に握り拳を作っていた。実際にあの三人のうちの二人と戦ったディアノは、これまで見てきたパイトンの佇まいから、確実にあの三人より強いであろうことは想像がついていた。

 その強さについては城の兵士たちも同様で、兵士全員であの三人と戦えば、呪いの装備や魔王の魔法を使うことを差し引いたとしても、おそらくは負けていたのはあの三人の方だろう。楽勝とはいかないだろうが、連携した兵の強さと言うのは侮れるものではない。


「何故、貴方達で対処しなかったのですか?」


 疑問に思った点をディアノはパイトンに確認すると、パイトンは頭をガリガリとかきながら嫌な記憶を思い出すした時の様に苦痛に満ちた表情を浮かべる。


「情けない話じゃが、民間人同士の争いだったからじゃよ。最初は儂のところに報告すらこんかったからのう……。最後の決闘も一部特例を認めたが、基本的には法を犯しておらん。儂等にはあいつらを殺す口実が無かったんじゃよ」


 殺す口実とは物騒な事を言うが、確かに彼等は民間人としてここに来たのであればすぐに兵士や公主が出張るのは難しいだろう。特に、最初の行動はただのナンパだったのだから、そんな情報がいちいち公主の元に届くわけもない。そして、異常性に気付いて対処しようと思った時には、もう手遅れだったのだろう。

 そこでふと、ディアノは先ほどパイトンが門の前で叫んでいた言葉が気になった。


「でもさっき……法なんてどうでも良いって……」


「流石に末娘の豹変ぶりを目の当たりにしてはな、遅まきながら儂も覚悟を決めた。おそらく違法な薬か何かを使っているのじゃろうから、ぶっ殺した後に罪状を見つけてやるか、何も無くても罪状をでっち上げて、その後は儂は全責任を取って引退する気じゃったが……お主達が娘達を連れて戻ってきてくれた。引退し損ねた儂は……まだまだ生きていられるよ」


 ディアノはその言葉に少し寒気を感じた。パイトンの言葉に全て嘘は無かった。最後の生きていられるという言葉も、嘘では無かったのだ。

 引退と言う言葉で濁してはいるが、この人は罪状をでっちあげてでも娘を取り返した後は、おそらく責任を取って死ぬ気だったのだ。あんなクズ三人のために死ぬことは無いと思うのだが、それがこの人なりのけじめの取り方なのだろう。


 そう考えると……あの三人組が四度この町に来た場合、確実に敗北して命は落としていただろうが、パイトンも同時に生きていなかったという事になる。ディアノは一人、パイトンを間接的にとは言え救えたことに安堵していた。

 それも、ルナと一緒にいてあの屋敷に行けたからだ。


(……偶然とは言え……ルーと一緒に逃げたのは正解だったんだろうな)


 ディアノがちらりと横のルナへと視線を送ると、ルナもパイロンの不穏な空気を察しているのか、彼の方を見て心配そうにしていた。そして、ディアノに自分が見られていることに気がついたのか、視線をディアノの方に動かしたところで目と目がちょうど合うこととなった。

 二人は妙なところで目が合ったことでなんだか気恥ずかしくなり、お互いに少しだけ微笑む。その二人の姿を見たパイトンは、場の空気を切り替える様に一つ咳ばらいをしてから、改めて口を開いた。


「すまんな……。それでじゃ……何があったか事情を説明していただけるかな?」


「あぁ、すいません。変な所をお見せして……。いや、邪魔とか無いですから大丈夫です。ちょっと前置きが長くなりましたが、事情を説明させていただきますね。」


 改めてパイトンに向き合ったディアノは、どのような経緯で三人組に出会い、女性達を救出する運びとなったのかをパイトンへと説明する。時にはルナが補足説明をしながらも、パイトンはその説明を真剣な面持ちで、食い入るように耳を傾けていた。

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