46.皆は故郷へと辿り着く

 ここはアルオムの城下町へと入るための門の前。その門の前にいる二人の門番は、ため息をつきながら今日も任務に当たっていた。任務に不満があるわけでは無いのだが、ここ最近はため息を吐く回数が二人とも目に見えて増えていた。

 ため息の理由はとある三人組……巨大な馬車に乗り、ある日突然にアルオムに現れた、整った顔立ちをした三人組の男だ。


 彼等は最初、友好的にやってきた。素性は不明だが自分達が見たこともないような馬車に乗り、物腰が柔らかく、柔和な笑みをその顔に浮かべて、町へとすんなりと入り込んできた。

 彼等はその見目の良さから、普通に買い物をしているだけでも当然ながら女性達の目を引いた。あれだけ整った顔立ちをしているのだからそれも当然かと、町の男達は嫉妬混じりの視線を送りながらも半ば納得はしていた。


 しかし、そこから先の男達の行動は信じられないものだった。


 まず、彼等は自身の目を付けた女性達に、自分達と一緒に来ないかと言い出した。それぐらいであれば、ありふれたナンパ程度だと思っていた。

 しかし、ただのナンパかと思いきや、彼等が声をかけるのは決まって相手がいる女性のみで、相手のいない独り者の女性には一切目もくれなかった。

 その程度なら軽くあしらわれるか、断られて終わりだろうと考えたのだが、何故か彼等に声をかけられて女性達は、彼等の言いなりになったかのようについて行くことを選択する。


 最初は、相手と言っても未婚ではあったので、連れて行かれた男性達は気の毒だが、普通にフラれただけかと考えられていた。

 独り者の女性達は、男達について行く女性達を羨ましそうな、妬ましそうな視線で見送る。


 二回目で、どこかおかしいと感じ始めた。何故なら既婚女性までが彼等について行ったからだ。その場に夫が居るのにもかかわらず、彼等について行くことを決めた。

 獣人には、使用する者は非常に稀ではあるが、一人の女性を巡り男達が決闘するという非常に古臭い制度が存在する。使われなくなって久しいその制度は、三名の同意があって初めて許可されるものなのだが、ついていくと決めた女性は決闘など必要ないと言い放ち、ただ男達について行くことを承諾した。

 最初は羨ましそうにしていた女性達も、女性達の心変わりに困惑し始める。


 三回目でやっと異常事態だと認識した。何故なら彼等に対し怒りを覚え、話をつけると息巻いていた公主の末娘……アグキスまでもが彼等について行くと言い出したのだ。

 彼女は新婚だったのにも関わらず、そのあまりの豹変ぶりに、街の男性達も女性達も恐怖した。


 そしてその時、自分の恋人を、伴侶を奪われた男達が揃って男達に女性達を賭けての決闘を申し込んだ。

 自身の娘の豹変ぶりを目の当たりにした公主も、女性達の同意は無いがこの決闘を特例として容認し……挑んだ男達は全員が敗北した。


 彼等は略奪などしていていない。品物を買うときも代金を支払い、むしろ金払いはかなり良く、サービスの良い店だと感じれば代金を多めに払ったりもしていた。

 ナンパはするが暴力沙汰は自らは決して起こさない。決闘もきちんと法に則った者であり、相手を殺さず、ただ倒すだけで穏便に済ませている。

 ナンパされた女性達も、彼等に自分から相手について行っているのだ、これがもしも少しでも嫌がる素振りや、無理矢理に連れ去っているような状況であれば、即座に捕まえることができるのにと、町の誰もが歯噛みした。


 国の治安維持を担う部隊の兵士たちも、彼等を無法者として捕まえることができず……男達に三回も、みすみす町の女性達を奪われてしまい、そんな自らの不甲斐なさを恥じることとなる。


 それ故に、今の町では男女が恋人を作ることを意識的に避けていた。男性達は、もしも女性に長年の想いを告げてあの三人の男達に奪われたらという恐怖から、女性達は、意中の男性と恋仲になっても彼等に何かをされて心変わりをさせられないか言う恐怖から……。

 男女ともに、次にいつ来るかわからない男達相手に恐怖していた。


 溜息を付いている門番の男性もその恐怖から、意中の女性に思いを告げられずにいた。叶うかどうかは別問題だが、必然的に溜め息の数も多くなろうと言うものだ。

 やる気が無いわけでは無いが、いまいち職務に身が入らない……そんな状態の門番二人だったが、すぐにそんなことを言っていられない事態が発生する。


「おい!! お前、あれを見ろ!!」


 門番のうちの一人が指をさすと、そこには街道を通ってくる例の馬車の姿が見えた。あの三人組が町に来るときに使用する大きな馬車……それを視認した瞬間に、次はどの女性が連れ去られるのか、二人の全身から血の気が引いていく。

 そして、先ほどまでのため息をついていた姿からは想像もできないほどに真剣な表情となった門番は、馬車を発見したもう一人の門番へと叫ぶ。


「お前は中に入って奴らが来たことを皆に伝えてきてくれ!! 俺は奴らを可能な限り足止めしておく!!」


 足止めと言ってもどの程度の事ができるのか不明だが、せめて女性達が隠れられる程度の、ほんの少しでも時間を稼がなければならないと門番は決意する。他の門番仲間に聞いてみたところ、彼等と話していると何故か最終的には門を通してしまうという事だった。

 未知のものに対する恐怖心を拭おうと、自身の両頬を数回叩くと気持ちを新たに馬車を迎えようとする。


 段々と馬車が近づいてくるにつれ、門番の緊張感も高くなってくるのだが……御者台に乗っている人間が視認できるほどに馬車が近づいたとき、その御者台に乗っていたのは、見たことの無い男女だった。

 見たことの無い人物の姿に更に警戒する門番の耳に、御者台に乗っているその二人の会話が届いてくる。


「ディさん、私気づいちゃいました。馬車の旅ってわりと快適で、すごくスムーズで、お尻が痛くなる以外は疲れなくていいんですけど……これだと私、ディさんにおんぶしてもらえません!!」


「いや……なんで俺がおんぶすること前提なの…? 疲れたら休めばいいじゃないかよ……。そもそも自分で歩け」


「いやー、ディさんの背中ってなんだか安心するんですよね。そういうのをお父さんみたいな背中って言うんですかね? 私、父におんぶしてもらったことないですけど」


「唐突に哀しいこと言うなよ……。いやー……お父さんかー……俺、未婚なんだけどなー……恋人もいないし経験もないのに娘ができちゃったかー……でかい娘だなぁオイ」


「どこ見て言ってます? いや、だってこの馬車は私の魔力で動かしてるんですよ。疲れたーって思っても馬車が止まるだけで終わりじゃないですか。つまんないじゃないですか。先に進めないじゃないですか」


「さっき疲れないって言ってなかったっけ……?」


「言葉の綾ですよ。魔力使うとやっぱり少しは疲れますから。まぁ、何が言いたいかと言いますと、馬車の旅って基本的にスキンシップが足りなくなると思うんですよ、人肌恋しくなるというか」


「いや、馬車の旅でどうしろと……手でも握れっていうのか?」


「なんですか、ディさん。私と手を繋ぎたいんですか。仕方ありませんね、ディさんがそこまで言うなら手を繋いであげますよ。私としてはおんぶが良いんですけど、それでもいいですよ。さぁ、お手を拝借」


「いや、得意気に言質取ったって顔しないでくれる? 別に俺が手を繋ぎたいって言ってないだろ。手を伸ばしてくるな、わかった、わかったから、とりあえず止めようか。寝てる人多いから大きな声出させないで」


 ……気を張っていた門番は、その会話内容に眉を顰めると同時に、意味がわからずに混乱する。


 目に見えているのはどう考えてもあの三人の男の馬車なのだが、聞こえてくる実に仲の良い男女の会話である。自分が意中の娘に思いを告げられないというのになぜこんな会話に聞き耳を立てているのか、自分は何故ここで気を張っているのだろうかと、途端に虚しくなってきた。


 だが、すぐに気を引き締める。彼等がこちらに気づいたからだ。


「あ、門が見えてきましたよディさん。門番さんも居ますから、とりあえず事情を説明しましょうか」


「……あぁ、そうだな」


 御者台の女性はこちらに気付くと、門の方を指差し男に門番の存在を教えていた。男の方は少し頬を赤くしており、今の会話が聞かれていないかを心配しているようだった。門番はばっちり聞こえているよと半眼でその男女へと視線を送る。

 そして、門の直前まで来ると馬車を止めて、男性の方が御者台から下りてきた。男は門番へと近づくと、友好的な笑みを浮かべてきた。その笑顔に、門番の脳裏には最初は友好的だったというあの三人の姿が思い浮かんだ。


「こんにちは、えーっと……俺達は……」


「お前等……あの三人の仲間か?」


 警戒した門番は、男の言葉を遮りながら一番重要な事を確認する。その目は最大限に警戒しており、言葉を遮られた男性は眉を片方下げて苦笑を浮かべていた。

 御者台に座っている女性は、二人のやり取りをただ黙って眺めている。


「あー……いや、俺達はあいつらの仲間じゃないよ、俺達は……」


「だったら何故、お前等がこの馬車に乗っている? あいつらは……連れていかれた女性達はどうなったんだ?」


 門番はまたも男性の言葉を遮りながらも畳みかける様に問いかける。男性の方が何かを言いかけているのは分かっていたのだが、焦った門番は聞かずには居られなかった。

 仲間ではないと言ったと言うことは、あの三人をこの男は少なくとも知っている。ではあの三人はどうなったのか、なぜこの馬車にこの二人が乗っているのか、女性達の行方はどうなったのか。

 門番の焦る気持ちが次々と口を付いて出てしまい、それが逆に答えようとしている男性の言葉を遮ってしまっていた。


 男性が困っていると、馬車の中から御者台の女性とは別の女性の声が聞こえてきた。


「……ディ殿……やはりここは、私から説明するよ」


 門番の男はその聞き覚えのある声を耳にした瞬間に、男性から視線を外して馬車の方へと急いで視線を向ける。その声は、ここにいるはずのない女性の声であり、最後に連れ去られた女性の声だった。


「良いのかい? まぁ、そうしてくれた方が俺としても助かるけどさ……」


「すまないな……町の者と顔を合わせる覚悟が直前で鈍るとは……我ながら未熟だった。でもやはり、ここは私から説明するのが筋だろう」


 門番は信じられないと考えながらも馬車から目が離せなかった。そして、馬車の幌部分にかけられた布がめくられると、中から出てきたのは……男達について行ったはずのアグキスの姿だった。


「アグ様……なのですか……?」


門番はその手に持っていた武器を地面に落とし、今自分の目の前にいる人は本物なのか、幻ではないのかと、目の前にいる人物の名を震える声で呟く。久しぶりに故郷の知人に名を呼ばれたアグキスは、苦笑しながらも門番へと言葉を返した。


「あぁ……久しぶりだなマル……恥ずかしげもなく、戻ってきてしまったよ」


「あ……あああぁ……よく……良くご無事で……良かった……本当に良かった……」


 涙を流しながら、膝から地面へと崩れ落ちたマルと呼ばれた門番は、そのまま任務中であることも忘れて、気持ちが落ち着くまで泣き続けた。泣いているマルにアグキスは、御者台の二人……ディアノとルナに三人から助けてもらったことを説明した。マルは泣きながらも、アグキスの言葉を何度も頷いて聞いていた。

 それから、気持ちが落ち着いたマルは涙を拭うと、改めて馬車のディアノとルナの二人に向き合う。そのまま、胸に手を当てて深く頭を下げた。


「先ほどは知らなかったこととはいえ、アグ様を救出いただいた恩人に無礼な態度を取ってしまいました……申し訳ございません。このお詫びは必ずさせていただきます」


「あぁ、いや。そんな俺達は大したことはしていないよ……。さっきのも、俺達の配慮が足りなかったと思うし、気にしないでくれ」


「そうですよねぇ。よく考えたら馬車をそのままで来たら誤解も受けますよねぇ。その可能性を考慮すべきでした。せめて、可愛く装飾して違う馬車みたいにするべきでしたかね?」


「……いや、止めてくれ」


 完全に自分の気持ちを抑えられなかったマルが悪いであろうに、気にするなと寛大に許してくれた二人に感謝する。それから、さらに一度深く頭を下げてから顔を上げて二人へと顔を向ける。

 マルの目の前で軽口を叩き合う二人を見て、街中で久しく見なかったその光景に羨ましさを覚えていた。


「マル、町に戻り誰かに連絡を取ってきてくれないか。父上にも事情を説明したいのだが……」


 アグキスの言葉を受けて、マルはもう一人の門番に中に入って三人組が来たと伝える様に促したことを思い出す。その事をアグキスに伝えようとした瞬間……閉じられていた門が木が弾ける様な音と共に勢いよく開かれた。その衝撃で、口を開こうとしたマルが吹き飛ばされていく。


「うちの娘をたぶらかした奴らが性懲りもなく来たってのは本当かぁ!! もう法とかどうでもええわ!! ここでぶっ殺してうちの娘の救出を……って……おぉ?!」


 そこから出てきたのは二メートルを優に超えていそうな、上半身が裸の大男だった。体中に筋肉が浮き出ており、皮膚は蛇の鱗でびっしりと覆われている。目の瞳孔は縦に開き、両手には大剣を二本握っていた。どうやら、足で丈夫な門を蹴破ったらしい。

 怒りに任せた叫び声は、馬車の近くに立っている人物を見た瞬間に徐々に小さくなり、最後には驚きの声に変わっていた。


 ディアノもルナも、勢いよく登場した人物に驚き目を見開いていると、アグキスはため息をつきながらも目の前の人物に笑顔を向けた。


「父上……お久しぶりです……。恥を晒した娘ではございますが、こうして帰ってきてしまいました。お元気そうで何よりですが……いささか元気すぎませんかね? マルが吹き飛ぶほどに門を蹴破るって……」


「おおおおおおおおおおおおおおおお!! 我が娘よ!! 本物か?! 本物なのか?! よくぞ無事で!! 無事で帰ってきた!!」


 アグキスから父と呼ばれたその人物は、興奮した声で雄たけびを上げると涙を流し、その逞しい腕で力一杯にアグキスを抱きしめる。

 力強すぎる父娘の再会に、ディアノもルナも思わず呆気に取られてしまっていた。

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